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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
156/422

第147話

 裏街に、到着したリーシャと、ラルム。

 カーラの忠実な、片腕であるログの案内で、普通の街並みとは違う、危険が漂う場所を、のんびりとした歩調で進んでいた。


 アメスタリア国で、もっとも危険な、地区である裏街。

 不釣合いな、空気を醸し出し、そこに住まう誰もが、濁って、精力が見られない目で、リーシャたちを、胡乱げに眺めていたのである。

 経験したことがない、独特の場所で、ラルムは、戸惑いが隠せない。


 このような、妖しげなところに、足を踏み入れたことがなかった。

 周囲に、不快にさせない程度、様子を窺っている。

 そして、人知れず、ゴクリと、つばを飲み込んだ。

 何か、リーシャに危険が及ばないかと、気を張りつめていたのだった。

 そんなラルムとは違い、二人に話しかけながら、軽い調子で、ログの後をついた。


 先頭を歩くログ。

 背後にいるラルムに向かい、声をかける。

 緊張しているのが、先を歩いていたログにも、伝わっていたのだ。

「大丈夫。そんなにも、強張らせなくても」


 声をかけつつも、警戒を怠らない。

 隙を見せたならば、何が起こるか、わからない場所だった。

 鋭い眼光を、四方八方に巡らせている。

 主人であるカーラから、危険が振りかかわらないようにと、命じられていたのだ。

 ログ以外の配下たちも、危険がないように、それとなく、目配りをし、警戒をしている。


「……はぁ」

 その顔は、まだ、不安げだ。

 大丈夫と言われても、場所が、場所だけに、緊張がほぐれない。

 無理もないかと、ログが口を噤む。

 そして、意識を、背後の隣に変えていた。

 落ち着き払っているリーシャを、観察していたのだ。


 緊張を緩めない、ラルムの態度が、一般的であり、当たり前だった。

 一般の市民が、決して、足を踏み入れようとしない場所なのである。

 誰からも、見放された危険地区であり、薄汚いことが、日常的に、暗躍していたのだった。


 黙り込んでいるラルムだ。

「どうかしたの?」

 表情が、硬いラルムを見つめた。

 僅かに、首を傾げている姿が、愛らしい。


「え……」

 咄嗟に、どう返答していいのかと、困窮していた。

 らしくない、ラルムの仕草。

 さらに、首を傾げてしまう。


 そんな二人のやり取りを、そっと、ログが見守っていた。

 二人に、気づかれないように、微かに、口角が上がっている。

 その間も、裏街の人間たちは、ジロジロと、濁った双眸で、リーシャたちを捉えていたのだ。

 そして、ログが圧で、黙らせていたのである。


 初めて、アレスと共に、裏街にやってきた日は、緊張していた。

 だが、何度も、訪れていくうちに、警戒心が、薄れていったのだった。

 そのために、ラルムが、困惑している状況を察せない。

 すっかり、自分自身のことを、忘れていたのである。


「……いつも、ここに、来ているの?」

 いつものラルムとは、違っていた。


 チラリと、周囲に、視線を巡らせる。

 どこを、見ていいのかと、苦慮していたのだ。

 因縁をつけられる可能性を、掠めていた。

 ちょっとしたことで、騒動が起こる予感を、与えていたのだった。


「いつもじゃないけど、たまに、アレスと一緒にね」

 何でもないような、リーシャの顔だ。

 僅かに、苦笑してしまう。


 一国の王太子と、その妻が、厳重に守られている王宮を、勝手に抜け出し、こんなところに、足を伸ばすことなんて、あり得ないことだった。

 その事実に気づいていない。

 何でもない、ちょっとした、気晴らしのような感じを、漂わせていたのだ。


