第107話 騒々しい王弟
リーシャとテネルの姿が見えなくなった騒動から、次の日に、スティリア宮殿で大きな騒ぎが巻き上がっていた。
宮殿内の部屋と言う部屋を空け、捜し回っている男に、珍しくソーマが振り回されていたのである。
捜し回っている男の後を、必死にソーマが追っていたのだ。
どうにか止めようと、僅かに、顔を引きつらせながら、躍起になっている。
先を歩く男も、捕まらないようにしていた。
そして、逃げ惑いながら、目的の人物を捜している。
「陛下。陛下は、どちらにおられる?」
宮殿内にも、響き渡るような高めの声で、シュトラー王の行方を捜していた。
面会するため、突然に、王宮に姿をみせたのだ。
後を追うソーマ以外、誰も止めようとはしない。
誰一人として、捜している男と、関わりを持ちたくなかった。
「公爵、落ち着いてください」
声をかけられても、聞く耳をもたない。
「陛下。陛下に、話があります。どちらに、おられるのか?」
「公爵、公爵。ゆっくりと、私と、話をしましょう」
止める声も聞かない。
ひたすら、部屋中の扉を開けていく。
シュトラー王の姿が、いないか、確かめていた。
先を歩く男の方が早い。
宮殿内を走れないソーマだった。
懸命に、早足で、追いかけていた。
「公爵、公爵」
その現場に、出くわしてしまった侍従たちは、冷静な対応をしている。
廊下の端で頭を下げた状態で、追いかけっこをしている二人が、通り過ぎるのを、ただ、静かに待っていたのだ。
多少、興味があるのか、何人かの侍従たちが、頭を下げながらも、二人の様子を観察していた。
たじろいているソーマの姿が、意外なものだったからだ。
その心の内では、ソーマが舌打ちを打っている。
けれど、侍従がいる手前、大声で、怒鳴りつける訳にもいかない。
宮殿内を捜し回っている男は、シュトラー王の弟で、フィーロ・スブニール公爵と言った。
かつて、デステニーバトルのハーツパイロットもしていたので、後を追っているソーマとは、見知っている間柄でもあったのだ。
二人の面白い追いかけっこが、永遠と、続けられている。
先に、キレ始めたのはソーマだった。
「いい加減にしろ、フィーロ」
苦虫を潰した顔で、追いかける。
だが、侍従がいるせいで、無理やり止められない。
「フィーロ、止まれ」
そんな声も、無視している。
構わず、手当たり次第、部屋を空け、捜し回っていた。
二人が通り去った後、侍従たちが、黙ったまま、開け放たれた扉を閉めていく。
「どちらに、おいでか?」
この状況を、密かに楽しんでいる節があった。
捜している顔の口角が、上がっていたのだ。
いったん、侍従が見えなくなった時を見計らい、速度を上げ、先を歩くフィーロを確保した。
そして、近くの部屋に、有無を言わさず、連れ込んだ。
ハーツパイロットを引退したとは言え、総司令官を務めている以上、常日頃から、身体を鍛えていたので、追いかけて捕まえることは造作もなかったのである。
それをしなかったのは、二人の立場が、複雑に絡みあっていたからだ。
「お前な」
噛みついてくる視線に、飄々とした顔を覗かせている。
こういったところは、さすが母親違いとは言え、兄弟で似ていた。
「どこにいる、シュトラーは?」
二人だけになった途端に、フィーロの方も砕けていた。
「あのな……お前、言うことは、それか?」
「どこだ」
他人を顧みない態度。
ただ、ただ、ソーマが呆れている。
今も、昔も、それは変わっていない。
「……。いないと、言っただろう」
落胆交じりに、息を吐いていた。
「逃げ場所を、聞いている?」
「知らない」
「ソーマ。お前が、知らない訳がないだろう?」
「俺が、全部、知っていると思ったら、大間違いだ」
ふんと、鼻息を荒くしていた。
兄弟揃って、勝手な振舞いをして、周囲を巻き込むのだ。
その両者とも、全然、その自覚がない。
「……。まぁいい」
あっさりと、諦める仕草を見せたので、さっきまでの苦労は、何だったんだと顔を顰めている。
かなりの距離を、二人で追いかけっこしていた。
仕事している最中に、フィーロが王宮に姿を見せたと言う報告を聞き、それから、したくもなかった、追いかけっこをしていたのだった。
「どうせ、いつものように、身を隠しているのだろう」
黙ったまま、ソーマが口を閉ざしている。
それでも、フィーロの口が止まらない。
「ここの宮殿には、いないのかもな」
「……」
弟フィーロを嫌い、シュトラー王は、王宮でフィーロの存在を察知すると、面倒だと言って、姿を眩ますのだった。
顔を付き合わせれば、ケンカが耐えない。
それが面倒だったから、避けるため、隠れてしまっていたのだ。
胡乱げな視線を、ソーマが投げる。
これ以上の揉め事を、処理するキャパがない。
多大な厄介を起こすのは、シュトラー王だけで、十分だったのだ。
「わかっているのに、なぜ、こっそり来る?」
