第15話 面会
挙式が終わっても、すぐには学校にいけないリーシャのために、シュトラー王の許可の下で学校の友達ナタリー、イル、ルカの三人に会うことを許されたのだった。
リーシャと久しぶりの再会を果たすために、ラルムの案内で宮殿の中を恐る恐るといったような足取りで歩いていた。
三人は宮殿の大きさや広さに呆気に取られている。
「凄過ぎ」
今まで見たこともない高さのある天井や広い廊下に驚き、目が点になって夢心地な気分を味わっていた。
飾られている調度品に触ろうとするイルをナタリーが窘める。
「高いわよ。壊したら、どうするの?」
ナタリーの指摘で、紙一重のところで手を引っ込めた。
すぐ隣にいるルカに視線を巡らせると、同じように触ろうとしている。
触ろうとしていた手をもう一方の手で押さえ込んで、ルカは愛想笑いでその場を取り繕うとしていた。
「えへ」
そんな二人に呆れて、ナタリーは言葉が出てこない。
「大丈夫だよ。ここに飾ってあるのは。小さい頃、僕も何度も触って落としたりしたことあったし」
のん気にラルムが話しかけた。
「いくらなの?」
素朴な疑問を抱いたナタリーは立ち止まって、自分たちを面白そうに眺めているラルムに尋ねた。
「……聞かない方が、いいかも」
「「「……うん。聞かないし、触らない」」」
三人は声を揃えて答えた。
「触るのは大丈夫だよ。本物は違うよ。触れてみるといいよ」
好奇心旺盛なイルが触ろうとした調度品に、何の迷いもなしにラルムは手をかける。
その場に固まって、何事も慎重に考えるナタリーの前へ差し出した。
「どうぞ」
「……私は……」
「大丈夫だよ。こんな機会、めったにないと思うよ」
躊躇しているナタリーから、ラルムはイルとルカにも同じように差し出した。
怖いもの知らずのイルは緊張しながらも、大丈夫という言葉を信じて調度品を受け取ったのである。
「す、凄い。持っちゃった」
「落とさないでよ」
まだ困惑気味なナタリーは調度品を持っているイルに声をかける。もしかしたら落とすかもしれないと疑念が払拭されなかったからだ。
ルカも小さく頷くだけだった。
三人の仲睦まじい光景に微笑みを浮かべ、この和やかないつもと変わらない雰囲気を楽しんでいた。そして、この場にもう一人いないことに寂しさを感じていたのである。
しばらくその場で話し込んでしまい、四人はリーシャが待つ部屋へ少し遅れて向かっていく。
部屋の中ではケーキやお茶などがセッティングされ、四人の到着を待っているだけだった。
ナタリー、イル、ルカの三人を先に部屋の中へ入るように促し、ラルムはゆっくりと部屋へ入って扉を閉めた。
三人とリーシャは強く抱擁し合って、久しぶりの再会を喜ぶ。
陽だまりのような光景にラルムは目を細めて眺めていた。
「びっくりしたわよ、リーシャ。いきなり、王太子と結婚するって、テレビで見た時は。同姓同名じゃないかって疑ったわよ、ホント信じられなかった……。って言うか、未だに信じられないわよ」
「本当に結婚するの? いくら何でも、釣り合わないじゃないの?」
「ねぇ、どうなのよ? 本当に結婚する気?」
「騙し合っているんじゃないの?」
イルとルカはそれぞれに好き勝手なことが口から紡ぎ出ていた。
唐突にとんでもない人と結婚が決まったリーシャを、ナタリーだけが心配そうに様子を窺っているだけだ。
結婚の報道が流された際、三人は物凄く驚き、心配していたのである。
「ま、結婚するみたい。私だって、まだ実感ないんだから」
のん気にいつもと変わらない口調だ。
「本当なんだ……」
「結婚するんだ……」
イルとルカの二人は、リーシャの返答に少し気が抜ける。
「大丈夫? 少し痩せた?」
少し頬がこけたような感じたナタリーが、リーシャの頬に手をかけながら尋ねた。
イルとルカは元気そうな姿を確認して、すぐさま意識を部屋にあるインテリアに興味を持ち始め、二人であーでもない、こーでもないと自分たちだけで盛り上がっていた。
浮かれ気分の二人をほっとき、さらに心配なナタリーは話を進める。
「ちゃんと食べているの? それに眠れている? 眠り姫のリーシャのことだから、大丈夫だろうけど?」
「ママみたい」
「悪かったわね」
「大丈夫。フカフカのベッドで眠っているし、食べる物だって、凄い豪華なんだから、マジでびっくりするわよ。王族って、こんないいもの食べていたのかってぐらいに」
羨ましそうにいつの間にか、話を聞いていたイル、ルカに顔を近づけて、リーシャはおどけてみせる。
二人はいいなと言い、私も王太子と結婚したいとか、のん気なことを口走っていた。
「でも、びっくりしたわよ。リーシャが王太子と結婚って思って驚いていたら、今度はラルムが王太子のいとこで王族って言うじゃないの。こんなびっくりな話が、立て続けに来るんだもん」
