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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
164/423

第155話

 日付が、もう少しで、変わる頃。

 筆頭秘書官であるウィリアムが、アレスの部屋に訪れていたのである。

 打ち合わせをするためだ。


 大幅な時間を、トレーニングに充ててしまっていたせいで、こんな遅い時間しかなかったのだった。

 まだ、王太子としての仕事も、数多く、残っている状態だ。

 国の命運が、掛かっている、デステニーバドルのトレーニングを、しているからと言って、王太子の仕事が、免除される訳ではない。

 きっちりと、仕事は仕事として、こなしていたのである。


 打ち合わせをしていると、母方の叔父であるハワード・アルカヴィス伯爵が、尋ねてきたと知らせを受けていた。

 アレスとウィリアムが、部屋で出迎え、アレスとハワードが、ソファに腰掛けた。

 アレスの背後に、ウィリアムが控えている。


 ウィリアムが残っていることに、ハワードが、いい顔を滲ませていない。

 僅かに、眉間にしわを寄せている。

 目の前のハワードを、捉えているアレス。


「こんな時間に、それも、無理やりに、面会を求めてくるなんて、アルカヴィス伯爵の行動とは思えませんね」

「もう少し、早くから、求めていたのだが?」

 数日前より、面会を求めていた。

 けれど、トレーニングや、執務などの仕事に負われ、面会が叶うことがなかったのだ。


 ハワードとしても、こんな時間に、来たくはなかった。

 咎めるような眼差しでも、アレスは、飄々としたままだった。


「知っていました。私にも、都合と言うものがあるので」

「だから、待っておりました」

 アレス自身、ハワードとの面会を、警戒していたのである。

 だから、無視していたのだった。


 チラリと、ハワードが黙って、控えているウィリアムを窺っていた。

 そして、正面にいるアレスを捉える。

「ウィリアム殿を、下げて貰えないだろうか?」

「それは、できませんね」


「叔父としての、願いでもか」

「勿論です。私は、王太子です」

 一歩も、譲ろうとしない。

 幼い頃から、アレスを見てきたのだ。

 アレスの性格を、それなりに、把握していたのである。

 思考すること、数秒、軽く、息を吐いた。

「……。わかった」


 二人の間は、常に、王族と、貴族でしかない。

 アレスが、王太子と決められてから、ハワードはアレスの勢力側の一員として、陰日向に動いて、アレスや、妹セリシアを、彼なりに支えていたのである。

 けれど、二人には、親しい交流がない。


 アレスの勢力側にいて、距離を置いていたし、アレス自身も、ハワードとの距離を取っていたのだった。

 親族だけに、力を持たせないと言う、スタンスにすることで、アレスの勢力に付く者を、拡大していったのだ。

 元々、セリシアの生家であるアルカヴィス伯爵家は、アメスタリア国において、大きな貴族の勢力側に立っていなかった。

 権力も、力もない、野心さえない、ただの、平凡な貴族の一族だった。


 けれど、セリシアが、国王の次男ヴォルテの元に、嫁ぐことにより、これまでの、穏やかに暮らしてきた生活が、ガラリと、変貌してしまったのである。

 暗躍蠢く、勢力に加わるしかなかったのだ。

 大きな渦に、埋もれないように、貴族社会で、立ち舞わざるをえなかった。


 だが、アレスが、王太子となったことで、僅かだが、強大な力に魅了され、小さな願いが、ハワードの胸の中で芽生えて、そのパイプを、より太くしようと、いろいろと画策を抱いていたのだった。

