第132話 兄弟ケンカ1
外国からの客を、多く招いたパーティー。
アレスと共に、リーシャも出席していた。
そして、その場に、シュトラー王やアレスの母セリシア、それにソーマ、フェルサといった顔触れも、揃っていたのである。
大切なパーティーなのに、アレスの父ヴォルテは、顔を見せていない。
だが、それは、いつものことだったので、それほど、気にも留めていなかった。
優雅な立ち振舞いするアレスの後に続き、ぎこちなく、頭を下げてリーシャ。
懸命に、笑顔を作ろうと、努力していた。
(か、か、顔が痛い)
強張っている頬。
無理やりに、上げていたせいで、疲労が出てきたのだ。
未だに、自国の貴族の名前と、顔を憶えるだけで、手いっぱいだった。
(名前が、わからないから、名札つけてほしいよ!)
パーティーに、何度も、顔を出しているが、まだまだ、こういう場に慣れない。
次から次へと、憶えることが膨大で、記憶の糸が、複雑に、交錯していた。
外国の客や、貴族を相手に、アレスと一緒に話をしていると、突然の罵声に瞠目し、身体が震えてしまう。
その声に促されるように、そちらの方へ、振り向こうとした。
「!」
「騒ぐな」
唐突に注意され、見ようとした動きが、止まってしまう。
口を開こうとすると、瞬時に、リーシャの耳元で、アレスが囁く。
「平静でいろ」
「……」
罵声が、やまないながらも、ぎこちなく頷いた。
強い視線。
じっとしていろと、言っていたからである。
外国の客や、貴族たちは驚愕しつつも、騒ぎ立てることもしない。
その場を、動く人も、いなかった。
どこか、慣れている節もあったのだ。
(じっと、見る分には、大丈夫よね)
横目で、アレスの様子を確かめてから、恐る恐る怖いもの見たさに、声が聞こえる方へ視線を移す。
人ごみの隙間を縫い、辿っていった。
すると、シュトラー王とフィーロが、怒鳴り合う光景が、飛び込んできたのだ。
激しくフィーロを、罵倒している。
それに、襲い掛かる雰囲気も、滲ませていた。
ぼかんと、口が開いたままだ。
見慣れない光景に、ただ、ただ、唖然としている。
「……大丈夫なの? 誰も、仲裁に入らないで」
誰も、二人を止めようとしない。
平然とした顔で、傍観していたのである。
「平気だ。頃合いを見計らって、総司令官や副司令官辺りが、止めに入るだろう。余計なことをすれば、火の粉が、こちらに降りかかる。だから、黙って、静観していろ」
テレビを眺めているかのような様子で、表情一つ変えないで、アレスが窺っていた。
「うん……」
こんな状況下でも、生演奏が止まらない。
演奏が、続けられていたのである。
周囲は、冷静を取り戻したように、貴族同士で、お喋りを始めているところもあった。
こういった現状に、慣れていることに、当惑と驚きが隠せない。
(本当に、仲が悪いんだ)
場所もわきまえず、口論している二人を眺めていた。
(ユークと、ケンカするけど……、私たちとは違うな……)
目を丸くし、想像を越える仲の悪さ。
思わず、食い入って見てしまうほどだ。
言葉を失うほど、見られているとも知らない二人。
見苦しい二人の言い合いは、止まることを知らない。
冷める気配もなく、熱は、段々と、上昇していく。
「よくも、そのツラを、私の前に出せたな」
噛み付くように、闘志むき出しなシュトラー王。
小さく嘲り笑っているフィーロを、半眼していた。
外国の客と、話をしている最中、フィーロが声をかけてきたのである。
二人の関係性を知っているかのように、話していた客が、少しずつ後退していった。
「何度も、顔を見せに来ていました。けれど、見せないのは、陛下じゃないですか?」
二人の周囲に、誰も、いなくなってしまった。
タイミングを見計らって、話そうとしていた貴族たちも、姿を消していたのだ。
そんな状況にもかかわらず、口論が止まない。
止むところか、ヒートアップしていた。
「何? 私の都合も、考えずに来るからだろう」
不愉快、この上ないと言う表情が、前面に出ている。
神出鬼没で、もっとも会いたくない顔に、国王と言う立場を忘れているほどだ。
「それは、失礼しました。けれど、連絡しても、その日は用事があり、都合が悪いとおっしゃっては、会ってくださらないでしょうが」
意地悪な笑みを宿し、口角を上げている。
国王としての仕事が、忙しいと言う理由で、面会を断り続けていた。
連絡もなしに、王宮に来た際も、顔を見たくないと、逃げていたのだった。
そのつけが、今日来たのだ。
舌打ちを打ちたくなるのを、ギリギリのところで、寸止めした。
いやな顔をすれば、相手の思う壺だと、把握していたからだ。
それに、余裕があるところも、見せつけたかった。
