第119話 ひと時の安息
長かった、パーティーも終わり、二人が仮宮殿に戻って、それぞれの部屋で過ごしていた。
結婚して、時間が経っても、着慣れないドレスを脱いで、シャワーを浴び、ラフな格好で、リーシャが友達のナタリーと、スマホで話していたのである。
この数日、公務や式典、パーティーに時間を取られ、学校に顔を出せずにいた。
その合間に、お后教育の講義などもあり、友達と話すことも、叶わなかったのだ。
部屋の中は、夜遅くなり、誰もいない。
嫁ぐ前のリーシャだったら、すでに、熟睡している時間だった。
だが、眠ることができない。
以前に比べ、睡眠時間が、徐々に少なくなっていたのである。
ゆっくりと気兼ねなく、ナタリーと話し込んでいた。
「でね、敬遠することもないと、思わない?」
ラルムから聞いた内容を、語ったのである。
聞こえてくる声から、大して驚きが感じられない。
そんな声音に、もっと驚いてくれても、いいじゃないと、落胆を匂わせていた。
『確かに。愛人に、生ませた子供だからとって、敬遠することも、ないわね』
「だよね。でも、もうちょっと、驚かない?」
『今時、普通じゃない? そういった類いの話は?』
「そうだけどさ……」
『当たり前の話に対して、驚けないわよ』
「そうだね。割りと、当たり前の話だよね」
『でも、継承問題とか、あるからじゃないの? そんなに、ピリピリするのは』
「継承問題?」
ぴんとせず、首を傾げる。
そんなリーシャの姿が見えなくても、垣間見えるナタリーが呆れていた。
『あんたって、ホント、のん気ね』
「何でよ」
唇を尖らせ、不貞腐れている。
『もしもね、もしもだからね。アレス殿下に、何かあった場合、現時点では、ラルムが、次の王太子として、選ばれる訳でしょ? 王位継承第二位だから。その後に、確か……、スブニール公爵が入って、その息子になるのかしら…。で、もしかすると、養子とかになっていなければ、その伯爵が、入っていた訳じゃない?』
言われ、ようやく合点がいく。
アレスの父親ヴォルテが健在だが、彼には、王位継承権がなかったのである。
どうしてないのか、理由は知らない。
デリケートな問題なのかと巡らせ、それ以上、講義してくれるユマに、聞けなかったのを思い出していた。
「……難しいな。どうして、王宮って、ところは」
改めて、自分が入ってしまった場所に、見えない重みが、乗りかかるのだった。
『しょうがないわよ。ここは、王政君主の国なんだから』
「……」
『あんたは、その渦中にいるんだからね。しっかりしなさいよ』
「うっ」
(そんな、はっきり言わないでよ。考えるだけでも、大変なのに)
大きな嘆息を、リーシャが吐いた。
『殿下が、かかわるなって言うのも、一理あるわね』
「ナタリーは、アレスの味方なの?」
『バカね。リーシャの味方よ』
「やっぱり、ナタリーだ」
満足する答えを聞け、喜ぶ。
些細な言葉に、嬉しくなるのが、リーシャなのである。
『ところで、こんな大事なこと、私に話しても、大丈夫なの?』
「へぇ?」
『禁句になっているでしょ? そういう話を、していいのか、聞いているの?』
「あっ!」
禁句になっていることを、すっかり忘れ、掛かってきたナタリーに、うっかりと漏らしてしまったのだった。
惚けているリーシャに、呆れている。
『バカね……』
「どうしよう……、ナタリー」
『誰にも、言わないから、安心しなさい』
「……ありがとう」
『いい? 口は、災いの元なんだから、今後は、気をつけること』
「うん。わかった」
『だからと言って、萎縮しては、ダメよ。リーシャは、リーシャらしく』
「うん」
温もりある言葉に、心が暖かくなる。
ナタリーに慰められている頃、アレスは、自分の部屋にはいなかった。
誰も知らない、秘密の部屋で、考え事に、耽っていたのである。
この部屋は、一人っきりになりたい時に、逃げ込む部屋で、侍従や侍女、誰も知らない場所だった。
この辺一帯の、人の出入りが少なく、めったに、人が来ない場所だ。
けれど、つい最近になって、リーシャに部屋の存在がバレて、訪れる機会が少なくなっていた。
