第158話
学校を終え、ステラは民間のトレーニングジムを、一室貸切って、体力強化をしていたのである。
貸切の部屋には、ステラしかいない。
トレーナーをつけず、一人で行っていた。
ホワイトヴィレッジにも、体力強化できるジムがあった。
けれど、誰にも、知られたくなかったのだ。
そのため、学校から、離れた場所にある、民間のトレーニングジムで、汗を流し、人知れず、努力をしていたのだった。
大量の汗を、流すステラ。
その場に膝をつき、手をつき、息も、荒々しい。
ここに、来る日を増やし、いつも以上に、自分自身を、追い込んでいる。
リーシャの驚異的な数字を、目の当たりにしてからだ。
研究員たちが、上の命令で、弄っているだけだと抱きつつも、身体を痛めつけ、さらに、上を目指さないと言う強迫観念に、囚われていたのである。
だから、自分を、ひたすら、追い込むことをやめない。
限界以上に、強化する日々に、明け暮れていたのだった。
身体は疲労困憊で、逆に、身体を壊す可能性もあった。
けれど、アレスのパートナーに、返り咲きするため、止めることができない。
そのために、極限まで、追い込んでいた。
だいぶ、息が戻ってきたところで、双眸を上げる。
時刻は、すでに八時を過ぎ、ここに来て、四時間近く、トレーニングしていた。
日付が変わるまで、トレーニングしていたこともあったのだ。
それと、比べると少ない。
「……もう、こんな時間……」
今日は、早く戻ってくるように、言われていたのだ。
「……急がないと」
身体が重く、容易く、立ち上がることができない。
連日、していたので、身体が、上手く動かなかった。
もう一度、気合いを入れる。
結果は、同じだった。
(もっとも、上にいかないと、いけないのに……)
悔しげに顔を歪め、じっと動かない。
身体が動かせるようになるまで、待つしかなかったのだった。
特進科の一般生徒や、貴族出身の生徒でも、やる気のある生徒の多くが、ステラのように、民間のトレーニングジムを利用したりし、密かに、訓練している生徒がいたのだ。
ステラのように、徹底的に秘匿にし、隠していることは稀だ。
この場所は、アレスさえ、知らない場所だった。
唇を、噛み締めている。
「……これくらいで……」
不意に、アレスとリーシャが、食堂で会っていた話が、舞い込んできていた。
実際に、目にした訳ではない。
話題の二人なので、常に、二人の話が、あちらこちらから、耳に入ってきていたのだ。
ステラとしては、聞きたい訳ではなかった。
耳を閉ざしていても、自然と、生徒たちの話し声が、入ってしまっていたのだった。
徐々に、顔を顰めていく。
汗が、フロアに、滴り落ちていた。
ステラの下には、異様なほど、汗が溜まっている。
「……何で……、何でよ」
アレスが、食堂に行ったことが、信じられなかった。
食堂に行ったのは、リーシャに、会うためだと言うことは、明白だった。
パートナーとして、アレスの隣にいて、彼を、ずっと、間近で見てきたのだった。
アレスの思考は、大抵のことを、把握できたのである。
二人の光景が、頭から離れない。
走馬灯のように、流れていったのだった。
今までのアレスの行動からは、考えられない行動だ。
そうした行動が、このところ、ステラをイラつかせている。
(そんなに、あの子に、会いたかったの?)
キツく、瞳を閉じた。
辛うじて、涙を、零さずにいたのだった。
脳裏に、こびりついているのは、パーティーで、楽しげに、喋っている二人の姿。
そして、時より見せるのは、リーシャを穏やかに、見つめるアレスの眼差しだった。
これまで、自分にも、向けられたこともない、とても、和やかな双眸だ。
目にしたくもない、光景だった。
けれど、気持ちに反し、このところ、よく捉えていたのである。
ステラ自身も、わかっていたことだ。
自然と、アレスの姿を、目で追っていたのである。
自分でも、信じられないぐらいに。
パートナーに戻るため、研鑽しないと、いけないのにだ。
ふと、無邪気に、笑っているリーシャの姿が、割り込んできた。
リーシャの存在により、ステラが、これまで、築き上げたことが、無駄になりそうになっていたのだった。
(あの子さえ、いなければ……)
さらに、唇を噛み締める。
リーシャの姿を、払拭させるため、さらに、身体に、付加を与えたかった。
だが、家に帰る時間が、とうに過ぎていたのだ。
思いに耽っていた、僅かな時間で、身体が、辛うじて休息できていた。
ふらつきながらも、立ち上がるステラだった。
気合いを入れるため、両手で、自分の頬を叩く。
こんな酷い顔を、誰にも、見せたくなかったのだった。
室内、響き渡る音。
外に、漏れることはない。
室内は、防音もされていたのだ。
息を、軽く吐く。
ドアへ、歩いていった。
部屋から出ると、先ほどまでの、鬼気迫る形相が失せていた。
疲労が滲んでいるが、いつものクールな表情を、覗かせている。
気丈に、振舞っているステラ。
廊下を歩くたび、男は、ステラに見惚れ、女は、嫉妬を浮かべていたのだ。
そうした視線も、気にしない。
ただ、まっすぐに、ロッカーに向かっていたのだ。
素早く、着替えを済ませ、ステラが外に出る。
遅くても、七時半までには、戻ってくるように、言われていた。
心の中では、焦っていながらも、表情に、表れることがない。
颯爽とする雰囲気を、漂わせていたのである。
トレーニングジムを出て、歩いていると、見知らぬ男二人が、ステラに近づいてきた。
訝しげな双眸を巡らす。
もう、何度も、同じ光景を見ていたからだ。
アレスやリーシャを探ろうとする、反シュトラー王派の者たちが、このところ、ステラに接触を図っていたのだった。
それは、他の特進科の生徒たちも、同じだ。
情報を得ようと、近づいていたのだった。
誓約などで、喋れないことになっていた。
小さく、ステラが、嘆息を漏らす。
何度、断っても、しつこく、近づいてきた。
見知らぬ男二人が、ステラの前で立ち止まる。
「ステラ・ブバルディアさんですね」
「話すことは、ありません」
毅然とした態度を、滲ませていた。
「そう、おっしゃらずに」
自分たち以外の人間が、近づいていることも、男たちは、把握済みだった。
嘆息を漏らす、ステラだ。
「話すことは、ありません」
「では、連絡先でも、受け取ってください」
電話番号が、書かれた紙を渡される。
返そうとするが、男たちは、ニコッと笑って、ステラの前から、立ち去ってしまった。
捨てることができない電話番号が、書かれた紙。
時間も、気になっている。
チラリと、父親の顔を巡らせていた。
しょうがないと、紙をバックにしまい、自宅へと、急いで帰っていったのだった。
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