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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第131話  しこり

 王宮での散歩に、無理やりに付き合わされ、予定の時刻よりも、遅くなってから、ルシードは屋敷に帰宅した。

 エントランスで、侍従が出迎えてくれていたのだ。

 リーシャから、いただいた袋を、開封せずに手渡す。


 要領を知っている侍従。

 余計なことは言わず、袋と共に、下がっていった。

 その形相は、疲れきっている。


(僅かな期待が、毒なんだ……)


 何度も、言い聞かせ、どっと襲ってくる疲れと、戦っていた。

 宣言通りに、普通の散歩をしていたが、いつ何時、何か起こる可能性もあるので、気が休まらず、神経を尖らせていたのである。

「……疲れた」

 素直な吐露が、漏れてしまった。


 王妃エレナだけに会うだけでも、疲れてしまうのに、今日は、いろいろな人に待ち伏せされ、精神的にも肉体的にも、ほとほと疲れていた。

 父親の帰宅を知ったテネルが、タイミングよく、ルシードの前に現れる。

 何度も、エントランスに顔を出しては、帰りを待っていたのだ。


「お父様、お帰りなさい」

 出かけてから、ずっと帰ってくるのを、心待ちにしていた。

 覚束ない足取りで、階段を下り、駆け寄っていく。

 優しげな声音と一緒に、頭を撫でてあげる。

 僅かに、癒やされた。


「ただいま。テネルは、いい子にしていたかな」

「はい。いい子にしていました」

「……そうか。それはいい」


 ニコニコして、何かを期待している目を、直視できない。

 その理由を知っていたし、それが、打ち砕けることも知っていた。

 それを先延ばすように、できるだけ、触れないように語りかける。

「どんなことを、していたのか、聞かせてくれるかな?」


 幼いテネルを抱きかかえ、同じ目線で、話せるようにする。

「はい。本を読んだり、勉強をしたりしていました。それに、お絵かきも、していました。おやつも残さずに、綺麗に食べました」


 王宮にいけず、リーシャに会えないことに沈み、このところ、食事やおやつを残すようになっていたのである。

 そのことに関して、気を揉んで、少しでも、食べられるようにと、テネルの好きなメニューが食卓に上がっていたのだ。


「そうか」

 さらに、頭を撫で、褒めた。

「では。お父様と、一緒に本でも、読もうか」

「はい。でも、お父様、お手紙のお返事は?」


 ウズウズとしている眼差しに、言葉が詰まってしまう。

 即座に、手紙の件を催促したかったテネル。

 父ルシードからの問いかけに、素直に答えていった。

 いい子にしていれば、いいことがあると、教えられていたので、それを実行していたのだ。


「お父様、お返事は?」

 その瞳が、キラキラと輝いている。

「……」

 困り果てた顔。

 見せまいとしても、どうしようもなく、表情に出てしまう。

 そして、出かける前の出来事が蘇った。


 侍女たちの立ち話を耳にし、王宮に出かけると知ったテネルが、ルシードの元へ駆け込んできたのである。そして、自分も、王宮に行きたいと懇願したのだった。

 だが、貴族院での仕事もあるからと嘘をつき、お留守番させたのだ。


 元々は、王宮に行く話を、するつもりなどなかった。

 会社での用事を済ませるため、出かけると、伝えようとしていた。

 けれど、テネルに、王宮に行くのがばれてしまい、リーシャに手紙を届ける条件で、お留守番することを、納得させたのだった。


「妃殿下も、お忙しい方だって、前に、説明をしたよね?」

「はい……」

 暗い表情で、ルシードの顔を窺う。

「直接、お渡しが、できなかったの?」

 手紙を渡された時に、直接、渡してくださいと、念を押されていたのだ。


「そう、なんだ」

 ぎこちなく答えるしかない。

 唇をキツく結んで、黙っている。

 傷ついている姿に、咄嗟に謝りたいと抱いてしまう。


 出かける前に、貰った手紙が、内ポケットの中に、忍ばせてあった。

 証拠となってしまうはずなのに、捨てられず、持っていたのだ。


「侍女の人には、渡したから」

 その場を、取り繕うことしかできない。

「……わかりました」

 伏せた目のままでいる。

 少しでも、元気になって貰おうと、何かないかと巡らした。


「お父様」

 呼びかけられ、テネルの顔に、自分の顔を傾ける。

「……どうして、お姉さまと会っては、いけないの?」

