第123話 誕生日会1
仮宮殿では、慌ただしく、人の出入りが行き来し、休息していたリーシャは、何事だろう?と、首を捻って、その光景を、静かに傍観している。
(随分と、忙しそうね)
何もすることがなく、暇を持て余していた。
早朝に、短い時間で、講義があっただけだ。
その後は、ほっとかれていたのだった。
話し相手に、アレスになって貰いたいと、願いながらも叶わない。
アレスの機嫌が、悪かったからだ。
ルシードや、フィーロの件で、気まずさが残るものの、声をかけていたのだった。
だが、応じない態度が、気に入らないのか、凄みのある、冷たい視線と、無言を続けていた。
そのため、一方的に、話しかけているだけで、その後の会話が続かない。
そんな日が、幾日か、継続されていたのだった。
(暇にしているのも、申し訳ないみたい)
誰も彼も、忙しくしていた。
声をかけるタイミングがなかったのだ。
その様子を傍観しながら、ジュースを飲んでいるリーシャ。
そこへ、ユマが姿を現し、頭を下げる。
「申し訳ありません」
侍従や侍女の目まぐるしく、動く姿を、見ているのを察し、その状況を、詫びに来たのだった。
傍にいるはずのクララやヘレナも、ついていない。
リーシャ一人だけが、取り残されていたのを、発見したからだ。
「別に、いいけど。それよりも、何かあるの?」
ようやく、尋ねることができた。
何事かと、好奇心ある翡翠の瞳。
もしや?と、常々、冷静でいるユマの身体が、強張っていた。
「……」
のほほんとする質問が、続けられる。
「また、お客様? それとも、行事か、何か?」
「……」
俄かに、ギョッとした顔を、窺わせるユマだ。
眩暈を起こしそうになるが、気持ちを奮い立たせていた。
「どうかしたの?」
開きかけていた口を、閉ざした姿が珍しく、何か、大変な催し物があるのかと、考え耽っていると、瞬く間に、いつもの表情に戻っていった。
「申し訳ありません、リーシャ様」
当然の謝罪に、目をパチクリとする。
(ユマが、慌てている……)
いつも、冷静沈着で、鉄仮面のような表情が、トレードマークのユマ。
動かないユマからは、想像できない姿に、愕然とするばかりだ。
黙っているリーシャ。
自分を恥じるように。重い口を開く。
「今日は、アレス殿下の、お誕生日でございます。午後より、パーティーが、仮宮殿の庭で、執り行われていることを、お伝えするのを忘れておりました。私どもの、失態でございます」
深々と、頭が垂れる。
「へぇ?」
突然の内容に、瞬時に、頭がついていけない。
(誕生日? 午後から、パーティー?)
「……申し訳ありません」
頭を下げたままで、いっこうに、上げようとはしなかった。
段々と、頭の中の真っ白な靄が、晴れていく。
「……アレ……、殿下の誕生日なの?」
いつもの癖で、アレスと言いかけようとして、言い直した。
何度か、教育係でもあるユマから、無言の威圧感で、違いますと、訂正させられたからだ。
いつも、傍も仕えてくれる、頼もしい、頼れる存在だが、とても厳しかったのである。
「はい。すでに、ご存知かと、思っておりまして、お伝えするのを、忘れておりました。申し訳ありませんでした」
何度も、謝罪する姿に、ユマのせいではないと抱く。
王太子の誕生日を、知らない自分が、いけないのだからと、何でもない顔をしてみせた。
「ユマのせいじゃないから、そんなに、謝らないでよ」
「ですが……」
「顔を上げて」
言われるがまま、下げていた顔を上げる。
ニコニコとする顔が、目の前で待っていてくれた。
そんな仕草に、口元を、微かに緩めた。
「衣装とかは?」
「すでに、用意ができております」
「プレゼントを買いに、外に出かけてきても、いい?」
「すでに、用意してあります」
伝えなかっただけで、用意は、完璧にでき上がっていた。
王太子の誕生日を、忘れている人がいるとは、思ってもみなかったのだ。
「もう、用意してあるの?」
自分の知らないところで、衣装やプレゼントが用意されていた事実に、絶句しつつも、何か、つまらないなと、寂しさを募らせていく。
せっかくのプレゼントは、いっぱい熟慮してあげたかったのだ。
どんなに、ムカつく相手でも。
初めての、プレゼントでも、あったのだった。
「はい。殿下の好みを考慮して、用意させていただきました」
(アレスへの、初めてのプレゼント選び、したかったのにな……)
「……外へいって、私が選んじゃ、ダメ?」
すんなり、食い下がらない。
お願いを込めて、頼んでみた。
「……申し訳ありません」
伏し目がちに、答えた。
(しょうがないか)
心の中で、大きな嘆息を、一つ漏らした。
ただ純粋に、いつも無表情でいるアレスを、喜ばせてあげたかった。
「ダメなのね。……、そうだ、厨房を使っても、いい?」
落胆するものの、諦めきれない。
そして、一つの妙案が、浮かんでいた。
「厨房ですか?」
「うん。ダメ?」
いつも鉄仮面でいるユマに、上目遣いで、お願いをしてみる。
「……今日だけです」
渋々といった顔だ。
普段のユマだったら、王太子妃の振舞いではないと窘められ、却下されていた。
けれど、今回の失態は、何も、伝えなかったユマたち側にあった。
