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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第122話  ルシード親子

 今日のルシードの予定は、経営している会社に行かず、屋敷で、簡単な事務処理を書斎にて行っていた。

 幼いテネルがいたためだ。

 できるだけ、屋敷で行える仕事の際は出社せず、自宅の書斎で、処理していたのだった。


 書斎で、黙々と処理を行っていると、年老いている侍従が入ってくる。

 侍従は、長年ルシードに仕え、信頼が厚かった。

 手には、可愛らしくラッピングされたものを、携えていた。

「旦那様。リーシャ妃殿下より、預かってきたものです」


 テネルが喜ぶなと、その姿を思い描いていった。

 それと同時に、心が痛み、気が重くなる。


 パーティーの席で、渡したいものがあるからと、言われたものを、侍従に取りに行かせたのである。

 リーシャからの贈り物に、双眸が止まっている。

 決してテネルに、届かないのが、わかっていた。

 そして、直接、ルシードがいけない訳ではない。


 王宮に足を運び、会う時間もあった。

 遊びに行きたがっているテネルを、連れて行くこともできた。

 しないのは、シュトラー王とフィーロの関係性が災いして、迷惑をかけるかもしれないと気にしてだ。

 自分が、行くべきだと思うし、それに、無邪気な笑顔にも、会いたいと抱いていた。


 一つの嘆息を漏らす。

 やや伏せていた顔をあげ、侍従に柔和な笑顔を覗かせていた。

 幼いテネルにも、我慢させている以上、大人である自分が、行く訳にはいかない。


「ありがとう」

「いいえ」

 侍従が、差し出したラッピングしてある袋と、手紙を受け取った。


 ラッピングしてある袋の中身は、画材道具が入っていた。

 手紙の宛名に、しっかりとテネルへと、書かれている。

 毎回、リーシャから、テネル宛ての手紙が、届けられていたからだ。


 困り果てた顔で、それらを見つめる。

「リーシャ妃殿下よりの伝言を、承っております」

「何だ」

 顔を、侍従の方へ傾けた。

「仕事が、お忙しそうですね。ひと段落したら、仮宮殿に、テネル様とご一緒に、遊びにいらして、くださいとのことです」


 これらのものを受け取る際に、侍従は目を見張ってしまった。

 直接、リーシャから、贈り物と手紙を、預かってきたからだ。

 侍女から、受け取るものと思い込んでいたら、侍女を連れてリーシャが、出てきたのだった。

 侍従にとって、まさかの出来事だった。


 王太子妃殿下が、直接、来るのは思っていなかった。

 密かに、面食らってしまったのだ。

 けれど、侍従らしく、余計なことは口にしない。


「……そうか。すまなかった」

「とんでも、ございません」

「後のことは、いい」

「わかりました」

 頭を垂れてから、侍従が書斎から出て行った。


 一人残されたルシード。

 もう一度、嘆息を吐いた。

 気の重い眼差しで、机の上に置かれた箱を、眺めてから開けた。


 封を切っていない手紙。

 いくつも、入っていたのである。

 テネル宛てで、差出人は、すべてリーシャだった。

 そして、覚束ない字で、書かれたリーシャ宛ての手紙も、そこの箱に、入っていたのである。


 双方からの手紙を、ルシードの間で、無断で止めていた。

 手にしている手紙を、そっと箱の中へ仕舞い込んだ。

「ごめんな。テネル」


 親としては、渡してあげたかった。

 だが、微妙な立場にいる以上、渡すことができない。

 気が滅入りながらも、箱の蓋を閉めた。


 テネル宛ての手紙を承諾なしに、隠していることに、罪悪感を抱き、そして心が痛んだ。

 ラッピングしてある袋を、机の引き出しへ閉まった。

 カギをかけようとした瞬間、手が止まってしまう。

 突然に、ノックが鳴ったからだ。


 よくない予感を憶え、咄嗟に、カギを急いで閉める。

 すると、ドアが開き、小さな足で、テネルがルシードの元へ駆け寄ってきた。

「お父様」

 優しい父親の顔で、出迎える。


「どうした? テネル」

「お姉さまから、お手紙とか、来てないですか?」

「……来ていないようだな」

 ルシードの返答に、しゅんと肩を落とす。


 一気に、元気が失われていった。

 可哀想なことをしている自覚があるので、ルシード自身、心が掻きむしるほどに辛く、顔を直視できず、伏せていた。


「きっと、お忙しいんだよ」

 王宮で会って以来、今度、いつ会えるかと、指折り数えて、待ち焦がれていた。

 それを、いつも宥めていたのである。

「はい……」


 何かを思いついたように、急に顔を上げる。

「お父様、お姉さまと、会いましたか?」

 顔は、平静を装っていた。

 けれど、唐突な質問に、内心では、慌てふためいている。

 つい最近、会ったばかりだったからだ。


「どうして、そんなことを、聞くのかな?」

「だって、この前、お父様が、公爵様とパーティーへ行くと言われて、行かれたでしょ? 行かれたパーティーに、お姉さまが、テレビに出ていました」

 テレビの番組を見ていた際に、そのことが流れて知ったと、無邪気に語っていた。


 これまでは、あまりテレビを見なかったが、大好きなリーシャが、出ていることを知ると、毎日のように、テレビで流れているリーシャの映像を、見ていたのである。

 それを思い出し、後悔の念に、襲われるのだった。


(パーティーに出ると、言わなければよかった……)