「面白いからに、決まっているだろう、ソーマ。それに、事前に知らせれば、何か、事を作って、逃げるだろう? だから、知らせず、突然、来ている」
胸を張って、答える態度に、二の句が出てこない。
「……。だったら、俺か、フェルサに知らせろ! そうすれば、まともな用件なら、セッティングしてやる。ただし、ケンカをしないのが、条件でだ」
睨まれても、痛くも、痒くもないと言ったフィーロの態度。
いちいち、癇に障るやつだと抱きながら、盛大な溜息を吐いた。
からかって怒らせるため、シュトラー王と合っている節があったのだ。
そのため、二人はフィーロがどのような用件で、訪ねてきたのか見定めていたのである。
「ケンカを売る、お前が悪いんだろうが」
「しょうがない、嫌いなんだから」
「露骨に言うな」
周囲を気遣うソーマ。
ふふふと、フィーロが笑ってみせた。
「お前と言うやつは」
「ソーマでもいいか」
全然、ソーマの言葉を聞かず、一方的に話を進めていった。
他人の話を聞かないのも、シュトラー王と似ている。
意味ありげな視線に、ソーマが、サッと身構えていた。
「何だ」
「警備体制を、見直した方が、いいのではないか?」
顰め面に、変わっていく。
「子供を捜すのに、どれだけの時間が掛かっている」
「問題なかったのだから、いいだろう? それに、俺のところには、事後報告しか、伝わっていない。対処しろと言われても、無理だ」
リーシャとテネルが姿を消して、侍従や侍女が、右往左往していた件を持ち出したのである。
何となく、訪ねてきた理由としては、そのことではないかと、うっすらと巡らせていた。
「そうか」
「当たり前だ。俺が関わっていたら、もっと、早くに解決していた」
王妃エレナが、極秘に通達したため、総司令官の元に、仔細が届くまで時間が掛かり、事が丸く収まってから、仕事に追われていたソーマのところまで伝わってきた。
だが、また同じようなことがあれば、同じことを繰り返すだろうと、王妃エレナの性格を踏まえ、そう思うのだった。
「ミスは、ミスだろう?」
得意げなフィーロが、視線を注いでいた。
「王妃様が、極秘に事を進めても、お前は知らなくてはならない。そうじゃないのか? 陛下の側近で、優秀な総司令官ソーマ・ラ=メイディランド伯爵殿」
皮肉が含む声音に、イラッとする。
口にしていることは、筋が立っているので、何も言い返せない。
さらに、苛立たせていたのは、フィーロが面白がっている点だ。
心の中で、長い息をついてから、ソーマの口角が上がっていく。
「そうですね。スブニール公爵のおっしゃる通り」
「では、早く察知してくれ」
恭しくなるソーマに合わせ、王族らしい威厳を出し始めた。
「仰せのままに」
「話が変わるが、随分と、クロスの孫娘が、いじめられているそうだな」
(お前も、何か仕出かすつもりか?)
怪訝な顔で、不敵に笑っているフィーロを窺っている。
だが、いつまでも、黙っている訳にはいかない。
「……ああ。ルシードから、聞いたのか?」
「いや。あれだけの話題の子だ。いや応なしに、耳にする」
もっともなことかと、あっさりと疑う眼差しを引っ込めた。
突如、リーシャのことを出され、警戒していたのだ。
貴族の間だけではなく、広く民間でも、いろいろな噂が流れ、ネットで様々な真もデマも含む噂が、流されていたのである。
「クロスが、不在のままで、決めるからだ」
「事後報告だが、した」
「知っている」
「口出しするのか」
これまで、何も言ってこなかっただろうと言う眼差しを注ぐ。
二人の結婚問題について、これまでフィーロは、何も口にしてこない。
賛成も、反対も。
ずっと、静観する立場を、取っていたのだった。
「別に。クロスの孫が、どう動くのか、見物しているだけだ」
非難めいた視線を、じっとして、動きを見せないフィーロに、投げかけている。
二人の結婚が、決まった当初から、どんな動きを見せるのかと注意していた。
「クロスは、クロス。孫は、孫だろう」
サラッと、フィーロが言い放った。
「……。そう、少しは、割り切ってくれると、ありがたいのだが」
まるっきりフィーロの言葉を、信じていない。
「シュトラーの、あの性格は、直らないだろう」
のん気に、他人事のように口にする仕草に、ソーマがムッとしている。
「少しは、手伝って貰いたいものだ」
「断る。命が、いくつあっても、足りないからな」
考える隙もなく、フィーロが即答した。
「ケンカを吹っかける、お前が、よく言うよ」
「それは、それ。これは、これだ」
立ち去っていく背中に向かって、ソーマが声をかける。
「迷惑をかけた」
リーシャとテネルの件を、素直に詫びた。
振り向きもせず、手だけ振っている。
そんな態度に、小さく笑っていたのだった。
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