第106話 鬱屈
ホワイトヴィレッジの中を、ゼインが一人で歩いている。
他のクラスメートがいない。
勿論、仲がいい、ティオやフランクもいなかった。
ティオより、成績が落ちたことを気にし、彼らに黙って、少しでも数値をあげようと、密かに訓練しようとしていたのだった。
すれ違う研究員たち。
何人かの研究員や、警備の人間と会っていた。
けれど、ゼインの姿を、気に止める者がいない。
ゼインの姿を捉えても、仕事に忙殺していることもあったが、生徒が密かに訓練しようとしても、怪訝になることがなかったのである。
一年、二年生は教室で、基礎的な学科を学んでいる最中であり、ホワイトヴィレッジには、三年生の生徒しかいない状況だった。
三年生は、実戦を行っていたのである。
誰にも、見られないように、空いているハーツのシミュレーション用に向かっていた。
その足取りに、迷いがない。
部屋の前で立ち止まり、自動でドアが開く。
すると、一人、先客がいた。
朝から、姿を見せていなかった、ステラがいたのだった。
「ステラ……」
ドアが開いた音にも気づかない。
シミュレーションに、没頭していた。
その様子を、その場で窺っている。
少なからずも、ゼインはステラの人となりを把握していた。
彼女が、置かれている環境においてもだ。
軽く、ゼインが息を吐く。
人前で、決して努力している姿が見せず、隠れて努力するステラだった。
(身体、壊すぞ)
映し出している画面を、食い入るように見つめている。
そのひた向きな姿を、訝しげに捉えていた。
ゼインが近づいても、気づく様子がない。
彼女のこめかみ辺りに、汗が滲んでいる。
(朝から、していたのか……)
不意に、無表情なアレスの顔が、脳裏に掠めていた。
(アレスのためか?)
二人が親しくしていたのは、何となく感じていた。
決して、友人たちにも、話していなかったのである。
ふと、ステラの数値を確かめる。
僅かに上昇し、その後は、横一線だった。
「……やり過ぎだ、ステラ」
「!」
手が止まり、声がした方向へ、ステラが顔を巡らせた。
そして、苦笑しているゼインを見入る。
「ゼイン……」
「朝から、していたようだな」
肯定も、否定もしない。
じっと、ゼインを見つめていた。
「そんなに、根をつめていたら、身体が持たないぞ」
視線で、精神の示す波形を促す。
疲れが滲む双眸で、確かめると、確かに、精神の疲れを示していた。
「……」
微かに、顔を顰めているステラ。
「悔しいのか? あれに、負けたのが?」
あれとは、リーシャのことを指していた。
「……」
「わからなくも、ない」
「……」
「俺だって、飲み込めないからな」
「……」
ゼインの双眸が、シミュレーションの器具に、傾けられている。
ポン、ポンと、軽く叩くゼイン。
「俺たちは、一応、幼少の頃から、これに携わってきた。なのに、今まで触ったこともないやつに、瞬殺で、負けたんだからな」
素人に負けたことを、悔しがらないやつはいない。
特に、リーシャと、同じ民間人出身者たちは。
露骨に、睨みつけていた。
リーシャが王太子妃ではなかったら、嫉妬心にかられた者たちから、物凄いいじめに、発展していたかもしれないと、想像が付くぐらいだった。
ホワイトヴィレッジには、生徒の目からわかる程度に、警備の数が増え、人の出入りが多くなっていたのである。
そうした中で、王太子妃となったリーシャに、言いがかりを言える者などいない。
「……」
「……あれを、天才って言うんだろうな」
遠い目をするゼイン。
どこか、悔しげな光を、双眸の奥に宿している。
「……天才? 笑わせないで。あれは、測定に手を加えているのよ。あり得ないわよ、あんな数値は?」
納得いかない顔を、ステラが覗かせている。
僅かに、憐れむような眼差しに、ゼインがなっていた。
ゼインとは違い、消化できずにいたのである。
リーシャの天才的な数字をだ。
「陛下が、きっと、アレスのパートナーにしたいだけで、数字をいじったのよ」
ステラの眼光に、怒りが滲んでいた。
(無きにしも非ずと、言ったところだが……)
軽く、頭を振るゼインだった。
あそこまで、数字をいじる必要性がないからだ。
デステニーバトルは、国の命運もかかわっている。
いくら、親しい者の孫娘だからと言って、そこまでやるのかと言う疑念が、ゼインの中であったのだ。
「本気で、そう思っているのか?」
「……そうに、決まっている」
いつものステラらしくもなく、乱暴に吐き捨てた。
意固地な姿に、少し嘆息を吐く。
ステラの置かれている状況を、思い返していた。
ステラは、ブバルディア男爵の妾腹の子で、ハーツのシンクロ率の能力が高かったため、男爵家に引き取られることになったのだ。
それまでは、認知だけされ、放り投げ出されていたのだった。
「ステラ。悔しいのはわかるが、現実を受け止めろ」
「認めない」
「ステラ……」
窘めるゼインの言葉を聞かない。
「私は、絶対に、元の位置に戻るわ」
確固たる強い意志に、何も言い返すことができない。
「絶対に、パートナーに帰りつく」
自分では無理だなと、首を竦めるゼインだった。
「……そうか。ところで、俺と、変わってくれるか?」
僅かに、首を傾げ、ゼインの顔を窺う。
「……俺も、少し訓練がしたいんだ」
「珍しいわね」
目を見開くステラ。
これまで一度も、自主的にゼインが、訓練するところを見たことがなかった。
そのゼインが、密かに訓練したいとは、思ってもみなかったのである。
目の前にいるのは、本物のゼインなの?と言う顔を滲ませていた。
それに対し、ゼインが、ばつの悪そうな顔を覗かせている。
「あれに、負けたことも悔しいが、ティオに負けたことが、悔しいからな。せめて、ティオは抜かしたい」
以前の数値を、苦々しく思い返していた。
確かに、ティオに負けていたのである。
「随分と、落ちていたけど、遊んでいたからじゃないの?」
微かに、ステラが目を眇めていた。
「ああ。遊んでいた」
鈍く光るハーツを、視線に捉えている。
親の意向と、ハーツのシンクロ率が、他の人より高かったので、何となく訓練を受けていたに過ぎない。
何かに、打ち込めるものが、これまでなかったのだ。
だが、一緒にいて、同じ状況に近いティオに、負けたことが、どうしても、許せなかった。
深くゼインの矜持を、傷つけていたのだった。
だから、ティオよりも、数値を上げるべく、以前より、デステニーバトルに意欲が芽生えていたのである。
「遊んでいたから、挽回しようかと思ってさ」
小さく笑ってみせる。
ふと、脳裏に、無邪気にはしゃいでいたリーシャの姿が浮かび上がっていた。
(あれに、負けるのも、悔しいな。やっぱり……)
周りの神経を逆なでするように、はしゃぎ喜んでいたのだった。
「少しだけ、やる気になったんだ」
不敵に笑っているゼインである。
怪訝そうに、ステラが見つめていた。
「変わったわね」
「それを言うのなら、ステラもだろう」
微妙な顔を浮かべていた。
「以前よりも、闘志むき出しになっているぞ」
思わず、顔を背けるステラ。
「……」
「ま、それも、悪くないな」
「……」
「他のやつらを、驚かせてやろう」
「好きにすれば。私は、私のために、するだけよ」
いつもの表情に、ステラが戻っていた。
僅かに、ゼインの口元が、緩んでいたのだった。
「俺もだ」
二人は小さく笑い、ゼインに場所を譲ってあげる。
交互に、シミュレーションに乗り込み、訓練をし始めるのだった。
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