第120話 激震1
質素な個室。
メリナの目の前には、微かに渋面しているハミルトンが座っている。
フィーロ親子が、リーシャと、接触を図ったパーティーに、メリナも参加していた。
その直後、ハミルトンにコンタクトを取ろうと、パーティーを抜け出すが、なかなか連絡がつかない。
苛立ちが、募っていく。
だが、根気よく、コンタクトを図り、ようやく連絡ができたのだ。
表面上は、落ち着き払った態度を、窺わせていた。
けれど、内心では、激しく動揺していた。
突如、フィーロが、動いたことによってだ。
まさか、可愛がっている息子であるルシードを伴って、シュトラー王が、溺愛しているリーシャの前に、姿を現れたのだった。
日付が変わる時間に、ハミルトンと会うことが叶った。
「軽率な行動では、ないですか? メリナ様」
あまり、いい顔を示していない。
それほどまでに、メリナの行動が、愚かに映っていたのだ。
目立たないように、裏口を使い、深夜のバーに訪れていた。
第三者を通し、今、会うことは、得策ではないと、伝えていたのである。
それにもかかわらず、会うように訴えてきたのだった。
無視できなくなり、渋々、会うことを、ハミルトンが了承した。
これまで、ハミルトンと会う際は、何重も気を配り、誰にも、悟られることがないように、心掛けていたのである。
会う際や、連絡を取り合う際は、必ず、足がつかないように、第三者を返して、執り行われていたのだった。
それにもかかわらず、慎重の欠けた行動に、訝しげている。
「ですが、緊急事態が、起こったのです」
若干、早口になっているメリナ。
誰もいない個室で、会っていた。
二人前にあるテーブルには、ワインと、簡単なつまみしか、置かれていない。
どちらも、口にした形跡がなかった。
勿論、セキュリティーも、しっかりしているところだ。
「公爵殿のことですか」
目を見張るメリナだった。
まさか、すでに、もう知っているとは思ってもみない。
早く知らせ、今後の対策を、相談しなくてはと、気持ちが急いていたので、なおさら驚きが隠せなかった。
パーティーのドレスに、コートを羽織っただけで、着替えることもしていない。
それに対し、ハミルトンは、いつも通りに、スーツ姿だった。
「どうして……」
「情報は、命です」
ニコッと、ハミルトンが微笑んでみせた。
すでに、情報を得ていたので、会う必要性がなかったのだ。
慌てている様子だと、報告を受けていたので、重い腰を上げ、会うことを、了承したのだった。
「……そう……でしたね」
荒れていた心が、少しだけ、余裕を取り戻す。
それと同時に、自分の失態に、僅かに顔を曇らせていた。
「落ち着かれ、何よりです」
「えぇ」
ばつが悪い顔を、覗かせている。
それほどまでに、フィーロの存在が、メリナをざわつかせたのだった。
冷静になろうと、軽く息を吐いた。
窺っていたハミルトンが、口を開く。
「ところで、公爵殿のご様子は、いかがでしたか?」
「今までに、見たことがないぐらいに、落ち着かれていました」
「そうですか」
にこやかな対応を、取り続けている。
「それに、意外でした」
「確か、妃殿下が、陛下と似ていると、発言されたとか」
微かに、首を傾げ、瞳が揺れ動いているメリナを、捉えていた。
矜持を保てないほど、瞳の奥が、恐怖に燻っていたのだ。
「えぇ。……何が違うんでしょうか? 妃殿下が」
僅かに、メリナの声が震えていた。
気づいているが、気づかない振りをしている。
そんなハミルトンの行動に、注視する余裕がない。
どうしても、意識がシュトラー王や、フィーロに、傾けられていたのだ。
顔を強張らせ、ヘラヘラと笑っているリーシャの顔を、メリナが過ぎらせている。
どうしても、シュトラー王や、フィーロたちが、気にするような人物とは思えない。
まして、自分の息子が、執心している理由が、理解できなかった。
ますます、顔を顰めていく。
「さぁ、私には、わかりません」
そっけないハミルトンの仕草に、ムッとした顔を滲ませている。
真摯に、意見を、聞きたかったのだった。
「きっと、何かあるんでしょうね」
「……」
「穏やかに、会話を、嗜まれていたとか」
「楽しそうに、話していたわ」
「伯爵も?」
「穏やかそうにも、見えなかった。何か、仕出かすのではと、何度も、公爵のことを、気に掛けていたわね」
