第157話
食堂内に、大きなどよめきが湧き起こり、導かれるように、リーシャたちが、顔を巡らす。
すると、騒ぎの原因が、アレスと、友達のゼインたちだった。
きょとんと、眺めているリーシャ。
遠目ながら、アレスは気づき、ムスッとした顔のままだ。
そして、アレスが、リーシャたちの、隣の席に腰を下ろす。
行脚して、歩いているかのような光景を、誰もが、眺めていたのだ。
特進科の生徒たちが、こちら側の校舎に、めったに姿を見せない。
王太子であるアレスが、一般の生徒たちが、多くいるところに、出ることなんて、これまで、一度もなかったことだった。
こんなところに、王太子アレスが来たと、注目を浴びていた。
リーシャと、背中合わせに、アレスがいる。
周囲の声が、うるさい。
だからといって、リーシャ自身、何もできなかった。
背後にいる、アレスに双眸を傾ける。
「どうしたの? こんなところに」
理解不能なアレスの行動に、瞠目していたのだ。
まさか、自分たちがいる校舎に、来るとは思ってもいない。
初めて見る光景。
ただ、ただ、目を丸くするばかりだった。
「別に。たまには、こういう場所に来るのも、面白いかと、思っただけだ」
簡素に答えるが、背は向けたままだ。
無表情でいる、アレスに付き合ってついてきた、ゼインたち三人にも、視線を注ぐと、興味津々といった眼差しを、周囲に向けていたのである。
特進科の生徒たちが、一般の生徒たちが、利用している食堂に、足を入れること自体、少なかった。
まして、三人は、貴族だった。
視線の矛先を、アレスの背中に移した。
(どうしたんだろう? 何か、変?)
最近のアレスの様子が、おかしいと、何となく、そう抱くようになっていた。
じっと、不可思議な行動をとるようになった、アレスの背中を、凝視している。
その心の内には、振り向いてほしいと言う思いを、膨らませていた。
(顔が、見たいな)
「こんなところにいて、何が、面白いんだ」
ティオの嘲笑する声に、ムッとするナタリーたち。
周りの生徒たちにも飛び火し、バカにしている口ぶりに、一般の生徒や教師たちも、眉間にしわを寄せていた。
こういったことを言うティオに、慣れ始めていたリーシャは、何の憤慨もない。
また、始まったと言う程度だ。
無関心な態度を、取り続けるアレス。
面倒ごとは、ごめんだと、顔を曇らせるゼインとフランク。
その顔には、別な席に移動するかや、飲み物でも、買ってくるかと言う表情が潜んでいた。
「だったら、自分たちの居場所にいたら?」
何様のつもり?と、イルが、対抗心を燃やしていた。
そうよと、同意するルカの眼差し。
「アレスが、来るって言うから、来ただけだ」
来たくて、来た訳じゃないと、忌々しいげだ。
「来たくなければ、あなたは、来なければ、よかったのよ」
遠慮のない、イルの態度。
言われ続けているティオが、目を細めている。
互いに、睨み合う二人。
「まぁまぁ、落ち着いて」
悪い状況に、ぎこちない顔と共に、リーシャが仲裁に入った。
さすがの鈍感でも、険悪な空気を、感じていたのだ。
「僕に、歯向かってきたのは、そっちだ」
「本当のこと、言ったまでよ」
どっちも、引きそうもない状況。
どうしようと、ナタリーに助けを求める。
けれど、傾けられた方は、ほっときなさいと、二人にかかわらない方針を、打ち出していた。
(そんな……、ナタリー。……突き放さないでよ)
心許ない状態に、何だか、哀しくなっていく。
「ティオ」
余計な揉め事を起こすなと、ゼインが窘めた。
周りを見ろと、促したのだった。
敵視する、生徒たちの群れが、あったのだ。
「……わかった」
ムカつく相手から、双眸を外し、ティオが口を噤んだ。
両者の席には、不穏な空気しかない。
アレスたちのテーブルに、視線を巡らせると、殺風景だった。
咄嗟に、自分が、飲んでいたジュースを、手にする。
「飲む?」
「……いらない」
「そう……」
空しげに、手にしていた、ジュースを置いた。
突然、話の糸口を見つけたと、顔を綻ばせるリーシャ。
