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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第141話  王妃エレナの采配

 数日、過ぎたある日。

 王妃エレナは、王太子夫妻を、部屋に招いた。


 唐突な招きに、訝しげながらも、アレスはリーシャを伴って、久しぶりに、祖母の部屋に入室したのだった。

 呼ばれた内容は、王妃エレナの計らいで、リーシャとテネルが、自由に行き来できるようになった話を、伝えるものだった。


 警戒していたアレスの表情が、晴れない。

「本当ですか、王妃様」

 歓喜に、はしゃぐリーシャ。

 その隣では、アレスが、納得していない顔をしている。


「殿下は、不満ですか?」

 アレスの顔色に気づいた、王妃エレナが声をかけた。

「……いいえ。ただ、陛下と公爵殿が……」

「その辺のところは、大丈夫です」

 ニッコリと、微笑む。


(大丈夫と言って、済む問題ではないのだが……)


 先々のことを踏まえ、案じていたのだ。

 二人が、和睦するとは、到底、考えられなかったのである。

 フィーロの息子であるルシードとは、かかわりを持たない方が、賢明と判断し、リーシャに会うなと、命じていた。

 純粋なリーシャが傷つき、涙を流す羽目に、なり兼ねないから、できるだけ、近づかないように気にかけていたのだった。


「ですが……」

 アレスが、何を言いたいのか、察しがつき、先回りした。

 余計な気遣いをリーシャに、させないためだ。

「秘密です」


 それ以上の追及が、できないと諦める。

 祖父同様に、祖母も、一枚も二枚も、上手だった。

「殿下は、気にし過ぎです」

「……」

「これに関して、二人が言うことは、決して、ありませんから。私が、保障します」


 自信ありげな態度だが、どこから、そんな自信が湧くのかと、疑問符が浮かぶ。

 激しい二人を見ているのに、なぜ、平然としていられるのだろうかと、過ぎってしまう。


 衝突し合う二人。

 近づけるものなど、そうそういない。

 迂闊に近寄れば、二人からの肉体的、精神的なダメージを、与えられたのだった。

 だから、パーティーで、誰も、近寄ろうとはしない。

 静観する立場を、とっていたのである。


「王妃様。どうして、陛下と公爵様は、ケンカするんですか?」

 素直な疑問を、投げかけた。

 あからさまな質問に、アレスがド肝を抜かれる。

「リ、リーシャ」

 きょとんとしているリーシャを、窘めようとする。


 コロコロと、笑っていた王妃エレナが止めた。

「よいのです、殿下」

「……」

 王妃エレナに言われては、アレスも、黙り込むしかない。

 ゆっくりと、首を可愛らしげに傾げているリーシャを見つめる。


「何でだと、思いますか?」

「よく、わかりません。私には、弟がいて、ケンカをしますが……」

 考えても、わからないと、首を捻る。


 自分たちの、兄弟ケンカの風景を、思い描く。

 その時は、本気で、ムカついていても、時間の経過と共に、他愛のないものへと、変貌していったのである。

 本気で、どうにかしようなんて、考えてもいないのだ。


 ふふふと、無邪気な姿に、王妃エレナが笑う。

「どんなケンカを、するのですか?」

「私の物を取ったり、食べたりと。後、私が、見ていたテレビを、変えたりして」

 弟との、普段のケンカの内容を、披露したのである。


 くだらないといった顔で、アレスが睨んだ。

 それに対し、リーシャが、いいでしょと顔で表現した。

 さすがに、王妃エレナの前では、ケンカができない。


 そんな二人のやり取り。

 微笑ましい光景だと、王妃エレナが眺めていた。

 これまでのアレスの行動では、考えられないものだった。

 昔の自分の姿を忘れ、無言の表情合戦を、繰り広げていたのである。


「きっと、それと、同じなのです。互いに、互いのことが、羨ましいのですよ。それと、意地の張り合いを、しているのでしょうね」

「……そうなんですか」

「えぇ」


(そんな理由で、あんな激しい騒動を、起こすのなら、やめて貰いたいものだ)


