第127話 誕生日会5
誕生パーティーも終わり、招待客が帰っていった。
終わって、仮宮殿で顔を合わせても、リーシャの様子は、いつもと同じだった。
なぜか、それはラルムが、原因だと感じつつ、変わらずによかったと思う反面、納得できない部分を抱いていたのである。
アレスが、ソファに腰掛けていた。
仕事を終えた侍従が、誰もいない。
ふと、伏せがちな視線を上げる。
パーティーが楽しくって、高揚し、眠れない訳ではない。
ただ、あることが気になり、眠れずにいたのだ。
「チーズケーキ……」
食べてみたいと抱くものの、手を出せなかった。
周囲の視線が、あったためだ。
むやみに、食べ物を口にしては、いけないと教え込まれていた。
毒が、仕込まれている可能性が、あるからである。
感情が、すぐに面に出るリーシャが、仕込める訳がないと思うが、周囲の視線がある以上、手を出す真似が、できなかったのが実情だ。
カーラの屋敷では、自分たちを知っている人間が、いなかったから、慣れないことへの躊躇いがありつつも、口にできた。
しょうがないと抱くが、ずっと、後悔に襲われていた。
ズシリと、気分が重くなっていく。
潰れてしまった箱が、脳裏に蘇る。
(泣かなかったな……)
目の前に、箱が近づいたから、ただ、払いのけようとし、軽く払っただけだった。
それが意に反し、リーシャの手から、落ちてしまい、潰れてしまう事態に陥ってしまった。
自分が、悪くないと思えば、思うほど、気になり、モヤモヤとする影が増していく。
「近づける、あいつが悪い。なのに、なぜ、こんな思いをさせる」
苦々しく、吐き捨てるが、罪悪感が拭えない。
「あんなところで、出すからだ」
(バカが……、何で、あの場で……)
懇願するような吐露が、ついてしまった。
二人っきりだったら、食べていたと掠める。
だが、実際に、出した場所は、人が多くいた場所だった。
間の悪さに、リーシャを咎めたがった。
けれど、叱責するよりも、どうしているのかの方が、増していたのである。
姿を消してしまい、ずっと気になっていた。
だから、いつもと変わらないように、招待客たちに接してから、休憩を装いながら、リーシャの様子を、見に行ったのだった。
「なぜ、いつも一緒なのか……」
その脳裏に、休憩室での件が、鮮明に蘇っていた。
ことあるごとに、二人が示し合わせたように、一緒にいて、笑い合っている。
それを、いつも密かに眺めていた。
垣間見るたび、面白くない気持ちが増していく。
そして、残酷なほど、切り裂きたい気分に、陥るのだった。
抱くのは、ラルムだけではない。
このところ、リーシャと話す、親しい者たちにも、抱くようになっていった。
「リーシャが悪い。あいつが、妻らしい振舞いが、できないからだ」
何一つ、言うことを聞かず、歯向かうからだと、行き着く。
だが、それも違う気がしていた。
結局、自分は、どうしたいのか、不明のままだった。
把握できない、自分の気持ちを、持て余していたのである。
「何で、あんなに楽しそうに笑う、いつも……」
自分と、ラルムが、一緒の際を、否応なしに比べてしまう。
いつも、ラルムと一緒の時は、楽しげに笑っていた。
自分といる時は、あまり笑っていない気がしている。
それに、怒っている時もあれば、哀しそうにしている時も、それに、泣くこともあった。
(どうして、こんなに違う)
違い過ぎる状況。
悔しさを滲ませるが、次第に薄れていく。
(どうすれば、ずっと、笑っているのだ)
このところ、笑っている顔を、ずっと見ていたい衝動に、駆り立てられていた。
それまでは、からかって、遊んでやろうと思う部分が多かった。
ただ、今は笑っている顔を、独り占めしたいと抱いていたのである。
(自分だけに、笑っている顔を向ける……)
純粋に、リーシャを笑わせる存在を、疎ましく感じ、次々と、その顔が、浮かび上がっていった。
このところ、ラルムだけではない。
知り合ったばかりのルシード、テネル親子にも、笑顔を降り注いでいて、無性に、それを好ましく思えずにいたのだ。
埒も明かない思考に、うんざりとした。
けれど、ほっとくことができない。
苛立ちながら、背もたれに、背中を預けた。
自分に注がれない、リーシャの笑顔。
幻影となって、天井に浮かび、思いっきり睨めつける。
同じ頃、別な場所にいるラルムは、窓から見える星空を眺めていた。
星は、満点の輝きを、演出していたのである。
そんな美しい夜景とは違い、霧が掛かっている心が、晴れない。
「悲しまなければいい。ただ、笑っていれば……」
そう願うはずなのに、どこかで、ずっと隣で笑っていてほしいと言う願望が、ちらつく。
パーティーで、アレスへのプレゼントが、手作りのチーズケーキだと知り、羨ましく、嫉妬せずには入られなかった。
冷静に考えれば、アレスが口にできないと、わかっていたはずなのに。
口にすることだって、可能だと思う途端、できることならば、そのチーズケーキとリーシャを手にし、逃げ出したいとまで、脳裏を掠めていたのだった。
自分の痛む心よりも、リーシャの痛む心を、和らげたい方が勝っていた。
だから、アレスのため、作られたチーズケーキでも、口にしたのだった。
「少しは、穏やかに、眠れているだろうか」
哀しいまま、眠りについていないかと、案じる。
愁いを残したまま、一日を終わってほしくなかった。
大好きな笑顔のまま、終わって、ほしかったのである。
「そのためならば、僕が耐えられる。耐えてみせるよ、リーシャ」
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