「あのね、私たち、クラス対抗戦の話をしていたの」
「対抗戦?」
話に、食いついたのは、アレスではなく、ゼインだった。
ほんの一瞬だけ、寂しいと抱いた。
だが、悪い状況を、打破するため、そのまま話を続ける。
「そう。今度、行われるでしょ?」
「そう言えば、そんな話、出ていたな」
思い出したかのように、ゼインが、フランクやティオを窺うと、同じように、思考から除外していた、クラス対抗戦を、思い出していたのだった。
フランクとティオは、くだらないと称している。
特進科の生徒たちは、参加するのは、自由だった。
一クラスに、在籍している人数が、少ないため、特進科だけは、特別に、一年生から三年生までの合同だ。
「出るのか?」
怪訝そうな顔を、ゼインが覗かせている。
「勿論」
ワクワクする気持ちが、表情に溢れていた。
「それでね、ラルムが、ラストの混合リレーに、選ばれた話をしていたの。凄いでしょ」
「そんなものに、出るのか」
どこか、呆れ顔で、ゼインがラルムを眺めていた。
「まぁね」
「アレスは、知っていたの? ラルムが速いって」
話の矛先を、黙って、微動だもしない、アレスに傾けていた。
根気よく、話し出すのを待っている。
気づかれないように、アレスが、リーシャを観察していた。
(なぜ、そんなに、嬉しそうなんだ)
けれど、閉じている口。
逆に、周囲の生徒たちが、この居た堪れなさに、身体を強張らせている。
そんな空気を、リーシャは、感じ取っていない。
ひたすらに、何か、言わないかと、期待した眼差しを、向けてくるのだった。
突然、ラルムが入り込んだ。
「幼い頃は、アレスの方が、速かったんだよ」
「そうなの?」
翡翠の瞳を、大きく輝かせている。
「だったら、アレスも、リレーに出れば?」
思ったことが、自然と、口から出していた。
「断る」
あっさりと、リーシャの提案を、切り捨てられた。
「出る、必要性がない」
「楽しいよ」
諦めないで、粘る。
「きっと、誰も、見たいと思うよ」
周囲にいる生徒や教師たちも、リーシャの提案に、興味を持ち始めていたのだ。
誰もが、期待した眼光を、滲ませている状況だった。
「出ない」
頑なな態度に、ムッとし始める。
「偏屈」
「……」
ざわつく、周囲の生徒や教師たち。
周りの生徒や、教師がいる前で、軽く罵られたが、表情が崩れない。
王太子への物言いに、他の者たちが、フリーズしている。
(((((決して、言えない。王太子殿下に)))))
ゼインたちは、王太子だぞと、呆れ果てている状態だ。
そして、ナタリーたちは、やれやれと嘆いている。
一度も、リーシャの方を、振り向こうとはしない。
ただ、リーシャやラルムの表情を、見て取っていたのだ。
どうして、背を向けているはずのアレスが、表情を見ることができたのか。
それは、背後の様子が、窓に、投影されていたのである。
その光景を、食い入るように、観察していたのだ。
(なぜ、そのようなものに、出ないと、いけない)
ムスッと、目を眇めている。
投影されているラルム。
剥れているリーシャの姿を、愛しげに、見つめていたのだった。
そして、柔和な微笑みを、愛しみもなく、浮かべている。
(そんな目で、見るな)
寒々しいオーラを、噴出していた。
誰もが、リーシャの罵声のせいだと、思っていたのである。
二人が、一緒に、食堂へ行ったと小耳に挟み、その様子を窺うため、初めて食堂へ、足を踏み入れたのだ。
話で、聞いた通り、二人は、一緒の席に座り、楽しげに話していた。
刺すような雰囲気に、陥っている。
食堂にいる生徒や、教師は、席を立つことができない。
食堂全体に、負のオーラが、拡散していたのだった。
黙って、成り行きを、見守るしかなかった。
そんなこととは知らず、陰険、いじわると、罵倒するリーシャの声だ。
静まり返っている食堂内に、響いていたのである。
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