第162話
セルリアン王宮にある、ヘルヴィン宮殿の、シュトラー王専用の執務室。
真剣な面持ちで、シュトラー王が、重臣のソーマ、フェルサを交え、話し込んでいる。
ヘルヴィン宮殿は、国王・王太子が、政務に当たる、執務室などがある場所であり、貴族院で、話し合いを行う赤月の間もあった。
室内には、秘書官たちもいない。
込み入った話をするため、下がらしたのだ。
この時間帯は、各国の大使たちと、面会する予定になっていた。
だが、二人からの報告を受けるため、シュトラー王の意向で、時間をずらしたのだった。
そうまでして、早く報告を、聞きたかったのである。
「いいのか?」
大使たちの面会をずらして、いいのかと、ソーマが眉を潜めていた。
あくまでも、大使の面会を終えてから、伝えようとていたのだ。
報告の内容は、極々、プライベートで、大使たちの面会の時間の後でも、十分にことをなしていたのである。
それにもかかわらず、大使たちの面会を後にずらし、二人と会うことを、優先して選んだのだった。
「構わない」
「お前な……」
仕事よりも、プライベートに、重きを置いていることに、ただ、ただ、脱力してしまう。
威厳を、醸し出しているものの、言動が、どうしても、国王らしからない。
二人が、ここに訪れた理由は、《コンドルの翼》から上がってきた、リーシャとアレスのことを報告するためだ。
学校の行事に、参加しているリーシャたち。
アメスタリア国の軍のエリート部隊である《コンドルの翼》を、警護とは別に、ある目的もため、密かにつかせ、そして、クラス対抗戦の途中経過を伝えるためだった。
「大使の面会よりも、学校行事が、優先か」
国王らしくない言動に、額を、手で覆いながら、吐き捨てた。
言われた、当の本人は、どこ吹く風だ。
可愛がっているリーシャの話が、聞けると、ニンマリとしている。
(しまりのない顔、しやがって)
心の中で、ソーマが毒づく。
例え、口にしたとしても、何が悪いと、ケロッとしているだろう。
親友の孫であるリーシャを、目の中に入れても、痛くないほど、溺愛していたのだ。
それを、十分過ぎるほど、承知していた。
けれど、ここまで来ると、異常だと、過ぎらせている。
周囲が、唖然とするほど、シュトラー王も、王妃エレナも、たくさんの愛情をリーシャに注いでいた。
諦めモードのソーマに対し、フェルサの表情が変わらない。
ソーマ、フェルサも、シュトラー王同様に、リーシャの祖父クロスと親友であり、同世代で、デステニーバトルのハーツパイロットとして、活躍していたのであった。
その華々しい活躍した時代を、アメスタリア国では、黄金時代と、呼ぶこともあった。
(異常、過ぎるな……)
同じように、ソーマ、フェルサも、親友の孫娘を可愛がっていた。
だが、ここまでではないと、抱いていた。
狂気の沙汰ではないほど、他の視線からは、おかしいと思えるほど、奇異な視線が送られているのだった。
知らないのは、互いに、本人たちぐらいだ。
(クロスも、大変だったが、リーシャも、苦労しそうだな)
猫可愛がりの姿に、ソーマは、行く末を案じずにはいられない。
孤高の王は、親友クロスを大切にし、その孫娘にも、同じように大切にしていた。
「当たり前だ。どうせ、やつらは、面白くない話だろうし、腹の探り合いだからな」
控え室で、待っているだろう、大使たちに向けって、毒ついた。
平和な世界と、称されている。
その一方で、国同士で、静かな攻防を、頻繁に、繰り返していたのだ。
デステニーバトルが導入され、世界が、一見、平和そうに映っていた。
だが、日夜、更なる権力を、手に入れようと蠢き、暗躍している状況だった。
そして、それは世界レベルではなく、国の中でも、薄汚い暗い影が、ちらついていたのだ。
「そうだろうけど……」
いろいろと、悩みの種を掠めているソーマ。
国内外の不穏の要因が、あらゆる面に、滲み出ていた。
それを探りつつ、シュトラー王たちは、様子を窺っていたのである。
「それだけでは、ないと思います。友好を深めようとしている方もいると、存じます」
冷静に、フェルサが付け加えた。
デステニーバトルで、国の予算から、参加するのも、難しい国もあれば、上位に組み込めるのを無理と、考える国も多く、それならば、上位に入り込むだろうと思う、国と手を組み、友好を結ぼうとする国も、存在していたのである。
「どっちでもいい。早く報告しろ」
無駄な時間を、浪費するなと、つっけんどんな態度だ。
内外の揉め事に、シュトラー王は、うんざりしていた。
「急かすな」
「急かしたくもなるだろう? 本当だったら、私が、行って見たいものを。お前たちが、潰したのだからな、せっかくの計画を」
乱暴な声音で、シュトラー王が吐き捨てた。
「お前、よく、そんな顔で、言えたな。自分の立場を弁えろ」
国王であるシュトラー王に向かって、怒号をソーマが吐いた。
他の人間がいたら、吐けない暴言だ。
いないからこそ、親友として、言いたいことが、言えるのである。
それに対し、痛くも、痒くもないといった顔を滲ませ、完全に、ソーマの言葉を聞き流していていた。
ソーマから、いろいろと言われることに慣れ、聞き流すと言う技術が、長年の付き合いから、身についていたのだった。
「聞いているのか!」
食って掛かる勢いだが、シュトラー王の視線は、別な方へ移動している。
