第114話 フィーロとルシード2
貴族や財界、経済関係者が多いパーティーにルシードを伴い、これまで、めったに顔を出すことなかったフィーロが、珍しく顔を出している。
顔を見た途端、誰もが、絶句していた。
そして、そのざわめきが、瞬く間に、広がっていったのだ。
誰も、表舞台に顔を出さないフィーロが、来るとは思ってもいない。
喧騒したパーティーに、一時の静寂が、訪れていたのだった。
「いつまで、そんな顔をしてる」
重くなっていく、場の空気。
享楽を楽しむように、軽快な口調で、背後にいるルシードに声をかけた。
自分を見て、驚く観衆を垣間見て、バカな者たちだと、内心嘲り笑っている。
「せっかくのパーティーが、台無しだぞ」
にこやかな表情の仮面を、かぶったフィーロ。
それに対し、その後に続くルシードが、憂鬱な顔をし、やや肩を落とし気味になっている。
その足取りは非常に重く、後悔していた。
パーティーへの招待状が、王族のフィーロの元にも、届けられていた。
だが、顔を出した試しが、これまでにない。
若い時分より、必要最低限のものしか、顔を出していなかった。
ここ最近では、すっかりなりを潜め、出てこなかったのである。
主催者側も、一応、王族と言う立場なので、招待状を形式上、出していただけだった。
出席してくるとは思わず、気軽な気持ちで、構えていたのだ。
「別に」
「別にか。だったら、もう少し、楽しい顔でもしていたら、どうだ?」
「……これが、私の顔です」
不貞腐れ気味だ。
機嫌が、よくならないルシードに、呆れていた。
ここに来るとわかってからは、憮然としていたのである。
「鏡でも、持ってこさせるか」
「……いいえ、結構です」
身を正して、僅かに襟を直した。
「そうか。では、もう少し、楽しめ」
楽しまなければ、持ってこさせるぞと、背中が訴えかけていた。
これまでの経験上、やり兼ねなかったのである。
これ以上の醜態はないと巡らせ、従わざるをえなかった。
肩を落とし、ひたすらに黙ったまま、後をついでいく。
付き合えと言われ、返事したものの、まさか、パーティーにつれてこられるとは思ってもみなかった。
後悔しても、後悔しきれない。
ただ、何も考えず、返事したことを悔やむのだ。
喧騒の中で、注がれる視線が、居た堪れなかった。
やり場のない視線を、どこに向けていいものかと掠めている。
どこを向けても、傾けられる眼差しがいやで、何かに、縋るように視線が、僅かに宙を浮く。
対照的に、注がれる視線にも、お構いなしに見かける人たちに、軽く自ら挨拶をしていった。
挨拶された側は、顔を引きつらせていたのだった。
その背中を眺めながら、あそこまで、なりきれないなと嘆息を零していたのだ。
どうしたら、こういった域に入れるのだろうかと逡巡するが、到底、自分には真似ができない芸当だと思い至る。
久しぶりに、フィーロと共にパーティーに顔を出していた。
冷ややかな眼差しがいやで、最近は一緒に出ることがなかったのである。
どうしても出席する際は、少しだけ顔を出し、すぐに帰ってしまうのだった。
「よりにもよって……」
空を彷徨いながら、呟きを漏らしていると、突然、フィーロが立ち止まり、ニコッとした顔で振り向く。
ただ、願っていたことは、早く時間が過ぎてくれないかと言うことだ。
「どうかしたのか?」
白々しい声音だ。
(どうかしたのかと、聞きますか……)
パーティーに出ると聞き、即刻、やめるように進言したのだ。
けれど、一度、決めたことを曲げない性格を、把握しているゆえに、渋々と、ついてくる羽目になってしまった。
そんな自分の性格が、恨めしいと巡らせている。
「……なぜ? このパーティーなんです? 他にも、あるではありませんか」
「行きたいと思ったからだ、お前と」
優雅に、微笑んでみせた。
「久しぶりに、歩きたいと思っては、ダメなのか?」
「いいえ。とても光栄なことです」
満足する言葉を聞き、さらにフィーロが微笑む。
近くを通った男から、グラスを二つ取り、その一方を、未だに困惑しているルシードに、手渡した。
「ありがとうございます。公爵」
「では、目当ての人のところでも、行くか?」
ルシードの表情の色が、サッと変わった。
このパーティーを選んだ理由を、知っていたのである。
パーティーには、国王陛下夫妻の代理として、王太子夫妻が出席していた。
式典で、アレスがスピーチを行い、滞りなく終わる。そして、華やかなパーティーへと、突入していった。
その式典にも、呼ばれていたが、顔を出さず、パーティーにだけ姿を現した。
できるだけ、接触を控えようとしていたのに、フィーロの悪巧みによって、それは無残に打ち消される。
自分に賛同していたから、まさか、このパーティーにつれてこられるとは、予想だにしていない。
左前方にいる年配のご夫人たちと、談笑している姿が、視界を捉えていた。
先を歩いていたフィーロも、しっかりと、眼光に収めている。
少し離れた位置に立つ、アレスの姿も、目視していたのだ。
さらに、気が重くなっていくルシード。
「なぜ? 今日なんですか」
真意を確かめた。
何を考えているのか、読めないフィーロ。
長い年月をかけ、こうではないかと抱くが、確信を持って、言い切ることができない。
思考が飛んでいる間も、接触してしまう時間が、近づいていった。
談笑しているリーシャの周囲には気づかれないように、密かにシュトラー王たちがつけている護衛の人間が、ちらほらと配置されていた。
それを理解しただけでも、身が縮まる気がしている。
護衛の人間から、シュトラー王に伝わってしまうのが、時間の問題のような気がしていた。
そのことはルシード以上に、フィーロの方が詳しかったのだ。
だが、至って様子が変わらない。
「気分が、よかったからだ」
口角を上げ、余裕な笑みを零していた。
「そのうちに、会おうと思っていた。まさか、お前に、先を越されるとは思ってもみなかった」
「……それは、突発的な事故で……」
「構わん」
濁すルシードの姿に、僅かにフィーロの瞳が笑っている。
けれど、ルシードは気づかなかった。
「一人で、会いに行くよりかは、二人の方が、妃殿下も、気楽だろうと思ってな。特に、すでに見知ったお前と、一緒ならばと、思っただけだ」
一切、フィーロの表情が動かない。
「……本当に、それだけですか?」
それでも、疑心暗鬼に囚われていた。
「そうだが?」
そう答えるフィーロを、信じることができない。
長年、傍にいると、何かを感じられたのである。
「……」
「どうかしたか?」
「……いいえ」
けれど、問い詰められない。
性格を踏まえると、騒ぎを起こす可能性もあったのだ。
余計な揉め事を、極々、最小にしておきたかった。
「では、行くか」
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