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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
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第106話  鬱屈

 ホワイトヴィレッジの中を、ゼインが一人で歩いている。

 他のクラスメートがいない。

 勿論、仲がいい、ティオやフランクもいなかった。

 ティオより、成績が落ちたことを気にし、彼らに黙って、少しでも数値をあげようと、密かに訓練しようとしていたのだった。


 すれ違う研究員たち。

 何人かの研究員や、警備の人間と会っていた。

 けれど、ゼインの姿を、気に止める者がいない。

 ゼインの姿を捉えても、仕事に忙殺していることもあったが、生徒が密かに訓練しようとしても、怪訝になることがなかったのである。


 一年、二年生は教室で、基礎的な学科を学んでいる最中であり、ホワイトヴィレッジには、三年生の生徒しかいない状況だった。

 三年生は、実戦を行っていたのである。


 誰にも、見られないように、空いているハーツのシミュレーション用に向かっていた。

 その足取りに、迷いがない。

 部屋の前で立ち止まり、自動でドアが開く。

 すると、一人、先客がいた。

 朝から、姿を見せていなかった、ステラがいたのだった。

「ステラ……」


 ドアが開いた音にも気づかない。

 シミュレーションに、没頭していた。

 その様子を、その場で窺っている。

 少なからずも、ゼインはステラの人となりを把握していた。

 彼女が、置かれている環境においてもだ。


 軽く、ゼインが息を吐く。

 人前で、決して努力している姿が見せず、隠れて努力するステラだった。


(身体、壊すぞ)


 映し出している画面を、食い入るように見つめている。

 そのひた向きな姿を、訝しげに捉えていた。

 ゼインが近づいても、気づく様子がない。

 彼女のこめかみ辺りに、汗が滲んでいる。


(朝から、していたのか……)


 不意に、無表情なアレスの顔が、脳裏に掠めていた。

(アレスのためか?)


 二人が親しくしていたのは、何となく感じていた。

 決して、友人たちにも、話していなかったのである。


 ふと、ステラの数値を確かめる。

 僅かに上昇し、その後は、横一線だった。


「……やり過ぎだ、ステラ」

「!」

 手が止まり、声がした方向へ、ステラが顔を巡らせた。

 そして、苦笑しているゼインを見入る。

「ゼイン……」


「朝から、していたようだな」

 肯定も、否定もしない。

 じっと、ゼインを見つめていた。

「そんなに、根をつめていたら、身体が持たないぞ」


 視線で、精神の示す波形を促す。

 疲れが滲む双眸で、確かめると、確かに、精神の疲れを示していた。

「……」

 微かに、顔を顰めているステラ。


「悔しいのか? あれに、負けたのが?」

 あれとは、リーシャのことを指していた。

「……」

「わからなくも、ない」

「……」

「俺だって、飲み込めないからな」

「……」


 ゼインの双眸が、シミュレーションの器具に、傾けられている。

 ポン、ポンと、軽く叩くゼイン。

「俺たちは、一応、幼少の頃から、これに携わってきた。なのに、今まで触ったこともないやつに、瞬殺で、負けたんだからな」


 素人に負けたことを、悔しがらないやつはいない。

 特に、リーシャと、同じ民間人出身者たちは。

 露骨に、睨みつけていた。

 リーシャが王太子妃ではなかったら、嫉妬心にかられた者たちから、物凄いいじめに、発展していたかもしれないと、想像が付くぐらいだった。


 ホワイトヴィレッジには、生徒の目からわかる程度に、警備の数が増え、人の出入りが多くなっていたのである。

 そうした中で、王太子妃となったリーシャに、言いがかりを言える者などいない。


「……」

「……あれを、天才って言うんだろうな」

 遠い目をするゼイン。

 どこか、悔しげな光を、双眸の奥に宿している。

「……天才? 笑わせないで。あれは、測定に手を加えているのよ。あり得ないわよ、あんな数値は?」


 納得いかない顔を、ステラが覗かせている。

 僅かに、憐れむような眼差しに、ゼインがなっていた。

 ゼインとは違い、消化できずにいたのである。

 リーシャの天才的な数字をだ。


「陛下が、きっと、アレスのパートナーにしたいだけで、数字をいじったのよ」 

 ステラの眼光に、怒りが滲んでいた。


(無きにしも非ずと、言ったところだが……)


