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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第136話  騒動1

 クラージュアカデミーの庭先で、リーシャが一人で、写生をしていたのである。

 この時間帯は、空き時間となっていた。

 連日の公務や、パーティーで、学校に来られなかったり、ホワイトヴィレッジの訓練等で、美術科の授業に出席できていなかった。

 そのため、授業が遅れ気味の上に、何も描かれていない、白紙状態の課題が残っていたのだ。




 クラスメートは、おのおの時間を潰し、ナタリーたちは、邪魔しないようにと、カフェテラスでお菓子を食べながら、お喋りしていた。

 ナタリーたち三人が、一つのテーブルを囲んでいたのである。

 イルとルカは、テーブルに顔を突き出し、だらけていた。


「リーシャも、大変よね」

 何気に、視線に映るものを、虚ろな目でイルが見ていたのだ。

 ようやく、課題の絵を仕上げ、疲れきっていたのである。

「ホント、王太子妃って、忙しくって、大変」

 だらけている姿勢で、ルカが追随している。


 呆れ顔で、二人の顔を、ナタリーが眺めていた。

「羨ましいって、言っていたのは、誰よ」

 二人は、代われるものなら、代わりたいとか、私のおじいちゃんと、友達だったら、良かったのにと、リーシャの強運を、羨ましがっている節があったのだ。

 だが、ナタリーだけは、強運とは思えず、災難だと、抱いていたのである。


「だって、それは……」

 取り繕う言葉を探すが、見つからない。

「一つも、いいところなんて、ないって、言ったでしょ」

 したり顔でいるナタリーだった。

 羨ましく、思っていた二人を、いつもナタリーが、そんなことはないと、窘めていた。

 けれど、全然、聞き入れず、羨望していたのだった。


「そうだね」

 ばつが悪そうな顔をしているルカだ。

「いい、二人とも」

 お説教モードに、さらに二人の顔が歪む。


「私たちのような庶民には、王室は、別世界のところなの。そんなところに、何も知らず、飛び込んでしまったら、地獄よ。これまでの価値観とか、捨てて、一から、すべてやり直すようなものだもの。二人には、無理よ。絶対に」

 強気な表情と共に、はっきりと言い放っていた。

 間違いなかったでしょうと言う顔に、思いっきり、イルが顔を顰めている。


 言い返したくても、何も言い返せない。

 事実なだけに。


「何か、言うことでもあるの?」

「そんな、はっきり言わなくっても……」

「うん」

 同意する返事をしながら、ルカが何度も、そうだそうだと頷く。

 その正面にいるナタリー。

 余裕綽々な表情を崩さない。


「それじゃ、聞くけど。できるの?」

「……できません」

 一拍置いてから、イルが素直に認めた。

「イルに同じ」

 二人が、降参の旗を上げたのだ。


 ほら、見なさいと言う眼差しを送っている。

 いっこうに、進んでいないノートに、視線を移した。


「歴史の宿題は、終わっているの? 食べてないで、勉強もしないと」

「意地悪だと思わない、ルカ」

「思う。今日は、いつも以上に、意地悪だね」

 そんな言葉に屈せず、ナタリーが笑っていた。




 カフェテラスに、誘われていたが、ナタリーたちとは合流せず、ラルムは校庭に向かって歩いていた。

 王室の行事や、パーティー、デステニーバトルの訓練などで、ラルムも、提出する課題が遅れ気味になっているが、リーシャほど、酷い状況にはなっていない。


 時間の合間を縫い、課題をこなしていたからだ。

 それに比べ、ハーツパイロットとしては、未熟なリーシャが、ハーツパイロットの勉強や、お后教育の時間に、大幅に時間を取られ、課題が、疎かになっていたのだった。


「大丈夫かな」

 微かに、表情を曇らせた。


(このところ、スケジュールも、詰まっていたようだし……)


 何か、手伝ってあげたいと抱くが、できないことに、辛酸を嘗めるしかない。

 その手に、軽い食べ物と、飲み物が握られていた。

 チラリと、それらを眺める。


(今の僕には、これくらいのことしか、できない……)