 何気ない話に、夢中となっていたので、ラルムの異変に、ようやく気づく。

 ここの環境に順応し、何の違和感も、抱いていなかった。

「……大丈夫だよ。怖い人たちが多いけど、案内の人がいれば」


 安心しきっているリーシャに、ログが首を竦めていた。

 警戒もなく、普通に歩いているのも、どうかと、ログが、思案したからである。


「だからと言って、安心していると、偉い目に合いますからね」

 ログの忠告に、瞬く間に、背筋を伸ばす。

 優しい声音でも、威厳があったのだ。

「はい」

 神妙な面持ちで、頷いた。


 けれど、隣にいるラルムに向かっては、怒られちゃったと、舌を出し、可愛く、おどけている。

 危険と言う意識を、リーシャなりに持っていた。

 だが、大好きなカーラや、ログがいる場所と言う、楽天的な思いが強く、すっかりカジノでの怖い経験が、脳裏の片隅の方に、追いやられてしまったのだった。

 緊張が、拭えなかったラルムの身体が、お茶目な仕草で、柔らかくなっていく。




 しばらくの間、三人が歩いていると、カーラの屋敷に辿り着いた。

 警備システムが、甘い小さな屋敷。

 ラルムの中で、不信感が浮上し始める。


 見たところ、防犯しているように、見えなかったのだ。

 そのため、襲撃とかあった場合などの危険性が、走馬灯のように、脳裏を駆け巡っていたのだった。


(どうして、こんな場所に、アレスは、連れてくるのか……)


 突然、扉が開かれる。

 それと同時に、人影が現れた。


 裏街の入口で、見張り役を務めている人間から、事前に、知らせが来ていたのだ。

 だから、呼び鈴を鳴らさなくても、カーラが出迎えてくれていた。


 大人の色香が濃い、カーラに呆然としながら、無邪気に、リーシャと抱き合う光景を、目の当たりにしている。

 二人のいでたちが、全然、噛み合っていない。

 風貌や、雰囲気から、すぐに、カーラが娼婦であることを認識していた。

 控えめな、露出の格好を、考慮から除外しても、裏街に住んでいる時点で、そのキーワードが導き出されたのである。


(どこから繋がって、知り合ったのだろう……)


 訝しげな表情に、ついついなっていた。

 リーシャとアレスが、カーラと知り合う接点が、掴めない。

 だから、余計に、言い知れぬ不安が、ラルムの胸に、押し寄せて来ていたのだった。

 自分と、リーシャではなく、アレスとリーシャの接点が、増えていきそうで。


(そう言えば、助けて貰ったって、話していたけど……)


 リーシャを、可愛がる姿を窺っている。

 危険がないのかと、頭を巡らせていたのだ。

 妖艶な瞳が、ゆっくりと、ラルムを捉えている。

 見惚れてしまう、その容姿に、身体が硬直していた。


「お友達二号さん?」

「はい」

 満面な笑みを、リーシャが滲ませている。


(友達二号さん? 何だ?)


「初めまして、お友達二号さん」

 自分に、向けられたものだと察する。

 だが、お友達二号さんと称され、泡を食っていたので、挨拶を瞬時に、返すことができない。

 そんな態度にも、機嫌を悪くすることがなかった。

 ただ、蠱惑的に、微笑んでいたのだ。


(二号とは、僕のことを、言っているのか?)


 微かに、眉を潜めている。

 そんなふうに、呼ばれたのが、初めてで、やり手の娼婦と、仲良くするリーシャの行動にも、ついていけなかったのが、現状だった。

 当惑しているラルム。


 そんな中、当たり前のように、カーラを紹介する。

「ラルム。こちらが、私や、アレスを助けてくれた、カーラさんだよ」

「……こんにちは」

 ぎこちなく、挨拶を交わした。

 頭の中では、どういう経緯で、自分は、二号さんなんだと、疑問を抱いている。


(二号と言うことは、一号は、アレスなのか……)


 アレスの後と言う響きに、内臓が、ずっしりと、重くなっていく。


(なぜ、また、アレスの次なんだ)