素直な感想をイルが漏らした。
宮殿に来る前にラルムは、三人に自分の身分を告白して明かしていたのだ。
その時の三人の驚きは尋常ではなく、腰が抜けるほどだった。
「私だって、びっくりしたもの」
申し訳なさそうに笑っているラルムに、少し拗ねたような表情でリーシャは視線を注ぐ。
「ごめん。僕は僕だから。今までと変わらずにいてよ」
「じゃ、おいしいケーキで手を打ちましょう」
いつも通りに接しているイルが言うと、ルカが同調して賛成と元気よく答え、その光景を楽しげにリーシャが眺め、ナタリーはバカと呟きながら少し眉を上げていた。
学校でのいつもの何気ない光景がそこにあった。
「OK」
ラルムの返事を聞き、二人ははしゃぎ喜ぶ。
「ラルム、甘やかさない方がいいわよ。この二人は図に乗りやすいんだから」
呆れ気味に穏やかなラルムに苦言を呈した。
その苦言を聞いた二人はひどい、そんなじゃないもんと、それぞれにナタリーの苦言を否定する。
「あなたたちの頭の中は甘いものと男しかないの? もう少し、勉強に力を注ぎ……」
「私、フルーツタルトがいいな」
「「「「……」」」」
一瞬の沈黙の後、それぞれ噴き出して笑い始める。
何でみんなが笑っているのかわからない。
きょとんと笑っているみんなを見つめているだけだ。
「えっ? 何?」
「大好きよ、リーシャ」
笑いながらナタリーは、まだこの状況を飲み込めないリーシャを抱きしめる。
何色にも染まっていないリーシャにナタリーはホッとしていた。
「私も」
「やっぱり、リーシャだ」
イルやルカまでも抱きつく。
訳がわからないと答えを求めようとラルムに視線を傾けた。
ラルムはただ楽しそうに笑っているだけだ。
「フルーツタルトだね」
「……う、うん」
釈然としないまま、ラルムの言葉に頷いた。
次の日。ユマの指導の下で講義を受けていると突然に扉が開く。
王妃エレナ付きの侍女が王妃の言付けを伝えるために部屋に入室してきた。王妃がリーシャとの面会を希望している旨を聞き、解放されたいと願っていた講義がいったん中止となる。
密かに中止になって喜んでいたが、すぐ浮かれていた気分が掻き消された。
ユマと共に王妃エレナの部屋を訪ねることになったのだ。
リーシャが宮殿に住むようになって日が浅かったが、未だに面会できずに一度も顔を拝見してはいない。
だいぶ以前に顔をテレビで見た記憶が残っていた。だが、王妃エレナ自体があまりテレビに出る回数も少なかったので、王妃エレナの顔が鮮明に記憶として残っていない。ぼんやりとした表情しか、記憶の中には存在していなかったのである。
その最大の理由が病弱だったと言う点だ。
王太子である孫のアレスも、なかなか王妃エレナと会うこともできないと知った。それを聞いた時にリーシャはどうして?と驚いてしまう。どんなに具合が悪くても子供や孫ぐらいは頻繁にお見舞いとかするものだと思っていたからだ。
宮殿で暮らすようになって、王族って家族との関係が希薄なのかしらと思い始めていた。
「ねぇ、ユマさん?」
先を歩いて、案内しているユマに声をかけた。
スッと優雅に立ち止まり、自分の身体をリーシャに向けてから話し始める。
「リーシャ様。ユマとお呼びください」
「……はい」
抑揚のない声で返事をした。
何度も注意を受けていたが、どうもユマと呼び捨てで呼ぶことに抵抗感があり、ついつい敬称をつけてしまい、そのたびに注意を受ける羽目になっていたのである。
ちょっぴり落ち込んでいた。
「やっぱり、ダメ? なんか呼びづらくって……」
下から少し見上げる形で、おどおどしながら尋ね聞いてみる。
ユマの表情は有無を言わせない。
しゅんと肩が下がっていく。
「……気をつけます」
「ところで、リーシャ様。尋ねたご用件は、何でございましょうか?」
「王妃様って、そんなに身体の具合が悪いの?」
「申し訳ありません。私の口から申し上げられません。ですが、面会が可能と言うことは、気分がよろしいのではないでしょうか」
可能な限りの答えを示した。
余計なことは口にしないのが仕える者の嗜みなのだ。
「そう。病弱って聞いていたけど……。私ってあんまり王室って興味なくって、テレビとかあんまり見なかったから。どちらかと言うとドラマとか、そっち関係のものばかり見ていたから、よく知らなくって……」
少し考え込んでいる姿にユマは視線を傾けていた。
ユマはリーシャに講義をしてみて、王室のことにまったく興味がなかったと言う点を感じ取っていたのである。王室の系図を説明していた時に、こんな人いたのねと驚きの声を上げる姿に、逆にユマ自身が驚かされたと言う経緯があったからだ。
