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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
173/422

第164話

 互いに、見つめ合っているアレスとハンク。

 両者、一言も、喋らない。

 人気がない場所で、ただ、どうするかと、牽制し合っていた。


 見つかった衝撃で、当初、あたふたとしていたが、ある程度、理性が戻ってくると、早く、この場から逃げなくてはと、ハンクの意識が働いていく。

 背筋を伸ばし、素早く挨拶してから、この場から、離れようと目論んだ。


 視界に見える範囲に、アレスとハンクしかいない。

 頭を下げ、立ち去ろうとするのを、アレスが、威厳ある声音で制する。

「待て」


 歩き出そうとした足が、ぴたりと、止まった。

 逃げ場を失ったかのように、身体を、アレス側に向き直す。


「なぜ、ここにいる?」

 ハンクの瞳が、微かに揺らめく。

 もっとも、してほしく、なかった質問だったからだ。

 まさか、こんな辺鄙なところへ、王太子であるアレスが、一人で、やってくるとは思わず、油断していたのだった。


 シュトラー王からも、ソーマ、フェルサからも、十分、注意をするようにと言われていた。

 それにもかかわらず、もっとも、見つかっては、いけない人物の一人に、遭遇してしまい、ハンク自身、まともな思考が失われつつあった。


「……極秘に、警備を、命じられまして」

 間違ったことは、言っていない。

 ただ、その他に、命じられたことが、主であることを噤んでいた。

「極秘? 聞いていない」


 まっすぐに、アレスの双眸が、ハンクに向けられている。

 逃げを、許さない眼差しが、居た堪れない。


「殿下や、妃殿下にも、内密でして……」

 チクチクと、刺すような視線。

 絶えられず、しどろもどろで答えるしかない。


 シュトラー王の命令で、リーシャの様子を、写真や動画で収める他に、実際に、リーシャが、使っている教室の風景なども、収めてくるようにと、言われていたのである。

 それを、実行しようと、美術科の教室に潜り込んで、教室内の写真を撮ったり、リーシャが使用している机なども、写真に撮っていたのだった。

 それらを、撮り終えてから、校舎から、出てきたところを、アレスに見つかってしまった。


「私にもか?」

「はい……」

「それは、おかしい。警務の配置状況を、把握しているが、お前たちが、入る込む隙がないはずだ。その隙を、ついたとしても、なぜ、お前が、ここにいる?」


 ここを、巡回する時間は、少し前に、終えているはずだった。

 巡回する経路や、時間なども、アレスの元に届いており、それらすべてのことを、事前に耳にしていた。

 そして、次の巡回までには、若干の余裕があったのだ。

 それらのことも、アレスは、ほのめかしている。


「それは……」

 なかなか、言葉が出てこない。


 王族の警護に、当たっているのは、軍の中にある、警務部が担当しており、軍のエリート部隊でもある《コンドルの翼》も、一部、担っていることを、アレスも、把握はしていた。

 だが、それにしても、たかが、学校行事のため、動かすことが、おかしかったのだ。


「何か、問題でもあれば、出動するは、明白だが、そんな情報が、入ったと、一切、聞いていない。それとも、急に、情報が入ったのか? 入ったのならば、なぜ、私に、知らせない?」

 詰め寄っていくが、ハンクの口が重い。

 微かに唇が乾き、震えが見えていた。

「どうした? 私には、何も入っていないが?」


 仕事をしないシュトラー王の代わりに、次期国王となるアレスが、高校生である身分でありながらも、政務の一部に携わっており、いろいろな国内外の情報が、アレスの耳にも入るように、なっていたのである。

