第135話 兄弟ケンカ4
首都キーデアにある、個室のレストラン。
ラルムの母親メリナが、親しい貴族二人と、昼食を共にしていたのである。
席での話題の中心は、先日のパーティーでの、シュトラー王とフィーロの件だった。
パーティーに、メリナは出席していなかった。
だが、貴族たちは、出席していて、その現場をじかに見ていたのだ。
「久しぶりに、見ましたね、あのお二人方の、言い合う現場を」
「そうですの」
ワインを嗜みながら、メリナが素知らぬふりをしていた。
完全に、聞き役に廻っている。
貴族たちから、話を聞かなくても、その件は、すでに別な人間から、聞き及んでいたのだった。
「えぇ。それは、物凄いものでしたよ」
金髪の貴族が、嘲り含む笑いを零している。
「それは、大変でしたね」
「それはもう、緊迫した状態でしたよ」
大柄な貴族が、面白げに嘲笑していた。
あの時のことを思い出し、身震いしてみせたのである。
そんな大柄の貴族に、クスッと、優雅にメリナが笑ってみせた。
「ああ。あの二人だって、なかなか割って、入れぬほどにね」
金髪の貴族が、バカにしたような口ぶりだ。
シュトラー王派に、メリナたちは属していない。
けれど、反シュトラー王派にも、属していなかった。
別な勢力の一つとして、水面下で動いていた。
勿論、自分の息子ラルムを、王位に就かせるためにだ。
ずっと、ラルムを王位に就かせようと、海外にいても、その望みが薄れることがなかった。
逆に、濃くなっていったほどだ。
ラルムに、王位を継いで、貰おうとする貴族たちとのパイプが、途切れることがなかったのである。
多くのメンバーは、シュトラー王の長男であった、ターゲスを王にと、持ち上げていた人間ばかりだった。
アメスタリア国には、いくつもの勢力が点在している。
その筆頭が、シュトラー王が自ら先頭に立ち、理想の国作りを、現在、行っている段階にいるシュトラー王派。
その勢力に、異を唱え、自らの手で、国を動かそうとしている貴族たちや、上流、中流階級の塊で、組織されている反シュトラー王派である。そして、ラルムを王位に就かせようとしている、メリナたちの勢力に加え、貴族院の古だぬきたちの勢力、フィーロの勢力と、いくつもの勢力が混在し、強固な一枚岩な国ではなかった。
昔から、いくつもの勢力があり、虎視眈々と、自分たちが乗っ取ろうとして暗躍していたのである。
多くの勢力は、互いに威信をかけ、ぶつかり合い、潰し合っていた。
そして、新たな勢力ができ上がり、何年もの間、戦っていたのだ。
その中で、着実に力をつけ、のし上がっていったのが、シュトラー王派である。
シュトラー王派の力の根源が、デステニーバトルで、その大会で、準優勝に導いたのが、シュトラー王とクロスの活躍だった。
それまでは、王太子と言う立場で、均衡していた勢力たちと、戦っていた。
だが、準優勝後は、有無を言わせなかった。
いろいろなことを断行し、力のあった勢力たちを、次々と、削ぎ落としていったのだ。
貴族たちの空いたグラス。
白ワインを注ぎなら、メリナが話し始める。
「困ったものですね、国王陛下にも。外国のお客様が、列席されている中で、騒ぎを起こされて……。ですが、総司令官や、副司令官が、止めるよりも先に、アレス王太子が、止めに入るべきでしたね。そうすれば、外国の方の目も、少しは、違っていたのではないでしょうか」
王太子であるアレスに対し、皮肉を漏らしていた。
パーティーに、出席していたメンバーの中で、止められたのは、誰の目からしても、ソーマとフェルサしかいない。
それにもかかわらず、アレスの不甲斐なさを、貴族たちに、印象づけたかったのだ。
「メリナ様の言う通りですな」
「ただ、静観していただけでしたからね。王太子妃殿下と共に」
侮蔑の笑みと一緒に、金髪の貴族が、口をついた。
ただ、何もせず、貴族たちも、眺めていたのに。
止めに入らなかったアレスを、ただ、ただ、嘲笑している。
返り討ちに合うのが怖くて、傍に近寄らず、場合によっては、退席しようかと、様子を窺っていたのだ。
そんな自分たちのことも忘れ、笑っていたのである。
「もう少し、アメスタリアのためにも、しっかりして、いただきたいですね」
「あの殿下では、無理でしょうね。やはり、輪を大切にし、私たちにも、耳を傾けられるラルム様でないと」
