第115話 フィーロとルシード3
歩み出した後を追い、気が重いながらも、ルシードが歩き出す。
さすがに、フィーロ一人で会わせることが、心配だったからだ。
向かっている先に、視線を移すと、この前とは違い、中堅派の人間に属する夫人たちと、話している光景に、ホッと胸を撫で下ろしていた。
(今日は、大丈夫そうだな)
さすがに、ざわめきが近づいてくると、談笑していた夫人たちも、フィーロたちの存在に気づき、サッと場所を譲っていった。
きょとんした顔で、夫人たちが突如、話を止めて引いていく様子を眺め、近づいてくる人たちに、不思議そうな視線を送り始めている。
(あっ! ルシードさんだ)
近づいてくる人たちの中に、見知った顔を見定めると、自然と、顔が綻んでいった。
近くに、テネルがいないかと捜す。
けれど、その姿を見つけられない。
僅かに、落胆を憶えていた。
対照的な表情を滲ませている二人が、そんなリーシャの前に立ち止まった。
「これで、妃殿下とは、二回目ですね」
和やかな声音で、フィーロから声をかけた。
すぐに、返事ができない。
(二、二回目? 会ったことあるかな……)
食い入るように目に前に立つ人を見つめ、フル回転で、記憶を呼び起こす。
黙って窺っているリーシャ。
不快感を浮かべず、フィーロがじっとしていた。
ニコニコと、意味ありげに、笑っているだけだ。
(……確か、挙式の時かな……。たぶん、パーティーとかでは、会っていないような……気がするけど……)
コテンと、首を傾げている。
自信が持てず、僅かに唇を動かした。
不安げでいるリーシャを案じ、フィーロの脇に出てきたルシードが、口を開く。
「リーシャ妃殿下、こちらは、スブニール公爵です」
「スブニール公爵……」
頭を、さらにフル回転し、ユマから教わった名前を、思い出そうとしていた。
「国王陛下の弟君に、当たられる方です」
「あっ……。スブニール公爵」
ようやく、挙式の時に、一度だけ、簡単な挨拶を交わしたことを、思い出したのだった。
「パーティーには、慣れましたか?」
自分のことを忘れていたのに、気にした様子がない。
ただ、穏やかな口調で、語りかけていた。
そんなフィーロの態度に、ルシードは人知れず、手に汗をかいでいる。
一体、どう出るのか、読めなかったからだ。
「私たちだけでは、むさ苦しいパーティーでしたが、華やかな花があって、いいですね。でも、妃殿下は、退屈でしょうがないのでは、ありませんか?」
「いいえ。知らないことも知れて、楽しいです」
にこりと、リーシャらしい笑顔を覗かせている。
息女たちに、難しいことは聞かれず、楽しい気分で、少し話せていたのだ。
パーティーに、リーシャを貶めようとする人間がいない。
そのために、最初は緊張し、ぎこちなかったが、穏やかな会話の流れが進むたび、リラックスしていった。
「そうですか。それは、よかった」
じっと、フィーロを見つめている。
シュトラー王の弟と聞き、どことなく、雰囲気が似ている、気がしていたのだった。
(顔は、全然、似ていないな、兄弟なのに。ユークと私は、目の辺りが、似ているのに……)
自分と弟を重ね、似ていると思うが、目の前に立つフィーロと、シュトラー王は、似ていなかったのである。
(ま、似ていない兄弟もいるか)
深く追求するのを、やめてしまった。
「私の顔が、気に入りましたか?」
「! ご、ごめんなさい」
ずっと、凝視していたに気づき、萎縮してしまう。
「そんなに、恐縮しないでくだされ。妃殿下に見つめられて、嬉しいのですから」
「?」
「若い娘さんに見られて、私も、まだ、捨てたものではないと」
茶目っ気に言うフィーロ。
思わず、ふふふと笑ってしまった。
完全に、緊張の糸がほぐれていく。
「スブニール公爵は、国王陛下と、どことなく雰囲気が似ていますが、顔は、似てないですね」
笑った直後に、思ったことを口にした。