非があると思えたので、リーシャのお願いに、目を瞑ることにしたのだ。
「ありがとう」
満面の笑顔で、感謝を伝えた。
「クララとヘレナを、いかせます」
「いいよ。だって、パーティーの準備、忙しいでしょ?」
「いいえ。そのような訳にはいきません」
厨房で、リーシャを一人にする訳にはいかない。
誰も、目の行き届かないところで、何かあっては、いけなかったのだ。
「わかった」
「では、二人が来るまで、こちらでお待ちを」
「はい」
いつもよりも、早歩きで、リーシャの前から姿を消した。
「まさか。アレスの誕生日が、今日だったとは……」
驚きの話を振り返り、考え込んでいる。
王室に対し、興味がなかったので、アレスの誕生日を、気にとめていなかった。
国王であるシュトラー王の誕生日も、どこか、うろ覚えなところがあったのだ。
その日は、祝日となって、街中も、盛大な催し物などのイベントなどをし、なんとなく憶えている程度だった。
「イルたちだったら……」
王室ウォッチャーで、王室に関して、詳しい友達イルとルカの顔が、過ぎっていた。
いつも、この時期に、友達たちは、騒いでいたなと懐かしさが膨らむ。
その当時のリーシャは、王室よりも、大好きな俳優バルトで、頭がいっぱいで、国民のアイドルと称されるアレスに、眼中がなかった。
(みんな、どうしているのかな……)
このところのスケジュールが忙しく、アレスが学校にいけても、リーシャが行けない日々が続き、全然、友達と顔を合わせていない。
スマホを取り出し、イルにかける。
午前中にもかかわらず、すぐに繋がった。
『どうかしたの? リーシャ』
「教えてくれれば、よかったでしょ? イル」
唐突な苦情に、話がみえないイル。
ただ、眉を潜めている。
何で、そんなに剥れているのか、問いかけ、その理由を聞きだし、ようやく、呆れてしまう。
『ホント、リーシャは、バルト命なんだから……』
「だって……」
スマホの向こう側の相手に、口を尖らせる。
『普通、王太子の誕生日なんかは、その辺の小さな子供でも、知ってるわよ』
テレビでも、王太子の誕生日が、近いことが、流れていたのである。
過密スケジュールのせいで、テレビを見られていない。
録画してあるものは、すべてバルト関係のものばかりで、その他のものは、一切見られていないのが現状だった。
「う……」
イルの言う通りだと巡らせ、何も言い返せない。
知らなかった、自分が悪いのだから。
『それぐらいは知って、用意しているものかと、思っていた』
呆れている声音に、沈んでいく。
(うっ。そんなに言わなくても……)
『ちなみに、私は、用意してあるわよ』
「えっ? 何で、何で、イルが、用意してあるのよ」
意外な話に、飛びつく。
『毎年、王室に送っていたけど、今年は、何せ、同じ学校でしょ? それに、なんと言っても、リーシャとアレス殿下とは、近いじゃない? だから、リーシャから、渡して貰おうと思って』
(毎年、送っていたの……。どれだけ、つぎ込んでいるの? あんなアレスに)
呆れつつも、リーシャ自身、気づいていなかった。
自分も、どれだけ大好きなバルトに、お金をかけていたのかを。
「私が、渡すの?」
面倒臭いと言うのが、声で筒抜けだ。
『そうよ、そうに決まっているでしょ! 他に、誰ができるのよ。それなのに、このところ、学校に来ないから、当日に、渡せないじゃない』
「私のせいじゃないもん」
ブツブツと漏らした。
『ところで、どうするの? プレゼント』
誕生日を忘れているぐらいだから、プレゼントは、用意していないだろうと、案じたのだ。
「ユマが、用意しておいてくれたみたい」
『それを、あげるの?』
首を振った。
「外には、いけないって、言われたから、急場しのぎで、ちょっとしたものを、作ろうと思って」
沈んでいた声が、弾みだしたので、安堵していた。
普段の二人のじゃれ合うやり取りに、戻っていく。
『何よ、教えなさいよ』
「ダメ」
『ケチ』
「後で、教えてあげる」
『ちゃんと、報告しなさいよ』
「うん。ああー、誰が、来るんだろう、今日のパーティーに」
何気なく、誕生会のメンバーに、思いを馳せて呟いた。
プレゼント問題も、解消したところで、別なことで、気に病んでいる。
顔見知りがいないパーティーで、気苦労するのかと、気が滅入っていくのだ。
『それは、近しい人に、決まっているでしょ? 例えば、友達とか、お世話になっている人とか。それに、ラルムも行くはずよ。プレゼント用意してあるって、この前、言っていたから』
「そうなの?」
話せる人が、いると抱くだけで、声が弾んだ。
『うん。よかったわね、頼れるラルムが、いてくれて』
「また、訳のわからない話をされたら、どうしようかと、思っちゃった」
『ラルムに、感謝しないとね』
「ホント」
『じゃ、切るわよ。購買で、お菓子買わないと』
現在、クラージュアカデミーで、イルは油絵を描いている途中で、小腹が空き、エネルギー補給のため、お菓子を買いに、歩いているさなかに、スマホが鳴り、響き出たのだった。
「太るわよ」
『うるさい』
スマホが切れた。
読んでいただき、ありがとうございます。