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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
119/422

第110話  深夜の散歩2

 慣れた足取りで、リーシャが室内を歩いていく。

 その顔は、ニンマリとしていた。


 家の主カーラは、裏街では、ひと目置かれている存在で、裏街の中を、仕切っている男たちも、手出しできない娼婦だった。

 彼女が、相手にする男は、自分が気に入った男だけで、その客に、有力な貴族もいるほどだ。


 部屋に入ると、床に置かれたクッションに腰掛けた。

 じかに座った経験がないアレスは、当初戸惑っていた。

 だが、何度か、訪れているうちに慣れ始め、何の躊躇もなくなっていった。


 遊びに来ていた娼婦が、客である二人に、ジュースを出す。

 彼女を慕っている多くの娼婦たちが、家に出入りしていたのだ。

 そして、ジュースを出してくれた娼婦とも、何度か顔を合わせ、顔馴染みとなっていたのである。

「ありがとう」


 黙っているアレス。

 礼を言わないアレスに、瞬殺の睨みを浴びせ、カーラたちに、にこやかな笑顔を振りまく。

 そんな行動に背いていても、言動が気になるので、それとなく様子を観察していた。


(何なんだ、この違いは)


 自分と、カーラたちに向ける表情の違いに、単純に腹を立てていた。

 そんな二人を、面白そうに、カーラが眺めている。


「そうだ。この前の焼菓子、美味しくみんなで食べたわよ」

「本当ですか。よかった、あのお菓子、王……」

「おう……?」

 話の途中で、止まってしまったリーシャ。

 娼婦が、首を傾げている。


 王妃様から貰ったものだと、言いそうになっていたのだ。

 彷徨わせている視線を、じっと娼婦が窺っていた。


「祖母から、貰ったものだ。食べきれないので、こいつが持ってきた」

 フリーズしているリーシャに成り代わり、何事もなかったように、アレスが説明した。

 焼菓子は、王妃エレナがお后教育で、疲れているリーシャのために、用意させたもので、休憩時間などに、食べられるようにと、たくさんの量を差し入れしたものだった。


「おばあちゃんから、貰ったの」

「はい……。そうです」

 チラッと、助けてくれたアレスを窺う。

 注いでくる顔は、バカと言っていた。


 そんな二人のやり取りを、微笑ましい眼差しを傾けているカーラだった。

 純粋で、まっすぐなリーシャを気に入り、訪問してくれるたびに、お喋りができることが、楽しみの一つとなっていたのである。


(うっかり屋さんね、リーシャちゃんは)


