第156話
二人が通う、クラージュアカデミーの食堂。
昼食ではない、時間帯以外は、生徒や教師たちの、交流の場のティールームとして、開放されていたのである。
生徒たちの憩いの間として、カフェテラスもあったのだ。
だが、混雑していたため、比較的に、人が少ない食堂に、足を伸ばす生徒がいた。
生徒や教師たちが、それぞれに賑わって、大盛り上がりだ。
空き時間を利用し、訪れている生徒や、授業をサボってきている生徒たちで、食堂が溢れている。
美術科の空き時間のリーシャたちは、窓側の一角に陣取り、和気藹々と、談笑していた。
一部の生徒や、教師たちからの好奇な双眸を、投げかけられていたのだ。
けれど、気にする素振りもみせない。
友達との有意義な時間を、ただ、ただ、過ごしている。
リーシャたちの丸テーブルに、ジュースやスナック菓子、乱雑に、お菓子が置かれていた。
ほとんど、イルとルカが、消化していたのだ。
時々、ナタリーやリーシャ、ラルムが、摘む程度。
盛り上がっている話題の中心は、今度、行われる、クラス対抗戦の種目についてだった。
クラージュアカデミーでは、年一回、他の科の生徒や、クラスメートの親睦を、深めるため、クラス対抗戦が行われていたのである。
種目は、陸上や球技など、様々だ。
一人で、最大四つまで、エントリーでき、必ず、一人一種目は、義務付けられていた。
「スポーツ科、燃えているらしいよ」
すでに、イルが、聞き込んでいたのだ。
「輝ける瞬間って、スポーツ科の生徒って、ここしかないからね」
間食とは思えない、食っぷりを披露しながら、何気に、ルカが毒を吐いていた。
クラージュアカデミーのスポーツ科の生徒たちは、国でも、優秀な記録を出し、将来のスポーツ選手の有望株として、連なっていたのだった。
だが、その栄光を、ハーツパイロットを養成している特進科の生徒たちに、持っていかれ、影が薄い状況に、陥っていたのである。
周知に事実として、校内に、広まっていたのだ。
他の科の生徒たちは、可哀想と、スポーツ科の生徒たちを憐れんでいた。
それを払拭したいがため、日々、鼓舞奮闘していたが、未だに、その境遇から、脱却できない。
年に一度だけ、脚光を浴びる日が、訪れようとしていたのである。
それが、クラス対抗戦だった。
そして、ここぞとばかりに、優秀さをアピールするため、存在が埋もれつつある、スポーツ科の生徒たちは、毎年クラス対抗戦に、闘志を燃え上がらせていた。
「だから、放課後、練習しているのね」
なるほどと、ナタリーが頷く。
最近、スポーツ科の生徒たちが、放課後、真剣な表情で、取り組んでいる姿を、見かけるたび、何事かと、首を傾げていたところだった。
鬼のような形相で、スポーツ科の生徒たちが、訓練していたのだ。
「そうなの?」
放課後まで、学校にいない、いたとしても、高級車で、帰るリーシャは、がむしゃらに励む、スポーツ科の生徒たちの光景を、目の当たりすることがなかった。
そのため、そうした異様な光景を、目にしていない。
「鬼気迫るって、感じかな」
以前、見かけた状況を、ナタリーが、掻い摘んで説明してあげた。
スポーツ科の生徒たち、ほぼ、全員が居残り、それぞれが選択している、競技とは違う種目を、日々、猛特訓していたのである。
他の生徒たちは、そこまで、熱心になれない。
バカげた真似をしていると、皮肉めいた、忍ばせ笑いをしている生徒や、関係ないと、傍観している生徒が、大半を占めていたのだ。
「頑張っているんだね」
「そうだね」
にこやかに、ラルムが相槌を打った。
「でも、そんなに、りきんでも、しょうがないんじゃないの? だってこれって、親睦を深めるためって、言ってるじゃない?」
素直な疑問を、リーシャが吐露していた。
人の裏を読めない、リーシャだ。
イルとルカが、呆れるしかない。
視線だけで、王宮の住人になって、大丈夫なのかしら?と、互いに、語り合っていた。
そんな二人を、いつものように、ナタリーが窘めている。
「二人とも」
「すいません」
ルカが、謝るのを、きょとんした顔で、リーシャが眺めている。
何で、ルカが叱られているのか、わかっていない。
やれやれと、イルは、スポーツ科が置かれている状況を、教えてあげる。
「バカね。このところ、美味しいところを、アレス殿下やリーシャが、持っていっているからじゃないの?」
クラージュアカデミーに、多くの取材申し込みが、殺到していた。
けれど、大体が、新婚の二人に関することだった。
