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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第140話  騒動5

「アレス」

「黙っていろ!」

 ピシャリと、言い放った。


 その顔は、一切、リーシャを見ていない。

 いつもとは、どこか違う態度。

 思わず、パチパチと、瞬きをした。


 まっすぐに、アレスの視線が、強張っているテネルに、注がれていたのだ。

「……一人できました」

 か細い声で、テネルが答えた。

「一人?」

「……」


 リーシャも、ナタリーたちも、驚愕している。

 だが、ラルムだけは察していて、驚いた表情がない。


 なんとなく、一人できたのではないかと、推測していたからだった。

 それを伝えなかったのは、少しでも、一緒にいさせてあげたいと言う気持ちからだ。

 僅かでもいいから、会える時間を、あげたかったのである。


 しゃがみ込み、信じられないと言うリーシャは、落ち込んでいるテネルの目線に合わせた。

「本当に、一人で、ここまで来たの?」

 コクリと頷き、うな垂れてしまった。


 全然、後のことを、考えていない行動だった。

 迷惑をかけるなんて、予測もしていなかったのだ。

 ただ、大好きなリーシャに、会いたいと言う気持ちだけで、動いてしまった。

「……」


 聞いた返答に、当惑が隠しきれない。

 つれてきて貰ったと言う話を、鵜呑みにしていたのである。

 まさか、小さな子供が、一人で来るとは、思ってもみなかった。

「ようやく、理解したようだな」

「……」

 ここにきて、怒っていた理由を、ようやく知るのだった。


「ことは、重大だぞ」

「そうだね……」

 小さな声で、返事をした。


 アレスが、軽く息を吐く。

 そして、泣きそうなテネルに、視線を移した。

「屋敷内では、知る者がいないのだな」

 冷静な声音で、状況を確かめようとした。

 最小限で、事を収める必要があったのだ。


「はい。……内緒できました」

「みんな心配しているよ、テネル」

 居場所を、必死に、捜しているだろうルシードたちのことを思い至り、リーシャがどれだけ心配しているだろうかと、心を砕く。


「大騒ぎしている可能性も、あるな」

「えっ」

「下手したら、警察にも、通報しているかも」

「どうしよう……」

 すがるような眼差しを、アレスに送った。


「……とにかく、伯爵へ、連絡した方が、いい」

「そうだね」

 スマホを取り出したアレス。


 学校に、同行している人間に、ことの仔細を伝え、ルシードに連絡するように命じていた。

 最後に、関係者に、キツく口止めをするようにも、伝える。

 その間、リーシャは、落ち込んでいるテネルに、優しく、諭すように、話しかける。

「テネル」

「……」


「顔をあげて」

 穏やかな顔で、声をかけた。

 それに促されるように、僅かに顔を上げる。


「私も、テネルに、凄く会いたかったよ。でもね、屋敷の人たちに黙って、ここに来てはダメ。もし、テネルが事故にあったら、お父さんや、テネルを大切に思っている人たちが、哀しむんだよ。勿論、私も、凄く哀しむ。だから、内緒で来ては、ダメだよ」