「ホント、美味しかったよ。また、余っていたら、持ってきてね」

「はい」

「催促して」

 焼菓子を催促した娼婦を、子供を窘めるように叱った。

 ちょこんと舌を出し、娼婦がおどけてみせる。

 アレス以外の三人は笑い、部屋の中に、明るい空気を立ち込めていた。


「このところ、忙しかったようね」

 無言でいるアレスに、カーラが話を振った。

 何も知らない娼婦がいるので、詳しく口にしない。

「まぁ」

 そっけない態度だ。


「忙しくしていると、一気に老けるわよ」

「大したことはない」

「そうかしら?」

 不敵な笑みを、カーラが零していた。

 黙り込んでいるアレスだった。


 テレビやネットで、公式行事や式典、パーティーに出席している映像が、連日流されていたのである。

 それに、何もなくても、二人の行動が、常に流されていた。

 二人が通うクラージュアカデミーで、過ごしているとか、王宮内で、休日を静かに過ごしているとか、話題の二人の様子が、休みなく報道されていたのだ。


 視線の先を、アレスからリーシャに移した。

「勉強とか、大変でしょ?」

「もう、勉強、勉強で、頭がおかしくなりそうです」

 勉強の毎日だと、愚痴を漏らした。

 王宮では、口にできない。

 まして、心配している友人や家族の前では。


 何も知らない娼婦。

 リーシャとカーラの会話に、割り込んでくる。

「何、それ。勉強して、頭が、おかしくなるはずないじゃない」

「それは、そうなんですけど、いっぱい憶えることが多くって……」

 詳しく話せない状況に、しどろもどろだ。

 自分たちの身分がわかるようなことは、口にするなと釘を刺されていた。


「やりたくなければ、やらなければ、いいのに」

 何も知らない娼婦が、簡単に口にしていた。

 詳しく話せない、もどかしさが込み上がっていく。

 周囲に、迷惑をかけるのはいやだった。

 それに、一生懸命に教えてくれる人がいたし、何より、鼻を明かしたい人間がいたのだ。

 だから、勉強を死に物狂いで、頑張っていたのである。


「それは……、そうなんですけど……」

「リーシャちゃんの家は、厳しいのよ。たくさんの家庭教師が、ついているのよね」

 困っている様子に、助け舟を出してあげた。

 隣で、傲慢に座っている人間が、出しそうになかったからだ。


 安堵の色を、滲ませていた。

「はい。そうなんです」

「だから、こうして、私たちのところに来るにも、こっそりだから、なかなか来られないのよね」

 自分の代わりに、説明してくれるカーラに同意しているだけだ。


「そうなんだ。私だったら、家出しているね」

「あなたとは、違うのよ」

 娼婦が首を竦める。

 ふと、とても美味しい匂いが、鼻を通っていった。

「いい匂い。これなんですか?」

 いつの間にか、鼻に漂ってきたのである。


「シチューよ。この子、料理が上手なの」

「そう。私の特製のシチューよ」

 キッチンで、煮込んでいる鍋に、双眸を傾けた。


 自慢の料理を、カーラに食べて貰おうと、作っているところに、二人が遊びに来たのだった。

 話している間も、コトコトと、弱火で、煮込んでいたのである。


「わぁー、いいな。何か、私も、料理したくなった」

「リーシャちゃんもするの?」

「ママの手伝いですけど。でも、結構、作れますよ」

 結婚する前は、母の手伝いをするため、よくキッチンに入っていた。

 けれど、結婚してからは、料理を作ることもない。

 王族がすることでは、ありませんと、ユマに窘められてしまったからだった。


「私は、ダメね」

 意外な感じを受ける。

 料理も、掃除も、何でもこなせそうなイメージを、持っていた。

 だが、実際のカーラは、家事をしない。

 掃除や、料理は、誰かがしてくれるからだ。

 家の中に、キッチンがあっても、使ったことが、一度もない。


「作ってみる?」

「えっ?」

「狭いキッチンだけど、割りと、揃っているわよ」

 やりたい衝動に、駆り立てられた。

「一緒に作る?」

 娼婦も誘ってきた。


「ダメだ。じっとしていろ」

 料理を作るのは、専属の料理人がすることだと抱いていた。

 王族たる、自分たちがするものではないと、威圧したのだ。

「どうしてよ、坊ちゃん」

 止めるアレスを、胡乱げに娼婦が窺っていた。


「品格の問題です」

「ひ、品……格?」

 聞き慣れない言葉に、上擦ってしまう。

「ここは、私の家よ」

「……」

 互いに、見つめ会う二人。

 見えない火花が、散っていたのだ。


「リーシャちゃん、作りたいなら、作っていらっしゃい」

 オーラ全開で、止めているアレス。

 平然と、カーラが受け止め、無視していたのだった。

「けど……」

 黙り込んでいるアレスの顔色を窺っている。


「大丈夫。作りたいのなら、気にしないで、いってらっしゃい」

「おい」

 憮然としているアレスに、カーラが美しく微笑んでみせる。

 高慢な王子のオーラを、出しているのに、全然、怯まない。


 逆に、誰もが凌駕する、女豹のようなオーラを、出していたのである。

 息もできぬ様子で、ただリーシャがたじろいでいた。

 そして、アレスと対峙しているカーラに、羨望の眼差しを傾けていたのだ。


「立場を……」

 反論を繰り出すアレスを、封じ込める。

「リーシャちゃんは、私のお友達よ」

 出逢ってから、アレスがカーラに勝ったことがない。

「……好きにしろ」

 吐き捨てて、そっぽを向いてしまった。


 唖然としているリーシャに、和やかな顔を傾ける。

「だ、そうよ」

「あ、ありがとうございます」

 頭を下げ、娼婦と共に、キッチンにいってしまった。




 行ってしまった背中を、見つめているアレス。


(僕の言うことも聞かずに、いくのか)


