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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第128話  待ち伏せされるルシード1

 いつもの日課のように、ルシードが王妃エレナの元へ、静かに足を運んだ。

 この時期に、面会しても、いいものかと悩んだ末、王妃エレナからの誘いを強く断れず、王宮を訪ねてしまったのだった。

 このところ足が、遠のえていたのだ。

 そのせいもあり、王宮に訪ねてくるようにと、要請がきていた。


「テネルは、どうしたの?」

 事前に、侍女からテネルが来ていないと、告げられていた。

 久しぶりに、顔が見られると喜んでいたが、来ないと言う知らせに、王妃エレナが落胆の色を滲ませていたのだ。


 消沈している姿に、あたふたとたじろぐ。

 自分一人が、悪者になった気がし、居た堪れない。


「……前回のことも、ありましたので、今回は、屋敷で、お留守番させております」

 目を合わせようとしない。

 ただ、小さな声で、苦し紛れの言い訳を漏らした。

「それは、残念」


 体調が良いようで、テーブルの席で、二人して語らっていた。

 好きな銘柄の紅茶を、暗い表情で、王妃エレナが嗜む。


「申し訳ありません」

 真摯に、謝罪を口にする姿に、口角が微かに上がっていたのだ。

「今日は、会えるのかしらと、楽しみにしていたのに……」

 居心地の悪さに、頭が垂れてしまう。


 王妃と言う立場ではない。

 エレナ自身の雰囲気に、完全に飲まれていた。

 王妃エレナの前では、いつまで経っても、緊張してしまう構図となっていたのである。


「それに、この前のことを、気にし過ぎです」

「はぁ……」

 なんて答えていいかと、困り果ててしまった。

 テネルとリーシャが、行方知れずとなり、迷惑をかけた一件が過ぎっている。

「私の、落ち度なのですから」

 沈痛な面持ちで、王妃エレナが口を開いた。


「ちが……」

 否定しようとする言葉を、王妃エレナが、視線だけで制する。

 気圧されているルシードだった。


「いいえ。小さなテネルに、誰もつけなかった私の、落ち度なのです。だから、ルシードが気に病むことは、ないのです。……でも、ルシードのことですから、気に病むのでしょうね」

 困ったものねと言う眼差しを、注いでいた。

 堂々と、自分の非を口にする姿に、凛々しさを感じさせる。

 ただ、ただ、圧倒されるばかりだった。


「……そんなことは、ありません」

 小さな声で、覚束なく否定した。

 見透かされてしまい、恥ずかしさで、身体が萎縮している。

「そんなに、かしこまらないで」


 顔を上げると、慈愛に満ちた笑顔を傾けている。

「ちょっと、剥れているだけなのに。そんなに落ち込まれては、いじめている甲斐がないじゃないの」

「……いじめですか」


 可愛らしく口を尖らせ、無邪気な吐露に、どう反応して、いいものかと悩む。

 からかわないでくださいも、言えない。

 苦渋とも、思案顔とも、とれる複雑な表情になってしまう。


「そう。いつまで経っても、ルシードが、よそよそしい態度しか、取ってくれないでしょ? それに、テネルと、なかなか会わせてくれないから、ちょっと、懲らしめてあげようとしたのに。それなのに、そんな顔をしていたら、物凄く、私が、悪いみたいではないの」

 落ち込んでいる姿を見せ、困らせようとしていたのである。

 だが、予想以上の反応ぶりに、早々に、王妃エレナはネタばらしをしてしまった。


「はぁ……、それは……」

「そう、謝るものではありません」

「はぁ……」

 謝ることを禁止され、双眸が宙を彷徨うしかない。

 そんなルシードの姿に、小さな嘆息を漏らした。


「アシルが、亡くなってからは、あなたの母親だと、思っているのよ。それなのに、あなたったら、いつまで経っても、そう思ってくれないくって、どれだけ、寂しい思いをしていたと思うの?」

 強い口調で、窘められた。

 それも、母親が、子供を叱るようなに。


「聞いていたの? ルシード」

 まごつくルシード。

 けれど、窘める双眸はやめない。

「どっちなの。聞いていたの? いなかったの?」


「それは、もう……、聞いていました……」

 段々と、声が尻つぼみになって、消えていった。

 無言の威圧感と視線。

 相手から、注がれるだけで、汗が流れ落ちるようだ。


 すっかり、控えている侍女たちの存在を、忘れていた。

 いつもは、慈愛の微笑みが似合う、優しい王妃エレナだが、時に、怖さを匂わすこともあったのだった。


「私は、何?」

「私の母です」

「その通りです。それでは、母の言いつけを、忘れたの?」

 母親が子供を諭すように、小さくなっているルシードを捉えている。

「……いいえ」

「男は、無闇に謝るものでは、ありません」

「はい」


 納得できる答えを引き出し、満足げに頷く。

 すでに、亡くなっているアシルは、若き日の王妃エレナに仕えていた、一番信頼できる侍女の一人だった。その当時、王妃エレナの病気見舞いに、訪れていたフィーロが、アシルを見初め、いつ日か、アシルに妊娠の兆候が現れたのだった。


