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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第118話  嵐のようなカークランド侯爵

 フィーロがリーシャと、パーティーで接触しているとは知らず、執務室にこもって、国王としての勤めを、いやいやながらも、果たしていると、同年代であるカークランド侯爵が、ノックと共に、書類の束を携え、入ってくる。


 意外な登場人物に、シュトラー王が眉を潜めていた。

 秘書官だと思っていたら、見たくない顔だったのである。

「秘書官から、預かってきた」


 堂々としている態度に、遠慮がない。

 鋭い眼光のまま、カークランド侯爵が、手にしている書類の束を睨む。


 承認の印を必要とする書類の束を、運んできた秘書官から、カークランド侯爵が、無理やりに奪い取り、勝手に部屋に入ってきたのだった。

 事前の連絡なしの、突然の来訪だ。

 不機嫌な顔に対し、悪びれる様子がない。

「来る途中の秘書官と会って、代わりに、持ってきてやったぞ。親切だろう」


(どこがだ!)


 心の中で、思いっきり、吐き捨てた。

 そんなオーラを、肌で感じているのに、飄々としたままだ。

 対照的に、正面に座っている顔が、どんどんと渋面していく。


 雲行きが、怪しくなる部屋にいる秘書官たち。

 カークランド侯爵に、出て行って貰おうと、動き始める。

 後で、とんでもない、とばっちりが窺えたからだ。

「申し訳あ……」

 そんな秘書官たちを、シュトラー王が遮る。

 けれど、その表情は、険しいままだ。


「構わん」

「……はい。陛下」

 仕事を中断し、秘書官たちを、全員下がらせる。

 カークランド侯爵と、二人っきりとなった。


 来訪を喜ばない、無遠慮な態度も、気にしない。

 ただ、楽しげに、口元を緩ませている。


 カークランド侯爵が、政治にも、影響力のある貴族院の古株の一人だった。

 シュトラー王や、ソーマたちが、タヌキと揶揄する、面倒な一人でもあったのである。

 だからと言って、負けている訳ではない。


「何だ、カークランド侯。こんなところに、足を伸ばすとは?」

 国王らしい余裕の笑みを、零している。

 だが、一切の隙もなかった。

 相手が、どういった態度で出るか、しっかりと、見定めていたのである。


「ただ、本当に、仕事をしているのか、確かめに来ただけだ」

 対するカークランド侯爵も、声音を変えていない。

 昔馴染みの友に、会いに来たかのようだ。


「だったら、仕事をしているぞ」

「渋々だろう」

「何であろうと、こうして、仕事はしている」


 机にある大量の書類や、ファイルの束を、目で促した。

 それに従うように、チラッと窺う。

 まだ、承認の印が、押されていない書類や、ファイルが置かれていた。


「自業自得だろうな。勝手に、外へ、出回るから」

 あっけらかんと、この原因を口にした。

 こっそりと、自国を抜け出し、友であるクロスに会いに出かけ、その間の仕事が、溜まってしまったのだった。

 パーティーよりも、承認の印を押すことが、大事だったため、代理として王太子夫妻が出席したのである。


「そちには、関係ない」

「一国の主が、極最低限の御付きを連れて、旅行か。随分と、いい身分だな。私には、到底真似ができない。危険極まりないと、思わないのか?」

 最後の言葉は、まっすぐに、シュトラー王を見据えていた。

 あるまじき行為だと、無言で、侮蔑していたのである。


「大丈夫だ。優秀な者ばかりがいるので、仕事には支障がない。それに、私の実力を、知っているだろう? その辺のやつに、撃たれるような人間だと、思うのか?」

 自信が溢れ、揺るぎない眼差しを返している。

 若い時のギラギラと、躍動感、溢れる頃を匂わしていた。

「まさか。殺しても、死なないと思っている」

「私は、バケモノじゃないぞ」


 キツネとタヌキの化け試合を、繰り広げている。

 若い時分より、口論をし続けている関係だった。


「バケモノだろう」

「好きにしろ」

 続けるのが、面倒になったシュトラー王が、話を打ち切ってしまった。

 つまらないと表情を浮かべ、カークランド侯爵が、部屋を見渡す。


「随分と、のん気に、こんなところで、仕事をしているな。陛下らしくないの」

「何が、言いたい」


 この場の空気を、堪能していたカークランド侯爵を、目を細め、見上げている。

 仕事を、さっさと終わらせたいシュトラー王。

 願うことは、早く帰ってほしかった。

 けれど、カークランド侯爵の様子からは、帰る気配が感じられない。


(早く帰れば、いいものを。なぜ、帰らぬ)


