第112話 アレスとラルム2
専用の個室で、ハーツスーツを纏い、久しぶりに、対戦ができると、アレスがほくそ笑んでいる。
そして、始まるまでの時間まで、集中力を高めていた。
ラルムとの対戦まで、まだ、時間があったのだ。
次の試合に、ねじ込むように命を下していた。
だが、突然、過ぎたせいで、準備の調整がつかず、その次の対戦と、なってしまったのである。
唐突な命にもかかわらず、大慌てで、研究員は対戦できるように、駆けずり回っていた。
そうとも知らず、アレスは胸を弾ませている。
右往左往している研究員は、お構いなしだ。
「ラルム……」
湧き上がる高揚感で、身体が満たされていく。
幼少期に、何度も、対戦していた。
けれど、ラルムが、海外にいってからはしていない。
その機会が、やっと、訪れたのだ。
王族として、ハーツパイとロットとして、後世に名前を知らしめたシュトラー王の孫として、王宮の中で、二人は切磋琢磨しながら、訓練を積んできたのである。
王宮から、なかなか出られず、友達がいなかった二人。
よく対戦し、遊んでいたのだった。
幼少の成績は、やや先に生まれたアレスが上だった。
背凭れに身体を預け、目を細め、天井を見上げる。
対戦を望む理由が、もう一つあった。
それは、溜まっている先ほどの、鬱憤を吐き出したかったのだ。
親しく、触れ合う二人の姿が、面白くなく、どんどんと、負のオーラが溜まっていくのだった。
同レベルと、思える相手と戦い、発散させたかった。
「重い存分、行くからな」
目の前にいない相手に向かい、言葉をかけた。
朗らかな笑みを零しているラルムの姿が、見えてくる。
誰に対しても、ラルムは微笑みを浮かべていた。
それが、リーシャにだけ、降り注ぐ微笑みが違う気がしていたのだ。
なぜか、ずっと、そう感じていたのである。
そして、それがいやだった。
ノックをし、研究員が入室してくる。
「準備の方、お願いいたします」
「……わかった」
了承を聞き、研究員が、静かに下がっていった。
そして、ゆっくりと、アレスが立ち上がる。
「ダイヤモンドでしたかったが、しょうがあるまい……」
ダイヤモンドハーツで、準備するように命じていたが、急遽だったため、準備が間に合わなかった。
そのため、違うものを、使用する羽目になったのだ。
ダイヤモンドハーツ同士の戦いを、強く望んでいたのである。
ラルムが、ダイヤモンドハーツに、適合しているのは把握していたからだ。
七種類あるハーツのうちで、ダイヤモンドハーツだけは、誰でも、騎乗できる訳ではない。
適合していなければ、起動させられないのである。
「ラルム……。一体、何でくるか……」
次に、選んだのは、ルビーハーツだった。
ダイヤモンドハーツの次に、性能が高かい。
久しぶりに、味わうワクワク感を抱きつつ、ようやくアレスが個室を出ていく。
観客席では、心配げな表情のままでいるリーシャが待っていた。
目の前で、行われている試合に、眼中がない。
その次に行われる、二人の戦いが、気になってだ。
「いつまで、そんな顔してる?」
隣に移ったゼインが尋ねた。
二人がいなくなった途端、リーシャが座っている列に、座り直したのだ。
「だって、心配じゃないの? ケガすることだって、あるんでしょ?」
先ほどから、そのことが頭の中で、渦巻いている。
「それはそうだ。そんなこと、気にしていたら、乗れないだろう」
「そうだけど……」
「せっかくの面白い試合なのに、気分が萎えるぞ」
面白い試合が、台無しだと、不機嫌な表情を、ティオが滲ませている。
気落ちしているリーシャ以外の生徒たちは、この二人の対戦が面白く、興味をそそられていた。
現在、行われている試合よりも、生徒たちの話題は、アレスとラルムのことだった。
