第111話 アレスとラルム1
クラージュアカデミー内に、国家の威信をかけているデステニーバトルの専用施設ホワイトヴィレッジ。
ここで、ハーツパイロット候補生たちが、厳しい訓練を日常的に行っている。
デステニーバトルとは、国の名誉と、権力を駆け、五年ごとに行われるバトルだ。
世界規模の大きな戦いの末、その勝利国が、全世界の頂点に立ち、取りまとめられた。
その中心的な役割を果たす機関を、世界連合と言い、その中枢で、活躍するのが、最高理事で、その枠は五つしかない。
そして、最高理事の長として、君臨できるのは、その優勝国だ。
近年での、アメスタリア国のデステニーバトルの結果は、三位となっており、大きな力でもある、世界連合の最高理事の椅子に座っていた。
次回の大会で、優勝するため、日夜ハーツパイロットや、ハーツパイロット候補生たちが日々鍛錬していたのである。
ホワイトヴィレッジでは、三年生による実戦訓練が行われており、他の学年たちは、その訓練を見学している。
普段の午前中の授業は、美術科の授業を受けているリーシャとラルム。
実戦訓練の見学で、ハーツパイロットを養成している特進科へ、足を伸ばしていた。
生で見る戦いに、声を出すのも忘れ、リーシャが見入っている。
普通の人は、めったに見られない。
見る人の多くが、テレビやネットで流される映像だ。
「どう? リーシャ」
隣にいるラルムが声をかけた。
「……うん。凄い」
想像以上の戦いに、短い感嘆しか出てこない。
声を出すのも、勿体無いぐらいに、目の前で、行われている試合に魅了されていた。
二機のガーディアンナイトが、激しく戦い、攻防を繰り広げていたのだ。
試合リングを囲むように、観客席が作られ、そこで、リーシャたち生徒が観戦していた。
中央の試合リングでは、二機のガーディアンナイトが戦っており、その両脇に、卵型のカプセルであるハーツが、二つずつ並んで置かれていたのだった。
試合リングと、観客席には、透明なシールドが張られ、観客席がしっかりと守られている。
「こんなふうに、戦っているんだ……」
これまで、テレビやネットでも、あまり見てこない。
祖父クロスは、デステニーバトルから、家族を遠ざけていたためだ。
「本番の戦いは、もっと凄いよ」
「えっ?」
当たり前のように、口にするラルムに仰天している。
その口振りでは、実際に見たことがあるようだった。
「正規のハーツパイロット同士の戦いは、迫力あるよ」
「ラルムは、見たことあるの?」
「まぁね」
前々回の大会を、母親の知り合いの人に頼んで、観戦していたのだ。
「凄い」
デステニーバトルは、二つあるハーツに、それぞれパイロットが入り込んで、試合リングにあるガーディアンナイトを、二人で一機を操縦して戦うのである。
二つあるハーツが基になり、操縦者をハーツパイロットと呼ぶ。
感激している、もう一方の隣で、アレスが腰掛け、冷ややかな視線を送っていた。
見慣れている光景に、どこが面白いのかと巡らせていたのだ。
その三人の背後に、アレスの友達、ゼインたちが座り、そこから少し離れた席に、アレスの元パートナーだった、ステラが座って見学をしていた。
「全然、知らないんだな」
面白くもない試合を、観戦させられているティオ。
力を入れ、観戦している姿に冷めていた。
ここにいる生徒たちよりも、興奮気味に、リーシャが眺めていたのである。
熱心に、観察している、他の生徒たちは、戦法や攻撃のタイミングを窺ったりし、誰よりも、操縦に長けようと必死になっていた。
けれど、ハーツパイロットに親身になっていないティオたち。
つまらなそうに、ただ、観戦しているだけだった。
幼い頃より、訓練を受けていたので、何度も、実戦訓練を見ていたし、実際に、実戦訓練も受けていたのである。
見慣れている光景に、早く開放されたいと願っていたのだ。
「どこから、あんな……」
はしゃぐ後頭部を見下ろしている。
僅かに、妬ましい視線を注ぎながら、ゼインが呟いていた。
目の前で、騒いでいる人間は、以前の検査で、誰もが驚く、高い数値を、出していたのだ。
どうして、あんな高い数値がでるのかと、抱いていた。
「しょうがない。それが事実だよ、ゼイン」
チラッと、声をかけてきたフランクを窺う。
「……」
どうしようもないと、フランクが首を竦める。
「あれを見ると、認めたくなくなる」
目立つぐらいにはしゃいでいた。
「強情だな、ゼインは」
背後で、交わされている会話は、リーシャの耳に届いていない。
軽く肩を叩き、ラルムが促した。
「見て、リーシャ」
「ん?」
「あそこにある、卵型のカプセルが、ハーツで、一号機だよ。主に、攻撃を主体としているんだ。その隣にあるのが、二号機で、一号機のサポートに、当たっているんだ」
促された場所に、二つのハーツが、設置されていた。
「確か……、二人のシンクロ率で、動くのよね」
「そうだね。でも、例外がある」
「例外?」
首を傾げ、説明してくれるラルムの顔を見つめる。
「ハーツの適合率などが、高い場合は、一人でも動かせるよ」
「一人で?」
意外な事実に、瞠目している。
「うん」
じっと、親切に、一つ、一つ、説明してくれるラルムに注いでいた。
隣にいるラルムが、高い数値を出していたのだ。
「ラルムは?」
「一応ね。アレスも、動かせるよ」
「へぇー、そうなんだ」
実戦を見ている振りをし、アレスは二人の様子を、それとなく窺っていた。
戦いっている試合よりも、意識の比重は、段々と、二人に注がれていく。
ほのぼのとしている雰囲気が、面白くない。
(渡したハーツマニュアルに、書かれていることだ。ラルムが、説明しているのは。それに、初歩の初歩だろうが。リーシャは、何を読んでいる)
山積みされた量のハーツマニュアルを、渡していたのである。
ラルムが説明したことは、すべてハーツマニュアルに、書かれている内容だった。
「!」
説明している時に、肩と肩がぶつかるたび、さらに目を細めていく。
(説明しているだけなのに、なぜ、そんなにくっつく?)