 胸の内側で憤慨し、どれだけ、回りを巻き込むケンカを、しているのかと、アレスが呆れていた。

「どうしたら、仲良くなれるのでしょうか」

「できると、思いますか?」


(無理だな)


 素朴な見解を、巡らせた。

 バチバチと、火花を散らせ、周囲を巻き込む、兄弟ケンカを止めるなんて、無謀なことだと抱いていると、リーシャの一言に、目を見張ってしまう。

「できると思います」

「どうして?」


 面白げな眼差しを、王妃エレナが送っていた。

「何となくです」


(できるだと、バカか。そんなことは、無理だ。そんな危ない真似をしないで、おとなしくしていろ。二人のケンカに、巻き込まれたら、どうするんだ)


 アレスの思いも知らず、二人は、しっかりと、スクラムを組む。

「では、今度、どうやったら、仲良くなれるのか、一緒に考えましょうか」

「はい。王妃様」


(王妃様。こいつを巻き込むのだけは、やめてください)


 微かに、唇を震わせるアレス。

 密かに、慌てている素振りを、窺わせる姿に、王妃エレナは気づいていた。

 けれど、素知らぬふりをし、リーシャを巻き込むのだった。


 そんなアレスをよそに、話は進み、了承もなく、どんどんとメンバーが、勝手に増えていく。

 ふと、二人の目線が、アレスに注がれる。

「殿下も、一緒だと、嬉しいのですが?」


 人懐っこい笑顔。

 惑わされるものかと、抵抗しようとする。

「いかがですか。殿下は?」

「……」

「そうだよ。みんなで考えれば、何か、いいアイデアが、浮かぶかも」

 リーシャの、嬉しそうな笑顔を眺めた。


「……時間に、余裕がある時に……」

「いい返事が聞けて、よかったです」

「はい。王妃様」


 そこには、陽だまりのような笑顔があった。

 三人で、話していると、来客が姿をみせた。

 その来客とは、ルシードとテネル親子だった。


 侍女の案内で、二人は、三人の下へ、通されたのである。

 そして、大好きなリーシャを見つけた瞬間、王妃エレナがいるのも忘れ、テネルが小さな足で、駆け出してしまった。

 胸へと、飛び込んでいって、強くリーシャを抱きしめる。


「お姉さま」

 ほんわかとする温もりを、テネルは確かめ、胸を撫で下ろすのだった。

 王妃エレナや、アレスの前であると、ルシードが慌てふためくのだった。

「テ、テ、テネル。王妃様の前で」

 上擦っているルシード。


 ようやく、王妃エレナの前に立っていると、思い至った。

 赤面した顔で、リーシャから、そろりと離れた。


「王妃様、お久しぶりでございます。テネル・デイトン・ラルゴ・ジュ=ヒベルディアです。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」