まったくの無知で、一般的に知られている王室の方の名前も顔も知らないことに、どう講義していいものかと表情には出さないものの、ずっとどう教えればよいものかと悩み続けていたのである。
「先を急ぎましょう、リーシャ様。王妃様をお待たせしてはいけません」
「そうね」
それ以後、先を歩くユマと話すこともなく、王妃エレナの部屋まで歩いていった。
王妃エレナの部屋にリーシャとユマが入っていく。
ユマが一緒と聞いて、内心胸を撫で下ろしていた。
誰かがいる、いないでは緊張の大きさの度合いが違っていたからだ。
「こちらにお座りなさい」
王妃エレナに促され、着席し、続いてユマが着席する。
緊張する気持ちを隠さずに、王妃エレナの顔をドキドキしながら見つめていた。
(わぁー、王妃様って、綺麗なおばあ様って感じ)
穏やかで優しそうな印象がある王妃エレナを見て、ラルムの穏やかで優しい印象は王妃エレナから受け継いでいるのかもねと率直な感想を抱く。
「リーシャですね」
「はい。王妃様」
「もう慣れたかしら」
「はい。ユマ……が、いろいろと教えてくれます」
思わず敬称をつけそうにあり、ギリギリのところで踏み止まる。そんなうっかりするところがあるリーシャに気づいたようで、王妃エレナはふと温かい笑みを零していた。
「そのうちに慣れるでしょう。少しずつで構わないから」
「……はい」
気恥ずかしくなり、俯いてしまったリーシャはか細い返事をした。
頬を赤く染める仕草に、新鮮な反応と思ってますますリーシャのことを可愛くなってしまう。
「紅茶が冷めてしまうわ。さぁ、召し上がれ」
「ありがとうございます」
「紅茶が好きって聞いて、ストロベリー紅茶を用意してみたの、どうかしら?」
「大好きです」
(また好きなものだ。何で? 私の好きなものを知っているの? 陛下も王妃様も。どうして?)
用意されている紅茶やお菓子は全部リーシャが好きなものばかりだった。
「リーシャ、顔を上げて。私によく見せてくれないかしら?」
言われるがまま、きょとんとした顔を上げてみせる。
食い入るように透き通るような琥珀の双眸で、訳がわからずに困惑しているリーシャの顔を注視していたのである。
一つ一つの反応が可愛くてしょうがない。
辛うじて可愛らしいリーシャを抱きしめたい衝動を抑える。
「可愛いわね」
「……ありがとうございます」
「目の辺りが、クロス殿に似ていらっしゃるわね」
「王妃様も、おじいちゃんに会ったことがあるんですか?」
「えぇ。そうよ。もう何十年も会ってはいないけれど、私がまだ若い時分によく会って、お話をしていたわ。懐かしいわね、昔に戻ったような気がするわ。こうして話していると、目の前にクロス殿がいるようで」
よくクロスに似ていると言われ、近頃私の顔は男顔しているのかしら? それはそれでいやだな……と少々若井乙女心にグサリと突き刺さる言葉に悩んでいた。初めは大好きなおじいちゃんに似ていると言われ、嬉しかったがよくよく考えてみると、年頃の女の子が祖父の若い頃に似ていると言う意味を把握し、両手を上げて喜べなかったのだ。
「とこでリーシャ」
「はい、王妃様」
「あなたに負担をかけると思います。私はこのように病弱な身体で、あまり公務には携わってきませんでした。いつも王太子であるアレスの母親セリシアに任せてきました。けれど、今度からは王太子妃となるリーシャ、あなたが務めることが多くなってくるでしょう。当面の間は今まで通りにセリシアが代行を勤めますが、徐々に王太子妃となるリーシャが務めることが多くなっていきます。大変でしょうが、頼みます」
用件を伝えると、穏やかな表情に戻っていった。
「……はい、王妃様。頑張ります」
「ありがとう。ところで、好きなものは何かしら?」
「はぁ?」
気が抜けたような声が思わず出てしまった。
(つい最近も同じような質問をされたような……)
「私はリーシャのことを、もっと知りたいのです」
ニコニコと微笑む王妃エレナを凝視してしまう。
「はぁー」
「好きなものは?」
「好きなもの……ですか……」
「何でもいいのです、どんな洋服が好きとか」
答えを求められ、答えていいものかとチラッと近くに控えているユマの様子を窺うと、ユマが軽く頷く仕草を見て、言葉をゆっくりと口に出していく。
「好きなものは、服とかバックに興味があります。どちらかと言うと可愛い系の服が大好きです。バックは今出ている……」
今興味がある服やバックの話をしながら、同じ質問をつい最近にもされたけど、王室ではこういう質問が流行っているのかなと首を傾げ、次々と尋ねてくる王妃エレナの質問に素直に答えていった。
読んでいただき、ありがとうございます。