第148話
新年、おめでとうございます。
今年、最初の投稿となります。
パーティーを終え、仮宮殿の自分の部屋に、アレスが戻ってきた。
正装から、くつろいだ服装へと、着替えを済ませている。
机の上に、新たに置かれた、ファイルなどがあった。
仕事を、速やかに片づけても、次の仕事が、素早く、舞い込んでくる状態だ。
子供の頃から、息も、吐かれないほどの、忙しさに、追われていたのだった。
そんな日常を、繰り返していた。
ふと、リーシャがいる部屋へと、視線を巡らせる。
「今日は、朝に、顔を合わせただけだな」
朝食を共にしただけで、それ以外は、顔を合わせていない。
時間が、噛み合わず、すれ違っていたのだ。
(何をしている?)
この時間帯に、部屋にいることを、把握していた。
だが、部屋で、過ごしているリーシャが、何をしているのかと、気になってしまったのだった。
そして、顔を見たい衝動が、湧き立ってくる。
顔を見て、確かめないと、薄暗い不安に、支配されていくのだ。
足を、一歩、前へ踏み出した瞬間に、ノックが響く。
先ほどまでの感情を、一気に封じ込め、いつもの無表情へと、戻っていった。
何事も、なかったように、ソファへと、腰を下ろした直後に、秘書官のウィリアムが、一直線にアレスの元へと、足を運ぶ。
自室とは言え、王太子としての立場から、逃れられない。
「殿下。遅くに、申し訳ありません」
遅い時間帯に来たことを、まず、謝ったのである。
筆頭秘書官としての役割が、あったのだ。
「構わない」
何の感情も、見えない顔。
これが、日常のアレスの姿なのだ。
ウィリアムの方も、いつもと変わらず、忠実に仕事をしていく。
ウィリアム自身が、アレスの性格を心得ているので、めったに、機嫌を損ねる真似はしない。
長い足を組み、聞く体勢をとった。
これも、いつもの仕草だった。
伝える用件がなければ、このような時間帯に、ウィリアムが訪ねてくることが、ないからだ。
何か、大切な話があるのだろうと、冷めた感情で、受け取っていた。
淡々とした口調で、明日の朝からの、アレスの予定を読み上げ、その後に、リーシャの予定も、読み上げていったのだ。
完璧主義者なので、リーシャの予定を、きちんと、把握して置きたかったのである。
瞬時に、何かが起こった時に、備えてだ。
二人分の予定を、言い終わる。
チラリと、アレスの機嫌を窺うように、視線を傾けていた。
それに対しても、気づきながら、何も言わない。
報告しなければ、いけないことは、必ず、伝えると、知っているからである。
躊躇いがちに、重い口が開く。
「また、お二人での、メディアの取材に、申し込みが来ております」
表情は、そのままだ。
心の中で、舌打ちをしていた。
どことなく、雲行きが怪しくなってきたのを、ウィリアムが感じていく。
長年、王宮に仕え、シュトラー王から、王太子を命じられた際から仕え、身近に仕えている中では、アレスの性格を、誰よりも、把握していたのであった。
「またか」
感情が、籠もっていなかった。
仕えた年数が、浅い人間ならば、見逃していたかもしれない。
でも、微かなに、含まれている、怒りの声音。
だからと言って、ここで引き下がる訳には、いかなかった。
「どういたしましょうか?」
アレスの内心は、嫌気がさしていた。
する気には、なれなかったのだ。
けれど、いつかは、しないと思っていた。
いかに、自分が、見られている立場なのか、理解していたのである。
だが、もう一人のことを踏まえると、まだ、時期ではないと抱いていた。
結婚当初から、何度も、二人での会見を、開いてほしいと、要望が出されていたのだ。
急な結婚に伴い、メディアに向けた、二人での会見を、開いていなかったのである。
それに、何かと、結婚後は、公務や行事が、ぎっしり詰まっていて、会見を開く余裕な時間が、取れなかったこともあった。
以前より、二人の記者会見を、メディアが望んでいたのだ。
アメスタリア国では、話題の二人だった。
ことあるたびに、申し込まれていた。
けれど、それを、アレスが止めていたのである。
メディアに対して、不慣れなリーシャのためだ。
「そろそろ、よろしいのではないかと……」
進言するウィリアム。
数泊の間を置いてから、アレスの口が開く。
「まだだ」
「……」
結婚し、数ヶ月過ぎ、リーシャも、公務や行事、貴族たちが主催するパーティーにも、出席していた。
だから、メディアが熱望している会見を開いて、過熱している記者たちを、落ち着かせては?と、ウィリアムは目論んでいたのである。
会見を開いていないため、新しく妃となったリーシャの映像を撮ろうと、国内外の記者たちが血眼になって、アレスとリーシャを、常に、追い回している状況が続いていた。
現在も、王宮の各入口に、メディアの人間が、張っていたのだった。
それを、知っているはずのアレスの対応に、苦慮している。
「記者たちが、リーシャ様の映像を、取ろうとして、過激になっております」
現状を言うものの、アレスの態度は変わらない。
むしろ、頑なに、なっている気もしていたのである。