 そして、頭脳明晰で、隙がないと、称されるアレスが、シュトラー王たちが、密かに動いていることを、薄々と感じる程度に、認識をしていたのだった。


「それにだ、そのカメラは、何だ?」

 降ろされた視線。

 ハンクが、手に持っていた高機能なカメラを、捉えていたのである。


 すかさず、手にしていた、カメラを隠す。

 どう見ても、警備には、不釣合いなものだ。


「何でもありません」

 面白いぐらいに、ハンクの顔が、引きつっている。

「出せ」

 凍えだしそうな一言を、浴びせた。

「……」


「私は、出せと言っている。聞こえなかったのか?」

「……いいえ」

「だったら、早く、出せ」

 逡巡した後、観念し、隠していたカメラを渡した。


 操作して、液晶画面を開く。

 何を撮っていたのか、確かめていたのだ。


「……」

「……犯罪者に落ちたか? それとも、《コンドルの翼》が、犯罪グループに、落ちているのか? さて、どっちだ?」

 顔をあげ、消沈しているハンクを、見据えている。

 液晶画面には、リーシャの姿や、誰も、いない教室や、机などが、映っていた。


「ち、違います」

「だったら、なぜ、妃殿下の写真がある? ファンなのか」

 冷え冷えとする目を細め、身体から、禍々しく、黒々とする威圧感を、放出している。


「それは……」

 何度も、答えようと、口を開く。

 だが、すぐに、閉じられてしまう。


 シュトラー王や、総司令官に、口止めされていたが、もっとも、躊躇われていた理由は、自分自身のプライドだった。

 エリート集団と言われて、所属しているところが、こんなことをしているとは、どうしても言えなかったのである。


「何だ、これは。無人の教室に、机。どう見ても、変質者にしか、見えないのだが?」

「……」

 撮ったものを言われても、口が重い。

 さらに、操作し、撮っていたものを、さらに確かめていく。


「……お前には、そういう趣味があったのか?」

「違います」

 犯罪者と、思われたくない一心で、思いっきりと否定した。

 ハンクの名誉が、掛かっていた。


「だろうな。これは、妃殿下の教室か?」

「えっ……。はい……」

 しょうがなく、ハンクが認めた。

 犯罪者の烙印を押していないことに、ハンクが胸を撫で下ろす。

「で、これは、妃殿下の机か」

「はい……そうです」


 これらの写真を、見ただけで、変質者と、決め付けていなかった。

 ただ、すんなりと、喋らせるため、カマをかけたのに過ぎない。

 以前から、ことあるごとに、《コンドルの翼》が、自分たちの写真を、密かに、撮っていることを承知していた。

 いつから、このような写真を、撮り始めたのか、単に、それを聞き出すためだった。


「この証拠を、警察に提出すれば、変質者でなくても、ファンでなくても、一時的に言えど、確保されるのは、しょうがないな」

 蠱惑的な笑みが、アレスから漏れていた。

「……殿下……」

 あまりに、衝撃的な言葉の羅列に、フリーズしている。


「嘘は、許さない」

「うっ」

 その双眸は、逃げを許さないと、示していた。

「いいな」

「……はい」


「妃殿下に、警務部とは関係なく、張り付いているな?」

「はい」

 言われるがまま、答えていくしか、道は残っていない。


「どこでもか」

「基本的には、どこでも、張り付いています。ただ、場所的に、困難な場所も、ありますので」

「どこだ?」

「王妃様主催のお茶会や、妃殿下の講義場所など、いろいろと」


「その場合は?」

「できるだけ、近くで、待機しております。何か、あれば、瞬時に、動けるように」

「仮宮殿では、どうしている?」

「さすがに、殿下も、おりますので、入り込むのは、不可能です。ですから、周辺を窺っているだけです。毎日では、ありません。極々、まれですけど……」


 黙ったまま、これまでのリーシャの行動を、思い返していた。

「……高いからか?」

 余計なことはつけず、端的に尋ねた。


「はぁ?」

 質問の意図が見えず、ハンクが困ってしまう。

「綿密な調査も、お前たちが、したんだろう?」

「……はい」

 ようやく、アレスが、ハーツパイロットとしての、能力の数値を、聞いているのだと、把握した。


「で、高いから、警護をしているのか?」

「はい」

 しっかりと頷いた。


「狙われているのか? それに、その情報が、外に、漏れているのか?」

「警戒している段階では、ないかと」

 詳しいことまでは、降りていなかった。

 命じられるがまま、任務を、遂行していたのだった。


「そうか。いつから、知っている?」

「つい最近です」

「本当か?」

「本当です」


「では、いつから、こんな写真を、撮っている?」

 大きく、瞳が揺れた。

「嘘は、許さないと、言ったな」


「……《コンドルの翼》は、長年の間、ソフィーズ家を警護し、写真を撮っていました」

 予想を超える内容に、唖然としてしまう。

 数年前から、リーシャの周りを、うろついていたのかと、思っていたのである。

 それが、リーシャが生まれる、遥か前から、始まっていたとは、考えもつかなかったのだ。


「妃殿下の祖父クロス殿が、貴族から離れてから、ずっとか?」

「そのように、聞いていますが?」

 歴代の《コンドルの翼》が、クロスの家族を、見守っていたのだった。

「……」

 その衝撃に、二の句が出ない。


(何をやっているんだ、あの人たちは)


 何度も、アレスから、視線をはずしたり、見たり、繰り返している。

「膨大な写真が、ある訳だな?」

「たぶん、そうではないかと、思います」

「管理は、お前たちがしているか?」


「いいえ。総司令官や、副司令官に渡す場合が、主ですが。直接、陛下に、お渡しする場合もあります」

「そうか」

 カメラを返し、顔面蒼白なハンクを帰した。

 もう、ハンクの姿もない。


「ストーカーか、あの人は」

 一人になったアレスが、小さく呟くのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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