第129話 待ち伏せされるルシード2
疲れを滲ませた顔で、ルシードが回廊を歩いていると、待ち伏せをしていたフェルサと対面したのだった。
(今日は、随分と、待ち伏せされる日だな)
溜息が出そうになるのを、必死に堪えている。
みっともない真似ができない。
平坦な表情で、近づいていくフェルサ。
直接、屋敷や、会社などを訪ねていけば、フィーロを無駄に刺激すると控え、ルシードが王妃エレナに会う日を、密かに待っていたのだ。
部下たちに命じたため、人が近づくこともない。
年上であるフェルサの方から、挨拶をする。
「待っておりました」
軽く、会釈する仕草を窺っていた。
視界に、姿を捉えた瞬間、自分を待っているのだと、すぐに把握した。
その話の内容は、よくないものだと、理解していたのである。
ゆっくりと、覚悟を決めたルシードも、近づいていった。
その前で、立ち止まる。
憂鬱な顔が消え、人の受けがいい顔に、なっていったのだ。
「こないだの件ですか?」
「そんなところです」
感情が読めない。
ふと、ルシードが手にしているものに、視線が止まった。
「妃殿下からの、預かり物です」
「会われたのですか?」
「はい。私の帰りを、副司令官殿のように、待っていたようで」
先ほどのいきさつを隠さず、話した。
隠す必要が、ないためだ。
そして、変な勘ぐりをさせないためだった。
「そうですか」
「確かめられますか」
「結構です」
抑揚のない声で、短く返答した。
好奇な目や、態度を崩さないフェルサや、ここにいないソーマを、相反する立場にたっていたが、好んでいたのである。
大抵の貴族や、自分の身元を知っている中流階級の人間は、表に出さないが、冷ややかな言動を、陰で紡いでいるのを把握していたのだ。
いつも素知らぬふりをし、それらの人間たちと、うんざりしながらも、付き合っていたのだった。
けれど、そういう人間ばかりではないことも、理解していた。
「司令官殿や、副司令官殿が、懸念していることは、今のところ一切ないので、ご安心してください。まして、妃殿下に、何かするとは思えません。ただ、僅かばかりに、興味があるようで、それで、話をしているようです。温かく、見守っていたただければと、思います」
真摯に、現状を語った。
「そうですか」
「はい」
用件が、終わったと思っていると、まだ、終わっていなかったようだ。
「スブニール公爵は、妃殿下の印象を、どのように、思われておいでか」
予想の範疇を超えた質問に、戸惑いが隠せない。
どう、答えようかと、逡巡しているルシードは気づかない。
常に、平素でいる表情に、微かに口元が、上がっていたのを。
「……深くは、存じ上げませんが、いいように、感じているようですよ」
「そうですか」
鳶色のフェルサの眼光が、何かを考えているようで、僅かに動く。
(余計なことを言ったか? だが、よからぬ出来事が、起こるとは思えない……)
ソーマやフェルサと、フィーロが、デステニーバトルの仲間だったと言うことは、承知していたが、めったに、その当時の話をしないフィーロなので、どういった間柄なのか、いまいち不明なところもあったのだった。
(話題を変えた方が、賢明かな)
軽やかな口調で、ルシードが喋り出す。
「陛下のご様子は、いかがですか? 私は、随分と、暇をさせて貰っておりますので……」
貴族院のメンバーであるルシードは、シュトラー王と、顔を合わす機会が、幾度もあるのに、王太子の結婚の合否を決める採決以来、顔を会わせていない。
公務の席や、パーティーで、遠くから顔を拝見する機会があっても、近づいて話を交わそうとしなかったのである。
「相変わらずと、お答えしておきましょう」
「そうですか」
「こちらのことは、気にせずに」
気遣ってくれる姿勢に、ありがたいと抱く。
「ありがとうございます」
「伯爵は、どういった印象を、お持ちですか?」
(何で、妃殿下の話題にするのか……)
「……明るく、優しいお方と。それと、きっと人を魅了する心が、あるのでしょう。すっかり息子のテネルは、妃殿下に懐いてしまって」