王宮側と、記者側との対立が激しく、近頃、問題となっていたのだった。
「ダメだ」
いつもだったら、従うウィリアムも、簡単には、引き去れない。
リーシャに、危険が降りかかる可能性が、出てくるからだ。
いろいろな人間が、危害が降りかからないように、手を回しているが、熱気が高まっている記者たちを、押さえ込むのも、限度があったからだった。
簡単な会見を開いて、それらを緩和させようと、画策していた。
だが、アレスの了承が得られず、のびのびとなっているのが、現状だった。
「これ以上は……」
声音も、表情も、苦渋に満ちている。
「ダメと言ったはずだ。何度も、言わせるな」
有無も言わせない。
「……申し訳ありません」
静かに、頭が垂れた。
影で、ウィリアムたちが、記者たちを押さえ込んでいる事実を、把握していたが、それでも、アレス自身は、早いと感じていたのである。
(これ以上の負担を、かけたくはない……)
脳裏に、様々に表情が変貌する、リーシャの姿を、思い描く。
慣れない王宮での生活、初めて経験する、ハーツパイロットの訓練があるのに、煩わしい会見で、これ以上の無理を、かけさせたくなかったのだ。
そのため、二人での会見を、拒否し続けていたのだった。
生まれた時から、王族で注目浴び続け、流れる報道に、うんざりしていたのである。
日常から、嘘の内容まで、いろいろなことが放送され、プライバシーなんて、一切ない。
だから、会見のための勉強の時間を作るより、リラックスさせる時間を、与えたかったのだった。
「辛うじて、報道を抑えておりますが、これ以上は、いかがしますか?」
「何のために、王室がある。陛下の名でも使って、押さえ込め」
とんでもないことを、口にした。
「……」
「さすがに、陛下の名を出せば、もう、しばらく黙らせることだって、できるだろう?」
シュトラー王に対し、恭しさがあるとも思えない、口ぶりに困窮してしまう。
「何のための、国王陛下なのか」
「……陛下の名前を出しましても、限度があります」
忠実な侍従らしく、冷静に、対応していった。
「そうしたら、国の命運が掛かっている、デステニーバトルの訓練で、忙しいとでも、言えばいい。そうすれば、おとなしくなるだろう? 誰もが、羨むパイロットだからな」
メディアを、甘く見ている節があるアレス。
思わず、ウィリアムは、顔を伏せてしまった。
そして、気づかれないように、細く息を吐いている。
「パーティーで、映像や、写真を撮っているのに。何が、会見だ。広報官が、発表した内容の他に、何が、ほしいと言うのだ」
毒づいている姿。
黙っていられずに、真摯にウィリアムが答える。
「お二人の、仲睦まじいところでは?」
「くだらない。そんな偽りの会見にか」
「……」
ウィリアムを、見据えていた。
結婚を発表すると同時に、二人の馴れ初めも、かなり、多くのことが装飾され、結婚に至るまでのことが、広報官によって、流されたのである。
会見を開くと言うことは、それらの内容に合わせて、話すしかなく、国民に向かって、嘘をつくことだった。
「会見のことは、リーシャには、伏せておけ」
「承知しました」
命じられた通りに、ことを運ぶため、多くの人材を配置し、対処に当たらせなければと、フル回転で、頭を稼動させていたのである。
重苦しい空気の中、ウィリアムが下がっていった。
ようやく、一人になったアレス。
無性に、リーシャの様子が気になり始めた。
いるだろうと、部屋へと、足を向けていたのだ。
瞬く間に、部屋に辿り着き、ノックをしないで入っていく。
以前、ノックをしてと、怒られたが、それを忠実に守ることもないと、抱いたからだ。
部屋に入っても、リーシャの声が聞こえない。
部屋の主が、ソファのところで、眠り込んでいたからである。
周囲に、開いたハーツのマニュアルの本が、乱雑に置かれていた。
眠ってしまう直前まで、ハーツのマニュアルを、読んでいたのだ。
無防備に、居眠りをしているリーシャ。
その手に、ハーツのマニュアルを抱いていた。
目覚める気配が、見られない。
アレスの口角が、静かに、上がっていく。
(勉強して、いつの間にか、眠ったのか)
起きないように、注意を払いながら、近づいていった。
そして、無邪気な寝顔を楽しむ。
「まだ、こんなところを、読んでいるのか」
呆れながらも、その顔は、怒ってはいない。
前々から、こっそりと、ハーツパイロットの勉強をし、自分を見返そうとしていることを、承知していた。
何度か、同じような現場に遭遇し、そのようなことを、寝言で、呟いているのを聞いていたからである。
知っていながら、知らないふりをしていたのだ。
ハーツのマニュアルに、いくつもの書き込みを見つける。
「寝てばかりしては、進まないぞ」
穏やかな寝顔。
疲れていた心が、癒されていった。
「……今は、何も考えずに眠っていろ。そして、明日は、いつものように、笑ってほしい……」
柔らかな頬に、手を置いた。
ほんわかとする温もりを、感じることができた。
読んでいただき、ありがとうございます。