「アレスが、戦っているとこ、見たことあるか?」
何気ないフランクの問いかけだ。
ゆっくりと、首を振る。
素直に否定する仕草に、やはりなと、ゼインが抱いた。
検査を、受けているところを見たことがあっても、戦っている姿を、見たことは、一度もなかった。
二人が出会う前に、アレスが試合している映像が、テレビで、流れていたこともあったが、王室にも、デステニーバトルにも、興味がなかったので、見たことがなかったのである。
「一度もか」
素直に、うんと答えるしかできない。
その返答に、呆れる面々。
「テレビとか、話題に、なっていただろう」
賑わせていた映像を思い出し、口にするティオ。
「だって……、まさか、自分がなるなんて、思わなかったし……」
「けど、殿下だぞ? みんなが憧れる?」
しゅんとしているリーシャを、見下ろしていた。
「別に。周りは騒いでいたけど……」
「見向きもしなかった訳だ。デステニーバトルにも、みんなが、憧れる殿下にも」
「……」
「何に、興味があった?」
みんなが憧れるアレスにも、話題のデステニーバトルにも、興味を示さないリーシャに、何に興味があるのか、フランクが何気なく聞いた。
「勿論、バルト」
素直に答えるものの、瞬時に、ゼインたちは、それが、誰なのか把握できない。
「知らない? 若手俳優として、有名なのよ、バルトは」
僅かに、頬を染め、話す姿に、呆れる三人。
「ああ。言われて、思い出した。そんな、くだらないことに、興味があったのか」
最近、若手俳優として、人気も、実力もあると、称されるバルトのことは、芸能界に興味がないティオでも、知っていたのである。
若い女の子の間で、有名で、何度も聞いていたからだ。
「アレスよりもか?」
「当たり前でしょ」
何の躊躇もなく、答える姿勢に、さらに呆れていた。
「凄く、格好いいだから」
盛り上がっていくリーシャ。
そんな姿に、ついていけない三人だ。
「優しくって……、抱擁よくがあって……」
とろんとしている眼差しに、ますます閉口している。
「まさに、あれが王子様よ」
「「「……」」」
王子は、あんたの夫だろうと、心の中でゼインが突っ込む。
(映画や、ドラマの役だけで、演じているだけだろうが……)
先ほどまで、不安を憶えていた顔とは、思えないぐらいに、にやけていた。
「「「変わっている」」」
三人が、抱いた感想を呟いた。
「何が?」
「既婚者だろう。アレスよりも、興味があるのか?」
非難めいた双眸を注ぎながら、ゼインが再確認した。
「……しょうがないじゃない。昔から、好きなんだから」
話している間に、目の前で、行われていた試合に、決着がつき、次の試合の準備に入っていた。
それも、観客席で、ざわざわと、騒ぐ最中で行われている。
流暢な足取りで、話題の中心である二人が、試合場所に姿を現した。
瞬く間に、消えていた不安の渦が、リーシャの胸へ入り込んでいく。
「心配することはない」
きょとんとした顔を、ゼインに巡らしている。
「ハーツパイロット候補生と言われているが、実際のアレスの力は、正規に選ばれるハーツパイロットと、遜色がない。それにたぶん、ラルムも同じだ」
ハーツの前で、打ち合わせしているラルムと、研究員たちの光景を眺めながら、ゼインが話した。
ゼインたちは、ラルムが戦っている姿を、一度も、垣間見たことがない。
「だって、海外で、少し学んでいただけって、言っていたよ」
「本当に、そう思うのか?」
「……そうじゃ、ないの?」
二人だけしか、訓練してこなかったから、他の人と、比べられなかった。
「たぶん、海外で、相当訓練していたんじゃないのか」
「そうなの?」
「検査を、見ていればわかるし、勝負を挑まれても、戸惑いが、あまり感じられなかった」