 傍についてあげられないと、悔しかった。

 庭先に出て、芝生の上を歩いていると、学校には、不似合いな姿を目撃する。

「!」


 目を凝らし、もう一度、確かめる。

 現実に、映っている光景だった。

「何で、あんな小さな子供が……」


 誰かを、捜しているようで、辺りを、キョロキョロとしている。

 王族が、通っているクラージュアカデミーの警護のセキュリティーは、万全なものだ。

 それなのに、いてはいけない子供の姿があった。


「……もしかして……」

 ふと、あることが思い至った。

 とりあえず、警備員に知らせる前に、その小さな子供に、ラルムが近づいていった。

 思いついたことが、当たっているのか、どうか、確かめるために。




 怯えた様子で、辺りを見回し、まっすぐに、歩けていない。

「お姉さまは、どこ……」

 恐怖に、震える唇で、テネルが零していた。


 無断で、屋敷を飛び出し、大好きなリーシャに会うため、勝手に入ってきてしまった。

 父親の影に、隠れていたテネル。

 生まれて初めて、大冒険を、決行したのである。

 警備員に捕まず、順調に、中へ入ることに成功し、リーシャを捜していた。

 テネル一人では、校門の前に立つ警備員に、捕まってしまうが、訪ねてきた人間と一緒に、入ってきてしまったのである。


 警備員も、訪ねた人間の子供だろうと、小さな子供相手に疑いもせず、見逃してしまったのだった。

 そして、校庭を歩くテネルだ。

 見逃した警備員たち同様に、生徒たちも、校内を警備している人間も、首を傾げながらも、見逃していた。

 まさか、小さな子供一人が、学校に入り込むとは、誰も考えなかった。


「どこにいるの……」

 広いクラージュアカデミーで、迷子になっている。

 知らない人たちに、声をかけられない。

 心細く、今にも、泣きそうな状態だ。


 大声を出し、泣きたいのを、必死に我慢している。

 ギュッと、唇を噛み締めた。

「お姉さま……」


 会うことができない、リーシャに会いたいために、その一心で、飛び出した。

 小さいながらも、頭のいいテネルは、手紙の返事がこないのは、おかしいと理解し、大人の事情で、何かあるのではと、行き着いていたのだった。


 立ち止まり、涙で濡れる瞳。

 巨大に映る校舎を、垣間見る。

 怖くて、怖くって、堪らない。

 助けを請うと、口を開きかけた瞬間……。


「テネルかな?」

 背後から、優しい声音で、名前を言われ、驚きながら、振り向く。

 見知らぬ顔に、さらに恐ろしさが、募っていった。

 立ち尽くし、怯える姿に、穏やかな笑みをかけた。

「違うのかな?」

 優しげな眼差し。


 ホッとし、頭を大きく振って応えた。

 その答えを聞き、ラルムが柔和な笑顔に、変わっていった。


「やはり。リーシャに、会いに来たのかな?」

 腰を下ろし、微かに怯えが残るテネルと、目線を合わせた。

 リーシャの名前に、強張っていた表情が、徐々にほぐれていく。

 優しげなお兄さんに、少しだけ、心を開くのだった。

「……お姉さまのこと、知っているの?」

 恐々としながら、口を開いた。


「うん。リーシャから、テネルのこと、聞いていたから、そうじゃないかって思って、声をかけたんだ。よかった、合っていて」

 表情も、声も、優しく、テネルが怖がらないように、心掛けている。

「お兄さまは、誰?」

 首を傾げる、可愛らしい姿。


 話を聞いた通りに、可愛い子だと抱く。

 何度も、ジュ=ヒベルディア伯爵の子息テネルの話を、ナタリーたちと共に、聞いていた。そして、手紙を出しても、返事がないことに、落胆していたので、みんなで励ましていたのである。

 話を聞きながら、ラルムだけは、ルシードが、互いの連絡を途絶えさせていると、察していたが、なかなか真実を告げられなかった。


 ラルム自身が、間に入ることは、簡単だった。

 ただ、入ることにより、リーシャに、迷惑をかける恐れがあった。

 だから、話を聞いてあげるしか、できなかった。


「リーシャの友達の、ラルムって、言うんだ」

「ラルムお兄さま?」

 ニッコリと、テネルが微笑んだ。

 その顔に、さっきまでの怯えが、消えていた。


「そう。よくできたね」

 安心するように、頭を撫でてあげる。

 いやがらず、くすぐったい顔を覗かせた。

「お姉さまは、どこにいますか?」


「この近くにいるよ」

「ホント」

 会える喜びで、満面の笑顔になる。


「案内してあげるね」

「ありがとうございます」

 ぺこりと、頭を下げた。

 愛らしい仕草に、クスッと笑みが零れる。


読んでいただき、ありがとうございます。

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