第116話 不安を憶えていくアレス
パーティーも、中盤に去りかかり、アレスとリーシャが、途中で休憩を挟む。
二人のために、用意された控え室に行くと、二人の世話をするために、ユマが待機していた。
主催者側のおもてなしとして、最高級品の調度で、控え室が固められ、華やかな演出を施すため、至るところに花が飾られていたのである。
飲み物や、軽食を用意し終わっても、アレスは手を出そうとはしない。
パーティーでの柔和な笑顔が消え去り、憮然としたままでいる。
(ホント、二重人格なんだから)
チラッと、隣を垣間見た。
そして、目の前に置かれているジュースに、手をかける。
ずっと、話していたせいで、のどが渇いて、一息つきたかったのだ。
「疲れた」
二人で並んで、ソファに腰掛けていた。
クッキーに、手をかけようとしたら……。
「スブニール公爵と、何を話していた」
三人で会話していたことを、横柄な態度で、唐突に聞かれた。
取ろうとするのをやめ、なぜか、不機嫌そうに見えるアレスに、顔を巡らせている。
目を合わせようとはしない。
パーティーでのことを、アレスは回想していた。
少しでも、自分に近づいてこようとする人間を相手しながら、失敗を繰り返すリーシャと、距離が離れたことに、内心では、舌打ちを打っていたのだ。
式典の時から、ずっとリーシャを、それとなく様子を窺っていた。
当初は、近くにいて、何か、面倒を起こさないかと、監視する予定だった。
けれど、移動している際に、リーシャが夫人たちの集団に捕まってしまい、考えていた距離よりも、開いてしまったのだ。
そんなところへ、フィーロが近づいていったので、気が気でないものの、浅はかなリーシャの元へいけず、歯がゆい思いをしながら、気づかれないように、窺うことしかできなかった。
(何を考えている? スブニール公爵は)
不敵に笑う、大叔父の姿が、脳裏に、くっきりと映し出されている。
祖父シュトラー王と同じで、何を考えているのか、掴めない。
「何って? 普通に、お話していただけよ」
戸惑いながらも、素直に答えた。
隠す必要もなかった。
「その普通とは、何だと、聞いている」
のん気で、危機感がない態度に、苛立ちが深くなる。
面倒なことを終わらせ、除去したかったのだ。
これ以上の負担を、リーシャにかけさせたくなかった。
「……陛下に似ていますねとか、テネルのこととか?」
急に、アレスの目が細くなる。
「公爵に向かって、似ていると言ったのか?」
前へ、少しだけ乗り出し、ようやく顔を捉えていた。
その顔は、僅かに驚愕していた。
普段の冷静なアレスからは、考えられない。
「う、うん」
「何か、されなかったか?」
次の質問を受け、さらにわからなくなっていく。
(今日のアレスって、変?)
「されたのか? されなかったのか?」
答えないリーシャを見兼ね、強い口調で、聞き直した。
「されるって? 何も、されなかったけど?」
問い質してくるアレスが、わからない。
ただ、当惑しながらも、聞かれることに、答えていった。
剣幕が酷いようで、答えないと、殺されそうな雰囲気を、醸し出していたのである。
「本当か? 本当に、何も、しなかったのか?」
「うん……」
たじろいでいた。
全然、質問の意図が掴めない。
「不機嫌に、ならなかったのか?」
迫力が、迫ってくる感が否めない。
逃げ出したいと巡らせても、背後に逃げ場がなかった。
「うん」
「お前が、気づいていないだけじゃないのか?」
失礼な問いに、ムッとしている。
「そんなこと、ないもん。楽しく、お喋りしていたもん」
「……本当に、怒らなかったのか?」
(変な上にしつこいな、今日のアレスは)
まっすぐに注がれる眼光を、受け止めていた。
端整のとれた顔を見ていると、なぜか、頬が赤く染まっていく。
(そんなに、私の顔を見ないでほしい。本当に、今日のアレスは変。それに……)
近頃、アレスに見つめられるだけで、鼓動が、ドキドキするのを感じていた。
(もしかすると、アレスの顔って、心臓に悪いのかも……)
「どうなんだ?」
強い声音で、現実に、引き戻された。
「……怒っていない。ねぇ、アレス。なぜ、怒る必要があるの?」
「……別に、怒っていなければいい」
不意のリーシャから質問に、そっぽを向いてしまう。
身勝手に、質問してくるくせに、質問を投げかけても、答えない姿勢に、横暴さを募らせていく。
「ありえない」
頬が、見る見ると膨らむ。
怒り始めているのをほっとき、自分の思考へと、のめり込んでいった。
(どういうことだ?)