 表面上は平素を装い、内心で、舌打ちを打っていたのである。

「昔のお前だったら、あちらこちらに、アンテナを広げて、機敏に動き回っていたはずなのに。どうだ、今のお前は」

 怪訝そうな顔を、覗かせているシュトラー王を、捉えている。

「こんな狭い部屋に、閉じこもって、淡々と、仕事をして。目をギラギラさせていた、若かりし頃のお前さんは、どこへ、いってしまったのだろうな」


 昔を懐かしむ目を、滲ませていた。

 過去、互いに、何度も、密かな攻防を繰り広げていた。


「……そんなことを言いに、来たのか」

「そうだ。随分と、寛容になったものだと、思ってな」

 国王に対し、失礼なことを、口にしているのに、顔色一つ変えない。

 ただ、カークランド侯爵の話に、耳を傾けている。

 フィーロ同様に挑発し、遊ぼうとしている節があった。


「お前にとって、大切な親友の孫が、いじめられていると言うのに、何もせずに、静観しているとは。歳は、取りたくないものだ。まさか、こんな国王陛下の姿を、見るとは……。何て嘆かわしいことだ」

 さすがに、我慢していたことを触れられ、ようやく、僅かに、口元が引きずっていた。

 抜け目なく、そんなシュトラー王を、カークランド侯爵が見定めている。


「言いたい放題だな」

 冷たい眼差しと共に、口が開いた。

 そんなオーラを放たれても、怯まない。

 逆に、その状況を、楽しんでいるようでもあった。


「ああ。面白いものが見られると、思っていたからな」

「ソーマとフェルサに、止められている」

 ボソッと、本音を吐露した。

「時代かのう……。二人に、止められたからとって、動かないのは」


 さらに、無言の圧力を、カークランド侯爵へ向けた。

 けれど、動じない。

 シュトラー王も、それぐらいで、動かない男だと把握済みだ。

 ただの牽制を送っているのに、過ぎない。


「その分だと、何も知らないか」

 いっこうに、瞳の奥に牙を見せない姿を垣間見て、いたずらな笑みを零していた。

 そんな仕草に、眉間のしわが多くなっていく。

「何がだ」

「いや、何でもない。年寄りの、ただの戯言だ」

「……」


 自分の知らない、隠し玉を、持っているのを確信するが、それを聞くのは、矜持が許さない。

 沸き立つものを押さえるため、心の中で、嘆息を吐く。


「お前こそ、仕掛けてこないのか?」

 国王らしい威厳と、気品に満ちた顔だった。

「何がだ?」

 不敵な笑みと共に、首を傾げている。


「二人の結婚の時も、すんなり認めた。その後も、ゆったりと、見ているだけで、何も、動こうとはしない。アレスと、自分の身内を、くっつけようと、していたではないか?」

「あれは、私ではない」

 鼻白ろむカークランド侯爵だ。

 してやったりの顔を、シュトラー王が覗かせている。


「そうか。果たして関係ないと、言えるのか?」

 カークランド侯爵の親戚の一部で、アレスの妻に、自分たちの親族をつけようと、画策する動きが、少しあったのである。

 けれど、無駄なことだと、カークランド侯爵は静観するだけで、何もしない、傍観者の立場を、ずっと保ってきたのだった。


「誰が、お前と、親戚関係になりたいと、思う?」

「そういう連中が、多いが?」

 実権を握ろうと、次期国王として、選ばれているアレスの妻に、娘や孫、親族から選ばれるように、多くの貴族や、上流階級、中流階級の人間までが、あらゆる手を使い、近づけさせようとしていたのである。


「一緒にするな」

 無駄ばかりする連中と、一緒くたにさせられ、ようやく乱暴に吐き捨てた。

「そうか。それなら、いい」

 すぐに、カークランド侯爵の顔色が戻っていった。

 そして、タヌキが、キツネに、視線を降り注いだ。


「第一、あの時……部屋の外に、軍隊を、待機させていただろう。それで、反対する方が、おかしい。どこぞのヒナドリと、一緒にするな」

「気づいていたのか」

「当たり前だ」


 アレスと、リーシャの結婚を、貴族院の承諾を取る際、シュトラー王は、多くの軍隊を話し合いが行われていた、赤月の間の外に、多く配備させ、勝手に出られないように、指示させていたのである。

 多くの反対者が続出すれば、賛成に廻るまで、外に出ないようにしていたのだ。

 それを見越していたため、カークランド侯爵を初めとして、古株の面々は、何の異論も示さず、すんなりと、賛成に廻ったのだった。


「この老体では、長時間の会議は、苦痛だからな」

 あの時の状況を、振り返っていた。

「老体ね。そうは、見えんが」


 自分と、同じように、老けているカークランド侯爵の全身を眺めている。

 含みのある笑みを、カークランド侯爵が零していた。


「何だ?」

「いつまで、持つかと思ってな」

 いやらしさを肌で感じる。

「……」


「お前ほど、忍耐力がない男も、いないからな」

 目を細め、軽く言い募ってくるカークランド侯爵を睨む。

「昔とは違う」

「さて、さて、それは、どうかな」


 何かを、隠しているような素振りに、イラつく。

「もう、帰るとするかな。それでは陛下、ごきげんよう」


 嵐のように訪れ、嵐のように、帰っていった。

 その帰る姿を、胡乱げにシュトラー王が、眺めていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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