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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
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第153話

 アレスの筆頭秘書官であるウィリアムは、このところ、機嫌が、非常に芳しくないアレスの状況を危惧していた。

 そこで、リーシャの専属侍女ユマを、自分専用の部屋に呼び寄せる。

 呼ばれたユマの方も、そうしなければと、思っていたところだった。

 これ幸いと、仕事をバネッサに引き継ぎ、早々に、ウィリアムの部屋に、足を伸ばしていた。


 新婚の二人の住まいである仮宮殿。

 ピリピリとする雰囲気が、仮宮殿の中に、充満していたのである。


 その解決を、図ろうとしていたのだ。

 二人で、意見交換を、ことあるごとに、設けていた。

 そうやって、穏やかに暮らして貰おうと、気を配っていたのだ。


 大きめなテーブルを挟んで、両側に、腰をかけている。

 他の家具は、個人用の机に、きちんと、整理されている書棚、食器棚や、小さなキッチンが置かれていた。

 部屋の持ち主を、現したかのようだ。

 一つの歪みもなく、鎮座していたのである。


「リーシャ様の様子は?」

 きっちりと、髪を結い上げ、背筋を伸ばしているユマを捉えている。

「お加減が、悪いようでございます」

 やんわりとした表現を使って、不機嫌でいることを伝えた。

「……」

 予想通りの返答だった。


 いっこうに、距離が縮まろうとしない、悪循環な状況だ。

 非常に、彼らの頭を、悩ませていたのである。


 シュトラー王から、結婚の発表を受け、それなりに、大変なことだと、身を引き締め、覚悟をして、仕えていた。

 だが、全然、改善の見込みがない。

 ずっと、闇の中に、埋もれているかのようで、光の筋が見えなかったのだ。


 何度となく、二人の間に、黒い雲が立ち込めていた。

 周囲が、ハラハラとすることが、起こっていたのだった。

 そして、その曇よりする、悪しき空気の頻度が増し、良し悪しの色も度合いも、濃くなっていた。


(どうしたら、よいのやら……)


 溜息を漏らしたいのを、グッと、堪えている。

 二人で、穏やかに過ごされ、これはと、予感を憶える時もあった。

 けれど、険悪なムードの時の方が、多かったのである。


 どうも、些細なケンカをしているようで、侍従や侍女たちが安心して、仕事する日が少ない。

 頭を抱える日常を、繰り返していたのだった。

 より親密になっていくように、二人を見守る役目も、ウィリアムとユマが、担っていたのである。


「ケンカですか」

 わかりきっていることを、ウィリアムが尋ねた。

「そのようです」

 重い肩が、さらに、落下していった。


 気落ちしているウィリアムに、視線を注ぐ。

 王室の暮らしに、不慣れながらも、明るく、一生懸命なリーシャと、気難しいアレスとの仲が、できるだけ、好転すればと、ユマは望んでいたのだ。

 だが、今は、ただ、二人が、互いに心穏やかに、睦まじくいてくれればいいと、願っていたのだった。


 仮宮殿での、二人の暮らしを垣間見て、誰しも、これまでになかったアレスの変化に、驚愕し、恙無く暮らしていただきたいと、抱いていたのである。

 けれど、二人の雰囲気に、合わせたかのように、仮宮殿の侍従や侍女たちに、張りつめる感が漂っていた。


 二人の間で、衝突が起こるたび、アレスが、棘のようなオーラを醸し出し、周りをびくつかせていたのだ。

 それらを改善しようと、対策を、いつも、ひねり出していたのだった。


「で、その原因は、わかっているのですか?」

 ウィリアムの問いかけ。

 申し訳なさそうに、小さく首を振っている。


 二人のケンカの原因が、理解できる時もあれば、今日のように、不明の時もあったのだ。

 わからない中でも、穏やかに過ごして貰おうと、いろいろと、試行錯誤していたのである。

「わからないですか……」


 アレスの方から、その原因を突き止めるのは、至難の業だった。

 口にも、態度にも、示さないからだ。

 ただ、不穏なオーラを、ばら撒いているだけだった。

 だから、日頃から、よく零すリーシャから、突き止めることが多い。


 ウィリアムの脳裏を掠めているのは、感情を表に出さない、アレスのことだった。

 それに対し、感情の起伏があるリーシャと、ことごとく、衝突しているようであった。


(もう少し、感情を、お出しになっても、いいと思われるのだが……)