残りの、極僅かな取材が、特進科のものだと語る。
そして、一件か、二件ぐらいが、スポーツ科だと、告げたのだ。
初めて聞く話に、純真に、感心している。
そんな仕草に、ナタリーたちが、苦笑してしまう。
「そうなの? だって、毎日、取材しなくっても、流れているじゃない?」
「それとは……」
「だって、今日のメニューとか言って、本当に、食べているものとかが、流れていたのよ」
さすがに、その映像を見た時の、驚愕といったら、なかったのだ。
実際に、食べていたものが、見事に当たっていて、人が、食べているものに、そんなに興味があるのかと、衝撃的だった。
ふと、テレビやネットに、流されている自分たちの映像を、思い返している。
登校している高級車の画像や、公務、パーティーなどに、出席している映像が、たくさん流出していたのだった。
ウィリアムとユマたちが、嘆いていたことも、付け加えて思い出していたのだ。
「もっと、知りたいのよ。話題の二人をね」
「別に、普通なのに」
そっけなく、リーシャが呟いていた。
逆に、変なの?と、ラルムに、意見を求めている姿に、どこがよと、間抜けなリーシャを、三人が無遠慮に眺めている。
「話を、戻さないと」
修正しなさいと、ナタリーが視線で、イルを促した。
「話を戻すと。少しでも、この中で、輝きたいと、スポーツ科の生徒たちは、思っている訳。これ以上、アレス殿下や、リーシャに、話題を独占させたくないと。勿論、特進科の生徒にもよ」
「だから、頑張っているのよ」
ピザを食べながら、ルカが後押しした。
いくつのピースを、食べているのかも、わからないほどだ。
「……なるほど」
状況を、ようやく飲み込んだ。
「ところで、二つにエントリーして、大丈夫なの?」
忙しいスケジュールをこなす身体を、ナタリーが案じていたのだ。
その瞳には、労りの心が、籠もっている。
クラス対抗戦に、二つの種目に、リーシャが、エントリーしていたからだった。
美術科の生徒たちは、大概一つしか、エントリーしていない。
だが、どういう訳か、リーシャのクラスだけ張り切り、いろいろな種目に、生徒たちを送り出していたのだ。
「大丈夫。このところ、あっちで訓練して、身体を動かしているから」
前よりも、鍛えているから、平気だと、身体のあちらこちらを叩き、丈夫さをアピールしてみせていた。
おどける姿に、どこか、心配げな眼差しを、ナタリーが注ぐ。
「ナタリーたちは?」
「私は、三つかな」
「高飛びと、バレーの二つ」
「イルと同じ、二つで。種目は、バスケと砲丸だったかな」
やる気を、一切、見せないルカ。
誰よりも、食べることに夢中だった。
隣に座るラルムに、視線を巡らす。
「僕は、四つ」
「フルに出て、大丈夫?」
「平気だよ」
何でもないよと、ニッコリと微笑んだ。
「ラルムは、ラストのリレーにも、出るのよ」
自慢げにイルが、ラスト競技である混合リレーに、出場するのを話した。
「あのリレーに?」
「そうよ」
自分を、自慢しているかのように、イルが胸を張っている。
リーシャが、公務で不在の間に、種目が決まっていて、後から、出られる種目を、選んだのだった。
だから、誰が、どの種目に出るのか、全然、把握していない。
「凄いでしょ」
ますます、鼻高々に、イルがなっている。
学校行事に、関心が回らないリーシャでも、ラストのクラス対抗で行われる、混合リレーが、いくつかある、花形の種目であることぐらい、把握していたのだった。
選ばれた、ラルムの勇姿が、どれだけのものかと、じわじわと、噛み締めていた。
「凄い。ラルムって、走るの、得意なの?」
飛び上がるように、喜んでいた。
嬉しそうにラルムが、顔を綻ばせている。
「どうかな。でも、選ばれたからには、頑張るよ」
「謙遜しないでよ。クラスの中じゃ、ダントツで、記録がいいんだから」
「そうなの? イル」
情報通として、イルが、精通していたのである。
いろいろと興味があり、幅広く、情報を仕入れていた。
「スポール科の連中が、舌を巻くくらいよ」
「凄いじゃない。ラルム」
「イル。少し、オーバーだよ」
鼻息も荒いイルに、むず痒くなって、苦笑している。
「頑張って。他のクラスに、負けないでね」
拳を作り、リーシャが応援した。
「ああ」
少し、照れながら、頷く。
そこへ、珍しい一団が顔を見せ、食堂内は、どよめきが湧き起こっていたのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。