心が揺さぶりながらも、フィーロだけではなく、しっかりと、ルシードや、周囲の様子は窺っていた。
「でしょうね。誰にも、理解できないでしょうね、二人のことは」
冷えきた眼差しを注いでいる。
けれど、メリナは気づかない。
一瞬の出来事だったからだ。
「誰にも、理解できないわ、あの人たちのことは……」
不意に、メリナは、自分が婚約している際や、結婚後にあった、フィーロのことを、閉じ込めていた記憶から、呼び覚まさせていた。
メリナ自身、フィーロと会った回数は少ない。
ただ、会うたび、そして、注がれるフィーロの双眸に、気味の悪さと、何とも言えない恐怖を感じていた。それは、シュトラー王に対しても、同じような印象を、抱き続けていたのである。
それらをひた隠し、いい嫁を演じていたのだった。
僅かに、身震いをし、両腕で、自分の身体を抱きしめる。
「公爵殿が、嫌いですか? メリナ様は」
「好きではないわ。あの冷めたような目がね」
「私も、好きではないですね、公爵殿は」
まっすぐに、ハミルトンに向けられる視線。
余裕を窺わせる態度に、一体、どうしていられれば、落ち着いていられるのかと、巡らせるのだった。
だが、そういった疑問を捨て払う。
「どうすると、思いますか?」
「唐突な質問ですね」
困ったような顔を、ハミルトンが漂わせていた。
「茶化している暇なんて、ないわ」
一刻も早く、解決したかったのだった。
急いている姿に、ハミルトンが、密かに溜息を漏らしている。
「落ち着いてください、メリナ様」
「落ち着いていられないわ。公爵は、陛下と同じなのよ」
荒れる思いを、必死に押さえ込もうと、気持ちを奮い立たせていた。
これ以上、大切なものを、奪われないために。
「承知しています」
「継承権二位だからと言っても、あの公爵が……」
「ですね、覆す可能性も」
意味ありげな眼差しを注いでいる。
ハミルトンが、口にしなくても、メリナ自身、否応なく、理解していた。
継承権なんて、大きな権力の前では、役に立たないことを。
大きな権力を、保持しているシュトラー王の一言によって、継承権を奪われ、海外に逃げ込むしかなかった、自分たちの姿を、蘇らせていたのである。
悔しさで、唇を噛み締めていた。
そんなメリナの姿に、気づかれないように、小さく笑っている。
「自分か、可愛がっている息子である伯爵を、無理やりに……」
今まで、フィーロは、権力に興味を示していなかった。
権力に対し、距離を保っていたのである。
けれど、シュトラー王と、同じような眼光を持つフィーロが、強硬手段に及ぶ可能性だって、少なからず、存在していたのだった。
そうすれば、また息子であるラルムの王位が、遠のく恐れが、混在していたのだ。
「それらも、考えられますね」
「だったら……」
「だからです、メリナ様」
眉間にしわを寄せているメリナだ。
目の前にいる人間の思考が、読めない。
「……傍観すべきです。動かずに」
「ですが……」
納得できない顔を、窺わせている。
フッと、笑ってみせた。
その表情に、寒さを憶えつつも、安心していくのだった。
「大丈夫です。私たち以外の人間たちが、動くはずです」
「出遅れる可能性だって、あるはず」
「あの二人を、過信してはいけません。シュトラー王の力は、強大です。それに追随する力が、備わっているのが、公爵殿です」
「……」
二人の顔を、メリナが掠めていた。
(確かに、強大すぎる力だわ。……その強大の力に、勝たなくては)
沸々と、闘志を滾らせるメリナだ。
「今、動けば、目をつけられる可能性も、あります」
「……」
「ここは、おとなしく、静観しておくべきです」
物怖じしない雰囲気を、ハミルトンが醸し出していた。
「わかりました。私は、一切動きません」
「ありがとうございます」
「何かあれば、連絡をします」
「彼らが、どう動くか、ゆっくりと、見定めましょう。もし、優秀な人材がいれば、手を組むのも、悪くないですからね」
「ですね。少しでも、いい人材がほしいですね」
「えぇ。そうです」
まだ、手をつけていなかったワインで乾杯し、口にしていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。