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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
114/422

第105話  謝るリーシャと機嫌の悪いアレス

 身体中の汚れを落とすため、シャワーを浴びた。

 そして、傷の治療を終え、リーシャの元へ、アレスが憮然とした表情で訪れる。

 二人だけで、話すため、侍女たちを下がらす。


「ごめんなさい」

「……」

 二人になった途端、リーシャから、先に迷惑をかけた意識があったので、素直に非を認めて謝った。

 シャワーを浴びながら、冷静になっていくと、騒ぎの発端を作ったのは、自分で、それにテネルを巻き込んでしまったと行き着いたのだ。


 自分たちを捜していた侍従、侍女に、また、迷惑をかけてしまった挙句、講義を中止し、捜してくれたアレスに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 それと同時に、自分を捜してくれたアレスの行為が、とても嬉しかったのである。


 口を結んだ状態で、アレスが聞いていた。

「私が、いけなかったの。だから、ごめんなさい」

 治療を受けていたリーシャは、そのままソファに、腰掛けていた状態で、どこにも座らず、アレスは立ったままで、しゅんと落ち込んでいる姿を見下ろしていた。


 機嫌を確かめるため、僅かに目を上げる。

 口は閉ざされ、じっと、リーシャを見つめていた。


(怒ってる? それとも、呆れてる? いつも、思うけど……。アレスって、読みづらい。一体、どっちなんだろう……)


 治療を受けている間、ユマたちに講義を忘れ、遊んでいたことを詫びた。

 だが、こちらの落ち度ですと言って、叱ることはしなかった。

 いつもパターンに、少しずつだが、リーシャの心に影を落としていた。


 これまで王太子妃であるリーシャが失敗や、失態をしても、ユマは叱らない。

 ただ、自分たちの失態ですと言って、同じように、傍に仕えているバネッサやクララ、ヘレナなどを叱っていたのだ。

 自分の代わりに、怒られる人を前にすると、悪いと抱き、できるだけ怒られないに、これまで努めてきたのだった。


 口数が少ないユマを、思い返してみる。

 そんな仕草に、怒っていたと感じるが、心配していたことも感じていた。

 痛いところなどないか、熱心にユマがリーシャの身体を調べていたからである。


(また、迷惑かけちゃった……。かけないようにと、思っていたのに)


 情けないあり様に、嘆息を零してしまう。


(つくづく、私はダメね……)


 治療が終わった後、受けるはずだった講義が、変更になったことや、この後に予定されているパーティーへ、出席するための準備する予定時間を、ユマが淡々と、口にするのみだった。

 その後、すぐに、アレスが姿をみせた。


 チラッと、アレスに視線を注ぐ。

 侍女たちに、下がれと命じただけで、それ以外、何も口を開いていない。

 無言でいられることが、さらに、針のむしろだった。


(口も、聞きたくないほど、怒っているのかな……。それも、そうよね……、こんな騒ぎを起こしておいて、怒らないはずがないもんね。どうしよう……。どうしたら、アレスの機嫌が直るのかな……)


 自分がいなくなったことで、みんなが手分けして、捜してくれたことや、アレスが講義を中止し、行方を捜していたのを、ユマから聞かされていたのである。

 何も言ってくれないので、めげそうになりながらも、こちらから窺うように、声をかける。

「馬術の講義、どうなった?」

「後日に、移した」

 質問には答えてくれたので、微かに安堵する。


「本当に、ごめんなさい」

「何度目だ」

「えっ?」

 きょとんした顔を、アレスに傾けていた。

「姿を消したのは、何度目だと聞いている」

 険が帯びた視線に、居た堪れない。


「うっ……、それは……」

 言葉を失っているリーシャに、容赦しない。

「お前の頭は、空っぽなのか」

「なっ……」

「学習能力がないだろう」

 酷い言い方に、反抗心が芽生え始める。

「意地悪ね」


「同じことを、繰り返している」

「その時の状況とは、違うもん」

「そうか。姿を消すのは、同じだ」

「そんなことないもん。ただ、消えた訳じゃない。それに、とにかく、頑張っているもん」


 お后教育や、ハーツパイロットなど、一生懸命に、王室の一員や、アレスのパートナーとして、慣れるように頑張っていたのを振り返っていた。

 王室に嫁ぐ前は、勉強なんて、めったしなかった。

 それが、お前もやるじゃないかと、認められたい一心から、勉強をしていた。


「だったら、なぜ、こんなことになる」

「それは……」

 口籠った。

「やる気が、足りないからだ」

「いっぱい、頑張っているもん」

 思いっきり、頬を膨らます。


 その一方で、いっこうに認めてくれない、アレスに心が萎んでいく。

 常に、横暴なアレスに、弱気な態度を見せたくなかった。

 だから、精いっぱいの虚勢を、張ってみせる。


 そんな気持ちでいるとは知らず、冷ややかな視線を浴びせた。

「頑張る? どこを、どう頑張っている? その割りに、講義は遅れているし、失敗ばかり繰り返す。今日が、いい例だろう。講義を忘れて、小さい子供を、勝手に連れ回し、大騒ぎを起こした。どう見れば、お前が、頑張っているように見える? ただ、講義を受けたくなくって、逃げ出すために、子供を連れ回したようにしか、見えない」