ムッとしているソーマ。
二人に内緒で、リーシャたちが、通うクラージュアカデミーに出かけ、クラス対抗戦の様子を、じかに見ようと計画を立てていたのだ。
直前で、バレてしまい、その後の話し合いの結果、《コンドルの翼》が、これまでしてきたように、秘密裏に、写真を撮ってくることに、収まったのだった。
長く続きそうなソーマの愚痴に、見切りをつける。
「フェルサ。お前から、報告してくれ」
「お前な、俺の話を聞け」
顔を背けてしまった、シュトラー王に、噛み付いていた。
聞いていないと知りながらも、文句を、告げていたのだった。
「お前は、昔から、俺の話を聞かない」
胡乱げに、不機嫌丸出しのソーマの顔を、見つめている。
「小言は、たくさん聞いたからな。もういい」
苦虫を潰した顔から、平然としているフェルサに、顔を巡らした。
「承知しました」
何事も、なかったような態度で、フェルサが話を進めていく。
そんな様子を、諦めた姿で、ソーマが窺っていた。
「何の問題もなく、競技は、進められております。リーシャ様は、お友達に、声援を送られ、楽しまれ、参加されています。競技も、何のケガもなく、よい成績を、収めておられます」
話と同時進行で、《コンドルの翼》が撮った写真を、小型のパネルに映し出した。
指で、動かして、一枚、一枚、リーシャが映っている映像を、堪能していく。
「これはよい。コレクションに、加えなければ」
ほくそ笑んでいるシュトラー王。
その姿を見ているうちに、シュトラー王のプライベートの部屋、瑠璃の間の光景が、ソーマの視界に、ふと飛び込んでくる。
限られた人間しか、入ることができない、瑠璃の間に、多くのクロスの写真や、リーシャの写真が飾られ、異質な雰囲気を漂わせていた。
「エレナも喜ぶ」
映っている映像には、アレスやラルムの姿も、若干な数だけ、映っている。
映っている映像の、ほとんどが、リーシャだった。
「この表情、いいな」
「では、大きく引き伸ばして、おきましょう」
至って、真面目に、答えているフェルサの姿に、開いた口が塞がらない。
国の一大事の、話をしているかのごとくの対応と、変わらないからだ。
「これも頼む」
「承知しました」
シュトラー王は、パネルへと、視線を下ろした。
「陛下。こちら、なんか如何ですか? 殿下と、ケンカしているところ、なんですが、とても面白いと存じます」
唸り声を上げ、何か、思案する顔つきだ。
補足を、フェルサが加える。
「いつも、あまり変化が、見られない殿下にしては、実に面白いと、思うのですが?」
「確かに。あれにしては、ひた隠しにしている感情が、出ているな、珍しいこともあるものだ」
確かに、面白いと、シュトラー王が目を細めている。
報告で、二人が、ケンカしていると、上がっていた。
だが、人がいる目の前で、ケンカしている事態が、なかったのである。
「あれが、人の前で、こんな真似をするとは……」
「細心の注意を、払われる殿下にしては、珍しく、軽率な態度です」
「いいじゃないか。アレスだって、まだまだ、ガキなんだから」
殿下と呼ばないソーマに、フェルサが、視線で窘めている。
それに対し、細かいんだよと、ソーマが突っ込んだ。
「ソーマの言う通りだ。あれは、まだ青二才だ」
「殿下は、そつなく陛下の仕事を、こなしておりますよ」
あまりに、軽く見られているアレスが、可哀想になり、フェルサが弁明していた。
「まだまだだ。いつ、狼に食われるか、わからん」
シュトラー王の瞳の鋭さが、増している。
「心の根っこが、定まっていないんだろうな」
独り言のように、ソーマが呟いた。
「だな。あれが、どう変わるか」
不敵な笑みが、シュトラー王から零れていた。
そんな二人に対し、内心で、呆れている。
(もう少し、お手柔らかにして、いただかないと)
仕事を丸投げにし、ほぼ、アレスに、政務を任せっきりだった。
ソーマやフェルサが、ある程度、サポートしているものの、臣下では、できないことも多く、アレスに多くのものが、のしかかっていた。
「今頃は、楽しくところだろうな、私も、いきたかったな……」
「これで、我慢するんだな」
ふてぶてしくソーマが、視線で、パネルをさした。
「この貸し、返して貰うからな」
「何が、貸しだ」
言いたいことだけ言って、シュトラー王が、パネルに視線を注いだ。
「追加の映像は?」
「後ほど」
「早くさせろ」
「承知しました」
「ソーマ。面倒なやつらは?」
パネルを見ながら、必要な事項を確かめた。
不穏な影が、可愛がっているリーシャの周りにあるのが、許せない。
「数人、いたらしい」
「捕らえたのか?」
「いや。放した」
納得できず、のん気に、構えているソーマを睨む。
「大丈夫だ。こちら側が、大勢、構えている中で、出てくる連中だ。ただの弱い虫に、過ぎない」
「弱くっても、これ以上のリーシャへの、危害は見過ごせない」
「張り付かせている」
何の問題もないんだろうなと、疑る眼差しを注ぐ。
露骨に、相手を威圧する空気に、うんざりする。
「しつこい」
「……厄介な方は?」
「静かに、動いているって、感じか? 今のところは、様子見ってところだろうな」
「とにかく、警戒だけは怠るな」
「言われなくっても、わかっている」
読んでいただき、ありがとうございます。