 考え耽っている間に、奥にいる女性たちと、リーシャが話し始めた。

 さっさと、屋敷の中へと、入り込んでしまい、その背中を、ラルムが見送っていたのだ。

「お友達二号さんも、中に入って」

「はぁ……」


 カーラの視線が、ラルムの後ろに移っていた。

「ありがとう、ログ。帰りも、お願いね」

 軽く頭を下げ、ログが、すぐに立ち去ってしまった。

「そんなところに、立っていると、食べられるわよ」

 クスクスと、カーラが小さく笑う。


 笑っているだけなのに、視線が、はずせないほどだ。

 軽く息を吐き、周囲に、視線を促した。

 怪しげな男や、女たちが、自分たちの方へ、視線を注いでいたのだった。


「……失礼します」

 礼儀正しく、屋敷の中へと、ラルムも入っていく。

 勝手、知った場所と、リーシャが、すでに座っており、若い娼婦らしい女たちと、親しげに話し込んでいたのだった。

 そして、隣の空席に座ると、女性たちに、ラルムを紹介した。


 ラルムと、名前を告げただけで、それ以上、素性を示さない。

 警戒心の糸を解かず、小さな微笑みだけを、覗かせていたのだ。


 リーシャと、若い娼婦たちの談笑している光景を、眺めている。

 この人たちは、リーシャの素性に、気づいていないと、判断を下していたのだった。

 ホッと、胸を撫で下ろすラルム。


(リーシャ。もう少し、警戒心がないと、ダメだよ)


 観察を続行している。

 久しぶりに見た、楽しげで、リラックスしている、リーシャの姿。


(でも、よかった。リーシャが嬉しそうだ)


 ラルムの頬も、若干、緩んでいた。

 さらに、話に耳を傾けていたのだった。

 うっかりと、自分の素性を、示すようなことを言って、困っているリーシャに、助け舟をカーラの姿を捉えていたのである。


(知っているのは、カーラと言う、女性だけだろうか……)


 眉間にしわを寄せているラルムだ。

 一人の女性が、軽快な声で話しかける。

「あいつより、愛想がいいね」

「あいつ?」

 きょとんとした、ラルムの顔。

 誰のことを言っているのかと、巡らすが、その答えを、すぐに導き出す。


(……アレスを、あいつ、呼ばわり。よく、許して、我慢しているな)


 衝撃的なことに、目を見張ってしまう。

 小さい頃からの、アレスの性格を把握しているからこそ、それが、とんでもないことであると、断言できるのだ。


「いつも、無愛想だもんね」

 ニコニコしながら、女性たちに向かい、リーシャが同調していた。

「でも、顔は、いいわね。勿論、二号も、いいけど」

 そんな話に、あっという間に、変わってしまう。

 あちらこちらで、私、一号とか、二号とか、飛び交っていた。


 どう、反応していいものかと微妙な顔で眺め、チラリと、その様子を、面白そうに見ているリーシャへと、視線が移っていたのだ。

 なんとなく、リーシャの意見を、聞きたかったのだった。


「そんな話をしていると、二号さんが、困っているでしょ?」

 窘める声音。

 リーシャの答えが、閉ざされてしまった。

 心の中で、がっくりと、首を落としている。

 小悪魔的な笑みを、カーラが注いでいた。

「……」


「それよりも、働きに行かなくても、いいの」

 腰を上げない女性たちに、仕事をしてきたらと、促したのだ。

 それが合図だったように、何人かの女性たちが、仕事へ繰り出していく。

 そして、その背中たちに向かい、リーシャは、いってらっしゃいと声をかけて、送り出した。


 残された女性は、世話役として、残ったのだろうと、ラルムが抱いていたのだ。

 甲斐甲斐しく、細かい気配りを、見せてくれたからである。

 リラックスしている、リーシャに安堵しつつ、短い休息の時間を過ごしていた。




 行き同様に、帰りも、ログが来て貰い、裏街の入口まで、送ってくれたのだった。

 帰り際に、カーラから、友達一号さんと、食べてねと、お菓子を貰っていたのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

今年、最後の投稿となります。

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