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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
168/422

第159話

 忙しい日々で、時が過ぎ、瞬く間に、クラス対抗戦の当日を迎えた。

 大勢の生徒たちは、クラスごとに分かれ、青々と、茂っている芝生に、腰掛けていたのである。

 そして、一部の生徒たちだけが、熱気に燃えている生徒を、気怠そうに眺めていた。


 美術科の場所では、ナタリーたちが、グランドを挟んで、テントの席に設けられた、特別席に、視線を巡らせている。

 腰掛けているのは、アレスとリーシャだった。

 隣のテントには、理事長や校長、偉い客と思える人たちが、ずらりと、並んで座っていたのである。

「ゆったりと、見られていいな」

 テントもなく、太陽の下に、座らされている状況をイルが嘆き、ぼやいていた。


 クラスごとの場所は、それなりに、仕切られていたのだ。

 だが、日陰もなく、テントもテーブル、椅子もなく、地べたに座って、自分たちの出番が来るのを、ひたすら、待ち続けるしかなかったのだった。


「飲み物って言えば、すぐに、出てきそう」

「ホント。そうだね」

 グランドを挟んで、天国と地獄に、別れていた。

 テント側の天国の人たちは、のん気に、談笑している。


 待遇を羨んでいる二人に、冷ややかな眼差しを、ナタリーが注いでいた。

「晒し者になりたければ、行けば」

 周りの環境は、いいかもしれない。

 けれど、見学席にいる生徒たちから、まるっきり丸見えで、晒し者状態になっていたのだ。

 まるで、動物園の檻に入れられている動物と、それを見物している客だった。


 辺りを見渡す二人。

 多くの生徒たちが、テントにいる二人を、好奇な目で眺めていた。

「……」

「それは、ちょっといやかも……」


 生徒たちは、絶好のタイミングが、訪れたと言う意気込みで、二人に、熱い視線を投げかけている。

 その上、グランドで、競技している生徒たちの一部からも、見られる羽目となっていたのだった。


「こんな状況で、飲める訳ないでしょ?」

 もっともな意見を、冷静なナタリーが述べていた。

 テントの二人は、ただ、まっすぐに前を向いている。

 慣れているアレスとは違い、場の雰囲気に飲み込まれているリーシャだ。

 ソワソワと、落ち着きがない。


「そうだね」

「喉通らないかも……」

 羨む視線から、哀れむ視線へと、変わっていく。




 テントの中に、設けられた特別席。

 座らせられたアレスは、いつものように、毅然とした姿で、競技に見ている振りをしながら、意識を別なところに費やしていた。

 リーシャに、集まってくる多くの視線。

 恥ずかしい思いを受け、居た堪れない状況に、途方に暮れていたのだった。


「視線を、落とすな」

 俯き出したリーシャを、小声で注意した。

 その声に促され、降下していた視線を、どうにか上げる。


「何で、こんなところで、見ないと、いけないのよ」

 辺りを気にしながら、文句を、隣にいるアレスに紡いだ。


 大きく、二人を覆っているテント。

 アレスとリーシャしかいない。

 理事長や、校長たちがいるテントとは、僅かに距離があった。

 ボディーガードも、目立たないように配置されていたので、二人のやり取りが聞こえなかったのだ。


 悲惨な状況に、内心、嘆息しか出ない。

 多くの生徒が、見ている前で、できる度胸なんて、持ち合わせていなかった。


 車から、降りた二人を、待ち構えていたのは、教室ではない。

 特別に、用意されていた、控え室で、有無も言わぬまま、連れて行かれたのだった。

 そして、顔も知らない、偉い理事たちと、談笑する羽目に陥っていた。

 それらが終わると、訳がわからないまま、ここに、つれてこられたのだった。


 最後まで、クラス対抗戦の行事に、参加できると知り、ナタリーたちと一緒に、見学席で見る予定を、立てていたのだ。

 それが、跡形もなく、脆く崩れていた。


「王族だからな」

 簡素に、疑問に答えているアレスだ。


(学校なのに?)


 肩を落とし、しょんぼりとする。


(関係ないじゃない)