 誰の前に立っても、アレスが、感情を露わにすることがない。

 決して、家族の前でも、表情一つ変えなかった。

 そんなアレスの行動を、王太子に選ばれた日から、ウィリアムが見続けている。

 そうした行動を、王族や王太子ならば、当然の仕草であると思われるが、リラックスできる家族や、親しい友人の前では、少しぐらい、心を表に出してもいいだろうと、常々考えていたのだ。


 けれど、両親や、祖父母の前でも、表情を崩さない。

 一貫とした行動を、とっていたのだった。

 時として、ウィリアムは、そうした行動を危惧していた。

 感情を表に出さず、心を、開かないアレスを。


(だが、ケンカも、いい傾向なのかもしれない。リーシャ様が、来られてから、少しずつだが、変わってきたようにも、思える気がするのだが……)


 ケンカが、悪いと、捉えていない。

 いい兆しではと、思う節もあったのだ。

 リーシャと出会って、アレスが、変わりつつあると感じていた。

 これまでのアレスからは、考えられない行動を、いくつも、取ってきていたのである。


「周囲には、口止めをしてありますが、反シュトラー王派や、他の勢力の動きも活発で、こちらに、探りを入れている動きが、いくつか、見られます」

 淡々とした、ユマの口調だ。

 現状を耳にし、ついつい、眉間にしわが寄せられる。


 ケンカをしていることが、知られる訳にはいかない。

 特に、敵対している勢力にはだ。


 アレスと、リーシャの様子を、探ろうとするやからが、以前から、仮宮殿の周辺に、出没していたのである。

 それらの対策も、二人が協力し、状況が漏れないように、講じていた。

 王室や、アレスの失墜を狙い、その種が、落ちていないかと、うろついている者が溢れていたのだった。

 それらの勢力から守ろうと、主力を使い、撃墜していった。


「それについては、対処していただくように、副司令官に伝えてあります」

 二人だけの対策でも、近頃、不十分となっていた。

 それほどまで、二人を探ろうとする動きが、見え隠れしていたのだ。


(いつの時代になっても、変わらないですね……)


 昔を、回想するウィリアム。

 時が、いくら流れても、そうした動きが、消えることがない。


「報道、ネットの方は?」

 安心しきれていないユマ。

 さらに、突っ込んだ。


 神経が、過敏になるほど、尖らせても、足りないほどだった。

 それほどまで、二人に対する魔の手が、広がっていた。


「大丈夫です。抜かりはありません」

 落ち着き払った返答に、安堵するユマだった。

 いくつかの情報が漏洩し、報道やネットに流れていた。

 そうした懸念も、抱いていたのだ。

「いかがしましょうか?」


 黙り込んでいるウィリアムに、視線を巡らす。

 その瞳に、今後の不安が、滲んでいたのだ。


「……そうですね」

 曖昧な返事しか、出てこない。

 それぞれに、険悪な状態である二人の姿を、頭の中に描く。

 嘆息を漏らしそうになるのを、同時に、堪えていた。


 二人の傍に仕える者として、アレスとリーシャに、仲良くなって貰いたいと、願っていたのである。

 長年、連れ添うパートナーとして、仲違いしたままでは、辛過ぎるからだ。


(殿下が、もう少し、心を開いてくだされば……)


「お二人で、ゆるりとする時間でも、取れれば、よいと思うのですが……」

「そうですね」

 今後の過密の二人のスケジュールが、一気に、頭の中を流れていく。

 ゆっくりと、過ごせる時間なんて、どこにも、含まれていない。

 調整するのが、無理な状況下に、あったのだ。


「無理でしょうか?」

 真摯な眼差しを、ユマが送っている。

 ユマ自身も、二人のため、仲を深めて貰いと、抱いていたのだった。


「……」

 シュトラー王の執務の一部まで、代行している現状では、無理な話だ。

 これから、調整に入っても、すぐに、そういった時間を取れる、保証がなかった。


 耽っているウィリアムの表情。

 到底、叶わない夢だと察していた。

「気長に、お二人を見守っていくしか、ないでしょうね」

「そうですね」



読んでいただき、ありがとうございます。

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