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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
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第151話

「アレスいる?」

 開けたドアの隙間から、リーシャが顔を覗かせている。

 ようやく、ユマから時間を貰い、アレスを捜していたのだ。

 誰かがいる前では、話せない話があった。


 腰掛けていたアレスが、憮然とした顔を、ドアの方へ傾けている。

 ニコニコ顔のリーシャだ。

 捜しても、見つからなかったので、以前に、隠れ潜んでいた秘密の部屋に、いるのではないかと推測し、訪ねてきたのだった。

 そして、やっとのことで、見つけることが叶った。


「いた」

 周りに、誰かいないかと、アレスが視線を巡らせた。

 誰も、いないことに、一応、アレスだった。


 了承もなしに、勝手に、リーシャが部屋の中へ入り込んでしまう。

 黙って、半眼した目で、眺めていた。

 リーシャの問答無用な態度。

 どこか、慣れ始めていたのである。


 顔を綻ばせながら、アレスの前へ、立っていたのだ。

 無表情の中にも、不機嫌さを醸し出しているアレスが、見上げている。


 朝食の際に、顔を合わした時に、話したいことが、山のようにあった。

 だが、周りに、ウィリアムやユマたちがいたこともあり、聞かれると、不味い話題だったため、話をしたくても、我慢していたのである。

 その後は、互いに、アカデミーに行くが、車内にも、人がいて、話す機会がなかった。


 陽気なリーシャに対し、苛立ちが籠もる声音で、口を開く。

「いつまで、そうしているつもりだ?」

 何で、そんなに機嫌が悪いのよと、ちょっと拗ねてみせる。

 朝から、よくなかったことは、把握していた。

 けれど、この時間帯まで、継続していることに、呆れてしまう。


(どれだけ、引きずっているのかしら?)


 無表情の中で、仏頂面を隠しているアレス。

「相変わらず、機嫌が悪いのね」

「どこがだ?」

「刺々しいオーラ、出しているわよ」

 包み隠さず、思っていることを告げていた。


 誰も、アレスの機嫌の悪さを知りながらも、それについて、触れようとしない。

 何もなかったかのように、スルーしていたのである。


「……だったら、来るな」

 冷たく、吐き捨てた。

「何よ。そんな言い方しなくっても。……せっかく、届けてあげたのに」

 気になる内容に、アレスは眉を潜めている。

 不貞腐れている、リーシャに視線を移し、その手に、小さな紙袋が握られているのを窺っていた。


 入室時は、気分がよくなく、気づかなかったのだ。

 だから、紙袋の存在に気づくのが、遅れてしまったのである。


「用件を、早く言え」

 そっぽを向きながら、用件を求めた。

 早く、この部屋から、出したかったのだ。

 リーシャを、泣かせないために。


「カーラさんからだよ。いつも、貰っているお菓子の、お返しだって」

「……」

 ゆっくりと、浮き足立っている様子を、見上げている。

 そして、顔が顰めていき、その眼差しは、徐々に、険を濃くしていった。


(カーラさんだと)


「……行ったのか?」

 低い声で、尋ねた。

「うん」

 悪びれることもなく、あっさりと頷いていた。


「秘密の通路を使って。頑張って、憶えたんだから」

 凄いでしょうと、胸を張っている姿を、眇めている。


(一人で、裏街に出かけるとは)


 寒々しくなっている表情だ。

 その変化に、リーシャが気づかない。

 自分が話す内容に、夢中になっていたのである。


 いつも、バカにされていたので、見返してやろうと、秘密の通路を必死に憶え、一人でも、通れることを、自慢しようと、うずうずしていたのだった。

 それと同時に、常に、落ち着き払っているアレスを、思いっきり、驚かせたかった。

 ただ、純粋な気持ちだけだった。


 むくっと、立ち上がり、咎めるような視線を注ぐ。

 不穏な雲行きを、ようやく感じ始めていた。

「アレス?」


「約束したはずだ。勝手に使うなと」

 冷たい声が、部屋に響いた。

 ウィリアムや、秘書官たちだったら、ただちに、頭が垂れていた状況だ。

 悪い空気を、肌で感じるが、ただ、それだけだった。

 全然、危機感を、察知していない。


「大丈夫だって。迷子にならないように、一つを、徹底的に憶えたから。そこだけ使えば……」

 何でもないことだと言う態度に、さらに、非難めいた視線を巡らせた。

 物凄く、アレスが激怒していることを、察知できないでいる。


(……何を、考えているんだ!)