 アシルと出会う前から、フィーロには、妻も子供もいたのである。

 当時、生むべきかと悩んでいたアシルに、生むべきとアドバイスを送り、臨月間近まで王妃エレナに仕えていたのだ。

 やめた後は、フィーロから屋敷を与えられ、そこでルシードを産み育てていた。


 子供を生んでからも、周りの目も、声も気にせず、アシルとルシードを呼び、たびたび王妃エレナは会っていたのだった。呼び寄せることによって、なかなか会えない三人を、引き合わせる役目も、密かに担っていたのである。

 アシルが亡くなると、手元で育てられないフィーロは、子供がいない伯爵家に、養子に出して、今に至ったのだ。


「今度、必ずテネルを、つれてきなさい」

 黙っているルシードを、見つめる。

 強気な母の態度を崩さない。

 だが、声音は、優しさを含んでいた。

「返事は?」

「はい……」


「それと、リーシャとの件も、気にしないこと」

「……できるだけ」

 困った息子だといった眼差しを、巡らせていた。

 自分のことよりも、周囲を気にかける、優しい子に、頭を撫でてやりたいが、テーブルを挟んでいるので、それができなく、口惜しさが残ってしまう王妃エレナだった。


 意を決した、覚悟の顔を、ルシードが覗かせる。

「私の一存では、それは……」

「確かに、あの人と、フィーロ殿ことを考えれば……と、言うこともあります。けれど、勝手に、いざこざを起こしている二人を、そんなに気に病むことは、ないのです、あなたが」

「そういう訳にも……」

 譲れない一線を、ルシードなりに持っていたのである。


「見て見ぬ振りをしなさい。もし、それで、咎められることがあらば、私が、許したと言いなさい。いいですね、ルシード」

 有無を言わせない眼光を、傾けていた。

 その心中では、決して、王妃エレナの名前を、出さないことも、見て見ぬ振りをして、リーシャとテネルを会わせることがないだろうと、密かに思いを巡らしていたのである。


 目の前にいるルシードは、頑固な一面も、備わっていた。

 それでも、口にしておかなければと、抱いたのだった。


「……はい」

 少しは、前進できたかと、安堵の表情を窺わせる。

「それと、フィーロ殿に、伝言をできるかしら?」

「はい?」


 突然のお願いことに、僅かに、伏せていた顔をあげた。

 子供らしい仕草に、クスッと、穏やかな笑みを漏らしている。

 そして、真顔になる王妃エレナ。


「そういう態度を、おとりになるのなら、私にも、考えがありますと、お伝えして」

「……」

「伝えれば、理解してくれるわ」

「わ、わかりました」

 その後は、何気ない会話をした後に、王妃エレナの部屋を出て行った。




 一人で、廊下を歩いていると、待っていたリーシャと、顔を合わせる。

 王妃エレナのところへ、来ていると小耳に挟み、帰り道を待ち伏せしていたのだ。


「来ていると、伺ったものですから、ここで、待たせて貰いました」

「リーシャ様……」


 気づかれないように、こそこそと帰ろうとしていた。

 思惑が崩れ、微かに、顔が歪んでしまう。

 だが、ほんの微かだったため、リーシャは気づいていない。

 リーシャの背後にいたユマだけが、気づいている。


「テネルは、来ていないんですね。来ているのかなって、楽しみにしていたんですが……」

 心底、残念がる姿に、心が痛む。

 ルシードが来ていると聞き、一緒に、テネルも来ているのかと思い込み、テネルを捜していたのだ。

 王妃エレナに仕えている侍女から、来ていないとの話に落胆しつつも、前向きにルシードと会えるではないかと、帰るのを待っていたのである。


「申し訳ありませんでした」

「いいです。そちらの都合も、ありますから」

「ご気遣い、痛み入ります」

「この前のもの、テネル、喜んでいましたか?」

「……えぇ」


 チラリと、侍従から、渡されたものが掠めている。

 渡されず、机の引き出しに、保管されたままだ。


「そうですか。一緒に、また、お絵かきがしたいなと思って」

「テネルも、そう話しておりました」

「これを、テネルに渡して、貰いますか」

 お菓子が入った袋を、手渡される。


「お二人で、食べてください」

「……ありがとうございます」

 もっと、聞きたそうなリーシャと、そそくさと別れるのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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