 結局は、自分の子供に、娘が生まれることはなく、弟や妹の娘を、アレスの妻にと、密かに巡らせていたのである。


 その願いが、叶うことはなかった。

 ハワードの妹であり、アレスの母でもあるセリシアが、敬遠していたためだ。

 強大な壁であり、恐怖の対象でもある、シュトラー王のことを、踏まえての行動だった。

 娘を利用されようとしていた、弟や妹も、難色を示していたこともあり、策としては愚作に近かったのである。

 そういった経緯もあり、二人の関係は、微妙な関係でもあった。


「では、用件を聞きましょう」

「……近頃、メディアで、不仲説が流れているのは、ご存知ですか? 王太子殿下」

「知っております」

「あまりいい傾向とは、思えません」


 アレス側としては、メディアに、大きな圧力をかけてはいない。

 ほぼ、静観する立場を、取っていたのである。


 ウィリアムとユマが、密かに、動いていることは把握しつつも、アレスとしては、強く命じていなかったのだった。

 ただ、リーシャにだけ、降りかかるなとだけだ。

 そのため、リーシャ自身は、二人の不仲説が流れていることは、知っていても、どう、流れているのかまでは、知らなかったのである。


「動かないことが、もっともな得策かと、思いますが?」

 どことなく、母親のセリシアの雰囲気に似ている、ハワードに視線を注ぐ。

 ハワードとセリシアは、四つ違いの兄弟で、面差しは、似ていなかった。

 二人の下には、弟と妹が、一人ずついたのである。

「……」


 アレスの意見にも、一理あり、何も言い返せない。

 逆に、強く否定すれば、するほど、不仲説に、真実に彩られてしまうからだ。


「パーティーなどで、何度か、二人を拝見しましたが、どちらなのですか?」

 探るような、ハワードの眼光。

 ただ、笑みを漏らしているだけのアレス。

「私たちは、まだ、出逢って、間もないのですよ」

「……」


「ですので、よそよそしいのも、仕方がないでしょう」

「ラルム殿下とは、親しいようですが?」

 食い下がろうとしない。

 琥珀色の瞳を、見つめるハワードだ。

 相手の思考を、読み取ろうとする目だった。


(母上と、同じ目だな。やはり、兄弟だな)


「同じクラスで、元々、親しく、交流していたのです。当たり前ではないですか? 逆に、よそよそしくしていたら、何かあるのではないかと、思ってしまうのですが?」

「……」

 微かに、ハワードの双眸が、険しくなっていく。

「ただ、危惧しているようでしたら、リーシャの方にも、気をつけるようにと、注意はしておきます。それで、よろしいでしょう」


「……そうお願いします。王太子殿下」

「なんでしょう?」

「ラルム殿下側の動きが、活発です。何か、策を講じた方が、よろしいかと?」


 ラルム側の付いている勢力が、水面下で、動いている報告は受けていた。

 そうした動きにも、何も反応を示すこともない。

 ただ、黙って、報告を受けているだけだった。

 誰一人として、アレスの思考を、読むことができずにいたのだ。


「静観するべきですね。何せ、陛下ご自身が、私を王太子と言う立場を、命じたのですから、その事実は、なかなか覆らないと、思いますが?」

「ですが?」

 まだ、納得いっていない顔を覗かせている。

「心配、ご無用」

 有無を言わせない、アレスだ。


 シュトラー王を、髣髴とさせる双眸。

 ただ、気圧されるハワードだった。

 だが、ここで、退く訳にはいかない。


「……ですが、何があるか、わかりません」

 チラリと、デステニーバトルの数値が、アレスの頭を掠めている。

 ただ、一瞬だけだ。

「そんなもの、ありませんよ」

 口角を上げ、優雅に、微笑んでみせた。


「殿下についている者たちの中にも、大変、この状況を、よしと見ていない者が、多くいます」

 離婚をさせることなく、アレスに、側室を設けようとする動きがあったのだ。

 顕著に現れているのが、アレス側の勢力に、ついている貴族たちだ。

 自分の娘や妹、近い年齢がいなければ、親戚の中で、アレスと近しい年齢の娘を、傍につけようとする者が、現れていたのである。


「知っております」

「そちらは、どうする、お考えですか?」

 鬱陶しいハエとして、アレスを悩ませていたのである。

 ここで、怯む訳にもいかない。

 平然と構えている。

「何も」


「しないのですか?」

「はい」

 アレス側に、ついている勢力の派閥の中で、ハワードの位置は、真ん中ぐらいの位置だった。王太子の叔父と言う力を、使うことなく、おとなしく、勢力の派閥の一人として、動き回っていたのである。