説明が進んでいくと、それに、合わせるかのように二人の距離が縮まり、顔と顔が、くっつきそうになっていた。
(お前だって、一人で動かせる。それ以上、聞くこともあるまい。知りたければ、ハーツマニュアルを読め)
今すぐにも、噛み付くのではないかと言う眼差しを傾けていた。
(今すぐに、離れろ!)
アレスやラルム以上に、数値が高いリーシャは、一人で動かせたのである。
それを、誰も口にしない。
現段階で、数値が高くても、操縦は素人と同じ段階だったからだ。
(この状況を、まだ、見ろと言うのか。ふざけるな)
攻撃を受け、倒れ込む光景を目にし、思わず、目を瞑ってしまうリーシャ。
痛そうに顔を顰めている姿に、ラルムが心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫? 気分でも、悪くなった?」
首を振って、否定した。
恐る恐るといった眼差しを巡らせている。
「痛いんでしょ? 攻撃とか、受けたら」
ハーツマニュアルで、読んだことを口にした。
「そうだね。神経も、回路で繋がっているから」
「痛いのは、いやだな……」
苦悶する顔。
穏やかな表情を、ラルムが滲ませている。
「大丈夫。司令管制室で、受けた痛みのレベルを、下げられるから」
「そうなの」
「バカ、喜ぶな。その分だけ、稼働率が落ちることなる。そうなると、動きだって、鈍くなり、攻撃の威力だって、落ちる。即ち、戦いに、支障をきたす」
不機嫌な顔のままで、アレスが口を挟んだ。
これ以上、二人だけで、話させたくなかった。
「そうなの?」
詳細な説明を聞き、ラルムに確かめる。
(なぜ、ラルムの顔を見る? それに、なぜラルムに確かめる?)
「そうなんだ」
申し訳なさそうに、困った顔を覗かせていた。
うっと、苦渋の色がリーシャに滲む。
「……痛みをとるか、性能を上げるか、どちらかなんだ……」
不安な呟きに、同じようにラルムの表情も、曇っていった。
まるで、同じ痛みを味わっているようでもあった。
(なぜ、一緒の表情になる?)
無性に、腹立たしい気持ちを、リーシャにぶつける。
「言っておくが、性能を落とすことは、しないからな」
「そんな……」
怯える仕草をみせても、追随を緩めない。
「当たり前だ。覚悟しておけ」
「意地悪」
「当たり前のことだ。痛みごときで、性能を落とす者など、いない」
顰めている相手に、意地悪な笑みを零した。
「……」
「国の威信か掛かった、戦いなんだぞ」
「……」
二人のやり取りに、ラルムが入り込む。
「アレス、その辺に、しておいてくれないか」
肩を落とし、落胆しているリーシャを目で促した。
「……本当のことを、話したまでだ」
威厳ある双眸を、ラルムに投げかける。
アレスが口にしたことは、全部当たっていた。
けれど、これ以上、リーシャが沈むところは、見たくなかったのだ。
「そうだけど。リーシャは、まだ、初心者なんだから」
「初心者? 僕のパートナーになった以上は、そんなもの関係ない」
「アレス」
「やることを、やらせるだけだ。リーシャには」
傲慢な態度を窺わせた。
「……」
妙な空気を感じ、二人の顔を、交互に見比べていた。
すると、いきなりアレスから口を開き、身体を強張らせていたラルムに声をかける。
「ラルム。気晴らしに、実戦をやらないか?」
チラッと、ラルムが、この状況に戸惑っているリーシャを窺う。
「つまらない見学は、飽きた。付き合え」
横柄な態度に、リーシャが呆れている。
「……いいけど。今日は、三年生だけじゃないのか」
サッと、アレスが手を上げ、一人の研究員を呼び寄せた。
実戦訓練を、無理やりにねじ込ませたのだ。
不真面目に、観戦していたゼインたちも、面白いものが見られると、俄然見る気になっていく。
「大丈夫なの? いきなり、実戦と言われて」
自分と、同じ体力造りの訓練しか、受けていないラルムを案じていた。
どう考えても、訓練内容に、違いがあるからだ。
「大丈夫。そんな顔をしないでよ」
沈んでいるリーシャから、やる気でいるアレスに視線を移した。
快活な笑顔を、ラルムが注いでいる。
「お手柔らかに、お願いするよ、アレス」
「わかっているさ。それよりも、久しぶりだな」
「そうだね」
不敵な笑みを、アレスが漏らしていた。
海外から戻ってきたラルムと、以前から、戦ってみたいと願っていたのである。
二人を、どうにか離させようと、考えているうち、ラルムと対戦することを思い至ったのだ。
ゼインたちも、アレスのいとこの実力を目にしたいと、ずっと思っていて、それが見られると、楽しくってしょうがない。
「さっさと、用意しにいけよ」
「そうだ。早く、こんな面白くない試合から、開放させろ」
囃し立てる友達。
呆れながら、アレスが専用の個室に向かい、苦笑しながらラルムも、専用の個室に向かっていった。
それを、不安げな視線で、二人をリーシャが見送った。
読んでいただき、ありがとうございます。