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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
113/423

第104話  行方不明3

「……あのバカ、こんなところで、眠っていたのか」

 のん気に、すやすやと、眠っている姿に呆れる。

 だが、王宮の外に出ていなかったと、安堵も憶えていた。


 ゆっくりと、バラを掻き分け、二人に近づく。

 注意を払いながらも、服や手などに、棘が当たった。

 ようやく、二人の前に到着する。

 強張っていた身体が、自然と、力が抜けていた。

 寝顔を眺めていると、さらに、口角が上がる。

「いい気なものだな。こんな騒ぎを、起こしておいて」


 酷いいでたちに、思わず、眉間にしわが寄ってしまう。

 泥だらけの上に、服のあちらこちらが、破れていた。

 そして、寄り添うように、眠っている男の子へと、視線を巡らす。


「ジュ=ヒベルディア伯爵の息子か……、なぜ、ここで、一緒に眠っている……?」

 報告を受けていたので、隣で眠っている男の子が、瞬時に、王妃エレナたちが捜しているテネルだと、察しがついたのだった。

 不思議そうに、首を傾げ、眺め続けている。


 一緒になって、眠っていることが、把握できない。

 それに、どうして顔や服が汚しているのか、理解できなかった。

 二人の風貌を、凝視していた。


「汚い。どうすれば、ここまで、汚すことができる?」

 理解の範疇を超えるほど、泥だらけだった。

 以前に、リーシャを喜ばせるため、弟ユークの養子先であるアシュランス子爵邸に、出向いた記憶が呼び戻っていた。

 その時も、服を汚し、部屋に戻ってきた。

「追いかけっこでも、していたのか」


 小さな子供と一緒になり、追いかけっこして、遊ぶ姿を、窓から眺めていた。

「……まぁ、いい」

 スマホを取り出し、二人を見つけたと、告げてから、何も知らずに、遊び疲れて眠っている二人を起こす。

 目の前で、掛けていたにもかかわらず、二人は起きる兆しがない。


「おい、起きろ! いつまで、眠ってるつもりだ」

 片膝をついて揺さぶるが、なかなか瞳が開かない。

「起きろと、言ってるだろう。早く起きろ!」

 声を荒げるも、二人が目覚めない。


 それでも、根気よく起こし続けた。

 寝起きの悪いリーシャとは違い、完全に、覚醒しないままでも、目を擦りながらもテネルの方が、先に起き出した。

 呆然とした顔で、アレスの顔を見上げている。


「お兄様は、誰?」

 眠たい目をしたまま、尋ねるが、リーシャを起こしたいアレスは無視する。

 ぼーとしまま、テネルが見上げていた。


「子供が起きているのに、お前は、まだ寝てるつもりか? 起きろと、言ってるだろう、リーシャ。さっさと起きろ。ここは、寝る場所ではないぞ」

 閉じていた目蓋が、僅かに動き、目覚め始める。

「閉じている目蓋を、開け!」

「……アレス?」


 ふにゃっとした、しまりのない顔に、睨みを利かせる。

 夢心地な身体を、さらに、目覚めさせるため、強く振った。


「いつまで、ぼっさとしている。さっさと、戻るぞ」

「どこに?」

 素っ頓狂な問いに、苛立つ。


 今まで、動こうとしなかった自分を、動かすリーシャの行動と言葉が許せない。

 それまでのアレスだったら、絶対に動こうとはせず、静観する立場をとっていた。

 変わりつつある自分に、戸惑い、躊躇っていた。


 黙ったままでいるアレスに、声をかける。

「どこに、戻るのよ」

「仮宮殿に、決まっているだろう」

 面倒臭そうに吐き捨てた。

「そうか……、あっ、テネルを、つれていかなくっちゃ」

 帰ろうと、声をかける前に、アレスが先に答える。

「その子も、一緒だ」


「どうして?」

「どうしてもだ」

「わかった……」

 有無を言わせない態度に、素直に従った。

 説明するのが、億劫で、無理やりに起こしに掛かった。

 訳のわからないまま、身体を起こされたのだった。

 つられるように、テネルが一人で立ち上がる。


(子供よりも、手間が掛かるやつだな)