 ギュッと、テネルが唇を噛み締める。

 そんな姿に、優しく頭を撫でてあげた。


「……ごめんなさい。でもね、お姉さま。どうしても僕、会いたかったの」

「私もだよ」

「だから……」

 いけないことだと、わかっていた。

 けれど、どうしても、大好きなリーシャに、会いたい気持ちの方が、勝ってしまったのである。


「お父さんに頼もう。きちんと話せば、わかってくれるよ。だって、テネルのお父さんだもん。だから、お父さんに、まず、ごめんなさいって、謝ろうね」

「……はい」

「大丈夫。お姉さまも、一緒に謝るから」


 それに、賛同するように、ナタリーたちも、口を開く。

「私も、一緒に謝るから」

「ここには、心強い味方がいるから、大丈夫」

「私も、謝るよ」


 傍観者のゼインたちは、しらけた様子で、事の成り行きを眺めていた。

 陽だまりのような顔で、ラルムが見つめていたのである。

 そして、アレスは、面白くないといった感情を、抱いていた。




 沈痛な面差しで、テネルがルシードの姿を待っていた。

 そんな気持ちを、少しでも和らげようと、リーシャたちは、面白い話をして、何度か、テネルを笑わせることに、成功する。


 事前に、知らせを受けていたので、手続きも、簡単にルシードは、クラージュアカデミーに入れた。

 同行している人間の案内で、密かに、リーシャたちがいる場所へ、案内されたのだった。

 リーシャたちは、ひと目が少ないところへ、移動していたのである。

 テネルが、クラージュアカデミーにいる人間を、最小に、抑えておきたかったのだ。


 息子の姿を、視界に捉えた瞬間、王太子や、王太子妃がいるにもかかわらず、一心不乱にテネルの元へ、駆け寄ってきたのである。

 そして、力いっぱい抱きしめた。


 抱きしめる父の姿に、泣き出した。

 無事なことに安堵し、テネルが、泣き止むのを待った。

 落ち着きを見せ始めたので、優しく、涙を拭ってあげる。


「ごめんなさい、お父様」

「テネル……」

 自ら姿を消した、テネルの居場所がわかり、すぐに、自分のせいで、こんなことになってしまったと、自分の至らなさを、痛感していたのである。

 会ったら、謝らなくてはと思いつつも、元気な姿を見た途端、すっかり忘れてしまっていた。


「謝るのは、お父様の方だよ、ごめん」

 大きく、首を横に振った。

「ルシードさん、ごめんなさい」

 リーシャたちが、頭を下げて謝った。

「妃殿下?」


 リーシャたちが、頭を下げた意図がわからず、困惑してしまう。

 無断で、姿を消したのは、テネルの方で、非がないことは、重々に、承知していたからである。


 目を丸くしているルシードに、テネルが説明する。

「お姉さまたちが、一緒に謝ってくれると言ってくれたんです」

「そ、そうか……」

 腰を落としていたルシードが、立ち上がった。


「王太子殿下、王太子妃殿下を始めとする皆様には、息子テネルが、ご迷惑をかけまして申し訳ありません」

 ここにいる面々に、頭を垂れた。

 それに合わせ、テネルも頭を下げる。

 そして、ルシードが、アレスに身体を向けた。


「先日といい、たびたびの失態、申し訳ありません」

「いいえ。こちら側のセキュリティーの甘さもあり、連絡が遅れました」

「そう言って、いただけるだけで、嬉しく存じます」

「こちら側として、これを、大きくするつもりは、ありません」

「重ね重ね、ありがとうございます」

 深々と、アレスの心遣いに、感謝した。


「あの……」

 二人の会話に、リーシャが申し訳なさそうに、入っていった。

「黙っていろ」

 鋭い視線と共に、釘を刺すアレス。


「でも」

「リーシャ」

「アレスには、関係ないでしょ」

 ジロリと、抵抗するリーシャを睨む。


 そんなアレスを無視し、困っているルシードに、さらに話しかける。

「テネルと会うことは、ダメですか」

「……」


 視線の矛先を、テネルに傾けると、不安げな顔で、ルシードを窺っていたのである。

 胸が、締め付けられる気持ちだ。

 軽々しく、答えられない。


 それでも、リーシャは諦めなかった。

「大変なのは、わかっています。でも、王妃様を訪ねてきた時だけでも、いいんです。少しだけ、テネルに会わせて、貰いませんか?」

「……」


 本当ならば、こちら側から、頼むべきことなのに、リーシャの方から、頭を下げて、懇願してくれた行動に、胸を熱くする。

 こちら側の都合だけで、リーシャから、託されたものを、渡していなかったのに、それについても怒っていない姿勢に、ますます、ルシードは凄い子だなと、感想を抱くのだった。


「……考えさせてください」

「では、いいお返事が貰えると、祈っています」

 ノーではない返答に、ひとまず、安堵したのだった。


 まだ、不安げなテネル。

 口だけ動かして大丈夫だよ、きっとと、伝えた。

 その様子を、忌々しげにアレスが、眺めていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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