第139話 騒動4
特進科のクラスで、一般科目を終えたアレスとゼインたちが、次の授業が行われる、ホワイトヴィレッジに向かって、談笑しながら歩いていた。
話題の中心は、女や、最新機器だ。
つまらない話題に、アレスが、ゼインたちの話を、ただ、聞き流していたのだった。
その途中で、唐突に、最新機器について、熱く語っていたフランクの足が止まった。
「おい、あれを見ろよ」
その声に促されるように、フランクが、目線で指した方向へ、アレスたちが視線を巡らせる。
綺麗に、整備されている芝生で、リーシャとラルム、ナタリーたちが騒いでいたのだ。
そして、校内では、珍しい小さな子供の姿に、目が釘付けになる。
「あの子供、誰だ?」
訝しげな視線を、ゼインが送っていた。
ティオとフランクが、知らないと首を横に振っている。
「……」
顰めっ面で、アレスが遊んでいる集団を睨んでいたのだ。
(ジュ=ヒベルディア伯爵の子供が、なぜ、ここにいるんだ……)
アレスたちの存在に、気づかないようで、和気藹々に遊び回っていたのである。
「兄弟……にしては、小さくないか?」
クラージュアカデミーは、関係者以外立入禁止で、気軽に、入れる場所ではない。
だから、小さな子供の姿が、奇妙なものに、映っていたのだ。
王太子が通う学校だけに、生徒にも、厳しい制限が、つき惑っていた。
無言のまま、アレスがリーシャたちへ向かって、歩き始める。
「アレス。授業は?」
呼び止める声も無視し、足を突き進めていった。
やれやれと、ゼインたちが、顔を見合わせる。
向こうにいけば、完全なる遅刻となるからだ。
「サボるのか……」
チラリと、ホワイトヴィレッジに、双眸を傾けた。
次の授業は、一年生同士で、対戦となっていたのである。
「面白いかも。行ってみようぜ、俺たちも」
「……面白いか」
ティオの提案に、フランクが消極的だ。
単に、面白くない授業を、サボれるのが、見え見えだった。
二人から、どっちにつくと言う眼光を、投げられたゼイン。
「……見物に、行くか」
「そうこなくては」
満足するティオに対し、くだらないと呟くフランクだ。
三人の意見が、まとまったところで、先に、いってしまったアレスの背中を追っていく。
ラルムからの連絡を受け、大量のお菓子と、飲み物を用意してから、ナタリーたちが合流したのである。
ワイワイと、みんなでお喋りしたり、お菓子を堪能し、いつの間にか、追いかけっこを始めていたのだ。
逃げるイル。
リーシャとテネルが追いかけて、捕まえようとしていた。
その微笑ましい光景に、歓声をあげているナタリーやルカだ。
そして、物静かに、ラルムが眺めていたのである。
興じているところへ、不機嫌な顔で、アレスが姿を現した。
その背後からは、嘲笑するゼインたちが、顔をみせる。
楽しい空気が、一気に変貌してしまった。
逃げていたイルが立ち止まり、その場に、立ち尽くしていた。
追っていたリーシャたちの足も、段々と、失速していく。
ナタリーとルカは、襟を正すかのように、きちんと座り直したのだ。
とてつもない威圧感を、誰もが、感じている。
「アレス、何?」
そんな空気を、感じ取っていないリーシャ。
緊張した面持ちでいるナタリーたち。
一触即発な雰囲気に黙り込み、重苦しさに、つばを飲み込んでいたのだった。
黙っている状態は同じだが、ラルムは、じっと、アレスに双眸を巡らせていた。
いつも通りのリーシャだ。
話そうとはしない、アレスの後ろに窺う。
ニタニタと、笑っているゼインたちがいた。
ゆっくりと、アレスはリーシャの後ろに、隠れたテネルに、視線を移す。
しがみついてくるテネル。
庇うように、リーシャが手を添えた。
「怖がっているじゃない」
次に、目を細め、怯まないリーシャを窺う。
(怖がっている? そんな場合か!)
