第125話 誕生日会3
鮮やかに、着飾ったリーシャを携え、一段と、目立つ主役のアレスが登場した。
四人とも、それに習うように、拍手を叩く。
ゆっくりと歩きながら、アレスが招待客に、気軽に話しかけていった。
傍らに立つリーシャも、にこやかな笑顔を作り、招待客に対応していたのだ。
「まともに、笑えないのか」
笑顔を振りまく耳元で、アレスが囁いた。
どう見ても、酷い作り笑顔だったからだ。
「無理よ。これが精いっぱい」
作っていますと、わかる笑顔。
いっこうに、よくならない状態に、小さく嘆息を零した。
「進歩がない」
しょうがないでしょと、噛み付きたかった。
けれど、周りに、人がいたせいで、諦めざるをえない。
せめてもの抵抗とし、一瞬だけ、アレスを睨んでみせる。
(だったら、事前に、誕生日パーティーがあることぐらい、言いなさいよね)
自分とは対照的に、アレスは完璧な笑顔だ。
その王子たる笑顔を、招待客に送っていた。
(ふんだ。いくら完璧でも、白々しいものだって、私は、知っているんだからね)
始まる時間が迫ってくると、アレスに対し、怒りを立てていたのだ。
自分の誕生日が近いことや、パーティーがあることを、顔を合わせても、事前に伝えなかったからだった。
登場する際に、顔を合わせた時に、パーティーがあることぐらい、教えてくれてもいいじゃないと抗議したが、知らない方が悪いと、ばっさりと、切り捨ててされてしまったのである。
だから、余計に腹立たしかった。
パーティーなんかに出ないと、言いたかったのだ。
でも、周囲の様子が、そんな雰囲気ではなかった。
我慢して、会場の中へ、一緒に入る羽目になってしまい、この現状に至るのだった。
「悪かったわね」
何も、答えず、アレスが招待客の方に、視線を移動させた。
(無視するの!)
目を瞠っているリーシャ。
小声で、言い合っている場合ではないと、アレスが招待客たちに、意識を傾けていたのだ。
離れた場所にいるラルム。
二人の様子が、彼らにも、見えていたのである。
何か、揉めているのを四人が察し、何をしているんだと訝しげていたのだ。
渋々といった感で、先を歩くアレスについていくリーシャ。
招待客に、挨拶しながらも、ゼインたちやラルム、そして、ステラが来ていることを、僅かに目視しただけで、確認していたのである。
憤慨している、真っ最中のリーシャだ。
ラルムを捜すのも忘れ、ただ、アレスの鷹揚な態度に、腹を立てていた。
機嫌の悪いリーシャを引き連れ、これぞお手本となる、品のある笑顔で、招待客たちに出席してくれた礼を述べていった。
けれど、その内心は、穏やかなものではない。
(誕生日を、知らなかった? 小さな子供でも、知っていることを、こいつは、知らなかったのか? 信じられない、こいつの頭の中は、どうなっている)
別に、誕生日なんて、気にも留めていなかった。
これまで通りに、淡々とやればいいと思っていたのだ。
それなのに、ただ、知らなかった、興味がなかったことに、無性に気分を害している。
そんなことを、億尾にも見せない。
表情豊かに、次々と、挨拶をしていった。
無事に、何事もなく、パーティーが進んでいく。
ある程度、自由に動くことが、でき始める頃合いを見計らい、リーシャと共に、ゼインたちがいるテーブルで談笑し始める。
これまでの、おとなしくしている姿勢から、打って変わってリーシャが、楽しげにラルムと話を交わしていた。
その光景を、ゼインたちと話しながらも、それとなく窺っていた。
勿論、話の内容を聞き耳したりして、二人から目を離さず、観察をしている。
パーティーも、中盤に去りかかった。
ゼインたちが、プレゼントで盛り上がり始める。
「どうだ? 気に入ったか」
自信満々なフランク。
「ああ。最新式の機器だな。よく、手に入ったな」
貰ったプレゼントを、アレスが評した。
まだ、出回っていないスピーカーを、プレゼントしたのだ。
「コネを、使ってな」
口の端を上げ、笑ってみせた。
「後で、じっくりと、楽しませて貰うよ」
「妃殿下から、プレゼントは、何を貰ったんだ」
含み笑いを浮かべるティオの視線。
元庶民が、何をプレゼントしたのか、興味があったのだ。
「う……」
表情のない顔で、アレスが腕時計と言いかけるのが、すぐにやんでしまう。
「ちゃんと、用意してあるわよ」
胸を張って、満足げにリーシャが答えたからだ。
すでに、高級腕時計を、侍従を通し、受け取っていたので、首を捻った。
さすがに、リーシャが用意したものではないと、察していた。
控えている侍女に、持ってきてと頼む。
すると、侍女が、一つの箱を持ってくる。
綺麗に、リボンも、かけられた箱だ。
「何が、入っているのか?」
ちゃちをティオが入れ、ゼインやフランクが、意地悪い笑みが零れていた。
どう見ても、高級店のロゴがない、味気がないものだからだ。
そんな三人を気にしない。
箱を受け取り、困惑気味のアレスの前に出した。
「何だ、これは」
じっとしたまま、箱の中身を確かめた。