「随分と、大きく、成長しましたね。私のこと、憶えていますか?」

 孫の成長を、喜んでいるような眼差しを傾けていた。

 チラッと、ルシードに、応えていいのかと、テネルが確かめる。

 口角を上げて、頷いた。


「少しだけ、憶えています」

 子供らしい、はつらつした声音だ。

「そうですか」

「本日は、王妃様に、お礼をお伝えするため、伺いさせていただきました」

 型どおりの挨拶をしていた。

 王妃エレナとの面会が決まり、ルシードの元で、何度も、挨拶の練習をしてきたのである。


 当初の、突拍子もない行動に驚きつつも、つつがなく、上手くいっている様子に、満足な表情を滲ませていた。

 そして、少し不安げに、ちゃんと挨拶ができるのかと、テネルを見守っているリーシャへと視線を巡らせる。


「王妃様のお気遣いで、王太子妃殿下と、会うことが、叶うようになりました。ありがとうございます」

「ルシードに、何度も、稽古させられたの?」

 バレていることに、何か、失態のしたのかと、固まってしまう。

 同様に、ルシードも、フリーズしていた。

 そんな二人を、王妃エレナが笑っている。


「いいのよ。私は、さっきのように、リーシャに、駆け寄る子供らしいテネルが、好きなの。そうだ、身近な人しかいない時には、おばあ様と、呼んでね」

 この申し出を、受けていいものかと、顔を引きつらせているルシードに確かめる。

「テネル。お父様の意見ではなく、自身で、答えを出してね」


 頼るのを、禁じられたテネル。

 助けを求めるように、リーシャに視線を注いだ。

 黙って、応援していたリーシャが、大丈夫だよ、テネルには、できると、唇だけ動かして、声援を送っていたのである。


 安堵したテネル。

 しっかりと、王妃エレナに、自分の顔を向けた。

「はい。おばあ様」

「よくできました」


 無事に、できたことを安堵し、ルシードも、口を開く。

「王妃様、ありがとうございます」

 深々と、頭を下げた。

「いいのです。迷惑をかけているのは、陛下と公爵なのですから。それなのに、小さな子供に、しわ寄せが来るなんてことは、よくないことなのですから。本当に、困った二人ですね」


 何とも言えない顔を、しているルシード。

 互いに、当事者に、近い立場に立たされているが、王妃エレナのように、ズバズバと、何でも、発言ができなかったのである。


「テネル。これからは、リーシャに会いに、好きな時に、王宮に訪ねてきなさい。ルシードがいなくても、通るようになっているから、安心しなさい。ただ、ルシードや、周りの人には、ちゃんと、王宮に来ることは、伝えないと、いけませんよ」

 クラージュアカデミーでの出来事を、しっかりと、周りに口止めしたのに、王妃エレナの耳に、その件が、すべて流れ込んでいたのである。


 そのことも、アレスが納得いかない。

 シュトラー王やソーマ、フェルサが耳にしていたら、理解できる部分もあった。

 けれど、どうして、王宮の部屋に、閉じこもっている人の耳に、届くのか、不思議でしょうがなかったのだ。


「はい。王妃様」

「それと、おばあ様のところにも、会いにきてくれると、嬉しいです」

「はい。遊びに行きます」

「では、待っていますよ」

「はい」


 王妃エレナは、顔をリーシャに傾ける。

「リーシャも、気兼ねすることなく、テネルと会って、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

「よかったわね。これからは、ずっと、会えるわね」


 憮然として、面白くないといった顔で、アレスが窺っていた。

 近くに、テネルを呼んで、王妃エレナが尋ねる。

「テネル。何か、願い事がありますか?」

「願い事?」

「そうです」


「……お姉さまと、結婚したいです」

 誰もが、テネルの発言に、驚く。


「結婚ですか?」

「はい。侍女の人たちが、いっていました。結婚すれば、ずっと、一緒にいられると」

 無邪気に、答えるテネル。

 侍女たちの会話を聞き、結婚すれば、一緒にいられると、勘違いしたのである。


「それは、難しいかもしれませんね」

 口元を緩めながら、王妃エレナが答えた。

 きょとんとして、首を傾げる。


 あたふたと、恐縮しているルシードだ。

 何も、わかっていないテネルを窘めた。

 結婚を、申し込まれたリーシャや、王妃エレナ、控えている侍女たちが、クスクスと、子供らしい発言だと笑っていたのである。

 けれど、アレスだけは、さらに、ブスッとした顔で、テネルを凝視していた。


「無理だ」

 誰も、聞こえない声で呟いた。


(リーシャは、すでに結婚している。そして、夫は、この僕だ)


 子供の戯言と思わず、夫だと無言の圧力で、主張していたのである。

 和やかなムードの中で、そんなアレスに、気づくものは、誰一人いない。


読んでいただき、ありがとうございます。

次回は、第6章に入ります。

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