悠長な態度に、心の中で、乱暴に、吐き捨てていた。
ますます目が細くなっていく。
そんな態度に、リーシャが対抗心を燃やすのだ。
やり合う態度に、アレスが舌打ちを打ちたくなる。
(重要なのは、いては、いけない人間が、ここにいることだ! なぜ、そのことに気づかない)
「相手は、子供なのよ。パーティーで、愛想良くしているんだから、それぐらい、できるでしょ」
子供に対する態度ではないと、窘めていた。
「……なぜ? ジュ=ヒベルディア伯爵の息子がいる」
冷たい声で、問い質した。
ようやく、三人は、疑問に思っていた子供の正体を、把握する。
「あの伯爵の子供だったのか」
「道理で、知らないはずだ」
「でも、どうして、ここにいる? セキュリティーが、厳しいはずだぞ」
「だな。伯爵自体だって、ここに、入れないじゃないのか」
まさか、ルシードの息子と、王宮の人間であるリーシャが、仲良くしている光景が衝撃的で、普通では、見られない代物だと、三人の顔が語っていたのである。
背後で、好き勝手言い合っているが気にしない。
アレスの視線が、そのまま怒っているリーシャに、向けられたままだ。
「聞いている、答えろ」
三人の会話に、気を取られていたため、返答を催促され、泡を食ってしまう。
どこか、侮蔑が含む三人の言い方に、ムッとしながら、聞いていたのだ。
「あっ……、そ、それは……」
「テネルが、遊びにきたんだ」
素早く、ラルムが入り込んだ。
「……」
いっせいに、ラルムに、注目が集まる。
どこから、説明したらいいのかと、逡巡していたリーシャの代弁をしたのだった。
それとなく、ラルムはリーシャの方へ双眸を傾けた。
ずっと、アレスとリーシャの様子を、窺っていたのである。
そして、思いやることもしないで、一方的に怒っているアレスに、怒りを募らせていった。
会話の中に入れる雰囲気ではないと、感じ取っていたナタリーたちは、ひたすらに黙って、ことが穏便に済むように、祈るように見守っていたのだった。
「お前には、聞いていない」
一瞬だけ、アレスがラルムを見据えただけだ。
すぐに、リーシャに眼光を戻す。
「そんな、言い方しなくっても」
一方的な怒りを振り回すアレス。
純粋に、剥れ始めたのだった。
そんなリーシャをかまわず、自分の話を進める。
「報告を、受けていない」
「報告?」
きょとんと、首を傾げている。
リーシャの元に、訪問者が訪ねてきた場合、アレスの元に、報告が来ることになっていたのである。
そのことを、アレスは言っていたのだが、アレスの元へ、報告される事実を知らないので、目を丸くするばかりだった。
意味がわからないリーシャをほっとき、さらに、話を推し進めていく。
その様子から、警護に当たっている人間も、知らないと察したからだ。
「リーシャが、呼び出したのか?」
「違うよ」
「では……」
話の核となっているテネルに、双眸が集まった。
身体を強張らせながら、しっかりと、リーシャの制服を、掴んでいる。
負のオーラを放つアレスを、怖がっていたのだ。
「ここへ来た報告が、僕に来ていないが? 伯爵と、来たのか」
子供に、傾ける態度ではない。
「子供相手に、そんな命令口調は、怖がるだけでしょ」
抗議するが、聞き入れなかった。
聞く耳を、持っていないといった方が早い。
何を言っても、聞き入れてくれない様子に、ムクムクと腹を立てていく。
お構いなしに、アレスが、鋭くテネルを捉えている。
小さな身体や手が、震えていたのだ。
(もう。子供相手に、そんなに、睨まなくっても)
庇うように、リーシャが前へ出る。
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