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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第126話  誕生日会4

 喧騒しているパーティーから離脱し、王族の休憩室となっている部屋で、リーシャが一人で落ち込んでいた。

 腰掛けて、沈んでいる前に、潰れた箱が、放置されている。

 侍女が片づけておきますと言うのを断り、ここに持ってきてしまったのだった。


 どうしても、捨てられなかった。

 深い嘆息を吐く。

「……」

 がっくりと肩を落とし、僅かに、視線を上げ、潰れた箱を眺める。


 食べて貰えなかったことが、哀しかった。

 一口でもいいから、食べてほしかったのである。


「何で……」

 拒絶されたようで、胸が裂かれるぐらいに、痛かった。

「どうして、こうなっちゃうんだろう……」

 二人の歯車が、噛み合わない。

 合わせようとしても、アレスは拒否するのだ。


 そんなことを繰り返すたび、居た堪れなくなり、心がズキンと疼くのだった。

 突然に、誕生日パーティーが開かれると聞き、何も、話してくれなかったことに、哀しかった。

 けれど、それでも、気に入るようなプレゼントを用意しようと、頑張って、頭を巡らせた。

 考えた末、自信があった手作りのチーズケーキを、贈ろうと浮かび、いつも無表情の顔でいるアレスが、自分が作ったチーズケーキで、喜んでいる姿を想像しながら、心を込めて、一生懸命に作ったのだった。


「美味しいのに……」

 翡翠の瞳に、今にも、溢れそうな雫が溜まっている。

「食べていい?」

 背後からの声に、身体が震えた。

 気づかれないように、急いで涙を拭いてから、振り向く。


 開け放たれたドアの前に、柔和な微笑みを漂わせた、ラルムが立っていたのだ。

 しゅんと落ち込んでいる姿を、眺めていたラルム。

 ずっと、何もできない自分自身に、歯がゆさを抱きながら、窺っていたのだった。

 そうとは知らず、何でもないような顔を、作っていた。


「ラルム、来てくれたの? 私だったら、平気よ。ムカついていたところ」

 心配かけないように、嘘をついた。

 小さく口の端が上がっているラルムが、隣に腰掛けた。

 今、来たところを装い、演じていたのである。


「ホント、ムカつく」

 殴る振りをするリーシャに、小さく笑う。

「それよりも、ラルム、抜け出していいの?」

「僕は、こっちの方がいいな」

「パーティーに、戻った方が?」

「僕が、主役じゃないし、大丈夫」

 会場のことを、気にかける。


「どうせ、みんなで、盛り上がっているよ」

 パーティーがやっている庭を、視線で指し示した。

「二人ぐらい、いなくなったからって、平気だよ」

「……」

 どこか、不安を拭えきれない。


 自分のことも忘れ、パーティーの最中に、抜け出すのは、まずいのでは?と過ぎっていた。

 いつまで経っても、慣れない自分とは違い、アレスのいとこで、その場に相応しいラルムがいた方が、いいのでは?と思っていたからである。


「開けて、いい?」

 突然の問いに、それまでの思考が、飛んでしまう。

「えっ? ……あ、潰れて食べられないわよ」

「平気だよ」


 潰れてしまった箱を、丁寧に開ける。

 中身は、欠け落ち、ひびが入っていた。


「ほらね」

「これぐらい、平気だよ。食べられる」

「ラルム……」

「前に、作ってくれるって言っていた、チーズケーキ食べたいと、思っていたんだ」

 愛嬌たっぷりに、微笑んでみせた。


 結婚する前、リーシャが、普通の民間人だった頃に、チーズケーキが得意で、ナタリーたちは、何度も、食べたことがあったと言う話をしていた。

 まだ、食べたことがなく、食べたいと言う、ラルムのリクエストに、今度、作ってくるねと、約束を交わしていたのである。

 すっかり、欠けていた記憶が、呼び戻ってきた。


「そう言えば、そんなことがあったね」

「だから、食べたいなって」

 軽く微笑んでみせる。


 忘れていたリーシャとは違い、しっかりと憶えていたのだ。

 そして、とても、大切にしていた、思い出の一つだった。

 けれど、アレスと結婚し、王宮に入ってしまっては、無理だろうと、どこか諦めていたのである。


「だったら、ちゃんとしたチーズケーキを、作り直すよ」

 引っ込めようとする手を、制した。

「これが、いいんだ」


 いつ、食べられるか、わからない。

 それに、アレスのため、作ったものでも、構わなかった。

 リーシャが、心を痛めて、苦しんでなければ。

 自分の苦しい心よりも、リーシャを優先したかったのである。


「だって、こんなに、壊れているのに?」

「うん。このチーズケーキが、食べたい」

 真摯に、食べたいと訴えた。

 チーズケーキと、ラルムを、交互に見比べる。

「……」


 思案顔のリーシャ。

 気づかない振りし、手掴みで、無造作にチーズケーキを口に運ぶ。

 全然、王族らしからぬ行動だった。

「ちょ、ちょっと……」

「大丈夫。誰も、見ていないよ」


「でも……」

「美味しいよ、リーシャ」

 もう一口、運んだ。

 美味しそうに、食べてくれる姿に、細い息が漏れていた。


「……勿体ないものね」

 ようやく、笑ってみせた。

 気にしている方が、バカらしくなったのだ。

 同じように、手掴みで、チーズケーキを食べる。

「美味しい」


「ナタリーたちが言っていたのは、この味だったんだね」

「ラルム殿下のお口には、合ったでしょうか」

 恭しい口調で、味の感想を尋ねた。

「とても満足だ」

 威厳のある声音で、答えるが、その顔が笑っていた。


 互いに顔を見合わせ、ゲラゲラと笑う。

 涙を拭いながら、ラルムに話しかける。

「よかった。口に合って」

「みんな、絶賛するはずだよ」

「そんなに褒めても、何も出ませんから」

 笑いながら、突っぱねた。


「それは、残念」

「ナタリーたちと、一緒に騒ぎたいな。昔は、よくやっていたのよ」

「聞いたことがあるな。確か、ナタリーや、リーシャの家で騒いだり、みんなで、どこかへ出かけて、騒いでたりして、遊んでいたんだろう」

「そう」

 自慢げに、頷いてみせた。


「いいな。みんなと、騒いだことないな」

 高校から、加わったので、ラルムと、パーティーをしたことがなかったのである。

「そう言えば、そうね」

「面白いだろうな。とても残念だ」

「ホントね……」

 明るかった表情が、沈んでいった。


「ナタリーたちやパパ、ママ、ユークたちと一緒に、パーティーしたいな……。勿論、ラルムも、一緒にね」

 暗くなりかけていた顔を、ぱっと咲かせる。

 そして、優しく見守ってくれるラルムに傾けた。

「ありがとう」




 隙を見計らって、パーティーから抜け出したアレス。

 二人が話し込んでいる光景を、密かに影から、眺めていたのである。


 微かに唇が震え、降ろされていた手が、しっかりと握り締められていた。

 いつもとは、違うリーシャの行動と、わざとではないが、潰れてしまったチーズケーキが気になり、休憩を装った振りをし、ここまで様子を、確かめに来たのだった。

 リーシャの後を追っていったラルムも、気になっていた。


(やはり、二人は一緒だったか……)


 何もせず、アレスが、ただ二人を窺っていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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