第11話 思い出の写真
隣にいるラルムに、驚きが隠せない。
「びっくりした」
結婚を承諾した次の日に、リーシャの部屋を訪れることができたのである。そして、そこで自分がシュトラー王の孫で、王太子アレスとはいとこ同士であると告白した。
「王族だったんだ」
「うん。ごめん、黙っていて。でも、みんなには僕自身を見てほしかった。王族の人間ではなく、ただ一人の人間として」
「そっか、そうだよね。王族って、知っていたら、最初に身構えちゃうかもね」
おどけるようにリーシャは身構える真似をしてみせる。
そんな無邪気さに柔らかな陽だまりのような微笑みを浮かべた。
ラルムの話に最初は驚いていたが、話を聞くにつれてラルムの心情を考えることができた。短い間しか宮殿にいないが、恭しく接せられることに違和感を抱き、一人の人間としてみてほしいと言う気持ちがあったからでもある。
同じ気持ちを分け合える人が現れ、どこかホッと安堵した。
一枚の古い写真をリーシャに渡した。
「あれ? 私だ……」
写真には幼いリーシャの姿が写っている。
「いつ……」
両脇に同じぐらいの男の子が写っていた。
幼いリーシャを中心として、両脇の男の子の表情は対照的だ。
右側に写っている男の子は、面白くないと言ったようなブスッとした表情でカメラ目線から外れていた。左側に写っている男の子は、リーシャ同様にカメラ目線で楽しそうに微笑んでいたのである。
不意にどうして私が写っている写真を持っているの?と小さな疑問が生じる。
「こっちが僕。あっちがアレス」
目を白黒させているリーシャに嬉しそうな表情で、さらに話を進める。
「一度だけ昔に会っていたんだ。この写真見ても、思い出せない? ……思い出せなくてもしょうがないか。僕たち本当に幼かったから」
思い出せないかもと言う前提がラルムの中であった。
「入学式の時には、何も……」
「思い出してほしかった。だから、もう少し待ってみようって。そしたら……、こんなことになっちゃって……」
「そう……」
「ごめん。もっと早く話せばよかったね」
落ち込んでいるリーシャは首を横に振った。
「思い出せなかった、私が悪かったのよ。ごめんね、ラルム。でも、凄い偶然よね。私たち、すでに会っていたなんて。何か信じられない」
幼い自分が写っている写真を見ても、アレスやラルムと会った記憶が綺麗さっぱりと蘇らない。でも、こうして写真に残っていると言うことは遊んだのだろうと思い、深く記憶を辿るのを止めてしまった。
「砂浜で山とか作って遊んだんだ。それに……」
昨日のことのように、楽しそうにリーシャと遊んだ記憶を蘇らせて語っていく。それを驚きと昔の私らしいと思いながらラルムの話に耳を傾けた。
「へぇー。そうなんだ」
ラルムが語る思い出話は、リーシャの古い記憶の中の引き出しに入っていなかった。小さい頃の別な思い出だったらいくらでも蘇っていたが、どうしても二人と会った記憶が蘇らなかったのである。
「今と変わってない?」
「うん。全然変わってない」
「それって、私が幼いって言うこと?」
「うん」
「ひどい。幼稚なんて」
剥れるリーシャに自然とラルムは笑みが零れていた。
リーシャの表情は昔も今もコロコロと変わるところは変わっていなかった。
「冗談だよ。綺麗になったよ、それに大人っぽくなった。無邪気で明るいところは変わってないけど」
「ホント」
誉め言葉を聞いて、リーシャは素直に喜んだ。
はしゃぐ姿に目を細めて、ずっと時間を忘れて見続けていたいとラルムは願ってしまった。
自分を見ているラルムの視線に気づく。
言われれば今までの動向を思い返せば、王族かもしれないと言う節があったと浮かぶ。だが、やはりどこかで違和感を憶えずには入られなかった。
それほどラルムに自分と近しいものを感じていたからだ。
「王族なのね。何か、変な感じ」
率直な感想が漏れた。
「僕は僕だよ」
「そうだね。ラルムはラルム」
どうして一度もラルムのことがニュースとかで話題にならなかったのだろうと疑問が生じ始める。友達であるイルやルカは王族ウォッチャーで、王室に疎い自分よりも王族に詳しかったからだ。その二人が何も知らないことに疑問が膨れ上がっていく。
「でも、何で? ラルムのこと、話題にならなかったの? テレビとかそういうのでは、……映ってなかったよね?」
疑問をそのまま伝えた。
「入学式の時に話したけど、ずっと外国で暮らしていたんだ」