 何も言わず、黙ったまま、悔しさで、唇を噛み締める。

 テネルを勝手に連れ回したのは、自分だと思うからだ。


「違うと言うのか、これが? いつになったら、普通になれる?」

「本当に、ごめんなさい」

 ふんと、鼻先でアレスが笑う。

 そんな態度が、腹立たしい。

「だけどね、テネルが遊んだことがないって、言うから、遊んであげたくなかったの。確かに、講義を忘れたのは、悪い。けど、逃げ出したいからって、子供を逃げる理由なんかに、私はしない。それに、小さい子供は、元気よく遊ばないと、いけないでしょ。そう思わない?」


 迷惑をかけたことを、許して貰いたい訳ではない。

 ただ、僅かでも、アレスに通じてほしかったのだ。


「だからと言って、結婚した大人が、無断で、子供を連れ回して、遊ぶのか?」

 一貫して、アレスの態度が変わらない。

 徐々に、身体が凍えていった。

「ほんの少しの時間と、思っていたの。でも、ついつい遊びに夢中に……」

「だから、お前の頭は、空っぽなんだ」

「アレス……」


 胸が怒りよりも、悲しみに支配されていった。

 俯いてしまったリーシャを、眺めていた。

 逡巡した後、アレスが口をつく。

「……、それと、これ以上、ジュ=ヒベルディア伯爵とは、近づくな。言っておくが、息子も同じだ。いいな、リーシャ」

「どういうこと?」

 眉間にしわを寄せ、見上げている。


「今後一切、あの親子とは、かかわるなと、言っている」

 冷たい声音だ。

「どうして?」

「どうしてもだ」


 ますます、眉間のしわが深くなっていく。

 どう考えても、かかわってはいけない理由が浮かばない。


「理由を聞かずに、それに従えって言うの?」

「そうだ」

 当たり前のように、鷹揚な態度だ。

「……そんなことできない」

「何だと」

 従うことを拒否したリーシャを、半眼している。


「どうして、会うなって言うのか、理由も言わないくせに、どう従えって、言うのよ」

 理由を聞いて、納得できるなら、まだしも、何も言わずに、頭ごなしに会うなと言われれば、対抗意識が生じる。


「夫の言うことを聞け」

「いやよ」

「リーシャ」

「理由を言って」

「お前には、関係ない」

 翡翠色した強い視線を、アレスにぶつける。

「私には、関係ないんでしょ? だったら、私の好きなようにする」


 言うことを聞かない仕草に、忌々しいと睨む。

 けれど、負けずに横暴なアレスに、引こうとはしない。

 しばらくの間、ぶつかり合う視線が続いていたが、リーシャの方から先に引いた。


 顔を背けたまま、口を開く。

「午後から、パーティーでしょ。準備するから、出て行って」

「まだ、時間がある」

「男と違って、いろいろと、準備があるの。だから、出て行って」

「……」

 黙って、アレスが部屋から出て行った。




 扉を閉め、そのまま、その場に止まっていた。

 言われるがまま、従うのは矜持が許せない。

 けれど、午後から、パーティーに出向くのは事実だったので、部屋から出てきた。

 自分の部屋に戻ろうとして、足を進め始める。


 十五歳で、結婚した二人だったが、高校生と言う身分もあり、部屋は、別々にしていたのであった。

 この宮殿も、仮住まいで、正式に住まう二人の新居の内装が、行われている最中だった。

 苦虫を潰したような気分を抱く。

 怒りの表情は、面に出ていないものの、身体からは、負のオーラを放出させていた。


(なぜ、あの二人と、親しくする必要がある?)


 頭の中に、ルシードとテネル親子の姿が浮かぶ。


(僕は、夫だ。それなのに……、なぜ、あの親子と、一緒にいたがる?)


 親しくなるリーシャが、わからない。

 立場上、表面的な振舞いをするが、誰とでも、すぐに打ち解けるタイプではない。

 だから、すぐに誰とでも、打ち解けるリーシャが理解できない。


(貴族の女どもには、てこずっていたくせに。どうして、よりにもよって、あの親子と)


 まだ、二回しか、会ったことがないルシードに傾ける表情と、自分に注ぐ表情に、違いがあると、不満を抱く。


(僕の時とは、違うじゃないか。何なんだ、あれは)


 会ったばかりのテネルと、夫である自分よりも、親しくしている様子に、納得もできない。

 歩きながら、目を細める。

 動いていた足を止めた。

「もう一度、釘を刺しておく必要がある」


(パーティーに遅れようが、関係ない。このことを、はっきりと、わからせないと)


 部屋に、帰ろうとしていた足で踵返した。

 リーシャの部屋に戻ってきたアレスは、肘掛に凭れ、眠っている姿が飛び込んでくる。

 アレスが出ていた後、遊び疲れた身体は、いつの間にか、眠ってしまっていた。


「……」

 スヤスヤと、眠っているところに、静かに近づく。

 髪で、顔が、よく見えない。

 そっと、手で掻き分けた。


「準備じゃなかったのか……」

 か細い声で呟く。

 寝顔を見ているうちに、アレスの表情が、穏やかなものに変わっていった。


「疲れたのか、遊び過ぎて。疲れている身体で、遊ぶからだ」

 掻き分けた手を、暖かな温もりがある頬に触れる。

「心配した……、何もなくって、よかった」

 手に伝わる温もりに、傍にいると言う実感に浸る。

 失われなかった温もりに、安堵するのだ。

「ここで、眠っていろ。この場所でだ」


 寝顔が、笑っていた。

 つられるように、アレスの口角も、上がっていった。


 しばらくの間、リーシャの寝顔を見てから、静かに部屋を出ていく。

 定刻よりも遅れ、二人がパーティーに出かけていった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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