 この場に、カーラとアレスだけに、なってしまったのである。

 重苦しい空気も気にせず、普段と変わらない仕草を、カーラが覗かせていた。

「いつまで、そんな顔しているの?」

「僕が、どんな顔をしてようと、勝手だ」

「横柄なんだから。自分が、一番エラいと、思っているのかしら?」


 カチンとし、鋭い眼光を巡らす。

 けれど、動じる様子もない。

 ただ、微笑んだままだ。

 なぜか、勝てない気がし、カーラと言う女性を嫌っていた。


「ここでは、好きにさせてあげなさい。きっと、あちらでは、抑制されているのだから。それを、一番わかっているのは、あなたではないのかしら?」

「……」

「料理ぐらい、好きに作らせてあげればいいのに」


 上に立つべき存在が、下の真似をしてはいけない、毅然とした態度をとりなさいと、幼い頃より、教わってきたのである。

 王太子と決まって以来、王太子らしく、振舞うようにと、厳しく育てられたのだった。

 制限される立場に、幼少の頃より、うんざりしていた。

 だが、王族と言う立場である限り、努めなければならないと律し、そのように振舞ってきたのだった。


「ホント、かしこまったところね。あなたも、もう少し、警戒を解いたら?」

 常に、何事も起こらないかと、警戒を巡らせていたのである。

 それは、王宮にいても、同じだった。

 心が、休まるところがない。

 常に、アンテナを広げ、警戒していたのだった。


「あなた自身、疲れるわよ」

「……僕の勝手だ」

「そうね。あなたの勝手ね」


 不機嫌なアレス。

 キッチンで楽しく料理を作っている二人の姿に、視線を注ぐ。


「そういえば、ネットで、浮かない顔見たけど、今日は、楽しそうでよかったわ」

「……」

 同じことを、アレスも感じていた。

 僅かに、安堵感を抱いていたのである。


「リーシャちゃんの友達さん、もう少し、リーシャちゃんのことを、考えてあげなさい。そうしないと、取り返しがつかないことになるわよ」

 カーラの前で、アレスは自ら名乗ってはいない。

 そのため、あなたやリーシャちゃんの友達さんと、呼ばれている。

 他の人間からは、坊主や坊ちゃんなどと、呼ばれることもあった。


「考えている」

 珍しい流れに、意外だと目が輝きだす。

「そう。考えているの」

 それ以後、アレスが口を閉ざしてしまった。


 キッチンで、料理をしていたリーシャは、皿を持って、二人の前に戻ってくる。

 二人が会話している間に、簡単な料理を、作っていたのだった。


「美味しい?」

 ワクワクと、翡翠の瞳を輝かせている。

「普通だろう」


 家庭料理を、口にする機会が、これまでなかったので、内心戸惑っていた。

 以前に、リーシャの母親が作った料理を食べたが、その時に、これが母親の手作りの料理なのかと、感想を抱いたことがあった。

 けれど、それとは違うものを、アレスは心の内に浮かび上がらせていた。

 少しずつ、ほんわかとする温もりを、感じていたのだ。


「こういう時は、美味しいって、答えるのよ」

 褒めて貰えず、膨れ面で、食べているアレスを睨んでいた。

 勉強や、ハーツパイロットとして認めてくれないので、少しは、自信のある料理で、認めてほしかったのである。

 それが、普通だと言う感想に、不満だった。


「普通は、普通だ」

「意地っ張り」

「本心だ」

「どうだか」


「プロが作る方が、美味しい」

「プロと、一緒にしないでよ」

 そんな初々しい光景に、笑って眺めていた。

 裏街での短い時間が終わり、ログの案内で、二人が宮殿に帰っていった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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