久しぶりに、誰にも邪魔されず、考え事をしたかったため、足を運んだのだった。
簡素な部屋の造りで、窓の近くに、椅子が一つしか、置いていなかった。
ここで、誰にも干渉されず、ひと時の休息を、味わっていたのである。
「何を、考えているんだ、リーシャは」
のほほんと、何も知らず、フィーロやルシードと接する姿に、憤慨していた。
忠告したにもかかわらず、それを承諾しようともしない態度も、その原因の一端を担っていたのだ。
「つべこべ言わずに、従っていればいいのだ」
歯向かう姿が、脳裏を掠める。
腹立たしいと抱く反面、別なことも、抱いてしまう。
反抗する態度が面白く、もっとからかいたいと、思ってしまうのだ。
感情の起伏があるリーシャをいじるのが、最近の楽しみの一つとなっていた。
だが、今回は、面白いだけでは、片づけられない。
「僕は、王太子だぞ」
誰もが、王太子のアレスに、頭を垂れ、従っていた。
それが、リーシャだけ、違っていたのである。
命じても、なかなか、素直に従わない。
「僕に、なぜ、逆らおうとする。自ら、面倒をかぶるつもりか?」
剣呑な顔で、睨む。
余計なことに、リーシャを、巻き込みたくなかった。
負担を、かけさせたくなかったのである。
ただ、その一点だけだった。
これ以上の重みを、背負わせたくないため、キツく言ったのだ。
マヌケなやつだと、軽んじながらも、その内では、気にかけていた。
「バカなやつだ」
気にかける自分や、リーシャに対し、自嘲気味に吐き捨てた。
けれど、押し寄せてくる不安が、拭え切れない。
「後で、後悔したら、どうするつもりだ?」
そのため、二人とは、かかわるなと、口にしたのである。
詳細を、口にしなかったことが、原因だと思いもよらず、異を唱えるリーシャを理解できず、悩んでいたのだった。
(どうしたら、引き離せる……)
引き離すことだけに専念するが、妙案が浮かばない。
シュトラー王さえ、手を焼くフィーロを、押さえ込むことが、できるのかと?と、自問するが、確たる自信を、得られなかったのである。
それに、側近の二人でさえ、扱いに苦慮するほど、目の上のこぶの存在だった。
(事前に、チェックするしかないか……)
公式行事や、パーティーへの招待状が、フィーロにも出されているので、まず、そこから把握し、警戒していくしかないと、巡らしていたのである。
(もっとも、厄介な人物と……)
頭を、悩ませる出来事が、増えていく現状に、目を押さえていた。
ふと、別な思考が、飛び込んでくる。
パーティーの休憩が終わっても、リーシャが姿を見せなかったのだ。
「それに、何をしていたんだ。すぐに、戻ってこずに」
休憩が終わっても、すぐにパーティーの会場に、戻ってこなかったのも、腹立たしかった。
顔を見て、確かめたくても、いっこうに、会場に現れなかったので、何か起こったのかと、巡らせていたのだった。
低レベルな息女たちに捕まり、いじめられているのかと、気を揉んでいたのである。
以前から、リーシャが一部の息女たちから、ドレスを破かれたり、からかわれたりしているのを、把握していた。
けれど、助けもせず、放置していたのである。
「……また、いっていたのか」
苦々しげに、思わず、唇を噛み締める。
パーティーに馴染めず、誰もいない、静かな庭へ、逃げ込んでいることも、把握していた。
好ましくはないと抱きつつも、これまで、そのことについて、問い詰めなかった。
僅かでも、泣きそうな顔が、見たくなかったからだ。
「泣き顔なんて、つまらぬ……」
笑っていて、ほしかったのだ。
「怒ったり、笑っていれば、いい」
そんな顔を、ずっと、最近は、見てみたいと思うことが、多くなっていた。
自分とは違って、感情の起伏があるリーシャを、独占したいと、巡らせていたのだ。
「余計な問題は、排除しないとな」
まず、排除するべき人間の顔を描く。
「とにかく、接触しないように、しなければ……」
楽しげに語っているリーシャと、ルシードの顔が浮かぶ。
「絶対に、接触させるものか」
強く決意を、固めるのだった。
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