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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
122/422

第113話  フィーロとルシード1

 首都キーデア郊外にある場所に、ルシードが経営しているIT関連会社に、突然、フィーロが訪問してきたのである。

 一切のアポイントも、取らずの登場だった。

 威風堂々と、ビルの中を進んでいく。


「ルシード、いるか?」

 勝手、知った場所だと、戸惑う面々を払いのけ、社長室へ入っていった。

 他人へ、迷惑をかける考えなんて、微塵もない。

 困惑しつつも、社員たちは、各々の仕事をしている。


 唐突な訪問に、当惑していたものの、日ごろから慣れているルシード。

 すぐに穏やかな表情で、来客フィーロを迎えたのだった。

 フィーロの他に、誰もいない。

 周囲に、控えている人間を、下の車においてきたのだ。


「スブニール公爵、どうしたのですか? また急に。用事があるのでしたら、こちらから出向きましたのに」

 和やかな声音で、対応していた。

 ここに来る際は、周りについている人間を、下の車に待たせている。

 気楽な気持ちで、ルシードと、話を楽しみたかったからだ。


「こっちにくる用事があったから、ついでだ」

「そうですか」


 何気なさを装っていたが、慌しい出向かいに、苦慮していた。

 事前に、連絡を入れてくださいと言っても、一度として、連絡をよこしたことがない。

 そのたびに、ルシードを始めとして、社員たちが、多大な迷惑をこうむってしまう。

 突拍子もない行動は、兄弟揃って同じだった。

 けれど、本人たちは、違うと認めない。


 フィーロが、鷹揚に腰掛ける。

「景気は、どうだ?」

「まずまずと、言うところですか」

 この会社に、フィーロは個人的に一部出資している。


 何気ない日常的な会話をしているところに、女性社員がコーヒーを淹れてきた。

 仕事を済ませると、瞬く間に、女性社員が下がっていった。

 広い部屋に、二人だけになる。


「仕事もいいが、私のところにも、顔を出せ」

「週二、三度は、お会いしていると、思うのですが?」

 優雅な所作で、コーヒーを飲みながら、フィーロの愚痴を耳にしていた。

「それでは、少ない」

「わかりました」

 小さく、ルシードが笑った。


 国王陛下の弟の周囲に、集まる人間が少ない。

 貴族たちが、寄ってこなかったのである。

 それは、兄シュトラー王と、弟フィーロが、互いに、ケンカを繰り返すことがあっても、フィーロが王座に興味を示さなかったからだ。


 それに、互いに性格が似ていて、激昂すると、手が付けられないほどに、なってしまうところも似ていたからだった。

 そのせいか、誰も、フィーロのところへ、来ることがない。

 家族がいるが、一人でいることが多かった。


 誰も、近寄ろうとはしないフィーロの傍にいるルシードに、近づこうとする者もいなかった。

 公式なパーティーや、貴族が主催するパーティーで、誰も形式な挨拶をするだけだ。

 ルシードがアレス、ソーマ、シュトラー王たちから、敬遠されている理由は、すぐ近くにフィーロがいたからだけではない。


 他にも、置かれている立場が、あやふやと言う理由もあった。

 それらの眼差しに負けることなく、周囲に気を配りながら、ルシードは温和に暮らしてきたのだった。


「ところで、王宮に行ったそうですね、公爵」

 穏やかな口調にも、ルシードが問いつめた。

 けれど、悪びれる素振りもない。

 態度は横柄、そのものだ。

 王宮での騒ぎの件は、すでに届いていたのである。


「誰か、告げ口でもしたのか?」

「いいえ。自然と、私の耳に」

 王族であり、シュトラー王の弟でもあるフィーロに、ルシードはものが言えた。

「テネルのことを、話さなかったのは、別段、大したことがなかったからです」

 王宮で、一時テネルが姿を消した件を、伝えなかった理由を話したが、悪くなった機嫌が直ることがない。


 それどころか、ますます機嫌が悪くなっていった。

 それでも、弁明を繰り返す。

 普通の人ならば、威圧する眼光で、口を閉ざしていただろう。

 これ以上の揉め事を、増やしたくなかったのだ。


「テネルのことは、私の落ち度でもあります、このことで、王宮に迷惑をかけるのは……」

 最後まで言わせない。

 途中で、フィーロの眉間に、深いしわが入ったからである。

 危険のシグナルを発していた。

 開いていた口は、静かに閉じられる。


「子供一人も、見られない王宮が悪い」

「ですが……」

 取繕うとするが、険の鋭さに、飲み込むしかない。

 人を威圧するものも、兄弟揃って、同じだった。


(やはり、兄弟だな……)


 決して、それを口にしない。

 さらに、機嫌を悪くするからだ。


「意見した、私が悪いのか? いや、違うな。警備が、甘かったからだ。それを指揮しているソーマや、フェルサたち、その上に立つ、シュトラーが悪い。なぜ? 弟である私が、苦言してはいけない? 王族として、ちゃんと、言うべきことは、言わないと、いけないだろう? 何か、私は、間違ったことをしたか、ルシード?」