 後悔しても、もう遅かった。

 何か、話が聞けると、小さな目が、輝かせていたからである。


「お姉さまと、お話ができましたか?」

 楽しげに、リーシャのことを口にする姿を、見下ろしている。


(どうしたものか……)


 天井に、視線を彷徨わせてから、もう一度、注いだ。


(公爵様、あなたを怨みますよ!)


 悪魔のように、ほくそ笑んでいるフィーロの姿に、吐き捨てた。

「僕のことを、話していましたか」

「……ごめんよ、テネル。遠くで見ていただけで、会うことができなかったんだ」

「公爵様が、一緒でもですか?」

「……ごめん」


 申し訳ない気持ちで、嘘を告げた。

 会って、話を交わした上に、テネルのことも、しっかりと聞かれていたのである。

 けれど、接触を切ろうとしている段階で、そのことを告げ、喜ばせるのは酷だった。


 がっくりと、落胆の色を濃くしている。

 思わず、顔が歪んだ。

 心が引き裂かれるようで、辛かった。


「今度、王太子殿下のお誕生日ですよね?」

「そうだが?」

「だったら、王宮に入れませんか?」

「……」

 身体が強張って、すぐに、口が開けない。


「ダメですか?」

「招待状がないと、入れないよ」

「招待状が、ないんですか?」

「きっと、親しい人しか、呼ばれないよ」

「公爵様は、いつ、こちらにこられますか?」

 急な問いかけに、瞠目した。

 意外だったからだ。


「……どうして?」

「お願いしてみようと、お姉さまに会えるように」

「……」


 唐突に、フィーロが屋敷に訪問してきても、テネルは怯えたように、ルシードの後ろに隠れてしまい、そっと窺っている状態だった。

 それが、自分から会いたいと、口にする日が来るとは、思ってもみない。

「公爵様が、言っていました。自分は、偉いから、誰にでも、会えると」


(確かに、以前にそんなことを、口にしていたな……)


 僅かに、余計なことを、言わないでほしいと、顔を顰めている。

 微かな希望を、見つけたテネルを、見入っていた。


(困ったものだ。こんなに、会いたいのか……)


「公爵様は、お忙しい方だからな」

「そうですか……。でも、聞いてみても、いいですか?」

 諦めようとしないで、どうにか、幼いながらに、模索していた。

「う……ん。私の方から、聞いておいてあげよう」

「でも、お父様は、お仕事が忙しいのでは、ありませんか?」


 仕事が忙しいのを、口実に、王宮に行きたがっているテネルを、おとなしくさせていたのだった。

 それが、この時に、災いしてしまうとは、考え至らなかった。


「……そう、だね。……だけど、電話だけなら、できるから」

 期待がこもった、幼い瞳に、心が裂かれる。

 嘘を、重ねるしか、なかったからだ。

「いつ、電話をするのですか?」

「……」

 今か、今かと、輝きが増す瞳。


 不意に、嘆息を吐く。

 これまでに、こんなに積極的に、なったことがない。

 それが、どういう訳か、リーシャに関することだけは、父親であるルシードさえ、驚くほどの、積極的な行動を取っていたのだ。


 親としては、嬉しい出来事だった。

 それを、叶えてあげたいと抱く。

 けれど、微妙な立場にいる以上、どうしてもできない。


(ごめんな、テネル。大人になったら、全てを理解して、怒ってしまうかもしれない。でも、私の息子である以上は、ダメなんだ。ごめん、テネル)


 何度も、心の中で、テネルに向かって、謝っていた。

「今は、忙しい時間帯かな。もうしばらくしたら、かけてみるよ」

「そうですか……」

 沈むテネルの頭に、手をのせた。


「そうだ、時間を見つけて、公園でも、いってみようか。同じぐらいのお友達が、いるかもしれないよ。楽しいぞ」

「公園より、王宮に行きたいです」

 素直に気持ちを吐露した。


 絶句しているルシード。

 これまで従順だったテネルから、信じられないような発言に、言葉を失いつつも、それほどまでに、会いたいのかと思い至り、会わせた方がいいのかと、思い悩み始めるのだ。


「……お姉さまが、大好きなのか、テネルは」

「はい。とっても大好きです」

 無邪気な笑顔を滲ませていた。

「そうか……」

「お姉さまと、一緒に遊びたいです」

「テネル……」

「会いたいです」


 今にも、泣きそうなテネル。

 心が抉られ、保管している手紙を、渡してあげたくなるのを、必死に堪えるのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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