 まだ、呆然としているテネルに、優しく声をかける。

「テネルも、一緒だって」

「……はい」

 何の違和感もなく、すっと、テネルの前に、手を差し出した。

 そして、躊躇いもなく、テネルもリーシャの手を、しっかりと握る。


 二人の仕草に、時間もないのに、ここまで打ち解けているのかと、気分を害していた。

 まだ、疲れが癒えていないテネル。

 目の前にいる人が、テレビによく出てくる王太子本人だと、気づいていない。


「抱っこする?」

「大丈夫です」

 気遣う問いかけに、アレスがあからさまに、不穏な表情を窺わせる。

「何?」


「……さっさと、行くぞ」

 ぶっきらぼうに言い、アレスがさっさと歩き始める。

 その後を追うように、手を繋いだ二人がついていった。




 二人は楽しげな会話を繰り広げ、それを忌々しげに、アレスが聞いている格好となっていたのである。

 仮宮殿に戻ってくると、侍従や侍女が勢揃いしていた。

 その顔触れの中に、専属の侍女ユマたちの顔や、侍従ではない男の人が、待ち構えている。

 発見したアレスからの連絡を受け、ルシードたちが駆けつけていた。

 ウィリアムから、見つけ出した旨を伝え聞き、急ぎ、仮宮殿に到着するのだった。


「あの人……?」

 侍従や侍女に交じっている顔に、見覚えがあった。

「あー、前に助けてくれた人だ」

 零れ落ちた呟きが、先を歩くアレスの耳に流れ込んだ。

 侍従や侍女の姿が見えていたせいもあり、表に表情を出さなかったが、現状を、未だに把握していない間抜けさに呆れている。


(どこを、どう育てれば、こうなるんだ?)


 リーシャと、話していくうちに、テネルが完全に目覚めていった。

 そして、自分の父親の姿を見つけると、繋いでいた手を離し、ルシードの元へ駆け出していく。

「お父様」

 その様子を、ニコニコしながら、リーシャが眺めていた。

「あの人が、テネルのパパなんだ」


 息子の顔を見て、ひと安心しているルシードへ、辿り着く。

 すると、楽しげに遊んでいたことを、無邪気に身振り手振りを交え、話していた。


 息もつかぬ様子で、話している仕草に、突然、いなくなったことを、注意できずにいたのだった。

 無我夢中で、楽しく遊んだ内容を、父親に聞かせていた。

 そんな興奮している息子を、初めて見たルシードは、何も言えなくなってしまったのである。


 その最中に、アレスとリーシャは、集まっていたところに到着した。

 話しているテネルを制し、重々しい表情で、ルシードが一歩前へ出る。


「殿下、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。息子の仕出かしたことを、父親である私が、謝罪させていただきます」

「いいえ」

「ちょ、ちょっと待って。何で、謝るの? テネルは悪くありません」


 何も悪くないのに、唐突に謝り出したルシードに、納得できない。

 憮然としているアレスと、恐縮しているルシードの顔を、交互に見比べる。


「……ですが……」

「絶対に、テネルは悪くありません。何で、遊んじゃいけないのよ」

 自信ありげに、言い切った。

 冷淡な顔を、怒っているリーシャに傾ける。

 そんなアレスの表情に、物凄く怒っているのを感じていた。


「今は、何の時間だ?」

「時間って……、あっ……講義……」

 平静な顔で、ユマが控えている。

 すっかり、講義を忘れて遊び、そして、遊び疲れて眠ってしまったのだった。


(うっ、怖っ。あの顔は、絶対に怒ってる。ど、ど、どうしよう……)


 慌て始めたリーシャに、冷ややかな眼差しを傾けていた。

「ようやく、事態を飲み込んだか」

「ごめんなさい」

 しゅんとしているリーシャ。

 テネルも、不安げにしている。


 状況をすべて把握できなくっても、自分が悪いことを、したのかもしれないと察していた。

 そんなテネルに気づき、きちんと説明をしないと、強く気持ちを震え立たせる。


「だけど、これに関して、忘れていたのは私。だから、テネルは関係ないから」

 アレス以外にも、納得して貰うべき人が、もう一人いたのだ。

 自分と遊んだせいで、テネルが怒られる訳にはいかない。

「えーと、ジュ……、ジュ……、ジュ=ヒベル……ディア……伯爵、絶対に、テネルを怒らないでください。一緒に、遊ぼうと、言ったのは、私なんです。ですから、テネルを怒らないでください。それに、勝手に連れ回して、ごめんなさい」


 怒らないでくださいと連呼され、怒ることができない。

 それに、テネルを一人で、テラスにいさせたのは、自分だと言う思いもある。

「……わかりました。妃殿下の言われる通りにします」

「ありがとうございました」

 ぺこりと、頭を下げた。


「後、以前、助けていただき、ありがとうございました」

「……いいえ」

 戸惑いがちに、ルシードが答えた。


 突然、息女たちから、助けたことを持ち出されるとは思ってもみなかった。

 近くにいるアレスの様子が、気になっていた。

 ニッコリと、リーシャが微笑む。


「少し、待っていただけますか?」

 きょとんとするルシード。

 目を細め、睨むアレス。


(何をするつもりだ?)