 まだ、何か言いたげそうなルシードに、視線を注ぐ。


「何だ? 言いたいことがあるのなら、言え」

「……アドバイスをするのは、いいですが、もう少し、穏便には、できなかったのですか?」

 昔のルシードだったら、ひたすら黙って、やり過ごしていただろう。

 けれど、結婚し、すでに子供まで儲けていたのである。


「穏便?」

「はい」

「私は至って、穏便だぞ? ただ、陛下が、いらっしゃらなかったから、捜していたまでだ。そこに、総司令官が現れたんで、代わりに、意見を言ってきただけだ」

「……」


 貴族がいるところに、顔を出さないルシードの耳にも、フィーロが王宮を訪ねていった顛末が、届いていたのである。

 湾曲された内容に、嘆息を零していた。

 随分と、都合よく書き直されているなと、自分本位なフィーロに呆れてしまう。


「大声で、捜していたとか?」

「宮殿が、広いからな、しょうがあるまい」

「総司令官が、止めているにもかかわらず、捜していたとか?」

「それは、気づかなかった」

 わざとらしく、大げさな演技をしてみせる。


(わかっていて、やっていたんだろうな)


 目の前にいるフィーロに、勝てる人間なんて、早々いないだろうと抱くルシードだ。


(長年、傍にいるが、この人に勝てる人なんて、陛下ぐらいか……。それに確か、何度か聞いたことがある、リーシャ妃殿下の祖父ぐらいなのかもしれない……)


 何度か、フィーロの口から、リーシャの祖父クロスの話を、聞いたことがあった。

 その端々で、フィーロが、クロスを尊敬していることを、感じていたのである。

 長い息を吐き、まっすぐに、高慢に構えているフィーロを見据えた。


「でしたら、できるだけ、大声を出さずに、周囲に、目を配ってください」

「……できるだけな」

「お願いいたします。それと、今後、テネルのことを、蒸し返さないでください」

 王宮での騒ぎの件を、蒸し返さないように、釘を差しておいた。

 蒸し返す恐れがあったのだ。


「考えてみよう」

 疑いの眼差しを注いでしまう。

 けれど、フィーロの表情が崩れることがない。


「ところで、テネルは随分と、リーシャのことを、気に入ったようだな」

「……」

「会いたがっているそうだな」

 胡乱げな視線を、ルシードが注ぐ。

「どこで、それを?」


 いたずらげに、口角を上げているフィーロ。

 口にしたことは、すべてあっていた。


 リーシャと遊んで以来、また王宮にいって、遊びたいと、何度も、口にして困らせていたのである。

 家の内部のことまで、知っているのかと、頭を抱え込む。

 ケロッとしているフィーロが滲ませていた。

 弾かれたように、驚いている姿を、面白がっていたのである。


「蛇の道は、蛇だ」

「……そうみたいです」

 やけくその気分で、吐き捨てた。


 抜け目がないシュトラー王と、同じように、フィーロも抜け目がない。

 手と足になる者が、ルシードの家にいたのである。


「おとなしい子だと、思っていたが?」

 おとなしく賢い、聞き分けのいいテネルの姿を、思い返していた。

「そうですね。意外です」

「自分の子供だろう」

「……すいません」

「ま、私も、いい父親とは言えんがな」

 軽く口にしたフィーロを、見つめていた。


「どうする?」

 不意に、声をかけられ、瞬時に、答えることができない。

「……会わないでいれば、そのうちに、落ち着くでしょう」


 目を細め、消沈しているルシードを、眺めていた。

 息子テネルのことを考えていたので、見られていることに、気づいていない。


「会わせてみるのも、面白いかもな」

「公爵」

 勝手なことを口走るフィーロを、窘めた。


 周囲が騒ぎ、騒動になるのは、目に見えてわかっていたのだ。

 それを避けるため、会いたがっているとわかっていても、心を鬼にして、会わせないようにしていたのである。

 珍しく、自分の意見を主張しているテネルを、尊重してあげたかったが、許してあげられないことだったのだ。


「シュトラーのやつ、どんなに苦虫を潰したような顔に、なっているのか」

 どこ吹く風のフィーロに、余裕があった。

「いい加減にしてください」

 強い声音で、諌めた。


 からかって、遊ぶのをやめたフィーロ。

 ムッとしているルシードと向き合う。


「離した方が、懸命の策だろう」

「はい。私も、そう思います」

 真面目だった表情が、一気に緩んでいった。

「そうだ、ルシード。今度、私に付き合え」

「構いませんが……」


 了承が得てから、さらに、フィーロの唇の端が笑っている。

「約束したからな。違える時は、覚悟しておけ」

「……」


 迂闊な返事してしまったかもしれないと、後悔を浮かべる。

 張り切っている時のフィーロは、危なかったのである。

 用はもう済んだと、軽快な足取りで、フィーロが帰っていった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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