第146話
「いつまで、別メニューなんだ?」
唐突なゼインの問いで、思考の渦から、アレスが舞い戻ってきた。
「さぁな」
興味がないと言う顔だ。
答えたものの、アレス自身も、リーシャとラルムが、別メニューで、アレスがいる特進科の生徒たちとは違う場所で、訓練を受けているのを、疑問に感じていたのである。
ハーツパイロットとして、高い数値を出していた。
けれど、初心者のため、特別に、特進科の生徒たちから、離れたところで、基礎から学んでいた。
すべてが、特別待遇だった。
それらのことも、他の生徒たちから、反感を買い、密かに、彼らとの距離を生んでいる原因でもあった。
海外での生活が長かったラルム。
同じように、特進科から離れ、リーシャと一緒に、身体を慣らしていた。
このところは、一緒にいさせないため、自分たちと、同じ訓練をさせようと、思っていた最中に、ゼインの言葉を耳にしてしまう。
果たして、ゼインたちと、そして、アレスの元パートナーだったステラと、一緒の空間にいることが、いいのかと、頭を掠めていたのだった。
ステラのことで、何度か、リーシャと衝突した経緯が、あったからである。
リーシャとパートナーが決まる前まで、アレスには、パートナーがいた。
それが、クラージュアカデミーで、クールビューティーと、評判が高いステラだった。
同じように、ハーツパイロット予科生から一緒で、その時から、組んでいたのである。
だが、シュトラー王の鶴の一声で、それまでの生活が、一転してしまった。
(どうするべきか……)
他の、特進科の生徒たちの顔が浮かぶ。
誰一人として、リーシャの存在を、喜ばない者ばかりだ。
(これ以上、あれが、傷つくことをしたくないが……)
全世界の人間が、憧れる花形である、ハーツパイロットのライバルが、一人増えるからである。
それも、能力が、高い人間が。
そして、それは、誰も、知ることとなった。
それまでは、安易に、権限があるシュトラー王が、決めたから、そうなっただけだろうと、誰もが、高をくくっていた。
だが、以前の測定検査で、素人のリーシャが、信じられないほどの能力の高さを、生徒たちの前で、披露してしまったのである。
本人としては、全然、そんなことを意識していない。
だが、誰もが、その能力の高さに、密かに、歯噛みしていた。
そんな渦中の中に放っても、何もないとは、断言できない。
(様子を見るべきだが……)
リーシャの所在を、決定するには、まだ、時間が掛かりそうだった。
アレスやリーシャが、通うクラージュアカデミーにある特進科は、ハーツパイロットを育てる場所である。
美術科に所属しながらも、リーシャとラルムも、特進科にも所属していた。
特進科の生徒たちが、全員、貴族の出ではない。
庶民や貴族、王族、それぞれの顔触れが揃っている。
身分や、金があるから、選ばれる訳ではないのだ。
能力の高さで、選出される実力主義だった。
特進科の生徒たちは、ライバル同士と言うこともある。
そういった環境の違いから、一つに、まとまっていなかったのが、今の状態だった。
誰より、抜き出て、正規のハーツパイロットになりたいと、強く願っていたのだ。
彼らの多くが。
ガーディアンナイトを操作する、ハーツパイロットは、憧れの職業の一つであった。
ハーツの適合率を、満たしていないと、決してなることができない。
アメスタリア国では、その適性検査が、年二回行われる。
身分関係なく、エントリーできた。
だから、そのため、自分の名声を、上げようとする者、華やかな、ステイタスを味わいたいと願う者、己のプライドを守る者、衰弱した家を守る者、様々な思惑が、渦をなして、蠢いていたのである。
その中にいて、リーシャは、ハーツパイロットに、これまで興味がなかった。
そのため、適性検査を受けようと、考えたことがない。
高い能力を秘めたまま、過ごしていたのだった。
それが、シュトラー王は、親友クロスの孫と、自分の孫を、結婚させようと、秘密裏に動いていた際に、検査をさせたところ、高い数値が出て、政略結婚と同時に、デステニーバトルのアレスのパートナーに、指名されてしまったのだ。
「実戦の方が、憶えると、思わないか?」
食い下がらないゼイン。
その理由を、なんとなく、推測できていた。
長年、アレスも、ゼインを、見てきたのである。
「シンクロ率も、合わせないと、不味いだろう?」
数値が高くても、実戦で使えないと見込んでの、発言と察した。
それと同時に、実戦で、こてんぱんに、ダメなリーシャの姿を、晒したいのだと感じている。
(あれだけの、高い数値を見れば、しょうがないか)
衝撃を受け、立ち尽くしている姿を、思い返していた。
