第150話
アレスに、届けられた三人分のデータが、まとめられたファイルが、時を同じくして、ソーマとフェルサにも届けられ、思わしくない内容に、顔を曇らせている。
別な案件に、取り組んでいたフェルサの元へ、気軽な雰囲気で、ソーマが邪魔しに来ていた。
当たり前のように、他人の部屋で寛ぐソーマ。
部下に、淹れて貰ったコーヒーを、悠然と飲んでいる。
一心不乱に、仕事をしながらも、内心では、辟易していた。
後から、後から、舞込んでくる、終わりが見えない仕事にだ。
けれど、そうした不満を口にしない。
黙々と、フェルサは、片付けていく。
「コーヒー、冷めるぞ」
声をかけられても、コーヒーに目もくれない。
ただ、ひたすらに、仕事をしている。
コーヒーを運んできた部下は、他の仕事も、携えてきたのだった。
厄介ごとに、巻き込まれないように、両方置いて、そそくさと、部下が退散していった。
それに、二人の時間に、踏み込まないのが、部下たちの中で、暗黙の了解だった。
長ソファに、どっかりと腰を下ろし、ソーマが眺めている。
同じように、仕事に追われているはずなのに、部下に、仕事を丸投げし、さっさとフェルサの元へ、来てしまったのだった。
「先に、こちらだ」
答えるのも、面倒だと言う顔つきだ。
真面目な相手に、小さな笑みが零れる。
部下に、任せるソーマとは違い、投げ出さず、勤勉に、仕事をするタイプだった。
「そんなに、勤勉でいたら、長生きできないぞ」
「だからと言って、堕落しても、いいと言う、言い訳にはならない」
「少し、サボっている、だけだろうが」
昔から、変わらない親友に、首を竦めている。
若い時分より、真面目な姿勢が、変わらない。
「データ、見たか?」
「何のデータだ」
そっけなく、答えるフェルサ。
「決まっているだろう、三人分のデータだ」
「ああ。あれか」
ようやく、仕事に向いていた、顔を上げる。
大した内容じゃないなと言う顔だ。
もう少し、危機感を持てよと、ソーマが半眼していた。
「お前が、案じることもあるまい。時間は、まだある」
フェルサの言い分に、複雑そうな顔を、滲ませている。
パートナー同士で、どうにかする問題だったからだ。
部外者が、立ち入れない領域だった。
フェルサが溜息を吐く。
何となく、部屋に来た理由を、そうじゃないのかと、見込んでいた。
なかなか、話そうとはしない態度に、早く、吐露して、仕事に戻ってほしいと、抱いていたのである。
ソーマが、フェルサの性格を把握しているように、フェルサも、ソーマの性格を理解していた。
うだうだと、溜め込んでいるものを、吐き出さない限りは、次のことに、取り掛からないことを、承知していたのだ。
「時間ね……」
フェルサの言葉を聞いても、不安げだ。
そんなソーマに、更なる追い討ちをかける。
「以前のものは、簡易的なものだった。今回のは、れっきとした結果だ」
「はっきりと、言うな」
思いっきり、顔を顰めている。
悩んでも、いないふうのフェルサに、不服を憶えていた。
「わかっていたことだろう」
無遠慮に、核心をついたのだ。
測定検査の結果が、出る前から、こうなるであろうと、予測が出されていたのである。
けれど、ここまで、あからさまに、出てしまうと、ソーマ自身も、憂鬱で、これで本当によかったのかと、疑心暗鬼に襲われていた。
苦虫を潰したような顔に向かって、さらに言い募る。
「そんな覚悟もなしに、お前は、動いていたのか」
呆れた顔を、僅かに、見せるフェルサ。
徐々に、ソーマは、渋面になっていく。
「そんなことは、ない」
「だったら、動じるな」
冷静沈着でいられる相手に、どっかりし過ぎだと、目で睨む。
こちらが、やきもきしているのに、涼しい顔でいるフェルサの神経が、信じられない。
「けどな、フェルサ」
フェルサの仕事の手は、すでに止まっていた。
さっさと、仕事を終わらせるのは、ソーマとの話が終わってからだと、諦めたからだ。
「この結果を、ひっくり返すのは、難しいぞ」
「だろうな」
簡単に、肯定するなと、ソーマが視線をぶつける。
それでも、変化しない顔だ。
(やれやれ。もう少し、親身になって、ほしいものだ)
別な話題を振る。
