第13話 家族とのひと時
着々と二人の挙式が迫る中で、挙式までに憶えないといけない事柄をユマに習っていた。必死に勉強に励み、分タイムのスケジュールを次々とこなしている。
頭の中はすでにパンク状態で、最初の十分で音を上げ、机に突っ伏してしまうほどだ。
そんなリーシャに厳しい態度を示しながら、ユマは次々と容赦なく重要な事柄だけを要点を押さえ込んで説明していく。
挙式まで、日にちがなかったのである。
唐突に宮殿に連れて来られた日から、ようやく家族との面会が叶った。
豪華絢爛な宮殿の内装に三人は息を飲む。
対面用の部屋へと足を進めていった。
ポルタ、カーニャ、ユークの三人はリーシャが待っている部屋へと通される。
三人の姿が視界に入った途端、両親、弟の胸へと無我夢中で走って飛び込んでいく。
懐かしい温もりに家族四人は、安らぎとまだ数日しか経っていないのに、何年も会えなかった慕情を懐かしむように噛み締めていた。
ポルタたちも宮殿に一人でいるのを心の底から心配していたのだ。
少し痩せたものの、元気そうなリーシャの頬をカーニャは労わるように優しく撫でた。
撫でられる頬がとても心地よく、いつまでも撫でられたいと浸っている。
言葉もなく抱き合ったままでいた家族は落ち着き、ソファに座り、それぞれの近況を語り始める。ユマから安全なところに両親や弟がいると教えて貰っていたが、それがどこなのか知らされていなかったために、リーシャも家族のことを心配していたのだ。
リーシャが拉致され、宮殿に連れて来られた同時刻に、両親とユークはそれぞれに宮殿の別室に連れて来られていた。そして、リーシャと同じことをシュトラー王の秘書官から話を聞いて驚いていたとポルタが話して聞かせる。
「おじいちゃんが貴族だったなんて、信じられない、って言うか俺、あまりおじいちゃんの顔、憶えていないんだよね。何か、うっすらと笑っている顔しか……」
少しこの状況を楽しんでいるようなユークはのん気に笑い、自分を抱きかかえている祖父クロスの姿をぼんやりと蘇らせていた。
不意に極たまに近況を知らせるクロスの手紙を思い浮かべる。
「手紙の方が、印象深いかも」
ユークの中では祖父の思い出は手紙=祖父というが印象が強かったのである。
三つ下のユークよりも、リーシャは鮮明にクロスの思い出がたくさんあった。
いつもカーニャに怒られた時は、隣に座って、クロスが慰めてくれた、そんな懐かしい大切な思い出が色褪せることもなく存在している。
「確か……私が七つの時だったから、ユークはまだ四つだったっけ? ……それじゃ、憶えていなくってもしょうがないよね? パパ」
「そうなるね。……お父さんも困った人だ。そんな約束していたなら、ちゃんと話してくれないと」
のんびりとした口調で、笑いながらポルタが話した。
ポルタは何事ものんびりとした性格の持ち主である。
そのせいで、時々妻カーニャはイラッとして爆発することがあった。
「話す、話さないという問題じゃないわよ! 普通、こんな約束しないでしょ? それも私の承諾もなしに……。勝手に決めちゃって……私の人生なのよ」
そっぽ向いて、リーシャは頬を膨らませた。
困ってしまったと言うのん気な顔で、まぁまぁとなだめ落ち着かせる。
「本当に」
カーニャも同意見だ。
話ぐらいはしてほしかったですと、眉間に少ししわを寄せながら、申し訳ないとしゅんとなっているポルタを横目で睨んだ。
のん気に旅行中のクロスに対してか、ポルタに対してなのか積もりに積もった文句を並べていった。
段々と小さくなっていくポルタ。
でも、その顔は微かに口角が上がっていた。
少し険悪になりつつある、この場を取り繕うとポルタは二人に同意しながら、油に水を注ぐようにクロスを庇う言動をしてしまう。空気が読めないリーシャの性格は父親から受け継がれていたのである。
「そうだね。リーシャの了承もなく、決めるのは良くないね。ま、いずれは結婚するんだし、それが少し早まっただけ……」
「いずれって、あなた!」
「パパはそんなに、私に家にいてほしくなかったの?」
二人はいきり立つ。
ギロリとする目で、のん気に話すポルタを睨めつける。
「そ、そんなことないよ。リーシャ」
信じられないと言う目つきで、リーシャとカーニャは困り顔のポルタを見ていた。
「パパのために言っておくけど、パパも心配してたよ。それにママもね、姉ちゃん」
「ユークもね」
自分のことを言わないユークに成り代わり、ポルタが軽くウィンクした。
気恥ずかしくなったユークは別に俺は……と口ごもって、きょとんとしているリーシャから視線をプイッと外してしまった。
「……」
「見るなよ」