「言われてみれば……、そうかも」
心配の色が消えない顔を、熱心に話し込んでいるラルムに注いでいる。
僅かに、驚きを見せたものの、自信がないといった感じは、受けなかった。
「アレスだって、レベルが下のやつに、対戦を求めたりしない。同じレベルだって、知っているから、対戦を望んだんだ」
「そうだったんだ……」
客観的に見ているゼイン。
感嘆している眼差しを、リーシャが送っている。
けれど、ゼインは気づかない。
ただ、柔和な笑顔を覗かせ、打ち合わせしているラルムの姿を捉えていたのだった。
デステニーバトルに興味がないが、アレスと同等であろうラルムの実力を、知りたいと思っていた。
ラルムの実力が、自分たちよりも、上と踏んでいたのだ。
それぞれ、一号機に乗り込んだ。
「アレスがルビー、ラルムがサファイアか」
「へぇ、サファイアか。てっきり、アレスと、同じルビーかと」
「そうだな。意外だな。だって、ルビーの方が……」
三人の呟きに、リーシャが反応する。
内容を復唱し、把握に努めていたのだ。
「……七種類とも、違うのよね?」
それに、答えたのは、ゼインだった。
「ああ。ダイヤモンドは、攻守すべてにおいて、最高だ。その次に、いいのが、ルビーだ」
「確か……、攻撃力や、俊敏さが、高いのよね」
ハーツマニュアルで、読んだ知識を、朧気に口にしていた。
苦戦しながらも、一生懸命に時間を作っては、アレスから読むように言われた、ハーツマニュアルを読んでいたのだった。
「その通りだ」
正解だと言われ、ホクホク顔だ。
「その点、サファイアは、守りが堅いな。俊敏な動きに対しても対応できるし、攻撃を受けても、持ち耐えることが高い。あの二つは、対照的と言うべきだな」
「そうなんだ」
息つかぬうちに、試合が始まり、拮抗した戦いを繰り広げる。
緩急をつけたアレスの攻撃。
交わしつつ、タイミングよく、ラルムも、要所で攻撃を仕掛けていく。
けれど、器用に操るアレス。
それを優雅な動きで、ラルムが攻撃を交わしていった。
「さっきまでの試合と、違う」
呆然として見入っていたリーシャだ。
素人の目からしても、二人の戦いは、違っていた。
華麗な戦いに、視線を外したくない。
「言った通りだろう」
問いかけられたゼインの顔を見ず、頷いた。
圧巻な戦い。
一秒でも、目を離すのが、惜しい気がしている。
「で、どっちが勝つの」
無駄のない動きを窺わせる二機を、目で追いながら、どちらが優勢なのか尋ねた。
何も知らないリーシャは、どちらが優勢なのか、判断つかない。
「俺たちに、聞くか」
「同じように見えて……、わからないもん」
「十中八九、アレスだろうな」
迷いもなく、ゼインが口にした。
ようやく、試合から、ゼインに顔を傾ける。
「俺たちも、見たこともないぐらいに、生き生きと戦っている」
今度は、ゆっくりと、行われている試合に双眸を巡らす。
互いに、攻撃を出し、それを受け止めるのを、繰り返していた。
戦っている姿が、生き生きしているのかと、首を傾げるだけだ。
長年、一緒にいるゼインたちすら、あんな楽しげに動き回るアレスの姿を、見たことがない。
どこか、冷めた眼差しと共に動きも、冷めていた。
それが、ラルムとの戦いは、心の底から、楽しそうに戦っていたのだ。
「あんなアレス、見たことないね」
釘付けになっている試合を眺めながら、フランクが口を挟んだ。
「ラルムだって、悪くない」
ただリーシャは黙って、二人が戦っている姿を眺めていた。
しばらくの間、二人の拮抗している戦いが続き、ようやくアレスの勝利で、幕を下ろす。
二人の戦いを目にしたため、その後の試合は、印象の薄いものに映ってしまった。
読んでいただき、ありがとうございます。