第126話 誕生日会4
喧騒しているパーティーから離脱し、王族の休憩室となっている部屋で、リーシャが一人で落ち込んでいた。
腰掛けて、沈んでいる前に、潰れた箱が、放置されている。
侍女が片づけておきますと言うのを断り、ここに持ってきてしまったのだった。
どうしても、捨てられなかった。
深い嘆息を吐く。
「……」
がっくりと肩を落とし、僅かに、視線を上げ、潰れた箱を眺める。
食べて貰えなかったことが、哀しかった。
一口でもいいから、食べてほしかったのである。
「何で……」
拒絶されたようで、胸が裂かれるぐらいに、痛かった。
「どうして、こうなっちゃうんだろう……」
二人の歯車が、噛み合わない。
合わせようとしても、アレスは拒否するのだ。
そんなことを繰り返すたび、居た堪れなくなり、心がズキンと疼くのだった。
突然に、誕生日パーティーが開かれると聞き、何も、話してくれなかったことに、哀しかった。
けれど、それでも、気に入るようなプレゼントを用意しようと、頑張って、頭を巡らせた。
考えた末、自信があった手作りのチーズケーキを、贈ろうと浮かび、いつも無表情の顔でいるアレスが、自分が作ったチーズケーキで、喜んでいる姿を想像しながら、心を込めて、一生懸命に作ったのだった。
「美味しいのに……」
翡翠の瞳に、今にも、溢れそうな雫が溜まっている。
「食べていい?」
背後からの声に、身体が震えた。
気づかれないように、急いで涙を拭いてから、振り向く。
開け放たれたドアの前に、柔和な微笑みを漂わせた、ラルムが立っていたのだ。
しゅんと落ち込んでいる姿を、眺めていたラルム。
ずっと、何もできない自分自身に、歯がゆさを抱きながら、窺っていたのだった。
そうとは知らず、何でもないような顔を、作っていた。
「ラルム、来てくれたの? 私だったら、平気よ。ムカついていたところ」
心配かけないように、嘘をついた。
小さく口の端が上がっているラルムが、隣に腰掛けた。
今、来たところを装い、演じていたのである。
「ホント、ムカつく」
殴る振りをするリーシャに、小さく笑う。
「それよりも、ラルム、抜け出していいの?」
「僕は、こっちの方がいいな」
「パーティーに、戻った方が?」
「僕が、主役じゃないし、大丈夫」
会場のことを、気にかける。
「どうせ、みんなで、盛り上がっているよ」
パーティーがやっている庭を、視線で指し示した。
「二人ぐらい、いなくなったからって、平気だよ」
「……」
どこか、不安を拭えきれない。
自分のことも忘れ、パーティーの最中に、抜け出すのは、まずいのでは?と過ぎっていた。
いつまで経っても、慣れない自分とは違い、アレスのいとこで、その場に相応しいラルムがいた方が、いいのでは?と思っていたからである。
「開けて、いい?」
突然の問いに、それまでの思考が、飛んでしまう。
「えっ? ……あ、潰れて食べられないわよ」
「平気だよ」
潰れてしまった箱を、丁寧に開ける。
中身は、欠け落ち、ひびが入っていた。
「ほらね」
「これぐらい、平気だよ。食べられる」
「ラルム……」
「前に、作ってくれるって言っていた、チーズケーキ食べたいと、思っていたんだ」
愛嬌たっぷりに、微笑んでみせた。
結婚する前、リーシャが、普通の民間人だった頃に、チーズケーキが得意で、ナタリーたちは、何度も、食べたことがあったと言う話をしていた。
まだ、食べたことがなく、食べたいと言う、ラルムのリクエストに、今度、作ってくるねと、約束を交わしていたのである。
すっかり、欠けていた記憶が、呼び戻ってきた。
「そう言えば、そんなことがあったね」
「だから、食べたいなって」
軽く微笑んでみせる。
忘れていたリーシャとは違い、しっかりと憶えていたのだ。
そして、とても、大切にしていた、思い出の一つだった。
けれど、アレスと結婚し、王宮に入ってしまっては、無理だろうと、どこか諦めていたのである。
「だったら、ちゃんとしたチーズケーキを、作り直すよ」
引っ込めようとする手を、制した。
「これが、いいんだ」
いつ、食べられるか、わからない。
それに、アレスのため、作ったものでも、構わなかった。
リーシャが、心を痛めて、苦しんでなければ。
自分の苦しい心よりも、リーシャを優先したかったのである。
「だって、こんなに、壊れているのに?」
「うん。このチーズケーキが、食べたい」
真摯に、食べたいと訴えた。
チーズケーキと、ラルムを、交互に見比べる。
「……」
思案顔のリーシャ。
気づかない振りし、手掴みで、無造作にチーズケーキを口に運ぶ。
全然、王族らしからぬ行動だった。
「ちょ、ちょっと……」
「大丈夫。誰も、見ていないよ」
「でも……」
「美味しいよ、リーシャ」
もう一口、運んだ。
美味しそうに、食べてくれる姿に、細い息が漏れていた。
「……勿体ないものね」
ようやく、笑ってみせた。
気にしている方が、バカらしくなったのだ。
同じように、手掴みで、チーズケーキを食べる。
「美味しい」
「ナタリーたちが言っていたのは、この味だったんだね」
「ラルム殿下のお口には、合ったでしょうか」
恭しい口調で、味の感想を尋ねた。
「とても満足だ」
威厳のある声音で、答えるが、その顔が笑っていた。
互いに顔を見合わせ、ゲラゲラと笑う。
涙を拭いながら、ラルムに話しかける。
「よかった。口に合って」
「みんな、絶賛するはずだよ」
「そんなに褒めても、何も出ませんから」
笑いながら、突っぱねた。
「それは、残念」
「ナタリーたちと、一緒に騒ぎたいな。昔は、よくやっていたのよ」
「聞いたことがあるな。確か、ナタリーや、リーシャの家で騒いだり、みんなで、どこかへ出かけて、騒いでたりして、遊んでいたんだろう」
「そう」
自慢げに、頷いてみせた。
「いいな。みんなと、騒いだことないな」
高校から、加わったので、ラルムと、パーティーをしたことがなかったのである。
「そう言えば、そうね」
「面白いだろうな。とても残念だ」
「ホントね……」
明るかった表情が、沈んでいった。
「ナタリーたちやパパ、ママ、ユークたちと一緒に、パーティーしたいな……。勿論、ラルムも、一緒にね」
暗くなりかけていた顔を、ぱっと咲かせる。
そして、優しく見守ってくれるラルムに傾けた。
「ありがとう」
隙を見計らって、パーティーから抜け出したアレス。
二人が話し込んでいる光景を、密かに影から、眺めていたのである。
微かに唇が震え、降ろされていた手が、しっかりと握り締められていた。
いつもとは、違うリーシャの行動と、わざとではないが、潰れてしまったチーズケーキが気になり、休憩を装った振りをし、ここまで様子を、確かめに来たのだった。
リーシャの後を追っていったラルムも、気になっていた。
(やはり、二人は一緒だったか……)
何もせず、アレスが、ただ二人を窺っていた。
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