嬉しくなって、素直にリーシャは喜ぶ。
「ありがとう。大丈夫よ、私は。さすが宮殿ね、高そうな料理ばっかで、毎日驚きの連続よ。王族って、こんな贅沢しているのね」
「そんなに凄いの?」
「凄いわよ」
努めて明るく振舞った。
「マジで姉ちゃん!」
「うん」
大切な両親と弟を心配させないためだ。
宮殿に連れて来られてから、夜中に一人で泣いていることは一言も言わない。
「マジよ。羨ましいでしょう」
「姉ちゃんほどじゃないけど、俺たちだっていいもの食っているんだ。な、パパ、ママ」
クロスの実家の屋敷にいることを話した。
三人はクロスが貴族の身分を捨てるまで住んでいた屋敷メイ=アシュランス子爵邸にご厄介になっていたのである。そして、ユークが現当主ゲイリー・メイ=アシュランスの養子になることも付け加えて話した。
「本当なの?」
「マジだよ、姉ちゃん」
四十を超えたゲイリーに子供がいない。妻とも死に別れ、屋敷には妻の姪である七歳になるシエロと言う女の子しかいなかった。
跡継ぎのいないゲイリーは、いずれクロスの孫に跡を継がせようと考えていたのだ。
「ゲイリーさん、すげーいい人だよ。シエロも可愛いし、妹ができたみたいで楽しい。うるさい姉ちゃんと違って、俺の後ろをついて来て、マジで可愛いんだ」
「そう。よかったわね。これで私の苦労が少しはわかるでしょうね」
些細ないつもの姉弟ケンカが始まる。
その光景を両親は目を細め眺めていた。
「俺、いつ苦労かけたよ? 苦労かけたのは姉ちゃんだろう? いつも寝坊ばっかで、起こしてやったのは誰だよ」
これ見よがしに勝ち誇った顔を不貞腐れているリーシャに突き出した。
「……」
「勝ったな」
咳払いをし、分が悪いので話題を変える。
その脇で、話を変えたなと呟くが、あっさりとそれを黙殺した。
「じゃ、みんなゲイリーさんの屋敷に住むの?」
「いいえ」
カーニャはリーシャの問いかけを否定した。
落ち込んだ様子のユークに視線を落とし、軽いため息を吐いてからカーニャはゆっくりとはっきりした口調で答える。
「私たちは元いた場所に戻ることにしたの」
「えっ!」
「向こうの人たちは、一緒に来てくださいって言ってくれたんだけど。……パパが仕事続けたいって言うし、私はパパについていくことにしたわ。ずっと会えないと言う訳でもないしね」
寂しそうなリーシャとユーク。
いつもののん気なままで、ポルタが話しかける。
「新婚気分を楽しむよ」
「あなたったら」
カーニャは少し頬を赤らめた。
「週末は子爵邸に伺って、過ごすことになっている……。そこにリーシャがいないのが寂しいが。……スマホがあるから、いつでも連絡してきなさい」
自分が持っているスマホを取り出して振ってみせる。
寂しそうな笑みを零すポルタの顔に、うんと頷き嬉しそうな笑みで返した。
「ユーク。しっかりしなさいよ」
「わかっているよ、姉ちゃん。でも、ゲイリーさんは、ゆっくり憶えていけばいいからって、マジで優しいだろう? 社交界デビューした俺を見て、驚くなよ」
気取って話す弟に、少し救われている気がしていた。
けれど、そんなことは億尾にも出さない。
少しでも出してしまえば、図に乗ることは目に見えてわかっていたからだ。
「そっちこそ、私の美しさに驚かないでよね」
隣にいる生意気なユークの頭をくしゃくしゃに撫で回す。
逃げ回る姿に足りないとばかりに追いかけ始めた。
「待ちなさい、ユーク。優しい姉さんが、頭を撫でてあげているのに。逃げるとは、生意気な。止まりなさい。そして、頭を撫でさせなさい。姉さんの命令よ」
「やめろよ、姉ちゃん。そんなこと言っても無駄だよ」
剥きになり始めているリーシャに、捕まるものかとペロリと舌を出して挑発してみせる。
「誰が止まるかよ。止めたかったら、捕まえてみな」
さらにおどけて見せ、腹立てしさを煽った。
「絶対、捕まえてやる」
部屋で追いかけっこが始まった。
その様子をポルタは楽しそうに、カーニャは嘆息を零し、止めない限り止めそうもない追いかけっこを眺めていた。
「とても、結婚する娘とは思えないわ……」
「いいじゃないか、カーニャ」
「ですが、あなた」
「私たちにとってみれば、いつまで経っても、二人は私たちの子供だよ。私の願いは、ずっと変わらずに、このままいてほしい。ただ、それだけだよ。楽しそうじゃないか」
優しく語る言葉に、カーニャはふっと笑ってみせる。
「できれば、もう少し落ち着きのある子供に育って貰いたかったわ」
同じようにポルタも優しい微笑みを浮かべて笑う。
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