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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
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第154話

 王宮にある、トレーニングルームの前。

 アレスのボディーガードが、立っている。

 この奥では、身体を鍛えているアレスが、一人で、トレーニングを行っていた。

 そして、ボディーガードたちは、王太子のアレスを、警備するため、部屋の前で、トレーニングが終わるのを、我慢強く、待機していたのである。


 ボディーガードが、中に入ることを、禁じられていた。

 集中して、鍛錬したいためと言う理由からである。


「極寒のように、冷えていたな」

 ボソリと、一人のボディーガードが呟いた。

 トレーニングルームに、閉じこもってしまったので、本来の仕事ができない。

 だからと言って、部屋の前から、離れることもできなかった。


「ああ。傍にいるだけでも、凍えるな」

 そう漏らしながら、嘆息を吐いていた。

 防寒の設備が整っている、宮殿の中にいるボディーガードたち。

 寒い訳ではない。

 ただ、鋭利な棘を、身体中から放出している、今日のアレスの、不機嫌な現状に、慄いていたのだ。

 同時に、ボディーガードは、疲れきった、溜息を漏らす。


 いつ、終わるのか、わからないトレーニング。

 ただ、ひたすらに、扉の前で、控えている。


 この時間帯は、トレーニングの時間ではなかった。

 急遽、アレスの変更命令により、時間がわかってしまった。

 開きそうもない扉に、視線を注ぐ。

 部屋の中で、アレスが、一人で汗を流している。

 気が済むまで、何時間でも、しているのだ。


「また、したようだな」

「……そのようだな」

 誰が、聞いているのか、わからないので、二人が、ケンカしているとは、口にしない。

 聞かれた方も、瞬時に、相手が、何を言っているのか把握し、苦りきった顔を覗かせていた。

 二人の雰囲気が、よくない時に当たり、互いに、災難と、顔を滲ませている。


「いつになったら、出てくるんだろうな」

「さぁな」

 いっこうに、出てくる気配のない扉。

 ただ、二人して、眺めていた。


 当番である、今日のボディーガードたちは、アレスの機嫌の悪さに、嘆いていたのだ。

 理由は、不明だが、リーシャとの間で、言い争いをしたのは明白で、それが、何なのかまでは、把握できないでいた。

 ボディーガードの身分で、王太子に、聞ける通りがない。


「何で、こんな日に、回ってくるんだろう」

「そうだな。傍にいるだけで、ナイフで、切り裂かれるかと、思うぐらいに、凄いよな」

 二人の口からは、愚痴ばかり、出てしまう。

「俺なんて、冷徹な顔で、何度、見られたか」

「あーいう時の顔が、一番、キツいからな」

「だろう」


「しょうがないさ。運がなかったと」

「そういうけどな。この前だって当たって、連続なんだぞ」

「俺は、その前の時に、当たった」


 今日の状態の悪さは、いつも以上に、酷かった。

 よりにもよって、そんな日に、当番が回って来るなんてと、落ち込むしかない。

 同時に、嘆息を吐いてしまっていた。




 そんなことを、ボディーガードたちが、話しているとは知らず、アレスは、ひたすらに筋力アップの、トレーニングに、勤しんでいる。

 本来のトレーニングの時間は、まだ先で、王太子としての雑務や、講義が、詰まっていた。

 けれど、どれも、キャンセルし、デステニーバトルのための、トレーニングに、充てると命じたのだ。


 国の威信をかけた、デステニーバトル。

 五年に一度、開催され、世界のリーダーとなる、最高理事の議長を、決めるのである。

 国としては、重要要項の一つである。


 デステニーバトルに、出場するため、アレスは日夜、王太子としての仕事以外にも、訓練を行っていた。

 そして、これは、その基礎となる、体力造りを、目的としたものだった。


 ここに来て、一時間も、黙々と、休憩を挟まず、身体を動かす。

 心地いい、疲れに、いったんやめ、タオルで汗を拭う。

 トレーニングルームは、アレス個人用で、その時の気分に合わせ、できるように様々な器具が、備わっていた。

 隣の部屋は、リーシャ個人用の、トレーニングルームになっていたのだ。


 部屋の主がいない方へと、視線を巡らせた。

 脳裏には、たくさんの出来事が、蘇らせている。

 そのどれも、面白くない。

 腹立たしいものばかりだった。


「……」

 どんなに、身体を痛めても、悶々としたものが晴れない。


(なぜ、ラルムと一緒になる)