いっこうに、受け取らないアレスに、口を開く。
「チーズケーキ」
「「「ケーキ?」」」
「そう。私が作った、手作りチーズケーキ」
その顔に、自信が溢れている。
「得意なの、チーズケーキ。とっても美味しいだから、早く、食べてよ」
期待した眼差しを注いでいた。
ニコニコしているリーシャに、水をゼインが入れる。
「何を、考えているのか、妃殿下は」
「えっ」
呆れ混じりに、呟くゼインの顔を窺う。
「食べられる訳が、ないだろう?」
「どうしてよ」
「口にするものは、それなりの段取りが、必要なんですよ、妃殿下」
理解を示さない姿に、小バカにしたように、恭しく説明をしてあげた。
説明を受けても、納得ができない。
「別に、普通のチーズケーキよ」
「それでも、必要なんだ」
黙って、静観しているアレスの表情は、何も変わらない。
「食べてくれないの?」
「……」
ティオたちが、ほらなと、勝ち誇った顔。
「少しぐらい、いいじゃない。せっかくアレスのために、作ったのに」
さらに、箱を、前へ突き出した。
「……」
「下げた方がいいぜ、無理だから」
黙っているアレスに代わり、ゼインが口を開いた。
寂しそうなリーシャの背後で、ずっと何も言えず、ラルムが佇んでいるしかできない。
ゼインが口にしたことは、王宮の中では、当たり前で、まして王太子と言う身分では、厳しくなるのも当然だった。
「一口だけも、ダメなの?」
諦めきれない。
「……」
「ねぇ、アレス」
スレスレに、箱を近づける。
それを、ただ払おうとした。
ふんわりと箱が、リーシャの手から、離れてしまい、床に落下してしまう。
「!」
「……」
誰もが、落ちてしまった箱に注目する。
無残にも、箱が潰れてしまった。
「残念、これでは、食べられないな。妃殿下」
「これではな」
「酷いあり様だ」
「……」
顔を伏せ、潰れた箱を見入っている。
そのせいで、アレスがリーシャの表情を垣間見えない。
どんな顔をしているのか、確かめたかったのだ。
けれど、人がいる前では、できなかった。
(泣いているのか?)
「これでは、食べるのは、無理ね」
やっと、小さな声が漏れた。
その声を聞いた途端、僅かに、ざわついていた胸が、落ち着いた。
泣いていないと、ホッとしていたのである。
侍従が、咄嗟に拾うとした箱を制し、しゃがんで自ら拾った。
(何をやっている。自分で拾って、どうする、侍従たちにやらせろ)
王太子の体面があるので、何も言えない。
「片づけてくるわ」
(それは、侍従たちに、任せるべきだろう)
表情が見えないまま、アレスたちの前から、立ち去った。
その背中を見送り、ラルムが、その後に続いていく光景を、ただ眺めている。
耳から、流れ込んできたのは、嘲り笑っているゼインたちの声だった。
(泣きも、怒っても、いなかったな。いつもだったら、怒って泣いているのに……)
いつもとは違う雰囲気。
何か、胸騒ぎを抱く。
けれど、ラルムのように、追う真似をしない。
ただ、何も、できない自分に、苛立つ。
ゼインたちは、自分たちの話で、盛り上がっていた。
アレスは、その場で飲み物を、静かに口にしている。
機会を見計らったように、ステラが、ゼインたちのテーブルに足を運んだ。
「どうしたの?」
「別に」
シンプルなドレスの正装にもかかわらず、ステラのよさを、上手く引き立てている。
目もくれないアレス。
ただ、別な方向へ、視線を巡らせていた。
「戻ってこないわね」
いるべき人が、いないことを、ステラが指摘した。
「……」
あの背中を見送ってから、気にかけていた。
だが、休憩時間でもないのに、席を外す訳にはいかない。
「逃げたのだろう」
「いいの? 妃殿下として、いるべきじゃないかしら」
「僕には、関係ない」
「そう。その割りには、気にしているようだけど?」
「迷惑を、かけられたくないんでね」
「そう」
「くだらないことを、気にするようになったな」
「別に。ただ、妃殿下として、相応しくない行動を、とってほしくないだけ」
「そうか」
「だって、そうでしょ? 王太子殿下の妻に、なったのよ。誰もが、憧れている地位につけたのに、いっこうに、それらしい振舞いが、できないじゃない? それに、パートナーとしても、失格だわ。いつまで経っても、アレスと組んで、訓練できて、いないじゃないの? そんな相手で、大丈夫なの? アレスは」
辛辣な言葉。
彼女らしくないと、巡らすアレスだった。
ずっと、不満をステラは抱いていたのだ。
自分から、パートナーの立場を奪ったのに、基礎の基礎しか訓練をしない、そんな相手に、負けたと抱くだけで、プライドが深く抉られていた。
それに、検査の結果にも、不審を抱かずにいられない。
アレスとパートナーを組ませるため、わざと、高い数値を、偽装しているのではないかと思うほどにだ。
「別に、構わない」
「随分と、高く買っているのかしら? それとも、必要ないと、思っているのかしら?」
ステラの問いに、アレスは何も答えない。
読んでいただき、ありがとうございます。