第145話
式典に出席していたアレスは、催し物も終わり、その後に続く、レセプションパーティーへと突入していた。
報道陣の撮影なども終え、誰もが、リラックスした表情だった。
アレス一人だ。
普段よりも、落ち着いた気分で、周囲を窺うことができる。
傍らに、リーシャがいると、何か、失敗しないかとか、息女たちから、嫌がらせを受けていないかと、目を配らせることも、多かったからだった。
けれど、寂しい気持ちを、抱かずにはいられない。
いつも、隣に、慣れ親しむ姿がなかった。
一人でいることに、慣れていたはずだった。
なのに、近頃では、二人でいるのが慣れ過ぎ、一人でいることに、違和感を生じ始めていたのである。
気づかれないように、小さく、嘆息を漏らしていた。
目の前の相手と、話をしながらも、注意を怠らない。
誰もがそれとなく、自分に、視線を巡らせているからだ。
(いやな視線だ。早く帰りたい……)
アレスに、話しかけようと、誰もが、機会を狙っていた。
レセプションパーティーも、始まったばかりで、帰る訳にはいかない。
小さい頃に、王太子に指名されて以来、孤独で、誰も、寄せ付けようとはしなかった。
心を、深く閉ざしていたのだ。
それが、突然に、政略結婚してからは、変わりつつあった。
これまで、自分の周囲にいなかったタイプに戸惑いつつも、コロコロと、変化自在に変わるリーシャの表情に、嬉しさを憶えるようになっていたのだ。
そして、いつしか、面白みの欠片もなかった、日常に色を染め、心の安寧へとなっていった。
ようやく、薄汚いものを、抱える人間たちとの、平坦な挨拶を終わらせる。
いろいろな人と、挨拶を交わしつつも、別な思考をしていたのだった。
細く、息を吐くアレス。
もう一度、グルリと、視線を巡らせていると、いつの間にか、友達のゼインたちが、王太子としての役目を、終えたところを捉え、足を伸ばしたのだ。
「ようやく終わったか」
「お疲れさん」
辺りを窺いながら、近づいていく。
いつも、ついてくるリーシャの姿を、捜していた、彼らだ。
「遅刻じゃなくって、一人なのか?」
三人は、堅苦しい式典に、出席していない。
レセプションパーティーだけ、顔を出していたのだった。
だから、この時になって、リーシャが、不在を把握したのだった。
不満顔の三人。
アレスが、内心、呆れている。
いきなり、王族の仲間入りをした、民間出身のリーシャを、彼らは、気に入っていなかった。
だが、それを取り持とうと言う意思も、アレス自身になかったのだ。
と言うよりも、そういうことをすると言うことが、初めから、存在していなかったのである。
ただ、心の中で、聞くに堪えないと抱きつつも、何食わぬ顔で、聞き流していた。
「ああ。今日は、僕一人だ」
表情のない顔と、声音だ。
それが、アメスタリア国の王太子である。
外向きでは、笑顔を垣間見せても、普段は、無表情で、何に対しても、興味がない顔を覗かせていたのだった。
頭脳明晰で、高校生でありながらも、祖父シュトラー王に成り代わり、政務の一部も、担っているほどだ。
そして、端整のとれた顔で、国民からは、アイドル並みの人気があった。
いつもと、変わらない仕草。
その内側で、嘆息を吐いていることに、ゼインたちが気づかない。
この三人と、アレスは、ハーツパイロット予科生だった頃からの付き合いで、長かったのだ。
三人は、貴族の子息や、大富豪の孫と言う立場でもあった。
「つまらないな。せっかく、餌食になっているところを、見ようとしていたのに」
夫である、アレスがいるにもかかわらず、飄々と、残念がるティオのぼやき。
それでも、顔を歪めないアレスだ。
ただ、平然としていたのである。
「このところの、いじめは、凄かったな」
同調するフランク。
ティオ同様に、何をされるのかと、楽しんでいたのだ。
「足を出したり、裾を踏んだりと……」
眺めていた光景を、ティオが、一つ、一つ、ぼそぼそと、口に出していた。
それらすべて、アレス自身も、把握済みだ。
それに対し、アレス自ら、対策は施していない。
ウィリアムや、ユマたちに、任せていたのである。
ただ、報告を聞いたり、実際に、見ているだけだった。
民間出身のリーシャを、私たちとは違うのよとばかり、息女たちが、そっと、足を出し、躓きさせたりしていた。
近頃、リーシャを困らせていることが、子息息女の中で、流行っていたのである。
「よく、考えるよな。次は、どうするのか」
「と言うか、よく、怒らないよな」
「そう言えば、そうだな」
聞いていないふりをしながらも、二人の話に、耳を傾けていた。
(間抜けにも、程がある……)
これに関しては、アレスも、二人と同じことを抱いている。
影では、腹を立てているようだが、対応できない、自分が悪いのだと、思っている節があると察していたのだ。
そんなことを隠れて、口走っている現場を、見かけたことがあった。
これまでの言動を、踏まえても、そのような推測が、成立したのだった。
(単純で、人が良過ぎる。警戒心をつけさせなければ……)
そう思う反面、今まで通りで、いてほしいと願うところもあった。
「気づいていないとか?」
「それは、ないだろう、さすがに」
(さすがに、そこまで、バカじゃない!)
心の中で、二人に対し、アレスが突っ込む。
(優し過ぎるだけだ。お前たち、バカにし過ぎだ)
息女たちから、からかわれたり、いじめられている現場を、目撃しているだけで、三人は何もせず、テレビや映画を見るように、傍観していたのだった。
見ていないふりをし、しっかりと、アレスも眺めていた。
だが、何もしないところが、同じだ。
ただ、ゼインたちとは違い、面白がったりはしなかった。
どうにかしろと、もどかしい気持ちと、戦っていたのだった。
息女たちは、自分たちが王太子妃に、選ばれなかった悔しさを、失態ばかり見せ、王太子妃として、慣れていないリーシャに向け、陰口をしたり、小さないじめを繰り返していたのである。
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