 よからぬことが起こる、予感を抱く。

「汚れているから、着替えないと。テネル、一緒に着替えよう」

 予感が的中し、頭を抱え込みたい衝動に駆られた。

 当惑しているルシードが答えるよりも先に、王妃エレナ付きの侍女が冷静に答える。

「妃殿下、そちらは、私たちの方でしますので」

「えっ?」

 今度は、リーシャが首を傾げる番だ。


「テネル様の着替えは、こちらで用意しますので、お気遣いなく」

 話しかけてきた侍女の顔に、見覚えがあった。

 王妃エレナについている侍女だと抱き、視界を広げれば、何人か、王妃エレナ側の侍女たちの顔が見受けられたのだった。


(何で、王妃様の侍女たちが、こんなにいるの?)


 騒動を起こした自覚が、芽生えたものの、大騒動になっていたとは思っていなかった。

 それに、追随するルシード。

「大丈夫です。こちらの方々に、お願いしますので」

「そうですか……」

 寂しそうな顔を滲ませている。

 そんなリーシャに、不満を覗かせるアレスだ。


(自分が、おかれている立場を、弁えているのか。リーシャ、お前は、王太子妃なんだぞ。いくら子供だからと言って、一緒に、着替えることは、できるはずもないだろうが)


 そんな心の吐露を察するかのように、退散する意を、ルシードが口にする。

「では、私たちは、これで失礼いたします」

 このやり取りを眺めていたテネルを促すように、連れて行こうとする。

 そんな行動を振り払って、リーシャの元へ駆け寄っていった。


「また、遊んでください。お姉様」

「また、遊ぼうね」

 ギョッとした顔で、ルシードがテネルを窘めた。

「テネル。お姉様ではない。王太子妃殿下だ。それに、遊んでくださいと、お願いできるような人ではないんだよ」

 きょとんとした顔で、ルシードの顔を窺っていた。

 五歳の子供に、理解できなかったのである。


「王族の方なんだ。お姉様と、お呼びしてはいけない。王太子妃殿下と、呼ばなくてはいけない。わかるね? テネル」

「王太子……妃……殿下?」

 驚いた顔で、リーシャを見上げ、今にも泣きそうな顔だった。

 王族と聞き、自分たちよりも、上の立場で敬う存在だと、幼い心も理解した。

 自分たち貴族よりも、王族は、上の立場で、尊敬し敬愛する人と、日頃から教えられていたのである。


「ごめんなさい。王太子妃殿下」

 そんなテネルの目線に合わせ、アレスが止めるのも構わずに屈む。

 周囲は、固唾を呑んでいた。

「テネル」


 優しく声をかけても、俯いてしまった顔が、上を向かない。

 諦めず、もう一度、声をかける。

「テネル」

 下げていた顔を、少しだけ上げた。


「私たち、友達でしょ?」

「……」

「テネル。約束したでしょ? 忘れちゃった?」

「ですが……」

 父親の顔と、リーシャの顔を見比べる。

 とても、不安げだ。


「テネル。私は、テネルに、友達のままでいてほしいな。そして、また遊びたいな。テネルは、もういや? 私と、遊ぶのは」

 まっすぐに、テネルを見つめたまま、問いかけた。

 遊びたいけど、遊んで貰ってはいけない人だと、幼いながらも感じていた。

 精いっぱい、考えた上で、テネルが口を閉ざしたまま、大きく首を振った。


「私が、友達なのが、いや?」

 大きく、首を振る。

 複雑なテネルに、優しくリーシャが微笑みかける。


「だったら、王太子妃殿下ではなくって、お姉様と、呼んでほしいな」

 チラッと、不安な顔で、ルシードの顔を確かめる。

 微笑む父親の顔を窺い、ホッとするテネル。


「はい。お姉様」

「よくできました」

 満足げに、リーシャがテネルの頭を撫でる。

 それを、アレスが無表情のままで眺めていた。

 ルシード親子と別れ、着替えと、傷の手当てをするため、ユマにつれられて部屋に戻っていく。


読んでいただき、ありがとうございます。

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