「うん。それは聞いた。でも、外国にいても、王族だったら、たまにはテレビに映るんじゃないの? 確か王族の誰かが留学したとか言って、ニュースでやっていた気がする」
「正確に言うと、もう王族ではないんだ。元王族って言った方がわかりやすいかな」
「元王族?」
「父上と母上、そして、幼い僕は王族と言う身分を捨てて、外国へ行ったんだ。今の僕の姓は母上の姓なんだ」
「そうなんだ。知らなかった」
「それは違う」
突然、乱入した声に驚く。
話し込んでいた二人は、部屋のドアの前でアレスが立っているのに気づく。
アレスはリーシャに昨日言えなかった話と、もう一つの用件を伝えるために部屋を訪れてきた。すると、長ソファに隣同士に腰掛けている二人を見つけ、ずっと観察していた。
「いつ、来たの?」
リーシャが尋ねた。
「先程だ」
「やぁ、アレス」
「先程の話だが、ラルムは王族の一員だ。確かに叔父上や父上は継承順位と言う身分を捨てたが、公爵の位は持っている。それに貴族たちがラルムの身分まで捨てることに反対した。だから、ラルムは王族の身分のままだ。今のところ継承順位2位だ」
淡々とラルムの立場を説明した。
「そうなの?」
「ああ。ラルム、来ていたのか?」
「うん。リーシャの様子が心配だったから」
「ありがとう。ラルムって、ホント優しいよね」
「そんなことないよ」
二人の会話をアレスは見ていた。
「あ! ねぇ、知っている? 私たちって、昔会っていたの?」
「?」
瞬時にアレスは理解できず、何だ?とばかりに楽しげなリーシャを凝視している。
「私もさっきラルムから聞いたの。ほら、私たち会っていたのよ」
眉を潜ませているアレスに古い写真を見せる。
幼い自分が写っているのを認識した。そして、ラルムも認識し、中央に写っている少女の顔に視点を置く。
見知らぬ少女だ。
しかし、よく見ると面影がよく残って、幼い頃のリーシャの顔だったのだろうと見分けた。
「……」
「私、全然覚えてないの」
顔をリーシャに掛けると無邪気に笑っていた。そして、隣に座っているラルムに視線を傾ける。
優しい微笑みを彼女に向けていた。
笑い合っている二人に段々とこの空気をぶち壊したい衝動に駆り立てられる。
「僕も憶えてない。よく、憶えていたな」
「本当よね。記憶力いいんだね、ラルムは」
「そっかな」
一つの用件が片づいたかと思い、アレスは残る用件を片づけようと口を開く。
「挙式の日程、決まった」
「はぁ?」
きょとんと目を丸くしている姿に追い討ちを掛けるように、アレスは更なる言葉を淡々と続ける。
「一週間後だ」
「はぁ?」
「……」
「言ったからな」
「……ちょ、ちょっと待って。早くない?」
「挙式についての勉強が、今から始まる。用意しろ」
「勉強って、何?」
「ユマに聞け」
「勉強……。一週間後って……」
放心状態のリーシャを心配そうにラルムは声をかけた。
その声はまったく届いてない。
がっくりと肩を落としているリーシャに手をかけようとした瞬間、アレスはラルムを誘う。
「ラルム。ティータイムしないか?」
「でも、リーシャが?」
「ユマが来て、勉強を開始する」
有無を言わせなかった。
「……わかった」
まだ戻っていないリーシャを残し、二人は部屋を後にした。
アレスはさっさと部屋を出て行ったが、ラルムは後ろ髪を惹かれるように何度も振り返った。
リーシャの部屋を出た二人は長い廊下を歩いていた。
「宮殿に長居するなんて、珍しいな」
先を歩きながらアレスは話しかけた。
ラルムがアメスタリア国に戻って以来、こうしてゆっくりと話す時間はなかった。戻ったラルムは何度か宮殿に挨拶や王妃エレナのお見舞いに来ても、忙しいアレスとなかなか時間が合わずに、立ち話ができる程度の会話しかしていなかったからだ。
「アレスが忙しいからだろう?」
「ま、そうだな。執務がやたら多く、大変だ。近頃では陛下が自分の執務まで、僕に任せるから時間がないのが現状だ」
「……」
前を歩く姿をラルムは羨ましそうに眺める。
拳は悔しさでギュッと握り締められていた。
「その上、挙式だ。面倒でしょうがない」
「……そっか。でも、リーシャは初めてのことばかり、気をつけてあげてほしい」
「なぜ、僕が? ユマがいるから、どうにかなるだろう。でも、失敗すると僕の恥となる訳だから、ちゃんとやってほしいものだ」
「……」
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