 不貞腐れているリーシャの反応を、見透かす。

「どこにいても、王族は王族だ」

 このような状態に、生れ落ちた時から、王族のアレスは慣れている。

 だから、最初から、クラス対抗戦に、出る気がなかった。

 それが、どういう訳か、参加する事態になってしまい、諦めて、身を任せ、静観していたのである。


「何それ」

 納得がいかず、眉間にしわを寄せていた。

「王族だからって、こんなところで、見るのって、へんよ。生徒なんだから、みんなと、一緒に見学席で、見るべきよ」

 思ったまま、口をついた。


 顔を動かさないで、アレスが、前を向いたままだ。

 対照的に、隣に座っているリーシャが、無表情な横顔を見て、話を続けている。

「黙っていないで、何か言ってよね」


 誰にも、気づかれないように、アレスが、テントの周りに、視線を巡らせる。

 僅かに、離れた位置。

 数人のボディーガードの人間が、控えていた。

 学校の周辺にも、最低限度の警備の人間が、回されていたのだ。

 万全の態勢が、とられていた。


 アレスの視線が、見学席へと傾けられる。

「あの中で、警備しろと言うのも、大変そうだな。面白そうだから、やってみるか?」

 小バカにしたような笑みと共に、リーシャの方へ顔を近づけた。

 多くのボディーガードを引き連れ、見学席に行くか?と、誘ったのである。


 見学席では、王太子が、妻のリーシャの方へ、顔を向けたぞなど、訳のわからない歓声が上がっている。

 だが、引きつるリーシャの脳裏を掠めているのは、たくさんの生徒から、迷惑がられている情景だった。


「どうだ?」

 さらに、王太子らしい、不敵な微笑み。

「……結構です」

「なぜだ?」

 いかにも、楽しそうだぞと言う顔を、匂わせている。


「場が、白けるでしょ? 周りに、怖い警備の人たちがいたら」

 周囲を気にしながら、咎めていた。

 少しばかり、ボディーガードたちの印象が、怖いが、実際は、いい人たちだと、認識している。

 けれど、そんなことを知らない生徒たちの前に、ボディーガードの集団を、引き連れていく真似ができない。

 たちまち楽しい空気が、消えてしまうと、予測されるからだ。


 見学席のざわめき。

 別なテントにいる人たちからの眼差しも、傾けられていた。

 その人たちに対し、まだまだ、修練が、必要な作り笑顔を送っている。

 周囲からの視線も、アレスは気に掛けない。


「それも、面白いと思うが?」

「いやよ」

 作り笑顔のまま、きっぱりと断った。


 アレスの域まで、達していないが、ぎこちない作り笑顔したままで、会話できるまでなっていた。

 別なテントの人たちのところまで、二人の会話は、届いていない。

 そのせいもあり、はた目から見ると、仲睦まじくしているように、垣間見えていた。


「そうか」

 興味がそれたと、顔を、元の位置に戻した。

「ナタリーたちと、一緒に見たかったな……」

 ぼやきしか、出てこない。


「こうなるのなら、さっさと、教室に行っちゃうだった」

 うっかり、見られている状況を、忘れていたのである。

 正面を向いているアレス。

 容易に、膨れ面している姿が、想像できていた。


(だったら、いけばいいだろう。僕といるよりも、そっちがいいのならば)


 叫びたい衝動を堪え、憮然とした、内心を押し殺している。

 競技が行われている方へ、顔を向け続けていたのだった。


 グランドから、見学席へと、それとなく、視線を延ばす。

 リーシャの友人たちを、視界に捉えていた。

 女三人で、何かを話しているようで、そこにいるだろう、ラルムの姿だけがない。


(あいつらの、どこがいい?)


 目を細め、じゃれ合っている、女三人の姿を見据えている。

 アレスに、見られているとも知らない。

 ただ、競技を見ようとはせず、別なことで、盛り上がって、騒いでいたのだった。


(あれらよりも、下なのか……)


 寒々しい眼光を、漂わせている。

 グランドや、見学席から、離れているせいもあり、生徒が、アレスの表情を、察することができない。

 隣にいるリーシャも、ブツブツと、文句を零していたので、気づかなかった。


 目の前で、行われていた競技が終わり、別な会場で、行われている競技を見るため、席を立つ時間となった。

 多くの競技が、いくつもの会場で、同時進行で、行われていた。

 校長や、理事たちが、先導に立ち、その後を、二人がついていく。

 その後ろから、ボディーガードや、他の理事の人が、集団となって移動していったのだ。


 ふと、隣を歩くアレスに、視線を止める。

「楽しいの?」

「楽しくはない」

 そっけなく、誰にも、聞こえないように、アレスが口を開いた。


「確かに、この状況は、楽しくないけど、きっと、競技に参加したら、楽しいよ」

 ずっと、面白くなさそうな顔をしていたアレスだった。

 気になって、声を掛けたのだ。


 朝から、機嫌が悪かったことを把握していた。

 けれど、今は、それ以上に、悪いような気がし、みんなと一緒に参加すれば、楽しいはずと、誘ったのだった。


「参加してみたら?」

 少しでも、アレスが笑えばいいと、思ってのことだ。

「くだらない」

 冷たく、吐き捨てた。

「……」


「時間の無駄だ」

 考える余地もなく、拒絶され、心が凍えている。

「そう……」

 直視できず、伏せ目がちになっていた。


 アレスたちの、長い一行の足は止まらず、続いている。

 何も、話そうとはしなくなったのが気になり、それとなく、隣にいるリーシャの様子を窺っていた。

 頭を、僅かに落としていたので、その表情を、見ることができない。


(どうしたんだ?)



読んでいただき、ありがとうございます。

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