第149話
休日。朝食を終えたアレスが、自室へと戻っていた。
一緒に、食事を共にしていたリーシャは、お后教育などに追われ、いそいそと、退室していったのだった。
午前中はフリーで、午後からは、予定がつまっている状況だ。
空いている時間を、有効に使うため、瞬時に、フリーの時間帯の予定を、組み立てていく。
フリーと言っても、王太子のアレスにとって、自由な時間ではない。
数多に、仕事があったのだ。
チラリと、机に視線を動かす。
今度の会議での、資料などが、整理された状態で、置かれていたのだ。
その量は、膨大なものだった。
とても、フリーの時間に、終わりそうもない。
軽く、息を吐いた。
仕事をしないシュトラー王に代わり、一部分の政務を、高校生である王太子が、担っていたのである。
一つの資料のファイルに、釘付けになった。
以前から、取り寄せを頼んでいた、資料だった。
「ようやく、来たか」
立てていた予定を、一気に、組み直していく。
こちら側の案件の方が、重大だった。
他のものには、目もくれない。
目当ての資料を、手にする。
はやる気持ちを、押さえ込んだ。
そして、ファイルを、食い入るように、読んでいく。
手にしている資料は、詳細なハーツ測定結果のデータ。
重要な政務の仕事よりも、こちらの方が、優先順位が高かった。
至急、取り寄せていたにもかかわらず、時間だけが無駄に経過し、ほしいものが届けられず、ようやく、アレスの手元へ、来たのだ。
資料に目を通しながら、椅子に腰掛ける。
自分のデータに、変化がない。
自分のことを、正確に把握して置きたいため、常々、自分のデータを取り寄せ、確かめていたのである。
アレスだけのデータだけならば、そう時間は掛からなかった。
だが、今回は、別なデータも、要求しておいたのだ。
捲っていくと、注いでいた瞳が、細くなっていく。
「……」
取り寄せた、他のデータは、リーシャ、それに、ラルムに関するものだった。
分析された、ハーツの適合率から始まり、シンクロ率に、稼働率も、記載されている詳細なもので、限られた人間しか、閲覧できないものも、含まれていたのである。
それを、王太子としての立場を利用し、取り寄せていたのだった。
ハーツの適合率に関しては、問題がなかった。
けれど、シンクロ率や、稼働率の数値に、目が止まってしまう。
フリーズし、動けない。
視線がはがせず、ただ、一点を凝視していた。
指先も、動かせないほど、衝撃が、そこにはあったのだ。
「……どういうことだ……」
注いでいる数値。
自分の方と、見比べている。
差のある数字が、信じられない。
それも、僅かだったが。
「……」
どう見ても、変えられない現実だった。
研究員が、単純な記載ミスを、起こすとは思えない。
「どうして、こんな結果に……」
ファイルに、書かれている数値は、自分と、リーシャのシンクロ率よりも、ラルムと、リーシャのシンクロ率の方が、高く表示されていた。
稼働率も、ラルムと、リーシャの組み合わせの方が、高かった。
どの項目を見ても、ラルム・リーシャペアが、勝っていたのだった。
リーシャとの相性が、アレスよりも、ラルムの方がよかったのである。
見間違いをしているのかと、錯覚を起こすほどだ。
単純に、この結果から、読み取れるのは、リーシャと組むのは、ラルムのはずだったと言うことである。
それなのに、実際に、リーシャと組んでいるのは、アレスだった。
おかしな話である。
資料を持つ手に、若干の力が、こもっていた。
信じられない事実に、打ちのめされている。
じっと、記載されている数値を、食い入るように見つめていた。
変わるはずもないのに。
「どうして……」
出されている結果に、疑問符が拭えない。
(腑に落ちない)
「なぜだ……」
それに、気になる点も、あったのだ。
自分たちの結果が、以前、見たものよりも、下がっていた。