「……」
周囲の空気が、一気に変わった。
けれど、言った張本人は気づかない。
リーシャの元に、フィーロが近づいたので、周囲は、それとなく窺っていたのである。
一瞬だけ、言葉を失っていたものの、柔和な表情へ戻っていった。
「雰囲気が、似ていますか?」
「はい」
周りを気にせず、無邪気な顔を滲ませていた。
止めるべきかと、逡巡しているルシードをよそに、フィーロがさらに畳み掛ける。
「どんな雰囲気が、似ているのでしょうか?」
目の前に立つフィーロと、シュトラー王を重ねる。
「そうですね……、強くって、芯があって、けれど、優しさもある感じが、とても似ています」
感じたまま、言葉を紡いでいった。
「優しさですか?」
虚を突かれた顔で、言い返した。
フィーロ以上に、周囲の人間たちも、破顔している。
「はい。目が、優しいです」
戸惑いが拭えない姿に気づかず、生真面目に答えていった。
「目は、似ていないと、思いますが?」
「形や色ではなく、受ける印象です」
「妃殿下には、そう見えるのでしょうか?」
「はい。何となくですけど……」
はっきりとした確証があった訳ではない。
ただ、そう感じただけだった。
ふと、過去を振り返った後、フィーロの口が開く。
「昔、強くて芯があると、言われたことがあります。けれど、優しさがあると、言われたのは、初めてですね」
「そうなんですか」
不思議そうに、首を傾げた。
「その人からは、こうも、言われました。柔らかく、物事を見ると、面白いものが、見られると」
「柔らかく?」
意味がわからず、さらに首を傾げる。
「肩の力を抜いて、ありのままを見てみろと」
「なるほど」
合点がいき、翡翠の瞳が、キラキラと輝く。
素直に、感情を表現する姿に、小さい笑みが零れていた。
「妃殿下は、すでに、それを持っていらっしゃる」
「私がですか?」
自分が、持っているのだろうか?と、首を傾げていたのだ。
「柔らかく、物事を見ていると、存じます」
「そうでしょうか」
まだ、信じられず、眉間にしわが寄せている。
「えぇ。たぶん、気づいていないだけで。羨ましい限りです」
「そう言っていただけると、嬉しいです」
満面の笑みを浮かべていた。
不安げな気持ちで、様子を窺っていたルシードだ。
ほんわかとする雰囲気に、安堵している。
突然、フィーロからルシードに、視線を変えた。
「ジュ=ヒベルディア伯爵。テネルは、元気でいますか?」
唐突に、テネルのことを聞かれ、戸惑ってしまう。
まさか、話題に上るとは、思ってもいない。
「あっ、は、はい……」
その様子を、口の端を上げ、フィーロが眺めていた。
昔から、困らせ、慌てさせるのが、好きだった。
(助けても、いいと思いますが? 公爵)
噛み付く視線に気づいていながら、清々しく笑って、黙ったままだった。
「今度、いつ、王宮にいらっしゃるのですか?」
「え……、それは……」
目が泳ぎ、返答に窮してしまう。
「時間が合えば、また、テネルと会いたいなと、思いまして」
あれ以来、何の音沙汰もないからである。
だから、ずっと、気になっていたが、なかなかルシードと、会う機会がなく、どうしようかと、考えあぐねいていたのだった。
「そうですか……」
「無理でしたら、渡していただきたいものがあります」
「伯爵。時間を作って、差し上げたら、どうだ?」
いきなりフィーロが、口添えをした。
(公爵と伯爵は、随分と、親しいのかな)
申し訳ないと、ルシードの立場を考える。
「無理にとは、言いませんので」
「……はい、わかりました。時間を見て、窺いたいと思います」
「ありがとうございます」
リラックスした感じで、三人の話が盛り上がった。
そして、頃合いを見計らい、二人がリーシャから、離れていったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。