生徒も、測定検査した研究員、教官たちも、何か、手違いでもあったのではと、疑う眼差しを、誰もが、滲ませていた。
ただ、アレスやラルム、よくわかっていないリーシャだけが、平然としていたのだった。
「ここは、やはり、俺たちと一緒に、させるべきじゃないのか」
ハーツパイロットに、ゼインは、固執していた訳ではない。
ずぶの素人に、完膚なきほどに、やられた事実に、深く、プライドを傷つけられていたのである。
王太子と、同じ年代と言うこともあり、親のススメで、のらりくらりと訓練を受けているに過ぎなかった。
何もない、他の生徒とは違い、貴族のとしての立場が、備わっていたからである。
それが、今日、初めたような、ド素人の女の子に、あっさりと負けたことが、許せなかったのだ。
ゼインの瞳の奥。
自分の手で、敗北の烙印を押したいのが、ありありと浮かんでいた。
自分では、気づいていないが、それを、アレスが見抜いていたのだ。
(現段階での勝負は、ゼインの方に、分があるかな)
冷静に、分析している。
いくら、数値が高くても、操作を憶えきれないリーシャに、小さい頃から、慣れ親しんでいるゼインに、勝てる余地が見えなかった。
だが、操作を憶え、ある程度、慣れていれば、互角に戦える可能性があると踏む。
「アレスの方からも……」
口添えを、頼もうとしている口を封じる。
「興味がない。出る、出ないかは、教官次第だ」
つまらないといった口調だ。
面白くないと言う顔を滲ませていた。
「相変わらず、冷たいな。自分の奥さんじゃないか」
ゼインの思惑も知らず、のん気なティオだった。
いつの間にか、ティオとフランクが、二人の話を聞いていたのだ。
「僕の立場では、どうすることも、できないと、言ったまでだ」
「アレスらしいと言えば、アレスらしい」
「飲み過ぎじゃないのか、ティオ」
周りを気にしながら、フランクが窘めた。
かなりの量を、腹に、仕舞い込んでいたのだ。
「そうか」
空気を読まず、顔にしまりがない。
話を削がれたと、軽く、酔ったティオの顔を睨む。
けれど、それ以上のことは、何も言わなくなった。
誰にも、そんなことを、気取られたくなかったのである。
「そう言えば、親しげに、ラルムと、いつも一緒にいるな」
リーシャの話で、なんとなく、仲がいい二人の情景が浮かんだ、フランクが口をついていた。
黙っているアレス。
誰一人として、アレスの様子に気づかない。
強張っていることにだ。
未来の王妃となるリーシャを、常に、何か、へまをしないと三人が、観察していたのである。
その中で、よく二人が、一緒にいるところを、見かけていた。
「ラルムも、変わっているよな。どうして、あんな連中と、一緒にいられるのか、理解の範疇を超えるな」
リーシャやラルム、ナタリー達。
共にいるところを、ティオは思い返し、いろいろと、毒を吐いていた。
王族の一員でもあるラルムが、庶民と仲良くしているのが、信じられなかったのだ。
「話が、合うんじゃないのか」
何気に、自分のことを踏まえ、フランクが答えを出した。
気が合う、庶民の知り合いも、多くいたのである。
「話って、何が?」
自分と、違うことを言うフランクに、目を細めた。
完全に、酔っているティオ。
しょうがないと、フランクが肩を竦めている。
「ティオ。絡むなよ」
「何が、合うって言うんだ」
目が据わっていたのだ。
呆れるしかない、ゼインとフランク。
「俺が、知る訳ないだろう? 直接、ラルムに聞けよ」
「だったら、ラルムをつれて、来い」
周りに、お構いなしに、声を荒げていた。
周囲の人間たちは、四人に、視線を移し始めていたのだった。
「今日は、来ていない」
ありのままの事実を、ゼインが伝えた。
それで、終わるとは思ってもいない。
言わずにいられなかったのだ。
「だって、よく、見かけていただろう」
「けど、いないって、言っているだろう」
酔って、絡み始めたティオだ。
押さえ込む二人を眺めながら、眉間にしわを寄せつつ、アレスが考えに耽っている。
(リーシャが、来ていないから、来て、いないのか。用事があって、来ていないのか。どっちなんだ……)
三人に言われなくても、アレス自身も、何度も、二人が仲良くしている現場を、目撃していた。
そのたび、苦々しい気持ちになっていたのだ。
ぶち壊してやりたい衝動にも、駆られていたのだった。
「帰った方がいいぞ。面倒になる前に」
「そうだな」
押さえられ、嫌がるティオ。
がっしりと掴みながら、これ以上の騒動が起こる前に、会場を後にする三人だった。
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