自分が、知っているフィーロと、リーシャと、接触したフィーロが、別人ではないのかと抱くぐらいに、人間像が違っていたのである。
(あの公爵が、似ていると言われて、黙っていた……)
めったに、会ったことがないが、シュトラー王との関係性を、いろいろと、耳にしていたりしていた。
場の空気も考えず、よく口論していたし、貴族相手に、毒を吐いていた現場を、目撃したこともあった。
(信じられない……。変わったのか……、あの公爵が?)
深まっていく謎に、目を細めている。
リーシャが、王宮に来て以来、いろいろなことが、変わってきていた。
ふと、そんなことが、脳裏に浮かんだ。
「ちょっと、それなんなのよ」
剥れているリーシャに、黙ったまま視線を注ぐ。
(こいつに、どんな力があるって、言うんだ?)
すぐに、感情を剥き出しにして、怒ったり、飛び跳ねて、喜んだりするやつの、どこに、人を変える力があるのだろうかと、食い入るように窺っていた。
その答えが、導き出せない。
目の前にいる人間は、単純で、自分の心も、コントロールできない落ちこぼれだった。
でも、面白く、居心地のよさはあると、頭で巡らせる。
「どうして、似ているって、言っただけで、怒るのよ」
だが、アレスは黙ったままだ。
「黙ってないで、答えてよ」
「お前には、関係ない」
もうすでに、普段通りの優雅さを取り戻し、鷹揚な態度を取っていた。
ゆったりと、ソファに背中を預けている。
対照的に、リーシャが剥きになり始めていたのだ。
「関係ないって、そんな言い方あるの」
「関係ないから、関係ないと、言ったまでだ」
「……」
有無を言わせない態度。
悔しさで、ギュッと拳を握る。
そらしていた視線を、もう一度、リーシャに傾けた。
「一つ、言っておく。今後、あの二人にかかわるな」
訳のわからない言動に、眉間にしわが寄るばかりだ。
「何でよ」
乱暴に、吐き捨てた。
「何でもだ」
「関係ないって、言うつもり」
反抗の意を伝えるため、無理やりに、優雅な笑みをみせようとした。
けれど、その頬が、引きつっている。
逆に、感情を表に出さないように、幼い頃より、教育を受けていたので、その成果を見せつけた。
お手本のような笑みを浮かべ、完膚なきほどまでに、演じてみせたのだった。
「ああ」
勝負の勝ち負けは、はっきりと出てしまった。
「……」
悔しさで、暴れたい衝動を我慢する。
感情を爆発したら、負けてしまうと、抱くからである。
「いいな。勝手に、あの二人と会うな。そして、話すな」
助けを求め、控えているユマに、視線を移した。
傾けられた顔を目にした途端、珍しく、ユマが目を伏せてしまった。
(何でよ、ユマ。何で、目をそらすのよ)
納得できないものの、味方がいないのを察する。
「……」
「返事は」
目が鋭くなり、返事をしないリーシャ。
アレスが、威圧しに掛かる。
「……いやよ」
グッと、腹に、力が入っていた。
なけなしの意地だけで、睨み返している。
睨み返られたアレスが、目に怒りの炎を滾らせていたのだ。
全開で、従えと言う傲慢なオーラを、放出させていたのである。
ここで、屈する訳にはいかない。
「いやと言ったら、いやよ」
「リーシャ」
冷たい声で、名前を呼んだ。
「理由も言わない、かかわるなだけしか、言わない。従える訳ないでしょ」
「お前な」
「とっても、いい人たちだった。だから、アレス……、いいえ、殿下のおっしゃることに、従うことができません」
ニィーと、歯向かう笑みを浮かべる。
「……」
互いに、一歩も譲らない。
火花を散らす視線。
「ひ、妃殿下」
これまで黙って、控えていたユマが、殿下に対する態度ではないと窘めた。
けれど、腹の虫が収まらないので、無視している。
さらに、笑ってみせようと、自分から両頬を、引っ張ってみせたのだった。
「……」
「妃殿下……」
どう声をかけていいのか、わからなくなったユマ。
とうとう、言葉を失ってしまった。
「……命じたからな。僕は、先にいく」
「どうぞ、ご勝手に、殿下」
憎らしい顔に、そんなに頬を引っ張るのなら、手伝ってやると言う気持ちがあったが、ユマがいる手前、何も行動に移さずにいたのである。
「……」
読んでいただき、ありがとうございます。