 そうして、アレス側の人間を、増やすことに、成功していた。


「殿下」

 窘めるような視線。

 けれど、アレスの態度は、揺るがない。

「おとなしく、していてください、アルカヴィス伯爵」

 盛大な溜息を、ハワードが吐いた。


「……わかりました」

 その後も、いくつかのことを話し合い、顔を顰めつつ、ハワードが帰っていった。




 ハワードと、入れ替わるように、セリシアが、部屋に訪れたのだった。

 訪問した理由は、兄であるハワードが、強引に面会したことを聞きつけたからだ。

 セリシアにも、何も告げず、勝手に、アレスに面会を求めたのである。


 同じように、セリシアにも、ソファに腰掛けて貰った。

 セリシアの正面である上座に、腰掛けたアレス。

 先ほどと、同じように、ウィリアムも、アレスの背後に控えていた。


「ウィリアムも、控えていたのですね」

「はい。セリシア妃殿下」

「それなら、いいのです。必ず、兄の面会には、控えているように」

 妹であるセリシアの知らないところで、ハワードが、コソコソと、動き回っていることを、セリシアも、アレスも、気づいていたのだった。

 そうしたこともあり、それぞれ、ハワードのことを警戒していたのだ。


「はい」

「それで、何を言ってきたのですか?」

「不仲説のことを」

「それだけですか」

 相手の本心を探ろうとする、セリシアの双眸。

 小さく、アレスが笑っている。

 あまりに行動が、ハワードと、似ていたからだ。


「えぇ。勿論ありました」

 ハワードのことを、すべて伝えると、セリシアが嘆息を漏らしていた。

「困った人です」

「そうですね。動かない方が、懸命なのに」

 焦っているハワードの姿を、アレスが思い返している。

 些細なことではないと、捉えているセリシアだった。

「……ラルム殿下の存在も、あるのでしょう」


(だろうな。ラルムが、急に、戻ってきたことによって、焦っているのだろうな)


 他人事のような、アレスの振舞い。

 セリシアが、小さく、嘆息を吐いている。

 ハワードのことを、嘲笑しているアレスは、気づかない。


(アレスは、何を、考えているやら……)


「殿下は、どうするのですか?」

 密かに、セリシアの元には、アレスの近しい娘の話を、それとなく、持ちかけてくることが、多くなってきていたのである。

 セリシアは、そのすべての話を、無視していたのだ。

 シュトラー王が、気づかない訳がないからだ。


「別に」

「……もう少し、仲良くする振りは、できないのですか?」

「……努力は、していますよ」

「そうは、見えませんが」

「そうですか」


「振りをしていれば、このような事態は、起こらないと、思うのですが?」

「変わらないと思います」

 とても、母と息子の会話とは思えない。

 互いに、相手の懐を、探っているのだ。


「王太子殿下。もう少し、妃殿下に、優しく振舞ってください」

「えぇ。意見は、聞きましょう」

 さらに、口を開こうとするセリシア。

「仕事が、まだ残っているので、そろそろよろしいでしょうか」

「……。わかりました」


 下がっていく、セリシア。

 部屋には、アレスとウィリアムの二人だ。

 立ち上がり、身体を、仕事が溜まっている机に、傾けている。


「ウィリアムも、下がれ」

「わかりました」

 残っている仕事に、向かって行くアレス。

 頭を下げ、アレスの部屋から、下がっていくウィリアムだった。




 部屋を出て、歩いていると、その先で、セリシアが待っている。

 ウィリアムの姿を捉えると、セリシアが、自分に仕えている侍女を下がらせた。

 セリシアの前で、立ち止まる。


 視線を伏せるウィリアム。

「あの子は、何を考えているのです」

 唐突なセリシアの問いかけ。

「殿下なりに、リーシャ妃殿下と、距離を詰めております」

「嘘をつかなくても、いい。私のところにも、ケンカが堪えないことは、届いています」

「……」


「妃殿下の様子は、どうなのですか?」

「はい。気丈に振舞っております」

「今は、それで、どうにかなるかも、しれません。ですが……」


(王室は、甘いところではない。アレスだって、わかっているはずなのに、なぜ……。私には、ヴォルテがいたから、こうして、やってこれた。けれど、頼る人がいなければ、いつか、壊れてしまう……)


 顔を顰めている、セリシアだ。

「……お二人は、互いに、会って間もないです。もうしばらく、お時間を」

「そんな悠長なことを、言っていられるのですか?」

 咎めるような眼差しを、セリシアが注いでいる。

 不甲斐ないと抱くウィリアムは、一身に受けていたのだ。


「……」

 ウィリアムの耳も、リーシャとラルムが、アレス以上に、親しく話をしていることが、入っていたのである。

「なぜ、陛下は、妃殿下と、あの子を、結婚させたのかしら……」

 何気ない、セリシアの呟きだ。

 それに対し、ウィリアムは、口を閉ざしていたのだった。


 もう一度、双眸をウィリアムに巡らす。

「とにかく、あの子が動かない以上、あなたたちの方で、何か方策を、見つけなさい」

「承知しました」

 言質を取ったセリシア。

 伏せているウィリアムから、一人で離れていった。

 セリシアが、見えなくなるまで、ウィリアムが、その場に、立ち尽くしていたのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

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