 烈火のごとく、心の内側で、激しい嵐が、巻き上がっていたのだ。

「それは、結果論に過ぎない」

「アレス?」

 きょとんと顔で、見つめている。

 いっこうに、反省の色を見せないリーシャに、焦れていた。


「迷ったら、どうするつもりだった?」

 地の底から、湧きあがってくるような声音。

 驚きを隠せない。

 だた、目を見開き、僅かに、口をパクパクさせている。


 迷路のような通路を使い、方向音痴なリーシャが、危険に晒される可能性も、あったから、一人での使用を禁じていたのだった。

 そんな気も知らずに、のほほんと使ったリーシャの身勝手な行動。

 許せない、アレスだ。


 無言の剣幕に、やっと気づく。

「ごめんなさい……。でも、大丈夫だったでしょ? こうしているんだから?」

 誤魔化すかのように、あくまで、気楽な仕草をしている。

 ますます、アレスの目が、細くなっていった。


(まったく、危機管理ができていない!)


「ごめんでば」

 何も、言ってくれないアレス。

 段々と、哀しくなっていく。

 リーシャの中では、お前も、少しはできるように、なったじゃないかと言われると、安易に、考えていたのだ。

 それが、予想が外れ、憤慨している様子に、どうしていいのか、わからず、オロオロするばかりだった。


「それも、一人で、裏街に行くなんて、どういう真似だ」

 危険を察知できないリーシャの身を心配し、アレスの身体が強張っていた。

 けれど、怒られている側は、さらに、怒りが増したと、勘違いしてしまう。


 裏街に行ったと聞き、全身に、冷や汗を流していた。

 それほど、危険な場所であると、認識していたからである。

 それでも、足を運ぶのは、自分の知らない世界への好奇心と、リーシャの嬉しそうな顔を、見たかったからだった。

 そのため、危険を冒してまで、何度も、裏街へと、訪れていたのだ。


「そ、それは、大丈夫。一人じゃないから」

 必死に、言い繕うとした。

 少しでも、機嫌を直して、貰いたかったのだ。

「どういうことだ?」

 怪訝そうに、リーシャを、射抜いている。

 迫力ある瞳。


 負けそうになりながらも、気力を振り絞った。

「ラルムと、一緒だったから」

 何の考えもなく、そのまま伝えた。

「……ラルムだと」


 瞬時に、反応することができない。

 信じられない内容に、間違いかと、自分自身を疑うほどだ。

 そして、言葉の意味を噛み砕いていく。

 ますます、目が細くなっていった。

 アレスの瞳は、怒りと困惑を、宿している。


(どうしよう、さらに怒っている?)