「そのようですね」
影ながら、リーシャの安全を守っている二人の元にも、何度も、テネル宛ての手紙を、出している情報を掴んでいた。
そして、それに対する返事がない事実も、承知していたのだ。
「何かと、大変ですね。ただ、そんなに、肩を張らなくても、いいかと」
表だって、口にしないが、返事を止めていることを、匂わしていた。
「……」
子供が出した手紙ぐらい、見逃してくれる気がしていた。
けれど、後々のことを踏まえた上での、苦渋の決断だった。
「……ですが、立場が、大きく違いますので」
「まだ、お小さいのでは、ないのですか?」
労うような言葉をかけた。
「だからです。大きくなって、大きな傷を受けるよりも、小さいうちに、浅い傷の方が……」
「そういう考え方も、できますね」
穏やかな口調で、口をついだ。
「お二人のやり取りに、陛下は、口を挟まないと思いますよ」
「……迷惑をかけられません」
微かに、ルシードが顔を歪めている。
「そうですか」
二人が話していると、フィーロが声をかけてきた。
見張らせていた部下たちの隙間を縫って、奥へと、進んでいったのだった。
そこで、二人がいるとは、思ってもいなかったのだ。
「珍しい二人が、話しているな」
声をかけられても、フェルサは、一切の動揺を滲まない顔だ。
疑る眼差しを、フィーロが傾ける。
「偶然に、会ったので、立ち話をしておりました」
それに比べ、僅かに、ルシードが動転している兆しを、窺わせていた。
(ルシードのやつ。まだ、修行が足りんな)
けれど、それには触れない。
徐に、表情が読めないフェルサを見据えている。
「そうか。どんな立ち話だ?」
「この前の、不手際のことを、詫びていたところです」
「テネルのことか」
「そうです。妃殿下は、いたく気にして、おられているようで」
「そうなのか」
深く、追求する意思をみせない。
「はい。ところで、スブニール公爵、今日は、どんな助言をしていただきに、王宮に、足を運ばれたのですか? よろしければ、私が、お話を窺いますが?」
そつがない冷静な仕草だ。
(さすがだな、フェルサ)
「副司令官の手を、煩わしに来た訳ではない。懐かしい王宮を、散歩しにきただけだ」
「そうですか」
同じように、フェルサも、それ以上の追求をしない。
身体を強張らせているルシードに、双眸を巡らす。
「王妃様に、呼ばれたのか」
「はい、スブニール公爵様。王妃様からの伝言を、承っております」
瞬く間に、渋い表情を、滲ませるフィーロ。
若い時より、屈託のない王妃エレナを、警戒していた。
だが、王妃付きの侍女に、手を出して、さらに、多大な迷惑をかけて以来、頭が上がらなく、苦手としていたのだった。
「……話せ」
チラッと、まだいるフェルサに、視線を傾ける。
「構わん。へんに勘ぐられるのは、面倒だからな」
「はい、わかりました」
恭しく話を、進めていった。
「では、そのまま、お伝えいたします。そういう態度を、おとりになるのなら、私にも、考えがありますと、言っておられました。そう言えば、話が通じると」
苦虫を潰した表情。
相当、困った内容なのかと案じていると、黙って、静観していたフェルサに向き直った。
その様子に、首を傾げている。
黙ったまま、成り行きを窺っていた。
「副司令官、対策を講じておいた方が、いいぞ」
「貴重な情報を、ありがとうございます。けれど、スブニール公爵も、くれぐれも注意を」
「わかっている。そのうちに、出向くとしよう。悪いが、王妃様に伝えしてくれ」
「承知いたしました」
上の身分であるフィーロが、軽く頭を下げた。
「ルシード。ちょうどいい、私に付き合って、王宮を散歩するぞ」
「ですが……」
「命令だ。私に付き合え」
「……わかりました」
渋々と承知し、二人してフェルサから、離れていった。
その背中を、静かに見守っていた。
(随分と、他人行儀な親子だな)
読んでいただき、ありがとうございます。