貴族たちが、いやらしい視線を注ぐ。
そんな眼差しにも、メリナは臆しない。
「そんなこと、ありませんわよ。まだまだですわ。皆さんのお力がないと」
「何、ご謙遜されますか。やはり、ラルム様ほど、次の王位に、似合うお方は、いられませんと、私どもは思っております」
持ち上げられていると、把握している。
けれど、それよりも、一人でも多くの人間を、こちら側につかせたかった。
そして、シュトラー王派や、反シュトラー王派などの勢力と、交える力を欲していたのだった。
「そのように、言っていただけますと、恐縮してしまいますわ」
「そうだ。今度、娘たちも交えて、食事でも、いかがですか?」
貴族たちにも、それぞれに思惑を抱えていた。
自分たちの娘を、ラルムに嫁がせ、妃殿下にさせようと。
「そうですね」
笑顔の裏では、あなたたちの娘では、役不足だわと隠している。
「そう言えば。陛下も、困ったものですね、元貴族とは言え、庶民の出から、妃を選ぶとは」
「何か、国王陛下のお考えが、あるのでは?」
シュトラー王を、擁護する立場を、メリナが取った。
何があるか、わからないから、迂闊な発言をしない。
シュトラー王には、秘密裏に、何でもする《コンドルの翼》がある。
貴族たちとは違い、その辺のところも、心得ていた。
「そうでしょうか。私たちを、軽んじているのでは?」
眉間にしわを寄せ、大柄な貴族が口を開いた。
「まさか」
「知って、おられますか? 王太子妃殿下の、これまでの失態の数々を」
さらに、大柄な貴族が話を続けた。
「きっと、慣れておられないのでしょう。長い目で、見てあげなくては」
ここでも、擁護する発言を忘れない。
シュトラー王や、王妃エレナが、可愛がっている話を、耳にしていたのである。
後々になり、こんなことを言っていたと、言われないように、しっかりと予防線を張っているのだ。
貴族たちが、会話を、録音している可能性もあった。
だから、不用意な発言をしないように、注意している。
「メリナ様は、本当に、お優しい方ですね」
そんなことも知らず、べらべらと、大柄の貴族は、口が軽い。
実年齢よりも、数段、若く映っており、綺麗なメリナの虜になっていた。
「そのようなことは……」
そんな視線に気づきながらも、妖艶に微笑んでみせる。
しっかりと、自分の武器を使っていた。
自分が産んだ息子ラルムを、王位に就かせるためと、仮面をかぶっていたのだ。
「きっと、メリナ様が、もし仮に、教育されていらしたなら、違っていたかも、しれませんね」
「セリシア様は、一生懸命に、ご指導しているはず」
「そうでしょうか?」
「そう言えば、聞きましたか?」
急に、黙っていた金髪の貴族が、話に加わった。
「何がです?」
大柄の貴族の興味ある顔を、金髪の貴族の方へと巡らす。
「王太子殿下と、王太子妃殿下の不仲説」
「そうなんですか?」
興味ありげに、メリナが、食いついてみせた。
部下に、探らせていたので、この情報も、すでに耳にしている。
結婚当初から、そんな噂が囁かれていたが、ここ数日の流れは、大きくなっていたのだった。
「えぇ。一部のテレビや、ネットで、囁かれているそうですよ」
「王室も、大変でしょうね」
憂いを帯びた表情を、メリナが窺わせた。
「根も葉もない噂と、静観している立場を、とっているようですね、王室は」
「メリナ様は、ご存知ありませんでしたか?」
「えぇ。もう、王族では、ありませんので……」
「嘆かわしいことです」
王族としての身分を、失われたメリナ。
誰も、同情的な眼差しを注いでいる。
嘆いた姿勢をみせるが、あなたたちには、その屈辱はわからないと、胸に秘めていた。
「……気に、なさらないでください。私は、大変、満足していますのよ。こうして、皆さんと、ゆっくりと、お食事ができて。王族の立場でしたら、なかなか、こうして食事も、できないでしょうし……」
「メリナ様。私たちは、ラルム様を、次の王位にと、考えております。ですから……」
「ラルムを、高く評価していただくだけで、私として、嬉しいですわ」
優しげに、メリナが、微笑んでみせたのだった。
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