第138話 騒動3
屋敷から、会社にいるルシードの元へ、テネルが姿を消したと、連絡が入ったのである。
仕事のすべてを放り出し、屋敷に戻って来た。
そして、侍従から、詳しいことの顛末を聞く。
「朝食をとった後、部屋で、本を読むって、部屋に戻ったのだな」
「はい。それは、確認済みでございます」
沈痛な面差しの侍従だ。
主人のルシードから、屋敷を任されているのに、テネルが姿を消えてしまい、自分の仕事のミスで、迷惑をかけてしまったと、申し訳ない気持ちでいたのだった。
「その後、お菓子を持っていった際に、姿が、なくなっていたのだな?」
聞いた話を確かめるため、ルシードは、もう一度、繰り返した。
冷静を保ちながらも、その内側では、気持ちが焦っていたのである。
(一体、どういうことなのだ)
考えれば、考えるほど、腑に落ちない。
どうして、こうなったのかと。
まるで、出口の見えない迷路に、迷い込んだようだった。
「……はい。屋敷の内外を捜索していますが、いっこうに、姿を見つられません」
「……」
不安が広がり、気持ちが急いてくる。
「誰かに、連れ去られて、しまったのでしょうか?」
尋ねる侍従の眉間のしわが、深く刻み込まれていた。
(その可能性は、捨てきれないな……)
考えに集中しているせいで、侍従の問いに、答える余裕すらない。
(王妃様が、会いたがっているのに、連れて行かなかったから、王妃様が、連れ出した可能性も、考えられるし、それとも……、公爵様をいいと思わぬやからが、嫌がらせ目的で、連れ出したか……。けれど、屋敷内の警備は、万全なはず……。他の可能性は……)
意識が、散漫として、考えがまとまらない。
焦燥感だけが、募っていく。
立場上、何があるか、わからないので、警備を厳重にしていた。
屋敷に、出入りできる者も、限られていたのである。
その者との付き合いは長く、身元は、しっかりとした者ばかりだった。
複数ある可能性について、ひたすら考え込む。
けれど、これだと、確証できないものがない。
逡巡しているルシード。
恐る恐る侍従が、口を開く。
「王妃様でしょうか」
同じように、不安でいる侍従に、視線を巡らす。
思考に気が取られ、すっかり侍従のことを忘れていた。
自分が、子供の時から、傍に仕えている侍従で、テネルが生まれる前から、知っていて可愛がっていたのである。
(しっかり、しなければ)
そんな侍従を気にかけ、強張っていた顔を緩めた。
「その可能性は、低いだろう。黙って、連れ出しても、今頃は、勝手に連れ出したと、連絡があるはず。それが、ないと言うことは、王妃様ではない」
いくら王妃エレナでも、周りを巻き込んで、心労を与えるやり方は、しないだろうと思い至るのだった。
驚かされることは、何度もされた。
だが、身を切り裂かれるような貶め方は、一度もなかったのだ。
だから、テネルを連れ出すやり方が、どう考えても、王妃エレナではないと断言できたのだった。
「では……」
言葉を濁しているが、侍従が何を言いたいのか、瞬時に把握した。
口が重かったのは、フィーロがらみではないかと、言いたかったのだ。
「わからぬ」
弱々しく、首を振った。
軽々な判断をする訳にはいかない。
大騒ぎを起こし、フィーロに、面倒をかけたくなかったのである。
「公爵様にも、知らせた方が?」
「まだ、ダメだ」
「ですが……」
自分たちだけで、解決できないと、侍従の双眸が語りかけていた。
「……わかっている」
テネルの安全が、優先されるべきだと抱くのだが、このことで、王室とフィーロの間に、大きな溝となり兼ねない、恐れもあったのだ。
それは、どうしても、避けたかったのである。
苦渋に、顔を歪めていた。
(相手側の出方を、見定めないと……)
若い男が、二人の下へ、報告するためにやってくる。
「申し上げます。テネル様は、一人で屋敷を、抜け出した模様です」
屋敷で、働く者が、使う通用口に、設置してある防犯カメラに、テネルの姿が映っていたのである。
小さなテネルが、ギリギリに映り込んでいて、周囲には、誰の姿も、映っていなかった。
「本当なのか」
瞠目しているルシードだ。
そして、侍従も、目を丸くしていた。
「はい。どう考えても、お一人で、出て行ったように、見えます」
信じられない事実に、幼い頃より、知っている二人が、目を見張ってしまう。
「……すぐに外へ通達して、捜索に当たるように」
驚きつつも、ルシードが、捜すように命じた。
命を受けた男が、下がっていく。
「どういうことでしょうか? ルシード様」
「わからない……」
そう答えるのが、精いっぱいだった。
一歳の時に、母親を亡くしているテネル。
父親であるルシードにベッタリで、一人で外に出かけたことなど、これまでに、数える程度しか、なかったのである。
「どこへ、行ったのだ……」
心痛なルシードの呟き。
侍従が、うな垂れていた。
「内気なあの子が……、どうしてこんな真似を……」
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