 軽く、頭を振るゼインだった。

 あそこまで、数字をいじる必要性がないからだ。

 デステニーバトルは、国の命運もかかわっている。

 いくら、親しい者の孫娘だからと言って、そこまでやるのかと言う疑念が、ゼインの中であったのだ。


「本気で、そう思っているのか?」

「……そうに、決まっている」

 いつものステラらしくもなく、乱暴に吐き捨てた。

 意固地な姿に、少し嘆息を吐く。


 ステラの置かれている状況を、思い返していた。

 ステラは、ブバルディア男爵の妾腹の子で、ハーツのシンクロ率の能力が高かったため、男爵家に引き取られることになったのだ。

 それまでは、認知だけされ、放り投げ出されていたのだった。


「ステラ。悔しいのはわかるが、現実を受け止めろ」

「認めない」

「ステラ……」

 窘めるゼインの言葉を聞かない。

「私は、絶対に、元の位置に戻るわ」


 確固たる強い意志に、何も言い返すことができない。

「絶対に、パートナーに帰りつく」

 自分では無理だなと、首を竦めるゼインだった。


「……そうか。ところで、俺と、変わってくれるか?」

 僅かに、首を傾げ、ゼインの顔を窺う。

「……俺も、少し訓練がしたいんだ」

「珍しいわね」

 目を見開くステラ。


 これまで一度も、自主的にゼインが、訓練するところを見たことがなかった。

 そのゼインが、密かに訓練したいとは、思ってもみなかったのである。

 目の前にいるのは、本物のゼインなの?と言う顔を滲ませていた。

 それに対し、ゼインが、ばつの悪そうな顔を覗かせている。


「あれに、負けたことも悔しいが、ティオに負けたことが、悔しいからな。せめて、ティオは抜かしたい」

 以前の数値を、苦々しく思い返していた。

 確かに、ティオに負けていたのである。


「随分と、落ちていたけど、遊んでいたからじゃないの?」

 微かに、ステラが目を眇めていた。

「ああ。遊んでいた」

 鈍く光るハーツを、視線に捉えている。


 親の意向と、ハーツのシンクロ率が、他の人より高かったので、何となく訓練を受けていたに過ぎない。

 何かに、打ち込めるものが、これまでなかったのだ。

 だが、一緒にいて、同じ状況に近いティオに、負けたことが、どうしても、許せなかった。


 深くゼインの矜持を、傷つけていたのだった。

 だから、ティオよりも、数値を上げるべく、以前より、デステニーバトルに意欲が芽生えていたのである。


「遊んでいたから、挽回しようかと思ってさ」

 小さく笑ってみせる。

 ふと、脳裏に、無邪気にはしゃいでいたリーシャの姿が浮かび上がっていた。


(あれに、負けるのも、悔しいな。やっぱり……)


 周りの神経を逆なでするように、はしゃぎ喜んでいたのだった。

「少しだけ、やる気になったんだ」

 不敵に笑っているゼインである。

 怪訝そうに、ステラが見つめていた。


「変わったわね」

「それを言うのなら、ステラもだろう」

 微妙な顔を浮かべていた。

「以前よりも、闘志むき出しになっているぞ」


 思わず、顔を背けるステラ。

「……」

「ま、それも、悪くないな」

「……」

「他のやつらを、驚かせてやろう」

「好きにすれば。私は、私のために、するだけよ」


 いつもの表情に、ステラが戻っていた。

 僅かに、ゼインの口元が、緩んでいたのだった。


「俺もだ」

 二人は小さく笑い、ゼインに場所を譲ってあげる。

 交互に、シミュレーションに乗り込み、訓練をし始めるのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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