 気を抜くと、すぐに、余計なことが、入り込んでしまう。

 それらを考えたくないため、トレーニングをしたはずなのに。

「忌々しい」

 顰めっ面になってしまう。

 思考のすべてを、埋め尽くしていたのは、リーシャとラルムが、二人して、カーラの元へといったと言うことだった。


 二人で、カーラの元へいったと耳にし、いても立ってもいられなかった。

 密かに、その深夜に、王宮を一人で抜け出し、カーラが住む、裏街に真相を確かめに、足を伸ばすほどだった。

 カーラの口から、二人の様子を聞き出し、余計に、苦々しく、感じるようになっていたのだ。


「偶然? 王妃様を、口実に様子を、見に来たのだろう」

 何かと、ラルムが、失敗ばかり繰り返すリーシャを、気遣っているのは、把握していた。

「なぜ、あいつの周りをうろつく」


 王宮に、つれられてきた時も、早急に、リーシャと会えるように、図っていたと、後から聞いたのである。

 それに、結婚が決まり、ようやく会えることになり、一目散に会いにいき、二人して、話している現場を、アレスが目撃していたのだ。

 その後も、ことあるごとに、ラルムが会いにきていた。


(友達だと……、友達のために、立場を考えず、姿を見せるのか……)


 心の中で、ずっと、抱いていた疑問を、吐き捨てた。

 鋭く、目を細めている。

 いつの頃から、わからないが、友達と言う言葉を、鵜呑みのできなくなっていたのだ。


 二人は、友達だと、互いを称していた。

 だが、ラルムの行動は、友達の範疇を超えている。


 第二継承権を持つ、ラルムの周囲と、第一継承権のアレスの周囲では、互いに、牽制しあっていたのだ。

 現在は、静かに、様子見をしている状態だった。

 それが、ひっくり返って、激しい動きに変わるのか、読めない状態だ。

 本人たちに、そうした意図がなくても、周りの人間が、ピリピリとし、敵対関係にあった。


 ラルムにとって、リーシャは、敵対する相手の妻なのである。

 その関係になっている以上、リーシャも、近づくべきではないし、それを一番理解しているラルムも、手を差し伸べる真似をしてはいけなかった。

 それにもかかわらず、リーシャと会い、警戒している周りの動きを、鈍感なリーシャにけとられないようしている節が、見え隠れしていたのである。


 穏やかな、微笑みを絶やさないラルムの姿。

 脳裏の映像が、リーシャの姿へと、変わっていく。


 アレス自身も、何度か、ラルムとの関係について、苦言を呈した。

 けれど、仲のいい友達だと言って、聞き入れない。


「お前は、王太子妃なんだぞ」

 いっこうに、王太子妃としての自覚が芽生えず、そうした振舞いができない、リーシャに対し、咎めることを零していた。

 最近では、そうした面が面白いなと、抱くこともあった。

 だが、この件に対しては、どうしても、許せなかったのだ。

 ふと、測定検査の結果が、頭の片隅に掠めている。


 いやな記憶を、払拭しようと、トレーニングを始めたのに、完全に、呼び戻ってしまった。

 気持ちが、落ち着かない。

「……絶対、覆してみせる」


 闘志を燃やし、自分と、リーシャの組み合わせの方が、上であると、証明しようと躍起になっていた。

 そのため、リーシャとの訓練を、開始するようにと、命じていたのである。


「このままには、しない」

 歯噛みしていると、赤いタオルが、視界を捉えている。

 赤から、連想されるものが、思考全体を埋め尽くす。

 それは、赤いペンダントだった。

「……」


 赤いペンダントは、リーシャのもので、ラルムから、贈られたものだ。

 贈る現場を、くしくも見てしまう。

 釈然と、できぬまま、その記憶が蘇り、苦虫を潰していた。

「またか……」


 僅かに、感情が荒くれている。

「何で、あんなものを……」

 それ以上の思考を、してはいけないと、訴えていた。

 そして、拒否するかのように、奥深くで、何かが、閉ざすような感覚を抱く。

 深く、考えては、ダメだと、心が訴えているかのように。


(ますます、気分が悪い)


 気分を晴らすため、来たはずなのに、より一層、悪くなっていった。


(どうしたらいい)


 こんな状態で、リーシャと顔を会わせれば、ボロボロになるまで、泣かせそうで、会うことができない。

 本当は、心の落ち着きを戻すため、リーシャをからかって、怒った顔や、剥れた顔、笑った顔を、楽しみたかったのである。

 この心境のままでは、どんなことを言うのか、わからない。

 だから、こうした感情を振り払い、少しでも、早く会うため、身体を疲れさせ、痛めつけていたのだった。


 さらに、この後、四時間以上の、強硬なトレーニングに挑み、メチャクチャに、身体を酷使させていた。

 尋常ではない、トレーニング時間。

 ウィリアムを始めとする者たちが目を剥き、驚きが隠せない。

 周囲には、疲れた醜態も、見せなかった。

 王太子としての顔を、覗かせていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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