第130話 情報交換
突然、ルザリス男爵から、会いたい旨の連絡を受け、ダンペール子爵は、彼が指定したバーに訪れたいたのである。
ダンペール子爵、ただ一人だ。
貴族院において、二人は談笑する程度で、こうして二人だけで、会うことが今までなかった。
同じ、反シュトラー王派でありながら、共に行動はしていない。
それぞれ、距離を保っていたのである。
考え方の違いでだ。
静かな曲が、流れているカウンターを抜けた場所は、個室となっていた。
誰とも、顔を合わすことがない。
秘密の話を行うのが、適していた。
そこで、二人が顔を合わせている。
テーブルに、酒と、僅かなつまみしかない。
グラスを掲げ、挨拶しただけで、酒も口にしていなかった。
「あなたから、連絡が来るとは思ってもみなかった」
「事が事だけに、ここは、連携を図った方がいいかと、思いまして」
疑うような眼差しを、注いでいるダンペール子爵だ。
連絡を受け、会っていても、決して心は許していない。
そして、相手の腹の底を注意深く、探っていたのである。
鷹揚な仕草を、見せるルザリス男爵。
その眼光は、ダンペール子爵をしっかりと捉えていた。
足を掬われないように。
互いに、牽制し合っていたのだ。
自分の手駒も、役に立たないと、すぐに切り捨てることを、ルザリス男爵は把握していたのである。
「公爵殿のことですか?」
「えぇ、そうです」
ルザリス男爵が、何を聞きだしたいのか、事前に予測ができていたのである。
「で?」
「公爵殿は、何を考え、急に、動かれたかと」
「ストレートですね」
微かに、嘲笑が含まれたような声音だ。
だが、表情を崩すこともない。
ただ、ダンペール子爵を見据えていた。
「ですが、嫌いではないです。あまり時間も、ないですからね」
「はい」
シュトラー王の配下の者たちに、自分たちの密会のことを、知られるのは厄介なことでもあったのだ。
組している派閥にも、知られたくなかったのである。
それに、組していない派閥にもだった。
ルザリス男爵と会うことは、組している派閥に、話していなかった。
ダンペール子爵の独断の行動だ。
「公爵殿は、陛下同様に、何を考えているのか、とても不明な方です。そして、どの方とも、組もうとせず、一人で動かれている。唯一、一緒に行動をするのは、外に、お作りになった、ジュ=ヒベルディア伯爵だけですから。彼の方も、口も堅く、静かな方のようで。私どもとしても、何を考えているのか、いっこうにわかりません。教えて貰いませんか? ダンペール子爵」
ルザリス男爵たちは、一人で行動することが多い、フィーロについて、手にしている情報が少なかったのである。
そのため、フィーロと言う人物像において、何も掴まえていなかったのだ。
「確かに、公爵殿も、伯爵殿も、掴めない人ですから。ですが、私でも、あの人たちのことは、わかりませんよ」
「何か、掴んでおられませんか?」
相手の真意を、探るような眼光。
隠そうともせず、ルザリス男爵が巡らせている。
それらを受けても、ダンペール子爵の表情も崩さない。
至って、にこやかな形相だった。
「メリナ妃殿下が、活発に動かれているようです」
「それは、私も、存じ上げている」
「ラルム王子のことは?」
意外な名に、ダンペール子爵の瞳の色が、僅かに動いた。
ルザリス男爵は、見逃さない。
微かに、口角を上げている。
「……ラルム王子が、どうかされたのですかな?」
余裕な顔を覗かせたまま、ルザリス男爵が黙っている。
二人の間に、若干の沈黙が流れていた。
不意に、ダンペール子爵が、息を吐いたのだ。
そして、ルザリス男爵を、しっかりと視界に収める。
「わかった。情報を提供しよう」
「どうも」
勝ち誇ったような笑みを、ルザリス男爵が漏らしていた。
シュトラー王やアレス、王室関連の人物に、注意を払ってきたダンペール子爵。
戻ってきたラルムのことも、勿論、気にかけていたのである。
けれど、他の王室関連者ばかりに、重きを置いていたため、ラルムのことは、少し不十分な情報しか、手に入れていなかったのだった。
「では、そちらから、話してくれ」
「わかりました。ラルム王子は、メリナ妃殿下と一緒に、同じ貴族と会食しつつも、別な者と、密かに連絡を取り合っている。主に、侍従や侍女たちだ」
素直に応じ、ラルムに関する情報を開示した。
「メリナ妃殿下は、知っているのかな?」
強い眼差しを、注いでいるダンペール子爵だ。
「ご存じないかもしれない」
「どの侍従も、侍女たちも、古株の者たちが多く、陛下の元にいる者が多い」