「!」

 身体がフリーズしていた。


 小さな子供でも、大人が会わせないようにしているのを、感じ取っていたのだと、気づかされたのである。

 つかの間、息さえもできない。

 ただ、寂しそうなテネルを、見入っていた。

 真実を語るのは、早過ぎる気がしていたのだ。


「どうして? 僕は、お姉さまと会っては、いけないの?」

「……ごめんな」

 絞るように出した言葉。


 謝罪しか、出てこない。

 それ以上、小さな口が、開くことがなかった。




 その頃、読書をしているアレスの元へ、明るい振りを装いながら、リーシャが訪ねてきた。

 秘書官のいない部屋で、アレスが読書をし、時間を潰していたのである。

 休憩をしていると言う予定を確かめ、それに合わせる形で、ユマに調整して貰い、部屋に来たのだ。


 いつものように、チラッと確かめただけで、双眸を本の方へ戻してしまう。

 冷たい態度に、心が折れそうになる。

 だが、いつものことだと、諦めるしかない。


 邪魔だから、さっさと要件を済ませろと、無言のオーラを出している。

「相変わらず、冷たいわね」

「……」

 無視されても、部屋から出る様子もない。

 構わず、本を読んでいるアレスの隣に座った。


 長ソファに腰掛け、本を読んでいたので、何を読んでいるのか、覗き込む。

 小難しい内容に、唸り声を漏らしてしまった。


「頭が、へんにならないの?」

「構造が違う、お前とはな」

「酷い言い方」

「要件を、済ませろ」

 随分と、虫のいどころが悪そうなので、今度にしようかと、思案し始めた。


(この次に、しようかな? でも、勢いもあるし……)


 もう一度、読書をしている姿を、見据えた。

「さっさと言え」


(私が、悪い訳じゃないのに、そんなに、当たることないじゃない)


 自分のせいで、アレスが、機嫌が悪いとは思っていない。

 誕生日パーティーで、リーシャとラルムが話していた光景が面白くなく、ずっと機嫌が悪いままだったのだ。


「言うか、出て行くか、どっちかにしろ」

「……言うわよ。ルシードさんって、スブニール公爵様の子供なんでしょ? ラルムから、聞いてびっくりしちゃった。教えてくれても、いいのに、アレスって、ケチ臭いわね」

「……」


 事情を、ラルムから聞いたことを語った。

 あからさまに、表情に出ないものの、アレスの顔色が微妙に変わる。

 その心の内では、ラルムから教えて貰った事実が、煮えくり返るほどの怒りと、苦々しさで湧き上がっていたのだ。


 だが、話に夢中なリーシャは、気づかない。

 ここに、小さい頃から仕えている秘書官のウィリアムがいれば、その異変に、気づいたはずだった。


「どうして、陛下と、スブニール公爵は、仲が悪いんだろうね?」

 ずっと、気にかけていたが、アレスの誕生日や、タイミングが合わず、聞きそびれていた。

「知らない」

 即決だ。

 そんな態度に、また自分には、話したくないのかと巡らせ、落ち込む。


「私に、そんなに話したくないの」

「興味がない。だから、知らない」

「本当に、何も、知らないの?」

 疑うような眼差しで、覗き込む。


「知らないと、言っているだろう」

 本当に、知らない様子に、肩透かしを食らった気分を味わう。

「……そうなんだ。でも、気にならないの? 何で、仲が悪いのか?」

「……」


 面倒だと、勢いよく本を閉じる。

「互いに、母親が違う異母兄弟。その辺のところに、何か、あるじゃないのか」

 鬱陶しいと言うアレス。

 それをほっとき、話を進める。

「なんだ。一応、察しは、ついていたんじゃないの」


「こんなこと、誰だって、知っている」

 知らない方が、おかしいと言う顔に、リーシャの頬が膨れ始めていた。

「でも、私は知らない」

「無知な、お前が悪い」


「知らない私も、悪いけど、話してくれないアレスも、悪い」

「何のために、専属の侍女がいる」

「私に、話しづらいことだって、あるでしょ」

「くだらない」


「だから、話をして貰えそうな人に、聞くんじゃない」

「……やたらと、聞きまくるな。王室のメンツが、失われる」

「だったら、アレスが、教えてくれればいいでしょ」

 ぼやいて、剥れている顔を、ただ、アレスは目を見張っていた。

 それに気づかず、ブツブツと文句を呟いていたのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。

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