「しょうがないだろう。私は、国をすべる国王なのだ。遊んでいる、暇なお前と、一緒にするな」
華やかに、笑ってみせた。
「暇なのは、陛下では、ないですか?」
「何っ」
鋭い視線を注ぐ。
注がれているフィーロ。
涼しい色のままだ。
「暇さえあれば、出かけているでは、ありませんか?」
「……」
「仕事をしている者に、自分の仕事を押し付けて」
意味ありげなフィーロの双眸。
何を指しているのか、ピンときていた。
ギリと、歯を噛み締める。
「……優秀な人材を、遊ばせていないだけだ。それを言うなら、その優秀な人材に、迷惑をかけているのは、誰だ?」
しっかりと忘れず、応戦を加えた。
「さぁ、誰でしょ」
素知らぬ顔で、惚ける。
似たり、寄ったりだと、誰かに、突っ込まれそうだが、この近くにはいない。
巻き込まれないように、誰もが、離れていたのである。
「よく、抜け抜けと言えたものだな」
表情が怖くなっていくシュトラー王。
飄々と、微笑んでいるフィーロだ。
「いちゃもんつけて、面倒かけているのは、私ではなく、お前の方だろう?」
「私は、公爵としての責務を、果たしているだけです。愚かな陛下と、一緒にしないでください」
せせら笑う姿に、頬が引きつる。
「愚かだと……」
鬼のような形相だ。
「えぇ。愚かです。それ以外の言葉が、ありますか?」
鋭さを増した視線にも、フィーロはたじろがない。
ふてぶてしさ度が増していく顔に、シュトラー王も、負けずに拡大していった。
「王妃から、逃げているそうじゃないのか」
ふんと、鼻で笑ってから、フィーロを見据える。
「どうなのだ?」
先ほどまでの立場が、逆転した。
「……忙しく、会えないだけです」
これまでのように、言葉に覇気がない。
「王宮で、散歩する時間は、あるのにか」
「……たまたま時間があったので、昔を、懐かしんでいただけです」
余裕を気取っている振舞いをしているが、微かに、頬が震えている。
「懐かしむ時間があったら、王妃が、会いたいと、申しているんだ、会いにいったら、どうだ?」
勝ち誇ったようなシュトラー王の顔だ。
「……そうさせて、貰います」
バチバチと、互いに、火花を散らしている。
ふと、何かを思ったかのように、フィーロが余裕の色を、取り戻していった。
「楽しく話を、させて貰いますよ」
「楽しくだと……」
怒気がこもる声音だ。
「はい」
「……そうなると、思うのか」
「王妃様は、優しいお方ですから」
「お前に、言われなくとも、知っている」
「あなたは、何でも、ほしいものは、手に入れますから」
まっすぐに、顔を歪めているシュトラー王から、視線をはがさない。
「当たり前だ。何が悪い」
「いいえ。自分勝手で、いい性格していると」
「人のことは、言えんだろう」
「陛下ほど、自分勝手には、なれませんよ」
「フィーロ……」
腹の底からの声に、警鐘だと、誰もが抱く。
身内を見ている、眼差しではない。
その場に止まり、無礼を謝ろうとしないフィーロ。
さらに、火に油を注ごうとしている。
「昔も、今も、変わらない。手に入れたいものは、手に入れる。どんな手段を、使っても……」
淡々と、表情を変えずに零した。
「確かに、最初は、陛下の方が、よかった。でも、段々と、私との数値の方が、よかったはず。それなのに、変更は許さないと。それに勝手に……」
睨み合ったまま、互いに、口を閉じてしまった二人。
遠目から、眺めていたリーシャが、ゴクリとつばを飲み込む。
二人の漂う雰囲気に、ただならぬのを、肌が感じ取っていたのだ。
不安げな顔。
近くにいるアレスの袖を、引っ張った。
「何だ」
呼ぶ声に、視線を降ろした。
「止めた方が、いいんじゃない?」
「大丈夫だ」
視線で、アレスが別な方向を促した。
すると、すでにソーマとフェルサが、二人の元へ、駆け寄っていくところだった。
「二人だけで、平気なの?」
「余計に、ごちゃごちゃするだけだ」
「そうなの?」
「おとなしくしていれば、いい」
「う、うん。私、初めて見た。鬼気迫る感じだね」
おどおどと、怯えている。
アレスが嘆息を吐いた。
終息に、向かっているとわかっていても、早鐘のような鼓動が、止まらなかったのである。
「ここいれば、何の危害もない。上手くあの二人が、フォローする。だから、動くな」
「うん……」
らしくない言動に、目を丸くしている。
アレスはどうなったのかと、そちらの方に、気がそれていたのだった。
年甲斐もなく、兄弟ケンカをしている二人。
上手く誘導したようで、フィーロがフェルサと共に、会場から出て行こうとしていた。
そして、ソーマは、不機嫌になっているシュトラー王に、ずっと話しかけていたのである。
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