「確かに。そうした者は、メリナ妃殿下と、繋がろうとは思わないだろうな。少なくはないが、メリナ妃殿下に加担している者もいるだろう?」
「えぇ。それは承知しています。けれど、ラルム王子が会っていた者は、より陛下や、王妃に近い者たちでした」
「……」
目を細め、逡巡するダンペール子爵だ。
(ターゲス王子の一件は、衝撃的だったからな……)
シュトラー王と、メリナの確執を思えばだ。
それ以上の言葉は、いらない。
周知の事実だった。
咀嚼を終えたばかりに、ルザリス男爵に眼光を巡らす。
「……ラルム王子は、陛下の周辺を探っているのか……。それは、なぜかな?」
情報を提供したルザリス男爵の顔を、射抜くように窺っていた。
けれど、注がれた相手は、涼しい顔のままだ。
「陛下だけとは、限らないかと」
さらに、悦を深くしている。
少し、考えに耽り、ダンペール子爵が顔を上げた。
「アレス王太子や、リーシャ王太子妃殿下か」
「えぇ。その辺りも、探っているのかもしれません」
(ほぉー。面白い情報だ)
「確かに。リーシャ王太子妃殿下とは、クラスも同じで、友人関係にあったとか」
「えぇ。私の方でも、そう聞いています」
思案する顔を、滲ませているダンペール子爵。
(さてさて、どういうことになるのか……)
悦で、唇が歪みそうになるのを、堪えている。
目の前に、ルザリス男爵がいるからだ。
「随分と、リーシャ王太子妃殿下を、気に入られていますから」
「そうだな」
そっけないダンペール子爵の態度だ。
「ご存知かもしれませんが、先日行われた、アレス王太子殿下の誕生日会でのことです」
ダンペール子爵の顔色を、窺っている。
何も、変化がない。
すでに、情報として掴んでいたのである。
視線で、先を促した。
「何でも、リーシャ王太子妃殿下が、自ら作ったものを、払われたとか」
「そのようだな」
「上手く、いっていないようですね」
ニタッと、ルザリス男爵が笑っている。
だが、つられるような真似をしない。
至って、平然としたままだ。
「そのようだな」
「陛下と、リーシャ王太子妃殿下の祖父の方とは、随分と、親交が厚かったようなのに」
嘲るように、口角が上がっている。
「そのようだな」
「ですが、ラルム王子とは、親交を温めているようで」
「孫だからと言って、違うからな」
(孫選びを、間違えたか。それにしても、あの陛下も、判断を間違うことも、あるものだな……。さてさて、王太子と王太子妃殿下は、一体、どうなるのだろうな。そして、ラルム王子が、どういった行動に出るのか? ラルム王子に、人員を増やさないと)
「ですね」
「何が、知りたい?」
すっかりと、ダンペール子爵は、頭を切り替えていた。
「はい。公爵殿の件で」
「……」
黙っているダンペール子爵。
異論はないと判断し、ルザリス男爵の口が、さらに開く。
「公爵殿は、王位に興味が、在られると思いますか?」
じっと、ルザリス男爵を見据えていた。
視線をそらそうとしない。
「……ないと見ている」
「なぜ?」
「陛下に、王位を降りて貰おうとする、やからが、何度、促しても、頭を縦に振ることがなかった。現に、ターゲス王子は、国から追放されただろう? 未だに、この国に止まっていられると言うことは、一度も、動かれたことが、ないからだ。そして、そんな素振りも、見せたことがない。勿論、公爵殿の周りを、調査して出した結論だ。純粋に、兄君である陛下を嫌って、嫌がらせをしているに過ぎないと、私は見ている」
「……では、動かれないと」
「たぶんな。ただ、気になるのは、リーシャ王太子妃殿下とのことだ」
「どういうことですかな?」
興味を抱く眼差しを注いでいた。
「公爵殿は、リーシャ王太子妃殿下に、何もされていない」
ダンペール子爵の言葉で、突如、リーシャの前に、フィーロが姿を現した件を思い返していたのである。彼の言葉通りに、いつもなら、癇癪を起こしてもおかしくないのに、何もしなかったことに、彼らも、疑問を生じさせていたのだ。
「リーシャ王太子妃殿下には、何があるんでしょうか?」
訝しげな双眸を、漂わせているルザリス男爵。
「さぁな。私も、わからない」
「そうですか」
あっさりと、ルザリス男爵が引き下がった。
頬を上げ、ダンペール子爵を見つめている。
「また、機会がありましたら、情報交換でも」
「機会があればな」
「ありがとうございます」
用が済んだと、ダンペール子爵が席を立ち、ルザリス男爵を顧みることなく、バーを後にしていった。
いなくなった個室で、ルザリス男爵が酒を飲みながら、逡巡していたのである。
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