第109話 深夜の散歩1
寝静まった夜中、リーシャとアレスは、誰にも気づかれないように、秘密の通路を使い、王宮の外に出てきていた。
そして、アメスタリア国でも、一般の庶民が、決して立ち入らない、素行が非常に悪いと評判の裏街に、足を踏み入れていたのである。
以前にも、何度か、来たことがあった。
裏街の出入り口の門に、佇んでいる男たちとは、すでに顔見知りの間柄だ。
誰でも、出入りできるが、門には、裏街の中を管理している人たちの下で、働いている人間が、それとなく見張っていた。
初めて踏み入った際に、二人はカジノでトラブルを起こし、やばそうな男たちに追い回されていた。
何も知らない二人を、助けてくれたのが、裏街の中で暮らしているカーラだった。
親切にしてくれたカーラに、会うために訪ねてきたのだ。
カーラの元で、働いている男の案内で、何の危険もなく、カーラの家に辿り着いた。
「ありがとう。ログさん」
案内してくれたスキンヘッドの男に、礼を述べた。
先頭を歩くログがいるため、誰も、手出ししない。
「中で、カーラさんが、お待ちです」
怖い顔でありながらも、にこやかに言い、自分の仕事へ戻っていく。
ログの仕事は、カーラの護衛と、裏街の中で、不用意な争いが起こらないように、見張っていることだった。
「アレスも、礼ぐらい言いなさいよ」
「何で、僕が、そんな真似をする?」
眉間にしわを寄せるリーシャ。
そんな高慢な態度が、許せないのだ。
やって貰うのが、当たり前と言う考えが、理解しがたかった。
「あのね。わざわざ、私たちのために、案内してくれたのよ」
「礼なんて、言う必要がない」
「そういうところが、わかんない」
口を尖らせるリーシャだった。
「僕もだ」
不機嫌な顔を、アレスが露わにしている。
「私は普通よ」
「どこが?」
睨み合う二人。
どちらも引き下がるつもりがない。
二人は家に入らず、軽い口ケンカを始めていた。
普通の人が、訪れない裏街は廃れていて、廃墟と言っていいほどの街並みに、人が住んでいたのである。
違法な店が立ち並び、警察を悩ませている場所でもあった。
そんな街の中に、カーラの住まいがあったのである。
小さな一軒家で、一人暮らしをし、彼女を慕う人間がたくさん集っていた。
「少しは、人のことを、敬うべきよ」
「なぜ、僕が?」
高見から、口にする姿が、似合っていた。
(こういったセリフ、ホント、似合ってる)
見惚れ気味だったことに気づき、いけないと頭を振った。
「どうした?」
怪訝そうな眼差しを注いでいる。
「何でもない。……ホント、それで、よく務まるわね」
さすがに、王太子とは口に出せない。
カーラも、ログも、二人の身分を把握しているが、普通の人と変わりなく、接してくれていたのである。
そんな懐の広さを気に入り、たびたび訪れていた。
「いつまで、そんなところで、ケンカしているつもり?」
いつまでも、入ってこない二人に業を煮やし、呆れていたのだ。
二人の声は、家の中まで通っていた。
「「……」」
ばつの悪い二人。
小さく笑っているカーラに、視線を傾けている。
妖艶な美貌に、瞬く間に見入ってしまった。
年齢不詳で、年配や、どんな相手でも、物怖じしない。
(同じ女性とは思えない。綺麗な人……)
美しさの中にも、あどけなさが残っていて、いくつなのか、想像ができなかった。
(どうしたら、カーラさんみたいな女性に慣れるんだろう……)
華やかさを醸し出しながらも、優しいところもあり、それでいて、凛とするものを感じさせる姿に、どこか憧れを抱いていたのである。
いつか、こんなふうに慣れたら、アレスの隣に立っていても、遜色なく、写るんだろうなと思い描くのだった。
「私の家の前だからと言って、安全ではないのよ」
危機感のない二人を窘めた。
「「……」」
「見なさい。ヤクの売人や、女を襲う野獣が、溢れているでしょ?」
促された先に、視線を巡らす。
尋常ではない、目つきをした男や、女が、不敵な笑みと共に、こちらを窺っていた。
隙あらば、回りを注視していない二人を、狙っていたのだ。
いつまでも、入ってこない、のん気な二人を、優しい声音で窘めていた。
この辺一体で、知られている存在であるカーラの知り合いだからと言って、完全に安全が守られている訳ではない。
「餌食に、なりたいのかしら?」
「いいえ」
無言でいるアレスとは違い、しゅんとしているリーシャ。
「わかったのなら、さっさと、入ってちょうだい」
「はい」
抑揚のない声で、返事をした。
口を閉ざしているアレスは、ただ見据えていただけだ。
二人が入室した後、ゆっくり扉が閉ざされる。
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