 様子のおかしいアレス。

 説明しなくてはと、さらに、あたふたとした状況に陥っていた。


 秘密の通路を使い、抜け出してから、ラルムと出かけた経緯を、懸命に包み隠さず、必死に、身振り手振りを交えながら語ったのだ。

 そして、その帰りに、カーラからお菓子を渡され、貰ったお菓子を、ラルムに少し分けたことも付け加えていた。

 残りのお菓子を、一緒に食べようと、手をつけず、二人になる機会を窺っていたのだった。


「……」

「ホントに、秘密の通路のこと、話してないから」

 約束を破っていないことを、懸命に、解いていった。


 怒っている原因が、大切な約束を、破ったことだと勘違いし、話していないと謝って、納得して貰おうとしていたのである。

 それ以外のことで、怒りを滲ませていると、知る由もない。


「カーラさんのこと、ラルムに話して、ごめんなさい。それについては、アレスと約束していなかったから、大丈夫かなって思って。ホントに、ごめん、私が、軽率だった」

 反省を口にし、酷く消沈している。

 謝っていくうち、アレスの立場を、思いやれなかったと、芽生え始めていた。


 肩を落としている姿を、ずっと、アレスは捉えていたのだ。

 二人の間に、静寂が流れ込む。

 許しの言葉を、我慢強く、待っていた。

 それしか、今のリーシャには、できない。


 無性に、噛みつきたい衝動を、アレスは内に秘めていた。

 目を閉じ、二拍してから、目を見開いたのだった。

 うな垂れているリーシャ。


「ラルムと、一緒だったのだな?」

 急な問いに、目を丸くしている。

「う、うん……」


 最終確認してから、一言も、喋ろうとしない。

 それに習うような形で、リーシャも、口を閉ざしてしまう。

 でも、その口は、何かを話したそうしていた。

 微かに、唇が動いていたのである。

 躊躇っている仕草を、アレスは、ただ、眺めていたのだ。


(何で、いつも、ラルムが、出てくる)


 表情は、全然、変わらない。

 だが、下ろしている腕の先にある拳が、キツく、握りしめられている。


(どうして、出てくるのだ!)


 心の中で、乱暴に、吐き捨てていた。

 王太子とは、思えない態度だ。

 心の中身は、どうにかなりそうなぐらい、激しく乱れていた。

 強い衝動の、その先を掴み取る。


(これ以上、好き勝手に、させるものか)


 面の表情は、あまり変化していない。

 そのせいもあり、その様子が、見て取れないリーシャだ。

 ただ、約束を破ったことを、怒っているのだと、落ち込んでいた。

 唐突に、アレスが、俯いていたリーシャの右手を、力強く取る。

「?」


 皆目検討ができない行動。

 伏せていた顔をあげていた。

 目の前にいるアレス。

 まっすぐに、リーシャを見下ろしている双眸に、気後れしてしまう。


「ダイヤモンドハーツの訓練に入る」

「ダイヤモンドハーツ?」

 突然の話に、ついていけない。


 他のハーツでも、きちんとした訓練を、受けていなかった。

 それにもかかわらず、ダイヤモンドハーツの訓練を、開始すると言う言動が、理解不能で、どう返事していいのかと、困惑の表情をするしかできなかった。


 混乱している姿をほっとき、アレスが、話を続けてしまう。

「準備しておけ」

「準備って、どういうこと?」

 素直に、受け入れない姿に、忌々しいと言う形相を漂わせていた。

 一瞬、狼狽えそうになるが、持ち堪えている。

 それほど、急な訓練話が、釈然と、しなかった。


「言葉の意味、そのままだ。二人での訓練を、開始する」

「だって、そんなところまで、いっていないよ」

 置かれている状況を言うが、聞く耳持たないと言う顔だ。

「アレス」

「遅いのが、悪い」

「だって……」


「つべこべ言うな」

 さらに、掴んでいた腕に、力を込められる。

 これまで、なかったような語気に、身体が強張っている。

 互いに、自然と、視線が合わさっていたのだ。


(どうして、いきなり、こんなことを言うの?)


 戸惑いの視線を、リーシャが注いでいた。

 先に、その均衡を破ったのは、アレスだった。

 これ以上の話は、不毛だと、立ち去ろうとする。


「アレス。ちょっと、待ってよ、これは?」

 背中に向かって、手にしていた紙袋を上げていた。

 そんなリーシャを無視し、無言のまま、出て行ってしまった。


「せっかく、一緒に、食べようとしたのに……」

 空しい響きだけが、部屋に広がっていた。

 置き去りになってしまった、紙袋に視線を落としている。

 アレスと、食べようと待っていたのだ。


「アレスのバカ」

 唇を尖らせる、リーシャであった。




 その夜、アレスは、単独で王宮を抜け出し、仔細を聞こうと、裏街のカーラの家へと、足を伸ばしていた。

 いても立っても、いられなかったのである。

 勿論、リーシャには、秘密でだ。



読んでいただき、ありがとうございます。

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