結果を見せられ、大人たちが、自分たちの結婚と、パートナーを決めたのかと、思い込んでいたのだ。そして、これを屈返すのは、無理かと諦め、結婚と、パートナーの件を、あっさりと受け入れたのだった。
それと同時に、シュトラー王の決定を、逆らえないことも、重々に、承知していたからでもあった。
自分よりも、相性がいい者がいるとは、その時、全然、考える余地もなかったのだ。
アレスとリーシャの結果だけでも、驚愕すべき数字だった。
それを上回る結果が、存在するとは、思ってもみなかった。
(偶然と言うことは、ないな)
段々と、頭が冷めていき、働き出す。
背もたれに、背中を預けた。
身体の力が、抜けていく。
(僕よりも、ラルムの方が……)
以前のものと比べても、ラルムとリーシャが、出した数値の方が、僅かに、高かったのである。
このことからも、今回だけが、よかったとは言えない。
データだけでは、決まらない。
だが、ラルムと、リーシャの組み合わせの方が、高いと見ることが、容易に推測されたのだった。
「どんな思惑で、こんな真似を、仕組んだのか」
冷静になっていく、アレス。
どうして、自分と、組ませたのかと言う、疑念だけが、浮かんでくる。
一目瞭然で、ラルムと、組ませるべきだったと、データから、読み取ることができるからだ。
それにもかかわらず、強行に、シュトラー王たちが、アレスと組ませた。
(このデータは、極一部のものしか、知らないな)
微かに、目を細める。
そして、遥か遠くを、見つめていた。
(……ラルムは、知っているのか?)
知っていて、全部、受け入れたのかと、巡らせる。
このデータがあれば、ラルム側の方が、有利だったからだ。
(……知らないだろうな)
王太子と言う、権力を行使し、手に入れたファイルである。
ラルムが、手に入れるのは、不可能に近かった。
知らないと、結論づけても、内臓が熱くなるのが、止められない。
(何なんだ、この数値は)
唇が、キツく、結ばれている。
二人の数値。
目にした途端から、身体の内側から、全身に向かって、燃えるような灼熱が伝わっていたのだ。
そして、暗闇の思考は、この企てを考えた、三人の顔を馳せていた。
シュトラー王、ソーマ、フェルサ。
釈然と、できないことばかりに、眉を潜める。
(なぜ、リーシャが、自分のパートナーに、なったのか?)
王太子に、指名された時と、同じだと、歯噛みしていた。
実力ではなく、シュトラー王の思惑一つで、自分が選ばれたことだ。
燃え盛るような悔しさが、全身を駆け巡っていく。
人の感情なんか、気にしないで、一つの駒のように、動かすシュトラー王のやり方に、憤りを抱いていた。
だからと言って、抵抗をして、みせる訳でもない。
偉大で、強き国王が、命じるがまま、従っていたのである。
それは、ある思いを果たすため、心を凍らせていたのだ。
幼き過去を、振り返っている。
単純に、王太子に指名されるのは、シュトラー王の長男で、叔父であるターゲスだった。
そして、その後を継ぐのは、ターゲスの長男である、ラルムであった。
流れを覆し、次男の息子であるアレスが、突如として、指名されたのだった。
指名された当初は、誰もが、おかしいと言い立てていた。
けれど、誰もが、シュトラー王の強気な態度に慄き、それ以上の反発ができなくなり、その後は、穏やかに流れるかのように、孫で幼いアレスが王太子と、簡単に決まってしまったのだ。
(ラルムよりも、劣るのか……)
深く、矜持が、傷つけられた。
仲睦まじいリーシャと、ラルムの光景。
鮮やかに、その光景が、飛び込んでくる。
互いに、視線を交わしただけで、意思の疎通ができるほど、通じ合っていた。
それを、何度も、見せつけられていたのだ。
そのたび、壊したいと、強く思わせていた。
「負けているのか」
冷たい声音だ。
数値の結果が、二人のよさを、引き立てているかのようだった。
「……次は勝る」
内に秘める闘志に、気づかぬまま、口に出していた。
読んでいただき、ありがとうございます。