「近頃の二人は、ケンカが耐えないらしい」
二人の近況を、ソーマが語った。
部下たちを、王太子夫妻が住んでいる仮宮殿にも、放っていたのだ。
無理やりに、政略結婚させたため、二人の様子が気になって、周辺を調べさせていたのである。
「そうらしいな」
「それに加えて、ラルムとは、仲がいい」
「そうらしいな」
若い者たちを案じている様子のソーマを見つめ、咎めている。
(殿下とつけろ。いつになったら、総司令官の自覚が、芽生えるのだ)
気を緩めているソーマの態度を、嘆いていたのだ。
思いに、耽っている姿。
真剣な面差しに、嘆息を漏らしていた。
(確かに。ラルム殿下と、仲が良過ぎるのも、由々しき状態だが……)
思考から戻らないソーマを、捉えている。
二人の周りに、必要以上に、人員を裂くことに、フェルサは難色を示していたのだ。
二人の邪魔でしかないと、巡らせていたのである。
心配しつつも、二人の動向が、気になるシュトラー王とソーマが、必要以上に、部下たちを配備させていたのだった。
(陛下や、ソーマたちも、問題だ。どうしてものか……)
ソーマに届く報告は、フェルサにも、しっかりと届けられていた。
ただ、シュトラー王に行く報告書は、ある程度、二人が精査したものしか、届いていなかった。
「このままの状態が、続いたら、どうする?」
「どうするとは?」
「パートナーだけを、交換させるか?」
ずっと、気にかけていたことを、口に出した。
デステニーバトルのことを考えれば、そうするべきだった。
「それは、無理だろうな」
「だろうな。あいつが、反対する」
反対する、シュトラー王の形相が、目に浮かぶ。
「だったら、見守るしかあるまい」
「見守っても、上がらなかったら、どうするんだ?」
「その時は、その時だろう。お二人の数値だって、悪い訳ではない」
落ち着いた様子で、アレスとリーシャの結果を話した。
「だがな……」
「殿下のことか?」
アレスの元にも、同じファイルが、届けられていることを、二人も、把握していたのである。
「知っただろうな」
重苦しい吐露を、ソーマが吐いた。
「だろうな。賢い殿下のことだから、今回だけの、イレギュラーなものではないことも、知っただろうな」
淡々と、起きただろう出来事を、フェルサが語った。
今回だけの結果では、なかったのである。
「それなのに、よく余裕で、構えていられるな?」
「私たちが、慌てても、結果は、変えられぬ」
「それは、そうだが……」
もっともな意見に、覆すことができない。
ソーマの黒い双眸が、彷徨っている。
国の命運を考えれば、リーシャは、ラルムと組ませるべきだった。
だが、それをシュトラー王が、認めなかったのだ。
リーシャと、組ませるのは、アレスだけだと決めてしまい、それを二人は、腹をくくって了承し、その方向性で、動き回っていたのである。
シュトラー王が決めた以上、その決定には、逆らえない。
「対策は、採るべきだ」
何もしようとはしないフェルサに、声をかけた。
「対策?」
どこか、気が進まぬ顔だ。
「ああ。二人の仲を、進展させる対策を、早急にするべきだ」
「進展……」
「これに、文句は言うまい、あいつも」
「そんな時間、取れるのか?」
「それを、可能にさせるのが、俺たちだ」
胸を張るソーマ。
疲れ交じりの嘆息を、フェルサが吐いた。
「何だ。反対なのか?」
しっかりと、ここに来る前に、案を考えていたのだ。
抜かりがない姿勢に、フェルサが呆れている。
「そういうことでは、ないが。周りが動いても、お二人の意識が、変わらなければ、意味がない」
「その意識を、変えさせる」
声音には、強い思いを重なっていた。
「どうやって?」
「俺に、任せておけ」
「……」
妖しげな眼差しを、傾けるフェルサだった。
「二人には、ゆっくりとする時間が、必要だ」
「……」
いたずらな笑みを見せるソーマ。
いやな予感を抱く。
無理やり、実力行使に出るソーマが、同じように、実力行使に出る、シュトラー王と似ていると、思ってしまう。
互いに、認めようとしないところも、同じと、フェルサは胸に抱いていた。
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